「フィアンセだなんて誰がそんなこと言ったの?!」


今、レオとリクは学校を回っていた。
長い長い廊下を二人が歩く。周りにはあまり人がいないようだ。
ときどきすれ違う人たちもこちらを気にしていない様子。

レオがさり気なく「君の事をフィアンセとか言っていたキチガイ野郎がいた」と言うとリクは赤面して激しくそう言い返していた。
異常な反応にレオは目を丸くした。


「…?フィアンセって一体何なの?僕知らないんだけど…。食べ物?」

「ええ?フィアンセの意味知らないの?ってか食べ物じゃないから!確実に違うから!」


赤面しながらリクは笑いながら否定していた。
しかしレオはふざけたわけではない。本当に知らないのだ。
だから教えて欲しかった。


「それじゃあ何なの?フィアンセって」


そこまで乗り気ではないレオの声だったけれど内心では結構気になっている。
だが目の前には自分の大嫌いな人間がいる。だから感情を伝えるのが下手になっているのだろう。

そんなレオの声にリクはいつもの微笑みで返してた。


「フィアンセとは」


そこでリクはちょっと頬を赤めた。


「婚約者のことだよ」


正体を聞いてレオ、また目を丸くした。
いつもの暗い印象の表情がまるで猫みたいになる。いや、元は猫だったしその表情が作れるのも当たり前なのか…?


「は?内海さん結婚するの?」

「しないしない!ってか私のことフィアンセって言ったの誰だったの?!」


また同じことを訊ねられ、レオはすぐに表情をいつもの物に戻した。
ムッと口先を尖らせて、過去のことを思い出す。
誰が言ったのかを思い出しているのだ。

 誰が言ったっけ…。


「何か、風が吹いていないのに、こう…髪が靡いている奴」

「ああ、甲斐くん?」


自分にガムをつけたあの憎たらしい男だというのは分かっていたのだが、名前が分からなかったレオは、髪の毛が右に靡いていると表現させてリクに伝える。
するとリクもすぐに分かったようだ。
それにレオも、そんな名前だったよな。と思い出し、コクリと頷いた。


「…甲斐くんねぇ。甲斐くんなら言いそう…」

「あいつどこの坊ちゃん?すげー腹の立つ奴だったんだけど」

「あ、甲斐くんはね」


するとリク、苦い表情のまま笑ってみせた。


「どこかの会社の社長の息子なんだよ。お金持ちなんだけどね」

「…ふーん。それじゃ内海さんとそいつはどんな関係」

「あ、そうそう。ここはねー」


レオがリクと甲斐の関係は何なのかを訊ねようとしたが、すぐさまリクが話題を変え一人で学校紹介に突っ走った。
きっといえないような関係なのだろう。わざと話題を変えたリク。
しかしレオは話を急に反られたことに対して表情を顰めてた。
何か腹が立ってしまったのだ。

 何様のつもりだ。人間め…

 やはり相手は自分の嫌いな人間だ。
 自分勝手な奴め。


楽しく声を弾ませているリクをレオはチラっと見る。いや睨む。

 とにかくだ。こいつをどうにかしないとならない。
 あのクラスではこいつが中心となっているようだから、こいつさえ消せば…。


そう思いながら見ていると、突然リクはこちらに顔を向けてきた。
すると目を丸くして素早く目線をはずすリク。何をやってんだ?

目のやり場に困りながらリクはレオに言った。


「レオくんはクラブとかには興味ある?」


 クラブ?
 …あぁ、微妙に知っているかも。確かクラブというものは共通の目的をもつ人間が集まる場のことだな。
 って、僕がそんなものに興味を持っているはずないだろ。


「ないよ」

「あ、そうなの?」


リクはレオの返事に物珍しいものをみたと言わんばかりに驚いた様子を見せた。


「?何でそんなに驚いてるの?」

「あ、いや。だってレオくんって運動神経よかったから…」


先日、体育の授業の短距離走でレオは素早い動きで見事一位になっていた。さすが黒猫である。
そして密かにクラスの女子たちの間でひどく好評されてたのだ。

しかしそんなこと関係ない。
レオはそっけなく返す。


「足が速いだけだよ。運動神経がいいというわけでもないし」

「あ。そうなの?ゴメンね勝手なこと言っちゃって」


そしてリクは額にかいていた汗を拭って、突然学校について語りだした。


「この学校にはいろんなクラブがあるの。私は何も入っていないんだけど、でも面白いところがたくさんあるから是非見てみて」


笑顔で振舞ってきたリクにレオはどう返せばいいのか分からなかった。
見てみて、と言われても黒猫のレオには全く興味がないため、眉間のしわを寄せるだけだった。


そんなとき、目の前が影で覆われた。
だがその影は思ったより小さなものだった。


「やあ、リクさん。ご機嫌いかがですか?」


レオたちの前に現れた奴
それはリクのことをフィアンセだといったキチガイ野郎、甲斐トオルだ。
前髪が素敵に右の方へ靡いている。


「あ、甲斐くん…」


何故かリクに敬語を使うトオル。しかも言葉がきびきびしているし、何より動作がよりキモくなっている。
そんなトオルにリクは表情を苦くしていた。
ヒクヒクと口端が痙攣している。どうした?


「リクさん、今日も笑顔が眩しいですね」

「あ、そ、そう…?あ、ありがと…」


口端に痙攣を起こしている笑顔なんかあるか?
しかしトオルはそんなこと気にしていない様子で自分の世界に突っ走っていた。
あいつの中でリクは光の存在なのか、眩しさを遮ろうとリクに向けて手のひらを向けている。

レオはそんなトオルを冷たい目で見ていた。
 何、こいつ…?


「ところでリクさん、今何をしているんですか?」

「え、あ、い今?今は、ねえ〜」


言葉が突っかかっている理由は口端が痙攣を起こしているから。
トオルが鋭い質問をしてきたためリクは苦い表情をレオに向ける。
その表情はレオに助けを求めているようにも見える。

それでレオは分かった。
リクはトオルが苦手なんだということを。

あんな顔をされちゃ、助けてやらなければならないような気がする。
そう思ったためレオはリクに助けの手を伸ばした。


「内海さんに学校案内してもらってんだ」

「ハア?よく聞こえなかったよ。もう一度言ってごらん」


 何だこいつ。憎たらしい奴。
 こんな奴が一番キライなんだよっ

トオルが小ばかにしたような顔をしていたのに苛立ちを感じたレオは低い声で再度言った。


「学校案内してもらってんだよ」

「おー怖いなぁ稲葉くんは。リクさん、こんな厄介な男と一緒にいて大丈夫なんですか?」


トオルはレオに冷たくそう言うと今度はリクに甘えた声を出す。
そんなトオルにリクは先ほどの表情のまま頷いていた。


「ええ、大丈夫よ。だってレオくんは怖い人じゃないもの」

「リクさんは優しいなぁー。ボク、リクさんのそういうところが」

「それじゃ私たちはこの辺で。いこ?レオくん」


あのあとに嫌な言葉が続きそうだったためリクはそう言葉で妨げるとすぐさま行動に移していた。レオの腕を引っ張ってトオルから離れていく。
突然強く腕を引かれたのでレオはバランスを崩しそうになったが、ここはリクのためだと思って黙ってついていた。


早歩きだったため二人の姿はすぐに見えなくなった。
消えた二人の影をいつまでも見つめていたトオルであったが指を鳴らして別の二人を呼んだ。


「ジャガー、ポテチン」


指の音と呼び声に反応してトオルの背後に現れたのは、いつもトオルについているお供的存在の長いのと丸いのだった。
…ジャガーとポテチンというのはきっとトオルがつけた愛称であろう。

二人をこの場に呼び出し、トオルは後ろに向けて言葉を放つ。


「ボクは決めたよ。このあとのことをね」

「決めた、とは一体何をですか甲斐さん?」


トオルの言葉にすぐ反応したのは長いの。
トオルはそいつのことを「ジャガー」と呼び、言葉を続ける。


「ボクは今非常に苛立っているんだ。何故ならあの男が気に食わないからだ」

「あの男とは稲葉礼緒のことですか?」


丸いのも反応する。
たぶんこいつの方が「ポテチン」だろう。名前からしてそれっぽい。

頷いてトオルは不敵な笑みを浮かべる。


「はん。その通りさ。稲葉のことが非常にムカつくね」

「「……」」

「二人に命令するよ。よく聞きたまえ」


くいっと親指を引き、自分の元まで来いと指図するとトオルは近寄ってきた二人に命令しだした。



。 。 。



「ゴメンねレオくん。強引に腕引いちゃって」


そのころレオたちはまた二人並んで歩いていた。
しかしリクがペコペコとレオに頭を下げている。レオの腕を引いたことに罪悪感を感じたのだろう。


「いや、そんなこと別にいいよ」


そんなに謝られると逆に迷惑だ。と心の中で思ったが、口では優しい言葉に変換されていた。
優しい言葉をかけられリクは安心したのか頭を上げてくれた。
そして見せてくれる、いつもの笑顔を。


「ありがとうレオくん。嫌われちゃったのかと思ったよ」

「そんなこと思っていないよ」


 本当は人間は嫌い。だから頷きたかった。
 だけど笑顔で違う言葉を出している。…どうした僕?


「よかったー…。レオくんの気持ち聞けてよかったよ」

「あ、うん」

「私ね、思うんだー」


これからまた学校案内をするのだろうと思っていたが、リクは違うことをしていた。
リクは自分の思っていたことをレオに話したのだ。
レオもそんなリクをじっと見る。リクは遠くの風景を眺めながら口を開いた。


「レオくんって見た目はちょっと無愛想で怖いイメージがあったんだけど、こう実際に話してみると全然違ったよ。優しい人で私ほっとしちゃった」

「…!」


何と褒められてしまい、レオは喉を詰まらせてしまった。

 な、何?何言ってるのこいつ?
 僕が優しい?何勘違いしているんだ。

 僕はお前ら人間に復讐してやると思い怨み続けた奴だぞ。
 そんな僕が優しい人だと?

 変な奴だこいつ…。


レオが呆気に取られているうちにリクは言葉を続ける。


「まだクラスの人と打ち解けていないようだね。私が助けてあげるから今度一緒に遊びとか行かない?もちろんクラスの人と一緒にね」

「え…?」


 何と言うことだ。遊びにまでも誘われてしまった。
 どうする僕?


答えに悩んでいるレオのことを見て、リクはまた苦い表情を作る。


「あ、ゴメンね。勝手なこと言っちゃって。だけどどうしてもレオくんの力になりたくて…」

「いや、うん。考えとく」


レオがそう曖昧な答えを返しているときだった。
事件が起こった。


リクが突然転倒したのだ。

レオは見た。
リクの足元にある太い紐、ロープの存在を。
それがリクの細い足を掬いあげ、リクのバランスを崩している。


世界がスローモーションに見える。
リクはゆっくりとゆっくりと横になっていく。

レオの方に向かって。


「……」

「…………………あ…」


レオの胸に頭を沈めてきたリクはそのままレオに体を預けていた。
無意識にリクの体を受け止めるレオ。何が起こったのか分からずただボケっとしている。
対してリクは、固まっていた。


陸の足元にあったロープ。
その両端にはジャガーとポテチンがいた。
二人は、拳が口に丸々入るぐらい大口開けて、絶句していた。









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(04/10/30)





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