相手が幽霊ということで、イナゴたちも姿を消して対応する。
こっちの方が世間からの目を気にしなくていいからだ。
目には目を、歯には歯を、幽霊には幽霊を、だ。
イナゴたちも幽霊同様に体を透き通らせて、相手と向き合った。
「家が分からなくなったとはどういう意味だ?」
姿を消して早速そう尋ねてみると、幽霊の男は目を丸めて、しかしすぐに力のない目に戻した。
「知らん。少しだけ記憶がぶっ飛んだようだ」
それから男は、先ほど目を丸めた理由を口に出した。
「お前らも幽霊なのか?」
突然目の前の者が姿を透き通らせたのだ。誰だって目を丸めるものであり、疑問を持つことである。
質問されたイナゴは高らかに笑ってみせた。そして否定した。
「はっはっは!オレが幽霊のはずないだろ!実体があったのを見ただろ?」
「だけど今は姿が消えているぞ」
『アタイたちは普通の人間ではないでヤンスよ』
タンポポが口を開いたため、男はそちらに顔を向ける。
すると突然男に異変が起こった。
ギュッとタンポポを抱き上げたのだ。
勢いに乗ってタンポポは悲鳴を上げる。
『ぎゃああああでヤンス!!』
「ダンちゃーん!って悲鳴にも『ヤンス』はつくのか?!」
思わず違うところにツッコミを入れてしまったイナゴは、歯を食い縛ることにより冷静さを取り戻した。
タンポポを抱き上げられてイナゴは憤慨する。
「お前何してるんだ!!ダンちゃんはオレのなんだぞ!」
『いや、あんたのものになったつもりはないでヤンスが』
「そんな!冷たいなーダンちゃん!」
無言でタンポポを抱きしめていた男もようやく口を開いた。
「そうか、このぬいぐるみは『ダンちゃん』というのか」
そして男は元気のない目を取り消して、口元をゆがめた。
「…可愛い……」
男の告白を受けてタンポポはもちろんイナゴもあんぐりした。
男は突っ走る。
「こんな可愛いぬいぐるみ初めて見た…ほしい」
『いやいや!やめてほしいでヤンス!アタイはぬいぐるみじゃないでヤンスよ!』
しかし外見は確実にぬいぐるみを象っているため、男には通じなかった。
タンポポの顔をマジマジと観察している男に向けてイナゴが言い放つ。
「ダンちゃんはただのぬいぐるみじゃない。オレの相棒であり婚約者だ」
『何ほざいてるんでヤンスか!そもそも相棒になった覚えはないでヤンス!』
「ぬいぐるみと婚約しているのか…羨ましい」
『羨ましいでヤンスか?!あんたアホでヤンスよ!そもそもアタイはぬいぐるみじゃないと言ってるでヤンス!』
バカな男二人に向けてタンポポが怒鳴りつけた。
「アタイは『ダンデ・ライオン』、悪魔でヤンス!」
そしてご自慢の黒い翼を見せびらかした。
それを聞いた上で男はまた口を吊り上げる。
「悪魔か、それもいい」
『いや、あんたアホを通り越してバカでヤンスよ!』
「いいだろ悪魔!」
「ああ、すごい。この世界にこんな可愛い悪魔がいたとは…生きていて良かった」
「『いや、あんた死んでるんだけど』」
二人が同時して突っ込むと、男は再び元気のない目を持ってきた。
そのときに自然とタンポポを放す。解放されたタンポポはすぐにイナゴの元まで飛んでいった。
男は自分の存在をすっかり忘れていたようで、下を俯いている。
「そうか、おれは死んでいるんだった」
目の辺りを顰める男に向けてイナゴが口先を尖らせる。
「いつ死んだんだ?死因は?」
すると男は眉間のしわを強く寄せた。記憶を掘り出しているようだ。
やがて見つけたようで、口を開く。
「死んだのは今から2ヶ月ぐらい前だ」
「2ヶ月、こりゃまた随分前からここにいたんだな」
『2ヶ月前からずっとここにいたでヤンスか?』
「ああ」
「何故ここにいたんだ?」
イナゴの質問の後は間があった。
男は目を瞑って考えている様子だ。脳裏に浮かぶ限られた記憶を捻り出しているのである。
そして記憶を見つけたようで、男は目を薄く開いて答えてみせた。
「ここで死んだんだ」
「『………』」
答えは何となく分かっていたのだけれど、実際に幽霊の口から出されると言葉に胸が締め付けられる。
この場所にずっといたということはこの幽霊は地縛霊であろうか。
しかし地縛霊ならば動くことが出来ないはずだ。この幽霊は実際に場所を離れることが出来る。
それを、男を促して歩かせることにより証明させた。
イナゴは解読する。
「お前はこの場所で死んだ浮遊霊だけど、家が分からないためこの場にじっとしていたということか」
「そういうことになるな」
『あんたもいろいろ大変でヤンスねー』
それから次は死の原因を訊ねる。
「お前はこの場所でどうやって死んだんだ?」
質問に答えるため、男は目を閉じることにより記憶を探す。
それからすぐに目を開けて手のひらを打った。思い出したようだ。
「おれは」
緊張の一瞬。男の死因は何だ?
イナゴとタンポポの視線を浴びた男は、休むことなく幾多の車が走っている道路を指差して言った。
「2ヶ月前、この道路を横断しようとしていたカメが車に轢かれそうになっていたんだ。それを助けるために飛び出したら、死んだ」
間。
「あのカメ、元気にしてるかな」
「カメを助けるために死んだのか?!」
『アホでヤンス!カメのために死んでどうするでヤンスか!!』
マジメに質問に答えた男だったが、二人から活きの良いツッコミを浴びた。
それはそうだろう。あまりにも間抜けな死因だったのだから。
「んだよ?おれがどう死のうと勝手だろ」
「いや、もったいなすぎるだろその人生!」
『そうでヤンスよ!カメなんかほっとけばよかったでヤンス!』
「カメだって生き物だ」
「そりゃそうだけど選ぶ動物を間違ってる!」
『カメなんか死んでも誰も悲しまないでヤンスよ!』
「おれが悲しむ」
「お前が悲しむのか?!」
『カメごときに悲しむなでヤンス!』
「カメだって生き物だ」
「それ二回目!」
『あんたは本当にバカでヤンスよ!』
この男の外見を見る限り、右半分が血まみれの学生だ。
しかも金色に染めた髪をしていて耳に幾つもの穴を開けている。ピアスをつけているのだ。
そして背も高くて目つきも悪い。
はっきり言って"学校の不良"だ。
それなのにタンポポに興味を示したり、カメを助けようとしたりと考えが可笑しい。
この男、一体何者?
イナゴが訊ねてみた。
「お前、何者だ?」
すると男は「ああん?」と言って目の辺りを再び顰めた。
「そういうお前は何者だ?幽霊でもないみたいだしおれの考えに文句を言い放つし。てめえから名乗れ」
胸倉を掴まれそうになりイナゴは急いで身を引く。
訊ねたのはこちらの方だったのに、結局はイナゴから名乗り出ることになった。
「オレは『イナゴ』。異世界の魔術師だ」
イナゴの正体を知ると男は早速目を丸めた。
「異世界の魔術師だと?」
「そうだ」
男はイナゴに詰め寄る。どしどしとでかい体を運んでくる。
威圧が凄い。この男、内心はバカ丸出しなのに外見からは素晴らしく怖ろしい威圧を放っている。
自然と手がかざされた。
しかし次の瞬間にはその手は自分の顔から離れ、男の手の中の収納されるのであった。
ガッシリとイナゴの手を掴んだ男の目は、夜空に浮かぶ星のように輝いていた。
「すごい」
「え?」
「魔術師か。世の中にいない者だと思っていたのに実際にいたのか、すごい」
「え、ああ」
握手をしながら男はそのまま自己紹介に入った。
「おれは『嵐(らん)』だ」
男の名前を聞いて、今度はイナゴとタンポポが目を丸めた。
「ラン?女みたいな名前だな!」
「漢字で書くと「嵐」だ」
「あらしと書いてランと呼ぶのか?!へえ、珍しい名前だな」
『だけどカッコいいでヤンスよ!』
タンポポに褒められて男は嬉しそうに目を細めた。
この様子を見てからも分かる。この男、可愛いものに目がないタイプだ。
そんな男、ランを見ながらイナゴは深く追求した。
「学生服を着ているけど、どこの学生なんだ?」
ランはイナゴに顔を向けずに素っ気なく答えた。
奴はタンポポの顔を見るのに忙しいようだ。
「青春桜花学園高等部3年だ」
「青春桜花学園?」
その学校名、聞いたことがある。
そうだ。レオが通っている学校の名だ。
レオはその学校の中等部に通っているのだが、なるほどランは高等部なのか。
しかも学年が3年だと言うことは、レオと3つも歳が離れている。
イナゴが学校名に反応したことに対し、ランはようやくこちらに顔を向けた。
「何だ。知ってるのか?」
「知ってるも何もその学校の中等部にうちの奴が通ってるんだ」
気づけば透明な3人は道を歩いていた。
いや、浮いている。3人して浮いて、しかし足を動かしながらの会話。
自分たちが歩いていることに気づいてからイナゴがふと提案した。
「そうだ。ランは帰る家を思い出せないんだろ?」
「ああ」
「そしたらうちに来いよ」
それを聞いてランは「えっ」と声を漏らした。
イナゴの案にタンポポも即賛成した。
『そうでヤンスよ!我が家は今3人しかいなくて寂しいんでヤンス』
「どうせ部屋も余ってるし、泊めてやってもいいぞ」
「しかし、迷惑だろ」
「大丈夫だって。今日はもう遅いしさ、うちに泊まらせてやるよ。そして明日一緒に家を探そう」
「………」
『心配しないでいいでヤンスよ。レオもきっと賛成してくれると思うでヤンス。だからうちに一晩泊まるでヤンス』
イナゴの発言には口を出さなかったランだが、タンポポの発言を聞くとすぐに頷いてみせた。
「ダンちゃんがそういうなら、泊まるとしよう」
『よかったでヤンス』
「…あれ?オレの誘いの声だけじゃダメだったのか?」
「ダンちゃんのためにおれは泊まる」
「何だこいつー!」
『まあまあでヤンス。二人とも仲良くするでヤンスよ』
「オレに反抗するなら泊めないぞ!さっきからダンちゃんダンちゃんってダンちゃんばっかり目を向けやがって…!」
『アタイのことをレオは『タンポポ』と呼んでるからランもそう呼ぶでヤンス』
「タンポポか、いい名前だ」
「お前ら無視か!」
気づけば辺りは暗くなっていた。
太陽が西に傾き、人々に眩しさを与える。オレンジ色の光が物の影を倍に伸ばす。
体が透き通っている3人もオレンジ色に照らされた。
ランも全身がオレンジに染まる。タンポポも染まり、尾を燈している焔がより一層赤みを帯びる。
その中でイナゴだけが黒を維持し、しかし髪色はオレンジ色を輝かせながら、一歩一歩と我が家へ向かった。
その後ろでは、レオが一人で下校していた。
「水族館か…いいなあ…一体どんなところなんだろう。魚パラダイス。略してさかぱら」
リクからもらったオレンジ色のチケットも深い色に染まる。
「これは絶対にあのバカたちには知らせないでおこう。魚は全て僕のものだ。あいつらなんかに分けてたまるか」
それから、ふと気づいた。
「………………あれ?目の前にいるのって、イナゴたちか?」
元は魂だけの存在だったレオにも透明なイナゴたちの姿が見える。
目の前に体を透かしているものが3人いることに気づき、また疑問を燈す。
「イナゴの隣にいる奴って、誰?」
その後レオは、こっそり尾行をして奴らが何故見知らぬ男を連れてい歩いているのか、探る。
それを知らずにイナゴたちはランと会話しながら岐路する。
太陽が西の山に向けて倒れていく。
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(05/03/13)