雲も赤くなり、空が黄昏れてきた。


「…レオの奴。おっせーなー」

『この前はもうちょっと帰ってくるのが早かったでヤンスけど』


周りの風景が薄暗くなるのを見て不安に思ったのか、イナゴとタンポポは家から出てレオの帰りを待つ。
初めて学校に行ったあの時は陽が少し西に傾いていた。
しかし今日はもうすでに陽が山に沈みかけている。
もう夜の一歩手前だ。


「おいおい、どっかの変態さんに襲われているんじゃないだろうな…」

『それはさすがに…レオは男の子なんだし…でヤンス』

「んじゃ何で遅いんだ?レオの奴…」

『分からないでヤンスねー』


タンポポの黒い尾の先に点いている火が辺りを少しだけ燈す。
いつの間に沈んだのだろう。太陽の陽は山に隠れていた。
見てみると東に月がキレイに丸を帯びている。


「もう夜じゃんか…」

『困ったでヤンスね』

「どうするよ?」

『どうするでヤンスか?』

「……ヤクルト飲む?」

『そうでヤンスね』

「ヤクルト飲んで頭を冷やそう」

『いい案でヤンス』


指を鳴らして冷蔵庫の中にあったヤクルトを魔法で取り出すと、イナゴとタンポポは無邪気な笑みを溢してヤクルトの蓋を開けていた。



。 。 。



学校の近くにある公園に、黒い影。
ブランコをキーキー鳴らして影が揺れる。


 人間め…っ


ブランコに乗ってレオは心の中で悪態をついていた。
苛立ちを蹴りにこめて、勢い良くブランコをこいでいく。


 僕の靴に、画鋲か。

 やはり僕を虐めにきたか。さすが人間。

 黒猫時代もそうだった。

 僕の姿を見るなり、不吉がって近寄らない。

 それから今度は石を投げるようになった。
 僕が人間に興味を持って近づこうとすると顔面に石を投げてくる。

 どうして僕がこんな目にあわなきゃならないんだ?

 僕はただ


 人間と仲良くなりたかった。


 人間に飼われたかった。


 だから僕は自ら足を進めて人間の元へ来たのに。
 どうして石を投げるのだ?
 どうして人間は、不吉なものを嫌うのだ?

 何で黒猫が不吉なのだ?
 誰がそんなことを決めたのだ?


 いい迷惑だ。



元黒猫のレオはブランコをこいでいく。
憎しみ込めてブランコをこいでいく。

気がつけば、周りがもう真っ暗だ。
黒い心を持っているレオはその暗さに紛れる。
それでも勢いつけてブランコをこいでいく。
そのせいで画鋲で傷ついた足がじわっと痛む。


「ここにいたか。レオ」


闇から声が聞こえてきた。
そちらの方を振り向くとそこには、ほのかに燈る火。
火の玉が浮いていた。


「うわあ?!」

『何驚いているでヤンスか』


特徴的な口調で返ってきた。
思い当たるものがありレオは顔をしかめる。


「はっはっは。やっぱりこの服装って真っ黒だから俺の姿が見えなくなるか」


シルクハットを被り黒マントを着ている影がかっかと笑いながら火の玉に近づき顔を燈す。
イナゴだ。


『まあ、闇に紛れやすい色でヤンスからねー』


陽気な声を出して火の玉の正体のタンポポ。
レオは更にしかめる。


「…」

「どうして家に帰らなかった?」

『そうでヤンスよー心配したでヤンスよ』


口先を尖らせてイナゴもタンポポもレオに訊ねてくる。
しかしレオはその前に気になる点があった。


「どうして僕の居場所が分かった?」

「はあ?そんなの、この天才魔術師イナゴ様にかかれば一発だぞ」

『イナゴはエリートでヤンスからね』

「エリートって言うな!いろいろツライことを思い出すから!」


また向こうの世界のことを思い出したのだろう、イナゴは頭を抱えこみ、タンポポはそれに笑う。
対し陽気な二人をレオは睨む。


「何しに来たの?」


レオの無愛想な言葉に今度はイナゴが表情をしかめた。


「何だよ。来たらいけないのか」

『アタイら心配して来たんでヤンスよ』

「余計なお世話だ。向こうに行ってくれ」


苛立ちをイナゴたちにぶつける。
そんなレオの姿にイナゴは眉間にしわを寄せた。


「向こうに行けって…そしたらお前が向こうに行け」


思いもよらなかった言葉にレオもタンポポも驚いた。


『イナゴ?!』

「…」

「向こう行けよ。ほら」

「…」

「行けないんだろ?足が痛むんだろ?」

「!」


 どこまでこいつ、僕のことが分かるのだ。

レオはイナゴに対しまた新しい恐怖を覚えた。


「そんなに強く蹴って自分で自分を傷つけるな」

「…うるさいな」

「何だよ。オレはお前のことを思って言っているんだぞ」

『イナゴ!』


喧嘩腰のレオにイナゴが熱く言い放つ。


「お前、黒猫時代、そうとうツライ目にあっていた。それは分かっている。前に教えてもらったからな」

「…」

「だからって今もそうやって人間に腹を立てるのか?」

「…あいつら、僕の靴に画鋲を入れたんだ」


レオが言う。


「何で人間にまでなって僕は人間に虐められないといけないんだ?教えてよ」

「……何かお前したのか?」

「僕は何もしていない」

「………あぁさっきテレビで言っていたなー…「転入生虐め」。それ?」

『困ったものでヤンスねー』

「…お前ら、テレビまで魔法で出したのか?」

「テレビは元々家にあった」


魔法で電気を通して使えるようにしたのさ。と誇らしげに物を言って、イナゴは話を戻した。


「ま、それはいいとしてだ。レオ、まずは家に帰ろう」


そして無理矢理ブランコからレオを引き剥がそうとする。しかしレオは負けない。


「イヤだ。僕はここにいる」

「ここにいてどうするんだ?」

「僕は黒猫なんだ。1人にさせてくれ!」

「お前はもう黒猫なんかじゃない!人間だ!」

「勝手に人間にしやがって!余計なお世話なんだよ!」

「何をー!」

『やめるでヤンス!近所迷惑でヤンスよ!』


このまま喧嘩になりそうな二人の間にタンポポの尻尾の火が割り込み、二人は思わず口を閉ざした。
一旦深呼吸をしてタンポポがレオに目線を向ける。


『家に帰ろうでヤンス』

「…」

『キミは人間でヤンスよ。自覚あるでヤンスか?』

「…」

『人間という生き物は、確かに自分勝手だと思うでヤンス。だけど怨んだらいけないでヤンス』

「…」

『キミの好きな「笑顔」という表情を作れるのは人間だけでヤンスから』

「…!」

『もう少しだけ待つでヤンスよ。人間に復讐をしたらいけないでヤンス。もう少しだけ人間と一緒に生活してってでヤンス』


タンポポに説得されてレオはその場に俯いた。
悪魔が憑いているはずのタンポポ。しかし言っていることは全て善なるものであった。




力の弱まったレオは、そのあとイナゴに背負われて我が家に帰った。

レオが足を怪我をしたと知っているはずのイナゴであったが、なぜかそれには魔法を使わず、救急箱を家の置くから引っ張り出し丁寧に治療していた。








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(04/08/11)





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