スズメの鳴き声が目覚まし時計の変わりとなり、黒い髪の少年は朝早く起きることが出来た。

 …僕の名前は稲葉礼緒。
 「いなば れお」と読む。

ボサボサになった髪を整えるために手の甲を舐めてその手で手入れをする。

 僕は黒猫なのだ。だけどそれは昔の話。
 今はいろいろあって人間になってしまったのだ。

 そう、僕の大嫌いな人間に…。

綺麗なフローリングの廊下をレオは髪を整えながら歩いていく。
意外に広いこの家は、今や自分らの家。

 この家は空き家だったのだ。
 それをどっかの誰かさんが勝手に自分らの家にしやがったんだ。
 汚れていた家の中までお得意の魔法でちょちょいとクリーニングして
 今じゃ新築みたいな綺麗さだ。
 勝手にこんなことしてしまってもいいのだろうか…。

暫く廊下を歩いていると、やがてキッチンにつくことができた。
するとそこからはほんのりいい香りがしてきた。


「おお〜!レオ起きたか〜!」

『早く来るでヤンス〜朝ごはんでヤンスよ〜』


朝っぱらからテンションが高いこの2名に逢ったのが全ての始まりだった。
フライパンを得意げに振って料理を作り上げている黒づくめのオレンジ頭の男はイナゴ。
全てこいつの仕業だ。
レオを人間にして、家の中もこんなに綺麗にした。これは全てイナゴの魔法によるものである。
イナゴは実は魔術師なのだ。こんなふざけた姿をしているのに…。
そしてイナゴの周りをうろちょろ飛行しているライオンのぬいぐるみはタンポポ。
本名はダンデ・ライオン。イナゴからはダンちゃんと呼ばれている。
ヤンス口調で陽気なヤツなのだがこいつは実は悪魔らしい。
今はわけあってこのぬいぐるみに憑いているらしいが。

いい匂いが漂う中、レオは思わず匂いに誘われ、テーブルに腰を下ろした。


「…イナゴ。料理得意なのか?」


片手でフライパンを操るイナゴにレオが問いかける。
するとイナゴは楽しそうに笑って頷いた。


「おう!俺は何でも出来るんだ!」

「意外にイナゴの料理は美味しいでヤンスよ。食べてみるといいでヤンス」


そして目の前には料理が並べられた。
驚いたことに本当に美味しそうな料理だ。見ているだけでヨダレがでてきそう。

全員が腰を下ろしたところでイナゴが弾けた声で言った。


「よっしゃ!食べるぞ!食べるぞ〜!た〜べ〜る〜ぞ〜」

「いいから早く食べさせてくれよ?!」

「全くでヤンス!せっかくの料理が冷えるでヤンスよ!」


2人に木っ端微塵に注意をうけるがイナゴは単純な性格のためすぐに立ち直った。
食べよう、ということで、全員が両手を合わせて、挨拶をする。


「いただきます」

「『ミャンマー!』」

「……は?」


変な言葉を発した2人に思わずレオは眉を寄せてしまった。
そんなレオを見てこちらも焦燥する。


「え?何でそんな顰めた顔するんだよ?!」

『アタイら変なことしたでヤンスか?普通に挨拶しただけでヤンスよ』

「…いや、その挨拶…こっちではしないよ…」


2人は挨拶のつもりで言っていたらしい。
ちなみにイナゴとタンポポはこちらの世界の者ではない。
異世界の者だ。何だか向こうの世界が嫌になったらしくこっちに逃げてきたようだ。

そしたら一体なんて挨拶をすればいいのだ?と言わんばかりの表情をとるイナゴたちにレオを教えてあげた。


「ご飯を食べるときは『いただきます』と言うんだよ」

「『へえ〜!!』」


本当に知らなかったらしい。目を輝かせて、他には?と訊ねられたのでレオは続けて教える。


「食べ終わった後は『ごちそうさま』って言うんだ」

「え!食べる前と後では挨拶違うのか!」

『何だか面倒くさいでヤンスね』


一体向こうではどんな挨拶をしていたのだろうか。
そう訊こうと思ったが、もう腹が限界だ。目の前にある料理を早く平らげたい。
そのため、3人は一斉にこう言った。


「「『いただきます!』」」


そしてその場は戦争になった。
イナゴのフォークは素晴らしい手さばきで様々な料理を串刺しにしていく。
タンポポも料理を食べれるらしい。パンを瞬食していた。
レオも元黒猫だ。しかもあの様子からして野良猫だったのだろう。料理を捉えるとすぐにその場から離れ影でこっそりと食べていた。

この中には普通の人間がいなかった。

しかしレオのその食べ方はさすがに危険だと思い、タンポポが注意した。


『レオ。その食べ方はいろいろこの先危ないと思うでヤンスよ』


注意を受け、レオが首を傾げる。


「何で?」


猫の習性が抜けていないレオは何故この食べ方がいけないのか分からなかった。
タンポポが教える。


『あんたは確かに猫だったけどそれは昔の話でヤンスよ?今は人間なのにその食べ方をしていたら、怪しまれるでヤンス』

「…」

『そんなところでこっそり食べていないでイスに座って落ち着いて食べるでヤンス』


好きでこの姿になったわけではないのに、とレオは目でタンポポに訴えるがタンポポの愛くるしいライオンのぬいぐるみの姿にこちらが負けてしまった。
言われたとおりにイスの座る。


「…」


フォークをグーで握って料理を刺す。
そしてプルプルと手を震えさせながらもレオは口に料理を持って行き、食べた。


『そう!そうすればいいんでヤンスよ!』

「…なんか…変な気がする…」

『仕方ないことでヤンスよ。あんたは黒猫だったんでヤンスよ。でも今は人間でヤンスけど』

「…」

『少しずつ人間のこと知っていこうでヤンス!』

「……はあ」


 僕、一体何をしているのだろう。

深くため息をついてレオは全ての仕業であるイナゴに目線を動かす。睨もうと思ったのだ。
しかしレオは呆気にとられた表情をとった。

イナゴの方が先にこちらを見ていたのだ。しかもニンマリ微笑みながら。

フォークを口に入れたまま笑っている。


「どうだ?うまいだろ〜俺の料理」


確かにイナゴの料理は美味しかった。意外だった。
だけど、イナゴにはいろいろと恨みがある。どうしても睨みたい。
しかし睨めない。何であいつはこんなにも笑っているのだろう。


「そらよかった!お前逢ったときすっげー死にそうな顔してたけど、今元気そうだもんな!そんなに美味かったか?俺の料理」


元気そう…?
まさかと思い、手元にあったガラス製のコップを見た。そこには黒髪の自分の姿が映っている。
そしてその自分の表情を見てみると何と笑顔だったのだ。


「…」

『あんたは顔に気持ちが出やすいタイプでヤンスね!可愛いでヤンス』

「俺も顔に気持ちが出やすいぞ!」

『そうでヤンスね。女子高生を見たときのあの顔は犯罪的でヤンスよ』

「言うな!言わないでくれ!俺を汚さないで!!」


 笑っている…。
 何で笑っているのだ。

 僕は、こんな姿にされて嬉しくないはずだ。それなのになんで笑っている?

 …何で…?

 すると、ほら。今度は笑い声。


「あはは!バカみたい!」

「!!」

『女子高生見てニヤニヤしているイナゴの姿、今度レオにも見せてあげるでヤンスよ』

「本当?うわー見たいな」


 イナゴたちといると僕は自然に笑みを溢してしまう。何で?
 僕はこいつらを怨んでいるはずなんだ。こんな姿に勝手にされて喜べるはずがないのに。

 だけど
 イナゴたちは…


「そんなこと言うなよダンちゃん!俺がどっかのスケベじじいみたいじゃんか」

『スーケーベー』

「この糞色ライオンめ!!」

『いててて、やめるでヤンス!ホッペを抓むなでヤンス!ってか糞色って失礼でヤンスね!!』

「だってその色はまさしく…って熱!!またかよ!また尻を重点的に狙いやがったな!尻火炙りの刑はあんまりだよダンちゃん!」

「あははは!!」


 イナゴたちは、面白いヤツらなのだ。
 自然に人を笑わせることが出来る。
 だから僕も笑ってしまう…。

 いや、違うかも。

 イナゴたちは、もしかしたら
 僕を笑わせようとしているのかもしれない。








「「『ごちそうさま〜!』」」


食べ終わった後にする挨拶をみんなでして、イナゴは片付けに取り掛かった。
彼はこう見えても家庭的みたいだ。
早々と皿を片付けていくイナゴの手伝いをレオが進んで取り組む。


「今何時だ?」


洗い物をしているイナゴが背後にいるタンポポに向けて訊ね、タンポポは答えた。


「7時でヤンス」

「おう!そうか」


時間を確認するとイナゴは洗い物を止めて、テーブルの上を片付けているレオに顔を向ける。
そして彼にこう言った。


「それじゃあ、これに着替えてくれよ」

「ん?」


突然、片付けていたテーブルの上が小爆発を起こした。
それはイナゴの仕業である。彼が魔法を出したのだ。
小爆発が起こった場所には、見る見るうちに白いものが見えてきた。

タンポポが拾い上げて、レオの所へ持っていく。
一体なんだろうかとレオは首を傾げる。


「何それ?」

『まあ、広げてみるでヤンス』


タンポポに促されレオは渡された白いものを広げてみた。
すると、それは


「……」

「制服だ。さっき俺がそこを通りかかったクソガキから剥ぎ取ってきた」

『イナゴが魔法で取り寄せたんでヤンス』


何と制服であった。
白いYシャツと黒いズボンにベルト。

レオは思わず唖然としてしまった。
イナゴは遠慮なく続ける。


「これを早速着てくれ。そして学校に行くんだ。わかったな」

『学校に行くときはアタイらも一緒だから安心するでヤンス』


「……」


制服…。
学校…。
こいつらと一緒に登校……。


「そんなぁ…」


 忘れていた。
 自分はこれから人間として生活しなければならないのだ。
 しかも学生としてだ。最悪である。
 今から学校に行けだなんて。…ふざけている


「まあ、頑張れよ。俺らも俺らで頑張るからさ」

『イナゴ。あとで一緒に買い物に行くでヤンス』

「そうだな!どっかの店に行ってみるか」

「…学校か…嫌だな……人間がたくさん…人間の溜まり場……人間地獄だ…はあ…」


イナゴとタンポポが楽しく計画を立てている中、レオは愚痴をこぼしていた。
そして無理矢理制服に着替えさせられ学校に行くはめになってしまったのだった。






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(04/07/24)





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