それは最悪な使命だった。


「お前はこれから人間として生活しろ」

『今のあんたの容姿はズバリ"学生"でヤンス。だからこれから学生になってくれでヤンス』

「え?制服はどうするのかって?大丈夫。制服はオレがどっかのガキんちょから剥ぎ取ってきてやるよ」

『制服はイナゴの魔法で取り寄せるでヤンス』

「学校は……女子が多い学校がいいな。むしろ女子校にいけ」

『学校は近くにある男女共学の学校でヤンス。中学校の方がいいでヤンスか?』

「オレは女子高生の方が好きだな」

『それじゃあ中学校でいいでヤンスね』


イナゴとタンポポに勝手に話を進められ元黒猫は戸惑うばかりであった。


「いやいや!何言っているんだ!僕は学校なんて行かない」

「いーや、行ってもらう。オレがそう決めたんだから行ってもらう」

「そんな!自己中心的なこといいやがって!」

『まあまあ、こういうことだからもう諦めてほしいでヤンス』

「……ふざけてる…」


相手は2人(1人と1匹)。1対2ではもちろん1の方が立場が弱い。
元黒猫は悪態つくとイスに豪快に座り込んだ。

ちなみに今彼らがいるところは、誰も住んでいない空き家。
ほったらかしの状態からすると誰も管理をしていなく、しかも誰も足を踏み入れていないようだ。
なので今ここに身を潜めているのだ。

2人に反論するのを諦めた元黒猫は不機嫌に頬杖ついた。
目線の先にはイナゴとタンポポだ。

やがてイナゴが訊ねてきた。


「そういえば、お前"名前"どうするか?」


言われて気づいた。
そういえば元黒猫には名前がない。

さすがに名前がないと不便なのでこれは考えないといけない問題だった。


「…そうだね。どうしようかな」

「それじゃあオレたちが考えてやるよ」


…言うと思った。


『そうでヤンスね!ここはアタイらが考えてあげるでヤンスよ』


やはり乗ってきた。

まだ数時間しか逢っていないのにこの2人の性格が分かったような気がする。
イナゴは自己中心的な性格だ。何もかも自分で済ませようとする。
そして世話好きだ。困った人を放っていられないみたいだ。
タンポポはイナゴと対立をよくするが最終的にはイナゴ側につく。


「…いいよ。勝手に考えて」


元黒猫の機嫌は直らず、無愛想にそう言った。
するとイナゴたちはすぐに調子に乗ってきた。


「わかった。それじゃあ名前は"ゴンザレス"にしよう!」

「何でそんな外国人っぽい名前?!」

『ここは"フィンランド"にするでヤンス』

「それは国名だよ!!」


思わず突っ込んでしまった。
それが面白かったらしく2人の考えはエスカレートしてきた。


「"ハニワ"は?」

「嫌だよ!マヌケだよ!」

『"夢子"はどうでヤンスか?』

「それは女の名前だろ!僕はこの通り男の外見をしているんだから!」


そう。元黒猫は今、人間の男の姿になっているのだ。
真っ黒い髪に不健康そうな肌の色。
外見は見るからに暗いイメージがある。
さすが"黒猫"だ。


「"蚊"は?」

「それ虫の名前!!血吸っていくあの腹の立つ虫!」

『"納豆"は?』

「それ豆の腐ったやつ!」

「他には…そうだなぁ…」

『ここはいくつ取り上げてもキリがないでヤンスね。作戦を変えるでヤンス』

「それはキミたちがまともな候補をしてくれないからだろ!ってか作戦って何?」


人間の姿になってから元黒猫はやけに落ち着きがなくなっている。
コントロールしにくいのだろうか。

質問をされてタンポポが頷いた。


『次の作戦は、アタイらの名前を元に名前を考えるでヤンス』

「なるほど…」


…ちょっとまて。
こいつらの名前を元にって…


イナゴとタンポポ……


「いい名前になるはずねー!!!」


思わず叫んで突っ込んだ。
しかしイナゴは笑って事を済ませた。


「まあ落ち着けって。いい名前考え付いたんだ」

『おお、本当でヤンスか?それは一体何でヤンス?』

「"パピオン"」

「お前らの名前全く使っていないじゃないか!!!」


雷が落ちてくる勢いの叫びっぷりだ。
イナゴは笑う。


「はっはっは。お前面白いな」

「この野郎!人で遊んでいるのか!」

『イナゴは人使いが荒いでヤンス』

「はっはっは」

「何か、腹立つなぁ…」

『まあ、落ち着いてでヤンス。さあイナゴもっといい名前を考えるでヤンス』


タンポポが促し、イナゴが頷いた。


「そうだな。そろそろマジメに考えるか」


やっぱこいつ人で遊んでいやがった!!


『名前どうするでヤンスか?やっぱりかっこいい名前がいいでヤンスね』

「それじゃあ"ダンデ=ライオン=イナ〜ゴ"はどうだ?」

「嫌だ!何だその外国人みたいに無駄に長い名前は!!しかもイナ〜ゴって何だ!」

「イナ〜ゴってかっこいいじゃないか」

「そこがかっこいい部分なのか!」

『ツッコミ連続でヤンスね』

「全くだよ。…はぁ、いい加減にしてくれ…」


頭を抱え込む勢いの元黒猫にタンポポが慌てて提案する。


『それじゃあまずは苗字を考えるでヤンス』

「そうだな。"イナ〜ゴ"はどうだ?」

「やっぱりそれなのか!個人的に気に入っているのか?!」

『"イナゴ"を改造して"稲子"……"稲"…』

「"稲葉"はどうだ?」


イナゴがそう考案するとタンポポと元黒猫の目の色が変わった。
元黒猫が珍しく弾んだ声でイナゴに言った。


「それ、いいね」

「お?」


まさか気に入ってもらえるとは、とイナゴは目を丸くした。
そんなイナゴに向けて言うタンポポの声も弾んでいた。


『"稲葉"は普通にありそうな苗字でいいでヤンスね!それに決定でヤンス!』

「おお、そうか。それじゃあ苗字は"稲葉"に決定!!」


その場は明るい雰囲気に包まれた。
大いに手を打つイナゴとクルクルと上空を回転するタンポポ。
そして自然に笑みが零れている稲葉という苗字の元黒猫。

しかしそう喜んでいる暇はない。
次は肝心の"名前"を決めなければならない。
タンポポが身を引き締める。


「さて次は名前の部分でヤンス。イナゴは苗字に使われたから、名前の部分はアタイの名前を元にするでヤンス」

「おう」


返事をして、それからイナゴは考え込んだ。
そしてすぐに考え付いたらしくイナゴは華麗にこう言った。


「"ポポタン"は?」

「ふざけんな?!!」

『それはさすがにアタイも嫌でヤンス!』


完全否定されてイナゴは口先を尖らせる。


「何だよ。いいじゃんか"ポポタン"って。"稲葉 ポポタン"」

「何だ、その変に愛着付いているよう名前は!」

「明らかに可笑しいでヤンス!』


そこまで突っ込まなくてもいいじゃないかと少ししょげてしまった。
しかしイナゴは諦めない。


「そしたら"ポポタン=イナ〜ゴ"」

「諦め悪いなお前!!」


口悪く突っ込まれてしまった。
それでもイナゴは諦めない。


「"ポポタ〜ン…"」

「火で炙ってくれ。尻を重点的に」

『分かったでヤンス』

「やめてくれ!悪かった!本当に悪かった!だから炙らないでって熱!!本当に重点的に炙ってやがる!この野郎!!」


稲葉の言うとおりに火炙りの刑をしだすタンポポにイナゴは必死こいて謝罪する。
そしてこれがきっかけにイナゴはまじめに考えるようになった。
暫く唸り声を上げて、それから


「いいの考えた!」


稲葉の座っているイスとペアになっているテーブルの上に向けて指を鳴らすと、イナゴはその場にペンと紙を出した。

摩訶不思議の光景に驚きの声を上げる稲葉。

そういえば…とこの空き家へつくまでの道のりを思い出す。


。。。


「そういえば、どうやって僕をこの憎たらしい人間の姿にしたんだ?」


暗い道をタンポポの尻尾の炎が照らしていく。
その光を頼りにイナゴが歩く。
そんな彼の手に引かれているのは元黒猫こと稲葉だ。
不機嫌にそう言う稲葉にイナゴはまた高らかと笑い声を上げていた。


「はっはっは。どうやってって面白い質問してくるなー」

『イナゴ。この世界には"魔術"っていうのはないでヤンスよ』

「…魔術?」


聞きなれない言葉に稲葉は首をかしげた。
タンポポが説明しだす。


『魔術というのはつまりは"魔法"でヤンス。あんたみたいな凡人には使うことが出来ない不思議なことを行う術のことでヤンス』


凡人と言われたところに腹が立ったが、これで少し意味が分かった。
つまりは、イナゴは不思議なことが出来るということだ。
そういえばタンポポも悪魔だとほざいているし、見るからにこの2人(1人と1匹)怪しいし。

難しい表情をしていたのだろうか、稲葉の顔を見てイナゴが目の前に指を持ってきた。
突然目の前にイナゴの指が現れ驚く稲葉。
イナゴは自慢の笑みを溢す。


「それじゃあ実際にその"魔法"を使ってやるよ」


すると目の前に驚くべき光景が繰り広げられた。
イナゴが指をパチンと鳴らすと、小さく小爆発が起きて、その場に一本の花が現れたのだ。


「ほら。これがオレの魔法」


花を稲葉に渡しながらイナゴが得意げに言う。
目の錯覚かと思ったが、花に手を触れてみると本当に実物があったので驚いた。


「…信じられない」


まさかこんなことができるなんて。ありえない。
稲葉は否定する。しかしタンポポは肯定する。


『これは本当でヤンスよ。最初に言ったでヤンスよ。アタイらは普通の人間じゃなくて異世界から来た者だって』

「…!」

「ま、そういうことで、オレはお前を簡単に蘇らせることができたのさ」


。。。


「よーし!できた!」


イナゴの弾けた声が聞こえてきて、稲葉は現実に戻ってきた。


『できたって何がでヤンスか?』


そう訊ねるタンポポに稲葉も同感であった。
イナゴは先ほど魔法で出した紙とペンで何かを書いていたのだが、それは一体なんだったのか、気になった。
イナゴは無邪気に微笑んで、2人に向けて紙を見せ付けた。


「これだよこれ」


イナゴの見せてきた紙には意外に綺麗な字で何かが書かれていた。
タンポポが読み上げる。


「…"稲葉 礼緒"…?」

「"礼緒"は"ライオン"って読むんだ」


イナゴに補助され、納得するタンポポ。
ダンデ・ライオンからこの名前は取ってきたらしい。
漢字も"礼緒"とかっこいいと喜ぶタンポポであるが稲葉は1つ疑問があった。


「"礼緒"を"ライオン"って読んでくれる人っているかな?」

「『………あ!!』」


まず読めないであろう。
あのときタンポポも"れいお"と読んでいた。普通"ライオン"とは読めないはずだ。
鋭いツッコミにイナゴは唸り声を上げて対応する。


「うー…困ったな…"ライオン"って読めないか…」

「で、でも僕その漢字好きだな」

『アタイも好きでヤンスよ。かっこいい漢字だと思うでヤンス』


2人からフォローされ、イナゴはすぐに元気になった。


「そうだな。それじゃあ名前は"礼緒"で決定だな!」

「お前単純だな?!」

『でもやっぱり読み方は考えた方がいいと思うでヤンス』


高らかと笑うイナゴをタンポポが止めた。
そしたらどんな風に読めるんだ?と問われタンポポも唸り声を上げ始める。

すると、稲葉が"礼緒"を読み上げた。


「…"れお"……」

「『……』」


暫し沈黙になってしまった。
何故静かになるのか少し焦燥する稲葉。
やがてイナゴが沈黙を破った。

やけにハイテンションに。


「それに決定〜!!!!」


そのテンションには稲葉は思わず唖然とした。
タンポポも後に続いて叫んでいた。


『レオ!レオってかっこいいでヤンス!"いなば れお"!!』

「いいじゃんか!これで決まりだ!お前は今日から"稲葉礼緒"」

『よろしくでヤンス!レオ〜!』

「よろしく!レオ!」


「え?え?え?」


まさかこんなにも気に入ってもらえるとは思ってもいなかったのだ。
稲葉礼緒は戸惑いの連続だった。
マヌケな声を出す元黒猫こと稲葉礼緒ことレオにイナゴが言う。


「よし!レオ!今日からよろしく!」

「ちょっと待って!本当に僕って"稲葉礼緒"なの?」

『そうでヤンス。いい名前でヤンス!レオってかっこいいでヤンス!』

「そ、そう思う?」


明るく頷くこの2人(1人と1匹)。
そしてまたワイワイ騒ぐイナゴたちにレオも思わず笑ってしまった。


「あはは!よかった!僕の名前は稲葉礼緒!かっこいい!」

「だろー!よっしゃ!レオ〜!今度から一緒だぞ〜!」

『今日から一緒にここで住むでヤンス〜!』

「うん、よろしく2人とも〜!わっほーい!……って、ちょっと待て!!!」


何気なく問題発言をしたイナゴたちにレオは鋭くつっこんだ。


「一緒に住むってどういうこと?!」


それは聞いていない話であった。
イナゴが大いに笑って


「だってお前人間なのに住むところがないってちょっと変だろ?だから俺らが変わりに保護者になってやるんだよ」

『そうでヤンスよ。だから今日からここで皆で暮らすでヤンス』

「はあ?ちょっと待ってよ!あんたらここの世界の人じゃないんだろ!」

「そうだけど」


イナゴは言った。


「オレ、あの世界嫌い。こっちの世界に住んでみたい」


それはあまりにも自己中心的な考えであった。
しかしタンポポも同意していた。


『アタイもこっちの世界をもっと堪能してみたいでヤンス。だからここに住むでヤンス』

「おう!オレが父さんでダンちゃんも父さん。そしてその息子のレオだ」

「待て意味分からん。まず父さん同士の間に息子が生まれるな!」

『禁断の愛が芽生えたでヤンスね』

「こーらー!」


今回のタンポポはイナゴの味方らしく、イナゴと共にボケてくる。
レオが2人の考えを拒否するのだが、イナゴたちは高らかと笑うだけでもう話を聞いてくれない。


「……そんな…あんまりだ…。こんな奴らと一緒に住むなんて…。しかもこれから学生なのか……」


イナゴの魔法によって電気も通ったこの空き家の窓には
大げさに笑う2人(1人と1匹)の影と大きく肩を落としている一人の少年の影が映っていた。






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(04/07/21)





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