「いいかジャガー、ポテチン。ボクは今無性に腹が立っているんだ。ボクの愛しいフィアンセであるリクさんに平気で手を出す稲葉礼緒のことが非常にムカつくんだ」

「それはよくわかります甲斐さん」

「それでだ、ボクは稲葉礼緒に恥をかかせてやりたいんだ」

「…恥…ですか?」

「そうだ。二人とも、これが一体何かわかるか?」

「「ロープですね」」

「そうだロープさ。これで首を絞めてやりたいんだが、流石にそれはパパに怒られてしまうかもしれないから別な方法で行くよ」

「それは一体なんですか?」

「このロープを足元に張って、稲葉礼緒の足を引っ掛けてやるのだ。ハハン。リクさんの前で大胆に転ばせて大恥かかせてやるんだ」

「「さすがです。甲斐さん!」」



。 。



「「あ」」


ジャガーとポテチンはトオルの命令により、レオの足元にロープを仕掛けたのだが、引っかかったのはトオルの愛しいあの子、リクの方だった。
しかも不運なことに転びそうになるリクを支えたのはレオだ。


「だ、大丈夫?内海さん」


レオは自分の胸にまで体を傾けてきたリクの肩に手を置くと、また真っ直ぐに起こしてあげる。
しかしリクは反応しない。目を真ん丸くして呆然としていた。


「ちょ…内海さん…?」


 どうしたんだこいつ?まさか死んだ?


「おい、内海さん。…内海?」


揺さぶったりするのだが、リクは反応しなかった。
何故反応しないのかレオは訳分からず、苛立つ所か焦っている。

 人間なんてどうでもいいと思っていたが、ここまで反応しないで、じっと自分の顔を見ているなんて こいつ可笑しくなってしまったのか。


「ジャガー」


そのとき、声が聞こえてきた。
誰かの名前…といってもこんな特徴的な名前なんて1人しかいないだろう。
そう、先ほどリクに口説こうとしていた男の手下の1人の名前だ。
そいつが誰かに呼ばれている。ってか、それも1人しかいないだろうけど。

二人はここからでは見えないが、すぐ近くで会話をしているようだ。


「あ、甲斐さん…」

「どうだ?うまくいったのか?」

「じ、実は…大変なことになってしまって…」

「ハハン。何冗談いっているんだ。ボクをからかおうとしているのか?」

「いえ、冗談じゃないんです、本当に大変なことに…ってか見ない方がいいと思います!」


ジャガーが懸命にトオルを止めようとしているのが声だけでもよくわかる。
一体何をもめているのだろうとレオは気になったが、まだリクがポケーとしたままだ。動けない。

すると、影が見えてきた。
その影はレオの一歩前にある十字路の右手から現れてくる。
そして、そこから出てきた奴と目が合った。
そう、甲斐トオルと。


「あ」

「あ」

「あ」


まず、最初に声をあげたのはレオ、そしてトオル、最後に慌てた様子のジャガーだった。
レオはまたトオルの靡いた前髪を見てしまった、と不機嫌な表情を取るのだが、トオルは大口開けて次の瞬間叫んでいた。



「稲葉礼緒おおおおお!!!」


トオルは息を吐くたび絶叫だ。


「何してるんだああ!!よくもボぉクのリクさんをおおお!!」

「は?」

「ボぉクのリクさんから離れろおおお!!!」


そう言ったトオルはレオから荒々しくリクを引き剥がした。
それでようやく反応の出たリク。きっと自分の目に映る風景が変わったからだろう。リクの目にはずっとレオが映っていたのだから。

リクがやっと自分の腕から離れたので、おかげさまでレオは動けるようになっていた。
このとき密かにトオルに感謝した。
しかしそのトオルは酷く憤怒している。自分の腕の中にリクをいれて、叫び続けた。


「リクさんはボぉクのものだ!お前のような汚れた人間にリクさんを触らせてたまるかあ!しかも抱いていたなんて…キー!!」


悔しそうに親指を噛む。


「稲葉礼緒め!覚えていろよ!」


ここまで怒りをぶつけてからトオルは普段どおりに戻ると、キモイ声でリクに話しかけた。


「さあ、リクさん。あの悪魔…稲葉礼緒からあなたを救ってあげましたよ。そしてもう放しませんよ」

「……え、わ、私…何していたんだっけ…」


呆然としていたリクであったがトオルの叫び声で完全に目を覚ましたらしく、そう口を動かしていた。
それにトオルが答える。


「さあ、ボクと一緒に、ボクの愛馬『アッブラゼミ]‐01』に乗りましょうリクさん」


しかし、リクの質問の回答にはなっていなかった。
そしてレオは思う。

お前馬持っているのかよ!?ってかネーミングセンス悪いし、何だそのアッブラゼミって!
アブラゼミの進化系か?!…と。


「あ、ちなみに正式名称は『アッブラゼーミ・フィルケイン・アルテミス]-01』ですけどね!はっはっは、さぁ、怖くなどありませんよ!ボクがついてますからね!さぁ、さぁ、リクさん。行きましょう!」

「い、いや。馬はいいんだけど…」


ウインクしながらリクの肩に手を置こうとするトオルであったが、リクに避けられてしまった。
リクはトオルから一歩離れると、レオを向き合う。しかしリクの目線はあちこちを泳いでいた。


「あ、あの…レオくん…」


しかも妙にオドオドしている様子だ。
レオは何故そんなに焦燥しているのか分からず眉を寄せるだけだった。
トオルも不思議そうに眺め、だけど手は少しずつリクに近づけている。

やがてリクは、言い切った。


「私ったらまさかレオくんに……あの……抱きついちゃった?」

「あ、うん」


精一杯勇気を振り絞って尋ねたリクであったがレオはさらっと流していた。
そして顔を赤くするリク。


「あ、や、やっぱり…私…そんなつもりは…あ、どうしよう……」

「いや別に…」

「ご、ごめんなさいぃ!!!」


顔から火が出そうなリクはそのあと絶叫しながら廊下を走り去っていた。
別に気にすることは無いといいたかったレオであったがリクの絶叫に掻き消され、ただ呆然とするだけだった。
レオにはどうしてリクが逃げてしまったのか分からなかったのだ。
そして同じくレオと向き合っていたトオルも呆然としている。
そんなトオルの両脇にはいつの間に現れたのだろうポテチンとジャガーがいた。


「か、甲斐さん…」


いつも右に靡いている前髪が心なしか乱れていたので、ジャガポテ(二人の略称)は心配し、トオルに話しかけた。
するとすぐにトオルの声が飛びついてきた。


「ジャガーポテチン!」

「「はい!」」

「帰るぞ」


そしてトオルはふんと唸りながら目の前にいるレオを退かしてズカズカ去っていく。
一歩出遅れて後を追うジャガポテ。

消えていくトオルの背中は少し小さくなっていたように見えた。


「……何だ、あいつら?」


意味分からないと小ばかにした表情を作って、レオも一歩足を動かす。
すると足に何かが当たった。
目線を下にして見てみると、それはロープだった。


「…ロープ…?」


 一体何故ロープがこんなところに?

このロープがリクを転ばしたものだと知らずにレオは手にとってみる。
辺りを見渡して、誰が落としたものだろうと探す。
しかしこのあたりにはもうレオしかいなかった。

そのため、猫の本性を発揮してしまった。
細長いものをチョチョイと動かして遊ぶのを好む猫の仕草をレオもしてみせた。
猫手を作って自分の腕にぶら下げたロープをちょこまか動かして遊ぶ。


「って、何しているんだ僕…」


それからすぐに我に帰るレオ、だが


「………昔、よくこうやって遊んだっけ…」


何だか脳みその片隅にあった記憶が少しだけ蘇ってきた気がした。
それは黒猫時代のものであるが嫌な記憶ではなく、何だか違う記憶だった。



。 。 。


それから休み時間が終わり、レオは次の授業に備えて席についた。
こんな行動は人間のすることでレオはいやだったのだが、こうしないと今をやっていけないため仕方なくしてみせる。
いつの日か人間に復讐してやると思っていたレオ。しかし最近その気持ちは和らいでいるような気がする。
全ては自分の隣りの席にいるリクのせいだ。

 こんな奴のせいで僕の人間復讐計画が乱されてしまっている。
 こいつが僕にばかり構ってくるから…くそぅ…

 しかも何だ。遊びに誘ってくるしこいつ何を考えているんだ?
 まさか遊びとかいってまた僕を傷つけるのかもしれない。
 用心深くしていなくては…。
 …って、そういえば…。

そしてレオは隣りの席を見た。そこはリクの席だ。
しかしリクはそこにはいなかった。空席だった。


「………?」

「あ、あの…」


レオが不思議がって席を見ているとき、呼びかけている声が聞こえてきた。それはレオに向けて言っているように聞こえる。
そのため振り向いたのだ。真後ろを。


「内海さん。どこにいるか…知らないかな?」


レオに、怯えた声で訊ねてくるこの少年はメガネをかけていた。
あまり度が入ってないのだろう、メガネに移る世界は然程歪んでいなかった。

レオはそんなメガネの少年に表情を顰めて答える。


「僕が知っているはずないだろ?」


そういえば、あのとき逃げたっきり、リクとは会っていない。
こっちも聞きたいぐらいだ。あの女は何処に行ったのか、と。

レオがちょっときつめの言葉で返すとメガネ少年はビクっと肩を震わせてしまった。


「あ、そう……それならちょうどよかった…」

「ん?」

「僕、稲葉くんに伝えたいことがあるんだけど…」


背の低い、だけれどトオルより背の高いメガネ少年に手招きされて、レオは席を立った。



。 。 。


メガネの少年に誘われてついた場所は、自分の教室からすぐ近くにあるトイレの前であった。
一瞬、まさか連れション?っと思ったが違うみたいだ。

周りに誰もいないことを確認した上で、メガネ少年は、じっとレオの目を見てきた。
しかし少し弱い目をしている。


「僕の名前なんか覚えていないよね?」


突然そうきたのでちょっと驚いたが、レオは答えた。


「うん。全然」


どこかで見たことがある気もするのだけれど、名前なんかサッパリ知らなかった。
レオに即答で返されてメガネ少年はより悲しい目を作っていた。


「やっぱり…それじゃ自己紹介します…。僕は小鉄草太(こてつ そうた)です。よろしく」

「あ、うんよろしく」


ぺこりと丁寧にお辞儀をするメガネ少年ことソウタに対してレオは目だけでお辞儀をした。
それからソウタはお辞儀をした反動で少しずれ下がってしまったメガネを上げてからレオに突っ込んできた。


「突然だけど、僕の話を聞いてください」


レオの方に身を乗り出してくるソウタはそのまま勢いでレオに言ったのだ。


「これ以上、内海さんと一緒にいないで」と。







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ソウタは『a-s-f』と相互リンクしている「SEA5」のソウタですよー。
こちらにもレオが登場しているので是非是非見ちゃってください!!

(04/11/08)





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