無事に初の学校生活を終えて、レオはまっすぐに家に帰宅してきた。
学校に行ってもやはり人間嫌いは直らず、逆に復讐をしようという気持ちでいっぱいだった。
クラスの人たちがレオに話しかけてくるのだが、レオはどうも馴染めなかった。
人間の姿を見るたび、思い出すものがある。
だから人間は好きになれない。
だけど、例外もいた。
それは笑顔の人間だ。
笑顔を見るとレオは思わず唖然と表情を歪め、
相手が笑っているとこちらもつられて笑ってしまっていた。

しかし、人間というものは本来そういう生き物ではない。
人間とはひどい生き物なのだ。
自分をこんなにも苦しめた人間。生かせておく必要のない存在だ。
だから消す。自分のこの手で。
憎しみ篭った手で、いつの日か、きっと。

…その前にこの指輪をどうするかだ。
この指輪さえなければすぐに人間に復讐が出来るというのに。
クソ、イナゴの奴…。


「ただいま」


考え事をしながら、自分たちが勝手に住み着いている空き家の玄関の戸を開ける。
最初はあまりにも使用されていないせいか戸の滑りがよくなかったが、イナゴのお得意魔法により今では新築同様の素敵な滑り様。

家の中に入ると、さっそくタンポポが飛びついてきた。


『おかえりでヤンス〜!』


こいつが悪魔には見えないのだが…。


「うん、ただいま」

『初めての学校生活。どうだったでヤンスか?』


やはり聞いてきた、その質問。


「まあよかったよ。最初は緊張したけど」

『それはよかったでヤンス。アタイちょっと気にしてたんでヤンスよ』

「何を?」

『レオが人間に復讐しようと考えていないか、でヤンス』

「…」


す、鋭い…。


「そんなこと考えていなかったよ」

『そうでヤンスか。ならゴメンでヤンス』

「いや、いいよ」

『これからどんどん友達とか作るでヤンスよ』

「……」


友達…
そんなのいらない。だって人間が嫌いなのだから。


「…うん」

『あ、そうでヤンス。キッチンに来てほしいでヤンス』


突然そう言ってレオの腕を引っ張るタンポポにレオは眉を寄せた。


「何で?」

『いいから〜でヤンス』


そしてタンポポは強引にレオの腕を引っ張り、キッチンへと向かわせた。






「おお、来たか。レオ」


キッチンに着くとやはり出迎えてくれたのはイナゴだった。
のん気にコーヒーカップに口をつけている。


「何だよ?一体…」


レオは疲れ果てた表情をしてイナゴに訊く。
するとその態度が面白かったのか、イナゴはいつもの笑い声を発していた。


「はっはっは。お前ちょっとは可愛くしろよ。そんなしかめっ面してよー」

「…初めての学校で疲れているんだ。休ませてくれよ」

「はっはっは。ちょっと我慢してくれ。今お前に見せたいものがあるんだ」

「…見せたいもの?」



気になったのでレオはその場にとどまることにした。
イナゴはコーヒーカップにまた口をつけて口の周りを舐める。


「あ、これ飲むか?美味いぞー」

「いや、それはいいから早く見せたいものってやつを見せてくれよ」


のん気なイナゴに頭を抱え込みそうになるレオ。
飲むのを止めてイナゴはまた笑うと、マントを格好よく払う。


「オレ、こういう者です」


そして指をぱちんと鳴らして、その指から紙を出すと、レオに渡す。
それは名刺であった。

受け取ったレオは、書いてある字を読み上げる。


「『何でもお届けいたしやす。幸せ宅急便』…」


眉を寄せて、続けた。


「『ヤクルーター … イナゴ』」


読み上げられイナゴは満足そうに頷いた。


「これオレの名刺な」

「…何だこれ?」


思わず無愛想に訊いていた。
イナゴはまた笑う。


「はっはっは。名刺って言ってるだろ!名刺」

「それは分かるよ!この書いてある内容について訊いているんだ!」


怒鳴る勢いのレオにイナゴは、何でそんなに興奮しているんだ、と口を尖らせる。
それにまたレオは怒鳴る。


「意味が分からないだろ!書いてある意味が!」

『え?分からなかったでヤンスか?』


先ほどまで口を閉じていたタンポポが反応した。
ニコニコ微笑みながらタンポポは説明する。


「つまりアタイたちは人を幸せにしようという活動を今からしようとしているでヤンスよ。この世界は何だか汚れているように見えるでヤンス。だからアタイらが掃除してあげるでヤンス」

「…汚れている?」

「そうだ。お前が人間を嫌っているように人々もそれぞれ憎しみの心を持っているんだ」


イナゴも口を挿む。
イナゴのその発言にレオは人間を見る目を変えた。

 お互い憎しみあっているということか。


『それで心優しいアタイらが憎しみの心を綺麗にしてあげるでヤンスよ』

「そういうことで『幸せ宅急便』だ」

「……ふーん」

「お前、全く興味がねえだろ…」


適当に返事をするレオを見てイナゴとタンポポは肩を落とす。


「ひっでえな〜。少しは興味を持ってくれよ。俺今から仕事をしようと本気で考えているんだから」

「仕事?」

『そうでヤンス。アタイらお金とか持っていないからこの先生活していけないでヤンス』

「だから仕事をして金を得る!」


握りこぶしを作るイナゴとタンポポにレオは表情を顰めて訊ねた。


「どうやって金をもらうんだ?」

「どうやってって、そりゃあ金を取るんだよ。幸せ運んだついでに金をその人からもらうんだ」

「…金を請求するということか?」

「だってそうしないともらえないだろ?」

「そうだね…」


世の中金がないと生きていけないって難しいことだな、とイナゴが呟いて。


「さて、チラシ作るか。チラシ!」

『ポスターとか看板とかも作るでヤンスよ!』

「キャッチフレーズは『なんでもお届けいたしやす』だぞ」

『何かカッコいいでヤンス〜!』


盛り上がる2人にレオは思わずため息ついた。


「勝手にして…」

「おう!勝手にしてやるさ!」

『レオがこれから人間として生活できるようにアタイら頑張るでヤンス!』

「……?!」


 こいつら、自分のために…?


「初仕事くるか楽しみだな〜」

『そうでヤンスね。早く幸せを届けたいでヤンス』

「…頑張れよ」


無愛想にそう言ってレオはテーブルのイスに腰掛けた。
声援を受けて目を丸くするイナゴたち。
突然静かになったその場にレオは不審を感じた。


「…何?」

「い、いや」

『…まさかレオから声援もらえるなんて思ってもいなかったから…でヤンス』

「…失礼だね。僕がそんなに嫌な奴に見えるのか?」


そういっているレオの表情はとても険しかった。
言葉を間違えたら雷が落ちてくると察知が出来たタンポポは何とか言葉を見つけ出し、誤魔化した。


『……レオは見た目どおり優しい人でヤンスね。見た目どおり…』

「そ、そうだぞ!お前の瞳は死んだ魚と同様に美しい!」

「…」


本人たちは上手く誤魔化したつもりだろうが、本心バレバレである。
相手にするのも疲れる、とまたため息ついてレオは頬杖つく。


「好きに言って。…あ、そうだった」


背後にある冷蔵庫に目線を移して


「喉、渇いたなぁ…」

「ああ」


それにイナゴが思い出したように声を上げ、冷蔵庫へ向かった。


「買い物してきたから材料たくさんあるぞ。飲みたいものがあれば好きに飲んでくれ」


そして冷蔵庫の戸を開けて、中を披露する。
冷蔵庫の中の冷気がレオを包み、レオの気持ちも一気に冷えた。

目が丸くなる。
中を凝視する。

冷蔵庫の中で繰り広げられる世界にレオは思わず唖然とした。


「さあ、飲んでくれ」


イナゴによって広げられた世界は、肌色一色。
冷蔵庫の中ビッシリに詰められたその色は、レオを硬直させ、タンポポの目を輝かせた。


『やっぱりこれは美味いでヤンスねー。これからたくさん飲めるでヤンスね』

「これって…?」

「ああ?ヤクルトだよヤクルト!」


冷蔵庫の中には乳酸菌飲料『ヤクルト』がビッシリ詰められていたのだ。
ありえない光景にレオは開いた口が塞がらない状態。
対しイナゴもタンポポ同様目を輝かせていた。


「あと一杯ヤクルト飲もうかな。コーヒーカップにまたヤクルト入れよ〜っと」

『アタイもほしいでヤンス!』

「おう、ダンちゃんも飲め!レオも飲め!」

「誰が飲むかー?!!!」


レオは怒鳴り声をあげるが、2人は2人の世界に突っ走っていた。


「ヤクルトって美味いよなー」

『本当でヤンスね』

「待てよ!何でこの冷蔵庫の中はヤクルトオンリーなんだ?!」


頭の中混乱しっぱなしのレオにようやく2人が事情を説明した。


「スーパーで万引…買い物を…」

「今"万引き"って言おうとしなかったか?」


レオが鋭く突っ込むがそれは無視され、イナゴは続けた。


「買い物をしてたんだけどよ、この世界の食べ物とか全く知らないから困っていたんだ。そしたらさーオバちゃんがよーオレらに『そこの仮装パーティに出るような格好をしているあんちゃん。もしよかったらこれ飲んでみてよ。健康にもいいし損なしだよ。値段も今だけこの価格!』って言って渡してくれたんだよ。それがこのヤクルトだったんだ」

「…あぁ、デパ地下の試食のオバちゃんね…」

『「そんなタダで飲めないでヤンス」って言ったんだけどオバちゃんがしつこく言ってくるから仕方なく飲んでみたんでヤンス。すると驚いたことに』

「『めっちゃ美味かった!』」

「はいはい」

「こんな美味いもん飲んだの初めてだったから興奮して思わず全部盗ん…買ってしまったんだ」

「今"盗んだ"って言おうとしなかったか?」

『そういうことでアタイらの冷蔵庫の中身はヤクルトオンリーでヤンスよ』

「…アホみたい…」

「何言ってんだよ!ヤクルトをバカにすんじゃねーよ!」

「僕はお前らをバカにしてるんだ!」


アホみたいな話にレオは頭を抱え込んだ。
イナゴはコーヒーカップにヤクルトを入れて
タンポポはヤクルトの蓋を頑張って取って
そして2人で幸せそうにヤクルトを口にしていた。


こうして、ヤクルトをこよなく愛する"ヤクルーター"イナゴの幸せ宅急便の仕事の幕が開かれた。








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(04/07/31)





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