「田舎からやってきた稲葉礼緒くんよ。みんな、なかよくしてあげてね」


ここは、近くの中学校。
そこの3階の廊下に黒マントにシルクハット姿のオレンジ髪の男…イナゴとライオンのぬいぐるみに憑いている悪魔…タンポポがある教室の中をこっそり眺めていた。


「お、今レオがオバサンに紹介されたぞ!」

『オバサンって言ったらいけないでヤンスよイナゴ。彼女も頑張って歳を誤魔化そうとしているでヤンス』

「何言ってんだよ。ありゃあどうみたって30後半のオバサンだ」

『いや、実は20代かもしれないでヤンスよ』

「お前20代の人をバカにすんじゃねーよ!20代って言ったらピチピチの純粋な乙女だぞ!」

『何興奮してるでヤンスか…』


小声ながらも叫ぶ勢いのイナゴをタンポポが教室の人たちに(とくに先生に)気づかれないように抑える。
今イナゴたちはレオがこれから通うという中学校に来ている。
嫌々言いながら暴れていたレオを無理矢理引きずりながら学校に連れてきたイナゴたちはついでということでレオの教室にまでやってきていた。
レオのことが気になったのだ。
あんなに学校を嫌がっているレオだ。何をしだすか分からない。
もし暴れたときのことを考えて今この場にいる。


『それにしても学校っていうのは人が多いでヤンスね』


教室の中をチラチラ見ながらタンポポが感想を言う。
対しイナゴはチラチラどころか堂々と教室の窓に自分の顔を押し付けている。


「すげーなー。ここが学校っていうんだ!」

『イナゴ、見つかるでヤンスよ』

「見つかっても悪いことはしねえよ。俺らは今武器を持っていない」

『持っていたらどうするつもりだったでヤンスか?!』

「数人の命がなかったと思う」

『アホでヤンスか!』

「まあ、大丈夫だって」


無責任な発言をするイナゴに憤慨するタンポポ。イナゴは安心しろと言って


「オレは自分の姿をそう簡単に人に見せないさ。見られそうになったらすぐに姿を消すしさ」

『…まあそうでヤンスが…』


イナゴは陽気に笑ってマントの中に顔を沈めるとそのまま姿を消した。


『あの様子からしてレオも大丈夫だろうし、アタイらは買い物にもで行くでヤンスか』


タンポポもポンっと小爆発を起こして姿を消し、消えたイナゴの後を追った。



。 。 。


「では転入生のレオくんから一言、言ってもらえるかしら?」


黒板の前に立っているレオに向けて、イナゴ曰く30代後半である先生が言った。
レオの顔色は先ほどから優れていない。
こんなにも自分の嫌いな人間がいるのだ。機嫌が悪くなるのも同然。

人間の姿になってもレオはやはり人間のことが嫌いだった。
人間を見るたび、心底から怒りが湧き出てくるのだ。

歯を食い縛って怒りを堪えるレオに先生が心配そうに訊ねてくる。


「大丈夫?何か具合でも悪いのかしら?」

「………………いや、大丈夫です……」


 ここで怪しい行動をしたらいけない。
 またあのときのようになってしまう。
 だから、今は普通に…人間になりすまさなくてはならない…。
 今はまだ…だ。
 いい機会ではないか。人間が嫌いな僕にはこれはいい機会なのではないだろうか。
 ここで復讐してやる。僕をこんなに追い詰めた人間を、いつの日か…

 ………この手で…。


「…田舎から来たので、あまり分からないことがあると思うけど、どうぞよろしく…」


自分を落ち着かせた後で、レオはやっと挨拶をした。
それに先生も一安心した模様。
そしてレオを空いている席…一番後ろの席へと誘導した。


今日からここがあなたの席よ。といわれてレオはその席に腰を下ろした。
教室にいる全員の視線がそんなレオに集められる。
レオは視線に気づかない。自分を抑えるのに必死だから。
そのとき、隣から声が聞こえてきた。


「はじめまして。レオくん」


名前まで呼ばれたので思わずそちらに目線を動かした。
するとすぐに笑顔が飛んできたので驚いた。

レオの隣の席に座っている、さらさらストレートな髪の女の子はレオに笑顔を見せるとこういってきた。


「私、リク。内海 陸(うつみ りく)よろしくね」


そしてリクは笑顔のままお辞儀をした。
その笑顔と行動に思わず唖然となっていたレオであったが、場を考えここは同じくお辞儀で返すことにした。


「よろしく…」

「うふふ、よろしくね」


「はい、これでホームルームの時間は終わりです。次の授業の準備をしてください」


先生の掛け声が合図となり、教室は騒がしくなった。



。 。 。


イナゴたちがまたこの世界に現れた場所、そこは近くのスーパーの外であった。
黒マントを格好よく払ってイナゴ、隣にいるタンポポに話しかける。


「買い物するか!おいダンちゃん金持ってる?」

『持っていないでヤンス』

「そうか。オレも持っていない」

『ああーどうするでヤンスか?』

「そんなの言われなくても分かるだろう?」

『えへへ。そうでヤンスね。こっちには"魔術"があるでヤンス』

「申し訳ないけど、ここは1つ、最悪な手を使うことにしよう」

『次からはちゃんとお金で買い物しようでヤンス』


すると2人は不敵な笑みを浮かべたままスーパーの中へ入っていった。


。 。 。


「レオくんの田舎ってどんなところなの?」


イナゴたちがスーパーで万引きをしているころ、レオはクラスの人たちに囲まれていた。
中学生といえどもやはり新しい仲間には皆興味があるようでレオに次々と質問をしてくる。


「……」


しかしレオはどの質問にも答えなかった。人間に馴染めなかった。
ずっと下を向いて黙っている。いや、堪えている。怒りを。
こんな近くに怨むべきもの人間がいるなんて。だけれどレオは我慢した。
イナゴたちさえいなければきっとレオは人間に復讐をしていただろう。

今はどうしても人間に手を出せなかった。
レオの右手の人差し指にあるものがあるから。
それがある状態で憎しみ篭った手を人間に向けると、レオは鋭い頭痛に襲われてしまうのだ。
指輪はレオを抑える一つの道具だ。イナゴが学校に行く直前に渡してくれたもの。いや、あいつが突然指にはめてきたのだ。
指輪を外そうとするときも頭痛に襲われる。
レオは指輪で自由を奪われていた。

 イナゴの奴…。

レオの怒りはいつの間にかイナゴに向けられていた。


「レオくん緊張しているのかな?」

「ははは。そうか。まだ来たばかりだし馴染めないよな!あ、わかんないことあったら俺以外のみんなに聞けよ!」

「お前はダメなのかよ!」

「だって俺もあんま学校のこと分かんないし」

「3年間この学校にいたくせにわかんないのかよ!」

「ははははは」

「バカだなこいつ、ははははは」

「ははははは」


しかし、憎しみ込めたレオの心にも苦手なものがあった。それは笑いだ。
笑っている声、表情。笑顔はレオの苦手とするものだった。
笑顔を見ると、何だか心が落ち着くのだ。何でだろうか。
そういえばイナゴの笑い声を聞いているときも、レオも思わず笑っていた。


笑いはレオにとっては、1つの安定剤なのかもしれない。


だからこうやってクラスの笑いを聞いていると、レオも笑ってしまうのだ。


「あはははは」


人間は嫌い。
だけど笑顔は好き。笑いは好き。
笑っている人は好き。


だけど、人間はやはり嫌い。
いつの日か、この指輪がなくなったとき、

僕は、人間に復讐するだろう。


そしてそのときに、僕は心底から笑うのだ。
人につられて笑うのではない、本当の自分の笑いを、僕はそのときにしてみせる。








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(04/07/28)





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