―― 人間なんて、大嫌いだ。


僕は黒猫。
しかしもう黒ではない。
僕は光。
存在はなくなって、今はただの光でしかない。
僕は存在しない。


そう、僕は死んでしまったのだ。
死んでしまった可哀想な黒猫。
僕は死んで街をさまよう光になってしまったのだ。
ぷらぷらと街をさまよい、適当に動いていく。
目的地なんてない。
ただ街中を飛んでいく…。




 プロローグ。。天から現れた黒い神



―― くそ!人間なんか人間なんか…っ


黒猫の魂は街の人ごみを睨みながら飛翔していた。
この黒猫の光の存在なんか人々は知らない。
魂は人には見えないものなのだから。

黒猫はまた舌打ちを打つ。


―― 人間なんか消えてしまえばいいんだ。人間なんていい生き物ではない。

―― いなくなれ。いなくなれ


呪いの言葉を言い放ち、黒猫はまた下を睨む。
何故この黒猫は人々を恨んでいるのか分からない。
自分でも分からなかった。
それでも黒猫は無闇に人を呪う。

ギラギラに光るこの光は黒猫の憎しみの塊なのだ。
黒猫は憎しみの塊の状態で飛行している。


―― 人間なんか、人間なんか…っ


黒猫には、記憶がなかった。
何故自分がこんなにも人を恨んでいるのか、その理由も分からない。
ただ、意識した頃には自分は人を恨んでいる存在になっていたこと
それだけしか知らなかった。
だから人を呪い続ける。

嫌いな人間の上空を舞う光。
悲しい色をした光は人間には見えない。
光は人間しか見ていない。


しかし、目の端に、人間の影がうっすらと映った。
上空している光の真横に人間の影が。
そんなのありえない。
そしたらその人間は飛んでいるということになる。

ありえない。ありえないから
黒猫はそれを見るために大きく光を動かした。

すると


「ミャンマー!元気か?」


人間がいた。
真っ黒いマントとシルクハットを被った男だ。
その男は黒猫の光の隣にいる。
つまり
男は空に浮いているのだ。
光は大きく揺れあがった。


―― うわあ?!!


悲鳴を上げる。
黒猫の存在は人に見ることが出来ないはずなのだ。
それなのにこの男は光に向けて挨拶してきた。
どういうことだ?


「お〜お〜。いいリアクションだ」

―― え?!どういうこと?何でお前僕のこと見えてるの?!何で浮いてるの?!


光は膨大したり縮小したりを繰り返して大げさに動きを表す。
はっはっはと笑い声を放つ男はいい笑みを溢した。


「だって、オレ人間じゃねーもん」

―― ……は?


思わず聞き返した。
言っている意味が分からないからだ。
男はどう見ても外見は人間なのだ。
黒猫のように姿を失い光となっているわけでもなく、きちんとした体がある。

大いに笑う男のシルクハットの下からはオレンジ色の髪が見える。
良く見てみるとこの男は外見は黒いのに中身は派手な色をたくさん使っている。
黒いマントとは裏腹に健康的な肌。右頬には緑色の大胆な模様…星が描かれている。自分でペイントしたのだろうか。
そしてマントの下の服はパンク風だ。わざとボロボロに仕立てられているTシャツとジーンズを着ている。


―― …どう見ても人間にしか見えないけど

「はっはっは。見た目はそうなんだけどな」


やはり高笑いをする男。陽気なキャラのようだ。
対し黒猫は光の光度を変えながら不満げに無い声を放つ。


―― そしたら、あなたは一体何なんだ?

「…ん?オレ?」


黒猫に訊ねられ、男は笑うのをやめた。
しかし表情はいい笑みのままで、やがてこう口にした。


「オレの名前はイナゴ。前にある人にそう名づけてもらったんだ」


いいだろ〜!と自慢げに言った。
…イナゴって変な名前だな。と黒猫は思ったがあえて口にしなかった。

そしてイナゴと名乗った男はやはり訊ねてくるだろうという質問をしてきた。


「お前はなんていう名前だ?」


黒猫は首を振る。…といっても存在が無いただの光のためそんな表現してもわからないのだが。

答えない黒猫にイナゴは首を傾げて、行儀悪く座り込んだ。上空で。


「何だよ。教えてくれないのか。ケチだな」

―― …名前なんて知らない


イナゴには、聞こえるはずの無い黒猫の声が聞こえるのだろうか。
口篭ったような声が聞こえてきて光を見やる。


「…名前知らないのか?」

―― 僕は黒猫の霊だもの。なぜか成仏できないでずっとここをさまよっているんだ

「…っ!」


真実を聞いてイナゴの目が見開かれた。
行儀悪く座っていたのにわざわざ正座に座りなおす。


「どういう意味だ?お前成仏の出来ない霊なのか?」

―― そう

「…何で…?」

『ああー!ここにいたでヤンスか〜?』


イナゴの声を掻き消す勢いで誰かの声が聞こえてきた。
その声を聞いてイナゴの額には汗が流れてくる。
口を尖らせ、そのまま声を出した。


「…う、ダンちゃんか。見つけるの早いなぁ」

『またダンちゃんって言ったでヤンスね!?!失礼でヤンス!』


怒鳴り声と共に、イナゴの肩上にポンと空気を破裂させて現れたのは
ぬいぐるみであった。
しかしそれは動いている。


『かくれんぼしようとイナゴが言ったから優しいアタイは誰もしない鬼役を進んでしてあげたのに、てめえは異次元にまで渡って隠れてきてたでヤンスか!このやろう!』

「はっはっは。かくれんぼも戦争だ。戦争」

『誰も大砲とか持ってないでヤンスよ!さあ、次はイナゴが鬼の番でヤンスよ!』


早口で喋るぬいぐるみを唖然と眺めているのは黒猫の光。
このぬいぐるみは顔の周りに鬣があるところからしてライオンのぬいぐるみなのだろう。
しかし尾は黒猫のような真っ黒い尻尾で先には炎が燈っている。
それから背中からはコウモリのような黒の羽根がついていた。
黒羽は緩やかに風に乗って羽ばたいている。

不思議なぬいぐるみも黒猫の存在に気づいたらしく、こちらに目を向けてきた。


『ん?どうしたでヤンスか?あんたどうしてそんな姿になっているでヤンスか?』


姿のないただの光にぬいぐるみは話しかけていた。
このぬいぐるみにも黒猫の姿が見えるようだ。
不審に光に近づいた。


「こいつ黒猫の魂なんだってよ。なぜか成仏できないらしいんだ」


状況をイナゴが告げる。
それを聞いたぬいぐるみは、顔を青ざめて


『……浮遊霊でヤンスか?』


そう訊ねてきた。
しかし黒猫は自分のことも分からない。首を振る仕草をするだけだった。


『何らかの理由で成仏ができなくなっているんでヤンスか。困ったでヤンスね…』

―― あ、あの…


困った素振りを見せる不思議なぬいぐるみとその飼い主みたいなイナゴに黒猫が訊ねた。


―― 一体あなたたち何者?何で形のないただの光の僕を見ることが出来るの?


その質問に、イナゴもぬいぐるみも笑った。


「はっはっは!言っただろ?オレは人間じゃないって。だから見えるのさ」

『アタイらは異次元から来たでヤンスよ』


後者の発言に黒猫は驚きの声を上げる。


―― 異次元からってどういう意味?!


ぬいぐるみのくせして表情を作れるようだ。
説明するのを面倒くさがるように口を尖らせた。


『さっきの会話を聞いていたら分かるでヤンスよ?アタイらはのん気にかくれんぼをして遊んでいたでヤンス』

「ってかオレがあの世界が嫌になってこっちに逃げてきたって言った方が正しいんだけどな」

『そうそう………って、ええええ?!』

「だってあの世界にいると頭が可笑しくなりそうだもん」

『逃げたでヤンスか!あんた別世界にわざわざ逃げたでヤンスか!アタイとも相談せずに!!』

「だってダンちゃんに相談したら炙られそうだもん」

『あぁ。今だってすっごいあんたの尻を焼きたい気分でヤンスよ』

「言ってるそばから焼いてるって!熱っ!焼ける焼ける!!桃がいい具合に焼けちゃう!」


ぬいぐるみの尻尾から出ている炎を尻に炙られ悲鳴をあげるイナゴ。
対し黒猫の光は無言で眺めている。


『あ、そうでヤンス。せっかくこうやって逢えたんだし自己紹介をするでヤンスよ』


あんたら一体何?といわんばかりの冷たい視線に気づいたのだろう、ぬいぐるみが慌てて口を開いていた。
イナゴも同意し、まずはぬいぐるみから自己紹介をし始めた。


『アタイの名前はダンデ・ライオンでヤンス。ライオンのぬいぐるみに乗り移って今この姿なのでヤンスよ』


それでようやく分かった。
何故ぬいぐるみが動いているのかが。

黒猫がそう感心しているとき
ダンデ・ライオンと名乗ったぬいぐるみに向けてイナゴが大いに笑いながら手を打っていた。


「はっはっは、何言ってんだよ!お前はダンちゃんで十分だろ?」

『だからダンちゃん呼ぶなっていってるでヤンス!せっかくのかっこいい名前が台無しになるでヤンス!』

「でもダンデ・ライオンだなんて名前が長すぎて呼びにくいじゃないか」

『た、確かにそうでヤンスが…』

「そしたらダンデ・ライオンを訳してタンポポでいいじゃん」

『おお〜!イナゴあったまいい〜!』

「あったりまえだろ!オレはこう見えても成績はいいんだぞ!」


はっはっはと高笑いをして自慢するイナゴ。
彼はあんな怠けた格好をしている割には頭がいいらしい。
ダンデ・ライオンはタンポポという呼び名を気に入ったようだ。ニコニコ微笑んでいる。


『それじゃあアタイのことはタンポポって呼んででヤンス。こっちの方が呼びやすいでヤンス?』


久々にこちらに話を向けられたため少し喉を詰まらせてしまった。
それから黒猫は頷く。


―― わかった。タンポポ

『うん』

―― ところで


ここで黒猫は聞きたかったことを聞いてみた。


―― タンポポは一体何なんだい?ぬいぐるみに乗り移っているっていってるけど


それを聞くとタンポポことダンデ・ライオンは不敵な笑みを溢し始めた。


『こう見えてもアタイは悪魔でヤンス』

―― …その愛くるしい姿に愉快な口調でよくも嘘を言えるものだ…

『嘘じゃないでヤンスよ!本当でヤンス!今はいろいろあってこのぬいぐるみに乗り移っているでヤンス!ってかこの口調を馬鹿にするんじゃないでヤンスよ!』

「…いや、誰だってその口調にはツッコミを入れずにはいられないだろ?」

『そんなイナゴまで!!』

「だって『ヤンス』って普通言わないし…」

『わー馬鹿にされたーでヤンスー!』


愉快な2人(1人と1匹)の会話を聞いているうちに、黒猫の光は楽しそうに光度を変えていた。
2人(1人で1匹)にしか聞こえない声も弾んでいた。


―― あはは。キミたち愉快だね


それからまた声を立てて笑う黒猫にタンポポは驚いた。
イナゴはというと珍しいものを見たといった表情をしてススっと滑り込むように黒猫に近づいていく。
そしてニッコリと微笑んだ。


「なんだ、お前笑えるんじゃん」


嬉しそうに黒猫の光をイナゴは手の中に包み込む。
突然包み込まれて驚いた様子の光であったが、何も言わなかった。


「せっかく笑えるのに、さっきのような表情したらダメじゃん?」


さっきのような表情?
…上空から人間を睨んでいた、あのときの表情のことを言っているのだろうか。
そうするとイナゴはいつから黒猫のことを見ていたのだろう。
疑問に思ったが気にしないことにした。
黒猫は口篭った声で言い返す。


―― 僕は人間が嫌いなんだ。だからあんな表情してたんだ。

「何で人間が嫌いなんだ?」


突然人が変わったかのように凛としたイナゴの声。
対し黒猫の声は震えた声をしていた。


―― 分からない。意識しているときから僕は人間のことが大嫌いだった。どうしてなのかは分からない。

「…」

『記憶が、ないでヤンスか?』


大抵死んだものには記憶はなくなる。
しかし人間が嫌いという心だけが残るとは珍しいケースである。
それほどまでに人間が嫌いだったのだろう。

一つ大きなため息をついてイナゴが提案した。


「よし、決めた!これは本当はしたらいけないことなんだけどやってみよう」

『な、何をする気でヤンスか?』


また善くならぬことをするのだろうかと固唾を飲むタンポポ。
イナゴは意地悪く笑い、黙る黒猫に向けてこう言い切った。


「お前を生き返らせてやるよ」


それはありえない話であった。


―― は?


思わずマヌケな声で聞き返す。
イナゴは意地悪い笑みのまま。


「だーかーらー。お前を生き返らせてやるって言ってんだよ」

―― 無理なこと言うんじゃないよ…。

『おいイナゴ!どうする気でヤンスか!』


批判の声を浴びるがそれでもイナゴは笑みを壊さない。
この男、よく笑う奴だ。

黒猫が呆れているとき、イナゴは言ったのだ。


「オレに出来ないことはない。お前を生き返らせることも可能だ」


すると、突如イナゴは光に包まれた。これはイナゴ自身が放っている光だ。
黒猫はイナゴの手の中なので一緒に光を浴びる。
その光は、黒猫の光とは違う、別なオーラがあった。

優しいオーラ。


「おい、ダンちゃんも手伝ってくれよ」

『…もう、分かったでヤンスよ』


イナゴに呼ばれてタンポポも面倒くさそうに加勢する。
黒猫は何が何だか理解できなかった。思わずその場から逃げようとするがイナゴに捕まれている今、逃げることなんて不可能だった。
イナゴの優しい光の周りにタンポポの尻尾から出た炎が舞い踊る。
その場はより一層明るくなり

そして…。


。 。 。 。


目を覚ますと目の前に広がっているのは赤みを帯びた空だった。
雲も夕日によって赤く染められ、この世は赤い世界となる。
そう思っていたが目の端に赤以外の色、黒が浮かび上がった。


「おー目覚ましたか?随分長く寝ていたな」


黒いものは陽気に笑いながらこちらに寄ってくる。
赤い世界は徐々に黒に帯びられていく。すると目の前が突然塞がれた。


『さあ早く起きるでヤンス。いつまで寝転がっているでヤンスか』


目の前に現れ視界を塞いだのは、ライオンのぬいぐるみに取り付いた悪魔、タンポポだった。
タンポポの顔のどアップに驚いて身を急いで起こす。
タンポポと顔がぶつかりそうになったがタンポポの反射神経のよさのおかげで無事ぶつからずにすんだ。

黒いマントとシルクハットを被ったイナゴが陽気に笑い続けている。


「はっはっは。危なかったなー。もう少しでダンちゃんに炙られるところだったぞ」

『失礼でヤンスね。アタイは簡単に人を炙らないでヤンスよ』

「嘘つくな!オレをよく炙るくせに!」

『あんたは特別でヤンス!優しくしているといつまでたっても落ち着きがないからでヤンス』

「何言ってんだ。オレはいつも落ち着いてるじゃないか。はっはっは」

『高らかと笑っておきながらよくもそんなことが言えるでヤンスね。はあ…』


愉快な2人(1人と1匹)を呆然と眺める。
一体なんで自分が寝ていたのかも分からない。一体自分は今まで何をしていたのかも分からない。
この2人(1人と1匹)は一体何?

何も思い出せなくてただボーっとしている姿を見てイナゴがまた笑う。


「何だよー。何ボーっとしてんだよ!喜べよ。オレらと一緒に!」

『そうでヤンスよ。今日は宴でヤンス!』


何のことを言っているのだ?
思い出せない。こいつらのことも…。
何だっけ…?


「おーい!生きてる?まさかオレ…失敗とかしてないよな?」

『…ハっ!!イナゴのことだしそれはあり得るでヤンス』

「おい!しっかりしてくれよ!お願いだから反応して!」

『イナゴが失敗したでヤンスー失敗したでヤンスー』

「ダンちゃん、うっさいよ!!」

『いててててでヤンス、ホッペ抓まないででヤンス!痛いでヤンス!』

「ヤンスヤンスうっさいんだよ!って、熱っ!またオレの尻炙りやがったな!こいつ!」

『あんたがアタイのホッペから手を離さない限りアタイもあんたの尻炙り続けるでヤンス』

「くっそ!手離してたまるか!これこそ男だ!聖なる漢だ!」


取っ組み合いをしている2人を見ているうちに、何だか笑みが零れてきた。
そして思わず


「あははははは」


笑い声を上げていた。
すると取っ組み合いも中断された。反応があって驚いているようだ。


「何だ。反応してくれたじゃん。よかった」


尻を押さえながらイナゴが安堵をつく。
タンポポも頬を押さえながら一緒に安堵のため息をつく。


『失敗してなかったでヤンスね』

「よかったー」

「………あの…」


恐る恐る聞いてみた。


「あなたたちは一体何?僕は…何?」

「はっはっは、何惚けたこと言ってんだよ!」

『あ、突然蘇られて記憶が曖昧になってるでヤンスよ』


タンポポに言われて、あぁ〜。と納得するイナゴに向けてもう一度問う。


「一体何がどうなっているの?」


イナゴもタンポポもよく笑う奴らだった。


「はっはっは。そうだな、教えてやるか」

「えへへでヤンス。何からから話せばいいでヤンスか?」

「まず…ここは何処?」


質問に2人(1人と1匹)が声をそろえて答える。


「『空き地』」

「え?」

「ちょうどここに人がいなかったんだよ」

「……そ、そう。そしたら」


唾を飲んで、訊ねた。


「僕は、何?」


するとイナゴが朗らかに笑って


「お前は街をさまよう黒猫の幽霊だ。人間のことが大嫌いな憎しみの塊」

『だけどそれは前の話でヤンス。今は違うでヤンス』


タンポポが後を続けた。
そして最後はイナゴが言い切った。


「お前は、人間だ」


突然そう言われても理解できなかった。


「え?」

「だーかーらー。お前は今は人間だっつーの。何回も言わせんな」

『無理を言うんじゃないでヤンスよ。突然「お前は人間だ」言われても理解できないでヤンスよ』

「そ、そっかあ?」


言い争っている声が響く中、思い出した。

自分は人間が嫌いだった。
自分は黒猫の魂だった。憎しみしか残っていない魂だった。
しかし、変な奴らに出会ったんだ。

それが目の前で言い争っているこいつら。

こいつらが突然自分の前に現れてそして…そうだ、そうだよ
そういえば言っていた。黒マントの方が。

"お前を生き返らせてやるよ"って。

…それで気を失って………。

今、こうやって生き返った…

ん?
生き返った…?


ちょ、ちょっと待って


「僕、人間になって蘇ったの?!!」


元黒猫の魂が叫んだ。
その声のおかげで言い争いも中断され、両者はこちらに顔を向ける。
イナゴがやはり笑って


「そうだよ。お前は生き返ったのさ」

「何か違う!これは生き返ったって言わない!何で僕の本来の姿の黒猫じゃなくて人間なのさ!」

『いいじゃないでヤンスか。人間の方が後々楽でヤンスよ』

「いや!僕は人間が嫌いなんだよ。こんなのツライだけだ!」

「お前も分からん奴だな」


ワーワー喚く元黒猫を見て呆れ顔を作るイナゴに、元黒猫が眉を寄せる。
イナゴが元黒猫に近づいてきた。


「お前の人間嫌いの理由を探ろうと思ってあえて人間の姿にしたんだぞ」

「え?」

『全くでヤンス。人間嫌いを克服させようというアタイらの気持ちでヤンス』

「…」


そんな理由で人間の姿にされたなんて。


「おいおいー悲しい顔すんなよ。今お前は人間なんだから表情が表に出てるぞ」


イナゴに注意を受けても機嫌は直らない。
こんなの、こんなの…
ふざけている…。


それなのに…


『あ〜あ〜、泣かせたでヤンス〜。イナゴが泣かせたでヤンス〜』

「や、やめてくれよ。何か悪いことしたみたいじゃんか」

「してるよ!馬鹿!」


思わず怒鳴ってしまった。
イナゴとタンポポは泣きながら怒鳴る元黒猫に思わず唖然とする。


「くそぅ!何で僕が人間なんかに!なんてことしやがるんだ!アホ!ボケ!キャラメル頭!」

「きゃ、キャラメル頭?!お前この髪色のこと馬鹿にしてるのか!この野郎!!」

『まーまー落ち着くでヤンス2人とも』

「キャラメル頭言われて落ち着けると思ってんのか!ボケナス!!って、熱っ!!また尻炙りやがったな!」


また言い争う目の前の奴らに、元黒猫は淡々と言い放つ。


「とにかく!早く元の姿に戻せ!僕はあの魂のままの方がいい!」

「はっはっは。それはもう無理だ」

「何でだよ!蘇らせることが出来るのなら戻すことも出来るだろ!」

「そしたらオレはお前を殺さなくてはならなくなる」

「っ!」


イナゴの一言は強烈だった。
元黒猫も黙り込んでしまった。

せっかく黒猫の魂は蘇ったのだ。人間としてだけど。
それを"元の姿に戻せ"と言うことはつまりは"魂の姿に戻せ"といっていることになる。
そうすると死なせないといけなくなる。殺せと言っているようなものなのだ。

周りを鎮めた言葉を言い放ったイナゴの瞳は悲しみ色をしていた。
そんなイナゴを見てタンポポも同じく元黒猫に言う。


『まあゴメンだけど諦めてほしいでヤンス。イナゴはあんたのことを思って蘇らせてあげたんでヤンスから』

「…」


無言になる。
周りの風景は徐々に黒に帯びていく。
夜がやってくるのだ。
場も少し冷えてきた。

それに気づいて


「お、夜になったか。んじゃ仕方ない」


イナゴの色は闇色のため周りと一体化して見づらくなっている。
それでも存在自体が濃いため、居場所が分かるのだが。

突然闇の中から腕をつかまれ驚くがそれがイナゴの仕業と知ると眉を寄せた。


「…何?」

「まあそんなに怒るなって。考えがあるんだから」

「…考え?」

「そう。んじゃオレの後ついてきて」

「……はあ…?」


一体今度は何をされるのだろうか。逃げたかったが腕を完璧に掴まれているため逃げられなかった。
大人しくイナゴに腕を引かれて元黒猫たちはタンポポの尻尾の炎を頼りに闇の中歩いていった。




>>





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



(04/07/19)





inserted by FC2 system