照る太陽、照らされる世界。オレンジ色を帯びる夕刻時。
しかし、オレンジ色も黒みかかっている。闇が降りているのだ。
夜の一歩前の、黄昏の空気。

その中を透明な体で歩いている3人がいた。


「オレんちは綺麗だぞ。何せオレが毎日掃除してるからな!」

「お前、家庭的なんだな」

『利用されていることを知らないだけでヤンス』


家を掃除していることを誇らしげに語るイナゴは常に胸を張って歩いている。
けれどもそんなイナゴの姿を見ようとせずに、幽霊の男ランはタンポポに目を向けていた。
対してタンポポは正面だけを見ている。真っ直ぐと我が家を眺め、そして口を開く。
ランを今から我が家に招待するため、念のため彼のことを話しておこうと思ったのだ。
イナゴも悟ったようで二人でレオについて語り出す。


『うちにはアタイらのほかに一人、男の子がいるでヤンス』

「陰険男な」

『世を恨んでいるような目が危険でヤンス」

「何かとキツイよな」

『目だけで相手を殺せるでヤンス』

「何ていうか、暗いよな」

『全体的に真っ黒でヤンス』

「だけど最近は一人の女の子にベタ惚れ中だ」

『そのときだけ妙に可愛くなるでヤンス』

「恋だなぁ」

『恋でヤンスねぇ』


微妙に失礼なことを連呼する二人であったが、ランは手を打って納得の声を上げた。


「そうか、そいつは恋する陰険野郎なんだな」

「『そうそう』」


無事、ランにも通じたようだ。安堵の息が場に漏れる。
これならばレオと遭遇したときも、「うわ!こいつ非常に陰険面してるな!」と思われなくて済む。
…と、心配しなくとも、ランは見るから不良兄ちゃんだし、陰険なレオを見たって余程のことがない限り驚かないかもしれない。
それほどまでにこの幽霊、嵐は悪面であった。

それにしても、この顔で道路を横断中のカメを救うという余地があったとは…。
世の中外見だけで識別してはならないな。二人はこっそりと実感していた。


「よし、陰険レオの話も済んだことだし、あとはお前を家に泊めるだけだな」

『そうでヤンスね。だけど問題はレオでヤンス。見知らぬ幽霊を連れてきたらきっと驚いて陰険な目がより陰険になってしまうと思うでヤンス』

「確かに。あいつはリッキーと同じで幽霊とか見える体質だからな」


ランがレオに驚かないとしても、レオがランに驚く可能性は高い。
普通の人間ならば透明な者を見ることは出来ないのだが、レオは元黒猫であり魂の存在である。
そのため幽霊など見えたらいけないものが見える体質になっていた。
自分が元々見えない存在であったのだから、今それが見えるということはおかしな話ではない。

そういうことで、レオは確実に幽霊のランを見ることが出来る。
だからこそ心配であった。
こんなにも血まみれの幽霊を見て、陰険レオが黙っているはずが無い。
きっと毒ある言葉を連発するであろう。


「悪い結果で終われば泊まらせてくれないかもな」

『何とかしてレオを説得するでヤンス』

「誰がするんだ?オレはあんな陰険な奴と一対一で話したくないぞ」

『アタイだってあの目で睨まれたら一撃で沈んでしまうでヤンス』

「レオはああ見えても心はめちゃくちゃ黒いからな。平気で首を絞めてきそうだ…」

『こっそりとナイフとかも仕込んでいそうでヤンス』

「ってかもう既に一人病院送りにしてるかもしれない」

『大好きな女の子を守るために仕込んでいたナイフで相手の男をグサリとやったでヤンスか』

「…これぞ究極の愛だ…!」

『レオはすごいでヤンス…!』


「何?僕がすごいって?」



意味不明に盛り上がる二人の背後、黒い影があった。
今先ほどまで噂していた相手が何食わぬ顔して現れたのだ。
背後に立っているレオのオーラの凄まじさ、顔を合わさなくても分かるほどだ。
だけれどその顔を見ない方が逆に恐ろしい。イナゴとタンポポは急いで後ろを振り返り、相手と顔を合わせた。

背後には、レオが微笑んで立っている。
しかし、見るからに顔には黒さがにじみ出ていた。

そしてイナゴとレオの目線が一致した直後、イナゴの頬が縮まった。
片手で顔をつかまれイナゴの頬が中央に寄る。


「お前ら、今さっきまで何を話してた?」


レオの声にもやはり黒さが滲み出ている。
頬をつかまれて口先が突き出ているイナゴは声を出すことが出来ないため、代わりにタンポポが悲鳴を上げた。


『な、何でレオ…!ここにいるでヤンス?!』


まさか背後にいるとは思わなかった。
思わなかったからこそ、レオの陰険さを語っていたと言うのに。

レオが目の下に深くしわを寄せた。


「今ちょうど下校時間だよ」

『…そ、そうだったでヤンスか…!』

「それで何?どうして二人とも姿を消して歩いてるんだよ?」


レオは太陽が沈みつつある中を一人で下校していたときにイナゴたちの姿を見かけた。
それで興味を持ってこっそり後をついていたのだけれど、そのときに聞こえてきた自分への悪口。
いくらなんでも「陰険」の単語を使いすぎだ。それを注意しようと今ここに顔を出したのだけれども。
そもそも、何故二人が姿を消しているのか不明である。
なので訊ねた。

タンポポは一瞬口を噤んだが暫くして声を絞り出した。


『迷子の男の子を見つけたでヤンス』

「…迷子の男の子?」


タンポポが指差す先、柔い存在がある。
それによりようやく顔にしわがよりっぱなしのレオの表情が緩まった。
同時に顔をつかまれていたイナゴも解放となる。

男の子、として指を差されたランだけれど、明らかに年上の顔である。しかし何食わぬ顔をして立っていた。
そんなランと目が合って無論レオは驚きの拍子で声を上げた。


「これのどこが"男の子"なんだ?!」

「見て早々そのようなツッコミをするなんてお前も只者じゃないな」


解放されたことでようやく声を出すことが出来るようになったイナゴは、レオにランのことを紹介しようと行動に出た。
興味なさそうな顔のランと驚愕しつつも顔にしわが少し寄っているレオ。
イナゴはそんな二人を近くに置いた。


「こいつはラン。お前が通っている学園の高等部の先輩だ」

「"ラン兄ちゃん"と呼んでくれ」

「いやそんな自己紹介はどうでもいいんだよ!ってか誰がラン兄ちゃんって気安く呼ぶか!」


早速紹介しだすイナゴと何気に可愛らしい希望を持つランにレオはツッコミで返す。
そして、手を伸ばして目の前のランを掴もうとした。

しかし、案の定な結果で終わる。
よってレオは核心を突いた。


「この人、幽霊だろ」


レオの手は、ランの体を貫いて奥の空気を掴んでいる。
透明の体は白い靄をかけて風景を写し照らしていたが、レオの手が入ることで風景が円状の歪み、そのまま白で濁る。

これによりレオは相手が確実に幽霊だ、と悟った。
そしてランも頷いて答える。


「そうだ。おれは幽霊だ」


予想していた答えだけれど本人の口から言われると妙に心臓が飛び上がる。
本人の口というものは真実を語る口でもある。


「…ほ、本当に…!」


ランが頷いたことによりレオの予想は当たりとなったが、驚くべき真実であったためにレオの表情が正直に強張った。
しかし、


「ちなみにラン兄ちゃんって呼んでくれたら助かる」

「また言ってきた?!ってそう呼ぶことで何に対して助かるんだ?!」


幽霊のランはマイペースな奴であった。
驚愕している者に対して予想外に間抜けたことを言うなんて奴の方こそ只者ではない。
レオはここで違う核心を突いた。

自己紹介を受けたと言うことで今度はレオが自分のことを話そうと思い、ランの体から手を抜いた。


「僕はレオ」

「ああ、お前が恋する陰険野郎か」


「……は?」


ランはまさに、そのような噂を聞いてきました、と言わんばかりにレオに興味を示して眺め出した。
対してイナゴとタンポポは、口笛を吹きながらこの空気から逃げようとしている。
犯人を見つけた。なので、捕まえた。


「あーごめんなさい」

『レオの印象を悪くしちゃったでヤンス!本当にごめんでヤンス!』

「ちょっと待て。お前ら、この幽霊の人に何を教えたんだ?僕の陰険さか?ああ?」

「すみません。つい口が滑ってしまいました」

「ああ?この口が悪いのか?」

『あ、またイナゴが顔をつかまれたでヤンス?!』

「しゅみみゃしぇん」


最近レオはイナゴに対して幾多の恨みを持っていたため、今ここでそれを発散した。
そしてイナゴも日に日にそれを感じていたようで、あえて抵抗せずに謝って許しを得ようとする。しかし世の中そう甘くは無かった。
暫くの間、イナゴはレオに顔をつかまれ、頬が鼻に寄った状態で歩いていく。
と言っても他の人にはイナゴたちの姿は見えず、レオしか見えないのであるが。

二人が静かな争いをしている中で、タンポポはこの空気から逃げるためにランに顔を向けた。


『ラン、気をつけるでヤンス。レオは思春期真っ盛り中だからいろいろと難しいお年頃でヤンス。気に食わないことがあればすぐにああやって攻撃してくるでヤンス』

「陰険真っ盛りだな」

『おお、禁句を言っちゃってるでヤンスよ!』


ランという男は怖いもの知らずなのか、それとも悪戯に零している言葉なのか、場を考えない男である。
幸いにもランの声はイナゴよりはるかに低いため、レオの耳に届くことは無かった。
けれども、もしここでランの声が届いたとしてもレオは動かなかったであろう。

実際に、先ほどランを掴み損ねていたのだから。


『その体じゃ、何もできないでヤンスね』


透明すぎるランの体。
イナゴとタンポポの場合は体をこのように場に溶かしたとしても、触れることが可能である。
けれどもランの場合は本当に幽霊であり実体が無い。
何にも触れることが出来ない魂だけの存在。
しかし、本人からの欲によればものに触れることも可能である。
現にタンポポを抱きしめている一面もあったので。

タンポポが不安の声をあげていることに気づいて、ランは少しだけ表情を濁す。


「仕方ないだろ。おれはお前らと違って死んでるんだから」

『…』


ランの声、それが切なく聞こえて、タンポポは口を開けなかった。
ランも自分が幽霊だという事実をイナゴたちと会うまで知らずにいたため、初心者並の弱い心を持っていた。

いつの間にか頬を抓みあっているイナゴとレオはこの列の先頭にたって我が家に近づいている。
そのすぐ後ろをランが歩き、タンポポは後尾から眺めていた。
ランの透き通った体が、今更悲しいものに見えてくる。
白い靄の掛かった世界が世の儚さを物語っているような気がしてならない。

暫くの間、無言。
足音と静かな抓み合いが繰り広がっていくのみで、着実に我が家へ向かっていっている。

そしてこの曲がり角で体を右に捻れば、家の尻尾が見えてくる。


「お、家に着いたぞ」


先頭にいたイナゴがランに知らせるように声を上げた。
続くレオは「見知らぬ幽霊を家に連れてくるなよ!」と叫んでいる。この様子からある程度のことをイナゴから聞き出したようである。

タンポポもいつまでもぐずぐずしていられないと思い、後ろから声をかけてランを動かす。
我が家まであと少し。


そして


「ここが、オレたちの家だ」


目の前に一軒家が聳え立った。
二階建ての家だけれど、今は黄昏時であるため、一階部分しか見えない。
けれども、ここでランが目を見開いて叫んだのだった。


「ここ、おれんちじゃねえか!!」



目の前にある家に今住んでいる3人が、その言葉に押されて倒れこんだ。


「「『はあ?!』」」


それはあまりにも衝撃的な言葉でもあった。






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(05/06/19)





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