「あと少しだけ、頑張ってくれ」


昨夜、イナゴにそう言われ、レオは不機嫌のまま部屋のベットで眠りについた。
今はもう0時を回り、新しい日となった。
家中の電気が消えている中、ひとつの火の玉。


「…どうするでヤンスか」

「そうだなぁ…」


火の玉に燈されて映る影は、イナゴ。
疲れ果てたといった表情をしている。

火の玉の正体であるタンポポの尾はユラリユラリと揺れ動く。


「レオ、あのままじゃいつ暴れるかわからないでヤンスよ」

「そうだなぁ…」

「あんたが勝手に人間にしたんでヤンスから責任はすべてイナゴにあるでヤンス」

「そうだなぁ…」

「…あんたさっきから同じことしか言ってないでヤンスよ」

「そうだなぁ…」

「……」


イナゴたちは人間に殺意を持っているレオに頭を悩ませていた。
レオに"殺意を抑える指輪"をつけているので一応安心ではあるのだが、やはり気になることは気になる。


「…あの殺意…俺が渡した指輪も通用しなくなるかもしれないな」


イナゴがポツリと呟き、タンポポが鋭く反応する。


「そうなのでヤンスか?っていうかあの指輪って一体どこで手に入れたのでヤンスか?」

「あぁ?あの指輪?あれはこの家にあった指輪にオレが勝手に入れたの」

「入れたって何をでヤンス?」

「殺意を抑える力をさ」

「…あんた本当にすごい魔術師でヤンスね。だから向こうでエリート扱いされたでヤンスよ」

「うっ…。認めねえ!俺がアレのエリートだなんて認めねえ!」

「まあ、仕方ないでヤンス。あんたは本当にすごいでヤンスから」


タンポポにほめられて、複雑な表情を作るイナゴ。
"殺意を抑える力"を入れるとは確かにイナゴはすごい魔術師である。
それなのにどうしてこの世界に逃げてきたのか、気になるところだ。

イナゴが話を戻す。


「でもな。オレだって抑えきれないことがあるんだ。特に"殺意"だなんて苦手分野だ」

「…そうでヤンスね」

「何とかしてレオを抑えたいんだが…」

「ねえ、イナゴ、でヤンス」


呼ばれて暗闇の中イナゴが目線を動かす。


「どうしてレオを放っておけないでヤンスか?あいつは本当にアタイらには関係のない奴でヤンスよ。それなのに…」

「はっはっは」


タンポポの声をイナゴが笑い声で掻き消す。
突然なぜ笑うのかと首をかしげるタンポポにイナゴは愉快に答える。


「だって、俺、あんな頑固な奴、放っておけないし。あのまま人間に"殺意"を持ったままじゃ可哀想だろ?」

「…でもレオは迷惑がっているでヤンス」

「……ダンちゃんもわかっていないなー」

「何をでヤンス?」

「人間は決して悪い生き物じゃないんだぞ」

「!」


真剣な目をして言うイナゴにタンポポは思わず言葉を失った。
何というか、クサイ台詞だ。


「って、照れるなこの台詞言うの」

「何照れてるでヤンスか?!…でも確かにその通りだと思うでヤンス。人間にもいい人はいるでヤンス。あと少しだけ学校生活をして…」


と、ここで大切なことを思い出した。


「レオって学校の人に画鋲入れられたでヤンスよね、靴の中に」

「…そうなんだよなぁ。相手もヒドイことしてくれるよな。せっかくレオに人間という生き物を堪能してもらおうと思ったのに、困ったもんだ」

「そうでヤンスね。できればレオくんを助けてあげたいでヤンスけど」

「オレらは何も手を出したらダメだって。レオ自らの力で人間の優しさを掴んでほしい」


オレいいこと言ったとガッツポーズをとるイナゴをすぐにタンポポが覆す。


「でもこのままイジメがエスカレートしていったらどうするでヤンス?」

「…そのときはそのときだ。あまりにもヒドイ時は手を差し伸べるさ」

「そうするでヤンス。あのままじゃレオが可哀想でヤンス」

「あいつを変えてくれるような人が現れてくれないかなぁ」


暗闇の中、火にぼんやり燈されたイナゴの顔は悲しみ色をしていた。



。 。 。



「それじゃ、学校に頑張って行け!」

「そうでヤンス!負けちゃダメでヤンスよ」

「根性だ!ファイト、オー!」

「フレーフレーレオーでヤンス。頑張れ頑張れレオーでヤンス!」

「うっさいよお前ら!!」


うるさい声援を受けて、レオはやはり不機嫌なまま学校へ行った。
暗い背中を見守るイナゴとタンポポ。


「…あいつの性格も変えてやりたいよな。何であんなに冷たいんだ?」

「きっとイナゴがいろいろとうるさいからだと思うでヤンス」


このあたりは人はあまり通らない。
イナゴたちはレオの背中が見えなくなるまで、温かく、ときには言い争いながらずっと見守っていた。





そしてレオは


「ったく、何で僕があんな奴らにいろいろ言われなくちゃいけないんだ」


愚痴を垂れていた。
周りに人がいないというのを狙って言い続ける。


「くそ、いつまでこんな生活しなくちゃいけないんだ。早くここから逃げたい…」

「おはよう。どうしたの?レオくん」


突然、横から髪の長い女の姿が現れた。


「…内海さん」

「リクでいいよ」

「…いや、遠慮しとく」


レオの隣の席の女、内海 陸であった。
彼女はクラスの学級委員長であり、やけに積極的な性格だ。
レオにとってはうるさい存在。


「何か言っていたようだけどどうしたの?」


首を傾げて、黒い髪を垂らすリクにレオは首を振る。


「いや、何でもない」

「も〜そんなに冷たくしないでよ。私でよければ相談相手になってあげるよ」

「いや、それも遠慮しとく」

「え〜?私クラスの学級委員長だから、頼ってもいいんだよ?」


リクはお得意の笑顔を飛ばしてくる。
その笑顔はレオの苦手な笑顔であった。

思わず顔が強張ったが、それから口端を吊り上げ笑みを作る。
レオは笑顔になっていた。


「いいって。あと僕の歩きに合わせなくていいよ」


 何で、僕、こいつの笑顔に癒されてるんだ?


「いいのいいの。私が好きでこうやっているんだから」


 この女、いつもいつも僕に笑顔で話し掛けてくる。
 本当は邪魔だと思っていたのに。


「ふーん」


 やっぱり僕って笑顔に弱いみたいだ。
 何でだろう。どうして笑顔が好きなんだろう。


 本当は嫌いなはずなのに。

 あのとき、僕が黒猫のとき、僕は人間の笑顔に怯えていた。
 傷ついて苦しんでいる僕を笑うあいつらの笑顔が怖かった。
 そしてその笑顔に殺意を持った。
 絶対に許さないって。絶対にその笑顔を消してやるって。

 それなのに、何でこの笑顔には手を出せない?


「レオくん、この学校にもう慣れた?」


 この女も、イナゴもタンポポも、このまえ林檎を送ってあげたあの家族も
 皆、きれいな笑顔を作る。

 僕はなぜかその笑顔に手を出せない。

 なぜ?

 同じ"笑顔"じゃないか。


 あのときの笑顔と一緒じゃないのか?

 違うのか?


「慣れてはいないかな」

「何それー、そしたら昼休みに一緒に学校を回ろうか?」

「え?」

「昼休み、私いつも暇してるんだ。だからせっかくだから一緒に学校を回ろうよ?委員長だし、新しい学校に慣れていない人を放っていられないよ」

「…」


 この女も
 僕の正体が黒猫だと知ったら、笑顔を作るだろうか。あの邪悪な笑みを。




二人で学校の校門をくぐり、一緒に教室へ向かう。
そしてその光景を眺めている謎の影。昨日見た影と同じもの。3つだ。


「またリクさんと一緒にいましたねあいつ」

「まったく、あの笑顔。腹が立つな」

「昨日は靴の中に画鋲を入れましたけど、今日は何をしましょうか甲斐さん」


影はゆっくりと二人の後を追いかけ、やがて教室に入る。


。 。


昼休み。


「……」


 疲れた。人間といると神経使う。


「レーオくん」


また隣から声が聞こえ、振り向くとやはり飛んできた、あの笑顔。


「学校を回ろうか」

「あぁ…うん」

「ん?あんまり乗り気じゃないね?」

「…いや。それじゃどこにでも連れてって」


 そうだった。昼休みはこいつと一緒に学校内を回ることになっていたんだ。って、一方的に言ってきて勝手にそう決められたのだが。
 積極的すぎて逆に邪魔な存在だ。
 だけど笑顔に負けてしまう。まぶしい笑顔。


「よっしゃー!…あ、その前に、ちょっといい?」

「ん?」

「トイレ行ってくるね。ごめんね、ちょっと待ってて」


 トイレかよ。それ済ませてから僕に話し掛けろよ。
 僕を待たせんな。

申し訳ないと手を合わせて、女子トイレに駆けて入るリクの姿を何となく眺める。
ため息ついて、廊下で待つ。
そのときだった。


「お前、転入生だよなぁ?」

「…?」


レオの前に3つの影が現れた。

 こいつら見たことがある。クラスにいたような気がする。こんな顔の奴ら。

3つの中の真ん中の影。背の低い金髪の男。風が吹いていないのにもかかわらず右に髪が靡いているのがむかつく。
クチャクチャと音を鳴らして、目を細めて奴が言う。


「稲葉礼緒くん、だよねぇ?」

「…」


 何だこいつ。どこの坊ちゃん気取りだ。

そいつの両隣にはガードマンのように立っている男2人。妙に長いのと、妙に丸いのが二人して声を合わせた。


「「お前、リクさんの何なんだ」」

「は?」


 突然現れて、突然こんなこと聞いてくるか普通?
 しかも何で内海のこと聞いてくるんだ。
 意味がわからない。


「リクさんの何なのかと聞いているのだ」


長いのが身を乗り出して聞いてきて、その威圧に睨みながら返す。


「別になんでもないよ」

「嘘をつくんじゃない。さっきからリクさん見てニヤニヤしていたくせに」

「そうだ。リクさんを誰だと思っているんだ!」

「は?内海は内海だろ」

「「ちがーう!」」


 うるさいな、長いのと丸いの。

眉を寄せて馬鹿にした目をするレオに腹を立てたらしい長いのと丸いの。
勢いでレオに襲い掛かりそうになったが、真ん中のチビが止めていた。
クチャクチャとまた音を立てて口を動かす。何かを食べているようだ。


「まあ、待ちたまえ二人とも」

「「甲斐さん」」


 『さん』呼びかよ?!

甲斐と呼ばれたチビは二人を抑えると、ゆっくりとレオの前まで歩み寄った。


「稲葉くん。転入生のくせに生意気なんだよね。体育ではずば抜けて一位で女子の黄色い声を浴び、それでもその軽い顔。はん、嫌だねそういう男は。ボクの嫌いなタイプだ」

「いや、お前のタイプとか聞いていないし」

「ふはは。むかつくねー君は」

「…」

「紹介が遅れたね。ボクの名前は『甲斐トオル』よろしく」

「…あ、ああ」

「そして」


クチャクチャ鳴らしていた口を尖らすと、そのまま


「リクさんはボクのフィアンセだ。邪魔をしないでくれるかな」


噛んでいたガムをレオに向けて飛ばした。唾と共にレオの顔にガムが付着する。
そしてトオルは後ろの二人を連れて、自慢げに歩き出したのだった。


「……」


 何だあいつ!汚えしウゼえ?!
 しかもあの口調もむかつく!意味わからねえ!
 ってか、内海のフィアンセって…

 フィアンセ…


「あ、レオくん〜!待っててくれたんだね。ありがとう。そして遅れてごめんね!」

「ねえ、内海さん」

「ん?」

「フィアンセって何?」

「はあ?!!」


女子トイレの前の廊下に、ちょっと嫌な風が吹いた。








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(04/08/21)





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