「『あなたも幸せになりませんか?』」


幸いにもレオが学校へ転入した日は金曜日だった。
そういうことで今日は土曜日の休日。
レオはのんびりと部屋で寝ていた…のだが、テンション高い二人の合わさった声によって目は覚め気分も最悪だった。


「あ、レオはもう幸せだったな。何せオレのおかげで人間になれたんだからな」


いつもの笑い声を高らかと発するイナゴをレオはいつものごとく睨みつける。


「幸せのはずないだろ。嫌いな人間になった上にお前らと一緒に暮らさなくちゃならないのだから」

「いいじゃねーか!より幸せじゃん」

「んなはずあるか!」

『何言ってるでヤンスか。レオは幸せでヤンスよ』

「…どこが…」


ゆっくりと身を起こして行儀悪く座ってレオは頬杖をつく。
態度の悪いレオにタンポポが訊ねる。


『レオ、やっぱり人間嫌いでヤンスか?』


それにレオは当たり前っといった表情でこたえる。


「嫌い。嫌いだよ」

『そしたら学校も嫌いでヤンスか?』

「…」


そこでレオは思い出した。
昨日学校から家に帰ってきたときにタンポポと交わした会話を。


   『初めての学校生活。どうだったでヤンスか?』

   「まあよかったよ。最初は緊張したけど」

   『アタイちょっと気にしてたんでヤンスよ』




      レオが人間に復讐しようと考えていないか




   「そんなこと考えていなかったよ」



ここでこんなウソをついてしまったのだ。
このウソをやり通さなくてはならない。

正直に「学校が嫌い」と言ったらいけない。
慎重に行動しないとイナゴの魔法が襲い掛かってくる…。

 慎重に…。



「学校はいいよ。皆親切だし…」


 そうだ。そうやって誤魔化せばいいのだ。
 そうしないと僕の計画は崩れてしまう。

 人間に復讐しようという計画が。

 二人には悪いようだけど僕はウソをついてこれから生活する。


『そうでヤンスか。まあ復讐心がないのなら安心でヤンスね』

「…うん」


上手くやり通せた。
しかしタンポポはそれだけ言うと何かを考え込むように黙り込んだ。
その行動にレオは引っかかったがイナゴの言葉によってレオの意識はそちらへ向けられていた。


「んじゃオレらはそろそろ出かけてくるわ」

「え?どこに?」

「あ、そうか。お前寝ていたから知らないんだっけ?」


何のことかと首を傾げるレオにイナゴは指を鳴らして魔法を繰り出す。
他の部屋においてあったハガキをその場に出してレオに渡してから、答えを言った。


「初仕事だ」



。 。 。


イナゴとタンポポに無理矢理連れてこられ、レオは隣町までやって来ていた。
全く知らない道を3人は歩いていく。

すれ違うたくさんの人を睨みそうになるのを抑えながらレオが訊ねた。


「ここが"これ"を届ける場所なの?」


大きなバスケットを頑張って持ち上げているタンポポが答える。


『そうでヤンスよ〜。ここにアタイらは幸せを運ぶでヤンス』

「幸せって…これって普通の"宅急便"と同じじゃないか…」


これのどこが幸せなんだよ。と眉を寄せるレオに対しイナゴは優雅に笑っていた。


「まあ見りゃ分かるって!お前もうちょっと夢を持てよ夢!」

「…元黒猫の僕に夢なんかないよ」


しかし野望ならある。
 人間をこの手で消す。


「それじゃあ今から夢を持てばいい!レオは何になりたいんだ?オレ?」

「いや、お前にだけはなりたくない」

「そんな即答して否定しなくてもいいって!恥ずかしがるなよ」

「いや、お前みたいな能天気にはなりたくないよ!」

「はっはっは。能天気で結構〜」

『でもイナゴにはアタイもなりたくないでヤンスね。あっちの世界のあんたの姿を見ていると涙が出てきそうになるでヤンス』


タンポポの思いがけない発言にイナゴが慌てて耳をふさぐ。


「やめてくれ…あっちの世界のことはもう言わないでくれ…」


一体あっちの世界でイナゴはどんな目にあっていたのだろうか…。
見ている側を泪に誘うとは相当なものだ。

タンポポは軽く謝って話を戻した。


『夢、希望は持っておいたほうがいいでヤンスよレオ』

「…考えておくよ」

『うん。そうするでヤンス』


上手く話を流して、レオはバスケットに目を向けた。


「それで、このお届け物はどこに届けるんだ?」


新しい話題にイナゴが陽気に答えた。


「このハガキに住所が書いてあったはずだ」


また魔法でハガキを手のひらの上に出して、ハガキを眺める。
そのハガキには住所が書いてあった。


「何々……○×町△番地4号……もうちょっと奥か」


初めての道のはずなのに、イナゴには分かったのだろうか、そう言ってレオより前に足を進めた。
異世界の人間にこんなことが可能なのだろうか。
タンポポに訊ねてみると、呆気なく返された。


『イナゴは成績優秀なのでヤンスよ。何でも読めるでヤンス』


何気にイナゴはすごい奴だった。
タンポポは更に情報を提供する。


『ああ見えてもイナゴはあっちの世界でもエリートとして注目を浴びていたでヤンスよ』

「やめろ!あんなののエリートになったって嬉しくねーよ!」


一体どんなののエリートだったんだ。


「あぁ思い出すだけで吐き気がする…」

『アタイもあのときのあんたを思い出すと涙が出てくるでヤンス』


どんなエリートだったんだ?!!

あっちの世界の話題になってしょげ返っているイナゴたちが何だか可哀想に思えたレオは話題を現実世界に戻してあげた。


「まあ、イナゴたちはこっちで暫くは生活するんだろ?仕事だってこうやってやっているんだし」


その言葉に二人は突然蘇った。


「そうだ。オレにはこの世界で暮らすという幸せプランがあったんだ!こっちに来てよかった!よしここでこうやって仕事をして裕福に暮らしてやる!」

『そうでヤンスよ。アタイらはレオの保護者でヤンス。もうあっちに戻らないでヤンスよ』

「立ち直り早いな?!」


そしてもう1つツッコミしたいところがあった。


「僕はお前らを保護者にしたくない!」

「『ええー』」

「ダンボールの中から見上げてくる子犬の目をして僕を見るんじゃない!」


レオの可笑しいツッコミはいいとして、イナゴは口を尖らして反論する。


「オレはバッチリお前の保護者として今を生活しているのになぁ〜」

「余計なお世話だ!」

『アタイらがいないとレオは生活していけないでヤンスよ』

「まあそれはそうだけど…」

「そんなに興奮するなって。今からきちんと金をゲットしてお前を幸せにしてやるからさ」

「…」


そんなこんなで会話をしているうちにイナゴたちはハガキに書いてあった家にたどり着くことが出来た。
大きなバスケットを持ち上げているタンポポが安心した表情をとる。


『着いたでヤンスね。これでこのバスケット持たないで済むでヤンス』


大きさの分だけやはりバスケットは重かったらしい。
レオがタンポポからバスケットを受け取り、抱え込む。


「ここの家に届けるの?」

「そうだ。ハガキの住所を頼ればここになる。…よし、ノックをするぞ」


そして拳を玄関のドアに向けた。
緊張の瞬間だ。


トントン


ノックを鳴らすが家の中から反応が無かった。
聞こえなかったのかともう一度鳴らす。


トントントン





トントントントントン


……


トントントントントントントントントン

どんどんドンドンドンドコドンドコドコドン


「落ち着けよ?!」


コミカルにノックを鳴らすイナゴに思わずレオは注意した。
そしてそのおかげでやっと中から反応があった。

玄関まで近づく足音。
そして勢い良く開かれる玄関の扉。

そして、とびっきりの笑顔。


「本当に来たー!」


そこから現れてきたのはまだ幼稚な子どもであった。
最も嫌いな部類の子どもが出てきて嫌な表情をとりそうになったレオであったが相手の笑顔に知らぬ間に癒されていた。

子どもは弾けた声で騒ぐ。


「本当に黒いおじちゃんが来てくれたー」

「お兄さん」

「ママー!黒いおじちゃんが〜」

「お兄さん」

「まあ、本当に来てくださったのね。黒いおじちゃんが」

「お兄さんってば!」


暴れそうになるイナゴを抑えながらタンポポが、家の奥から出てきたお母さんに挨拶をする。


「こんにちわでヤンス。お届け物を渡しにきたでヤンス」

「まあ、有難うございます」

「チラシに書いてある通りだったね!黒いおじいちゃんが来てくれたよ」

「おじいちゃんはいきすぎだよ坊や」


このままでは殴りかかる勢いであるイナゴを落ち着かせるためにタンポポは尻尾に燈ってある火をイナゴの尻を炙る。
苦しんでいるイナゴを放っておいて、話を進めていく。


『それでは、届け物を渡すでヤンス』

「あーワンワンだー!ワンワンも来てくれたんだー!」

『ぼくぅ?アタイはライオンでヤンスよ』

「ワンワン〜」

『あんたも火に炙られたいでヤンスか?』


禁句を発したタンポポを今度はレオが押さえ込み、仕方なくレオが話を進めた。


「これが山田さんからのお届け物である"林檎"です」

「まあ!山田さんたらこんな高級なリンゴを…!」


レオから渡されるバスケットを受け取り、お母さん。


「『ヤクルーターさんからあなたに幸せを持って来てあげるように伝えたわよ。楽しみにしていてね』って山田さんから連絡受けて、本当かなって疑っていたけど、本当だったのね。ありがとう」


そしてお母さんは笑顔でもう一度お礼を言った。


「ありがとうね。ヤクルーターさん。こんな素敵なものを届けてくれて」


その笑顔は、幸せ篭った笑顔であった。



。  。  。


「ったく!あの小僧!このオレのどこがおじさんだ!まだピチピチじゃないか!くそう!」

『アタイはどう見たってライオンでヤンス!そこらへんの犬と一緒にしてほしくないでヤンス!』

「お前らいい加減落ち着けよ…」


ギャーギャー騒ぐ二人の後ろをレオは歩いていく。
向かう場所は、我が家だ。


「ところであんなリンゴごときに笑顔になる人間って不思議だなぁ」


レオの呟きに騒いでいたイナゴがすぐに反応した。


「だろ?不思議だよなー人間って!物をもらうと年代関係なく無邪気な笑顔になるんだもんよ!」


そう言っているイナゴも笑顔だった。


「幸せ宅急便の意味。今回のでよーく分かっただろ?」


笑顔のまま顔を覗きこんでくるイナゴにレオは驚いて表情を緩めた。


「うん。…物を届けるということは幸せも一緒に届けているということなんだろ?」

「そーいうこと!」

『そしてその幸せを見てアタイらも幸せになるでヤンスよ』


無邪気に笑いあっているイナゴとタンポポを見て、レオも知らぬ間に一緒に微笑んでいた。


 人の幸せを見た僕は今幸せなのかもしれない。








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(04/08/04)





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