一時間、二時間、…時間は刻々と過ぎていく。
何も変哲のない時間。
学校に来たのはいいものの、ハッキリ言ってつまらない。
授業はくだらないし、この静かさが眠気を誘う。


「レオくんレオくん」


今は休み時間だ。ひと段落ついて溜めていた息を吐いたとき隣から声をかけられた。
それは無論リクのものであり、リクはいい笑顔で手招きをしていた。
レオは目を丸めて対応した。


「何?」

「ちょっと話したいことがあるんだ」


リクは常日頃から話題を持っているのか、ネタが切れるということはない。
今回は一体何の話をするのだろう。
他の人間だったらウザイと思えるけれどリクを意識しているレオにとってはリクからの誘うは嬉しいものであった。
おかしいな、先日まではリクのことも邪魔だと思っていたのに。


「話って何?」

「んー。実はねぇ」


ここでリクは「じゃーん」と可愛らしく効果音を口ずさみながらレオにあるものを見せた。
それは手のひらサイズのオレンジ色の紙。
その両端を抓んだリクがこれの正体を教えてくれた。


「チケットだよ」

「…チケット?」


レオにとっては聞いた事のないものであった。
一応勉強についてはイナゴの魔術のおかげで頭に叩き込まれているのだが、日常のものについてはあまり学んでいない。
最初のうちは箸の持ち方も分からなかったのだ。
それなのにチケットなんて物体、知っているはずがない。

目を丸めたままのレオを見て、リクは笑みを零す。


「これはね、水族館のチケットだよ」


水族館?


「何それ?」


全く知らない物体だ。
学校などの建物は黒猫時代のときでも身近にあった施設だったから知っていたけれど、水族館なんて聞いたこともない。
一体なんだろう?

レオの質問に今度はリクが目を丸めた。


「ええ?レオくんってば水族館を知らないの?」

「あ…うん」

「うふふ、珍しいね。この歳で知らないなんて」


仕方ないだろ。実際には1年も生きていない生物だったんだから。
しかも、まだ人間になって数日しかたっていないんだ。生まれたての赤ん坊と同じだ。

思わず苦い表情になっているレオを見てリクの目は細くなる。
優しい口元で水族館について語った。


「水族館はね、いろんな種類の魚がいるところよ。遊ぶ場所じゃないけどね」

「さ、魚ぁ…!!」


教室中にレオの雄叫びが響いた。
しかもその語句が「魚」ということでクラスメイト全員が不思議そうに且つ珍しそうにレオを眺めている。
リクも絶句だ。

全部の視線を浴びているとも関わらずレオは先ほどの表情を覆して今は笑みを零して興奮を貫き通した。


「魚ってそんな…魚が…さ、魚…魚パラダイス!」

「れ、レオくん?」

「そうか…この世界にはそんな素敵なパラダイスがあったのか…!水族館、いいなぁ水族館…!」

「そ、そうよね!いいよね水族館!」


謎の雄叫び内容「魚」が「水族館」に繋がったところで教室に元の空気が戻った。
全員がレオから目線を外してそれぞれの作業につく。
教室がまた騒がしくなったところで、リクがレオにチケットを渡した。


「そういうことで今度、水族館に行こう?」


興奮中のレオは何でも言うことを聞ける人物になっていた。
うんうん頷いてチケットを受け取る。


「水族館、いいね。ありがとう」

「あーよかった。受け取ってもらえて嬉しいよ」


チケットを受け取ってもらえたということでリクは無邪気に微笑んだ。
そんなリクの笑顔にも気づかずレオは魚パラダイスに心驚かせている。


「水族館、楽しみだ…」

「ちなみに水族館は今週の日曜日ね!急でゴメンね!」

「いいよいいよ。ああ魚パラダイス」

「楽しみだよねー。あ、そうそう私の友達が数人来るけど」

「いいよいいよ。ああ魚パラダイス」

「うふふ、喜んでもらえたようでよかった」


二人の小さな笑い声が響いている中を邪魔するように予鈴が割り込んできた。
よってクラスメイトは自分の席に戻り次の授業の準備に取り掛かる。
レオはもらったチケットを裏表返しながら楽しそうに眺めている。
その隣りでリクも微笑んでいた。

 あああ…魚かあ…いいなあ。

元黒猫のレオにとっては魚は大の好物である。
それがうじゃうじゃいる水族館にいけるなんて夢の楽園のようなのである。
だから楽しみで仕方がなかった。
ニマニマしながらチケットを見やった。


 魚パラダイス…。
 たくさん食べてやろう……!


水族館とは魚を眺めるだけの館なのだが、レオは気にしていなかった。
魚を食べれると勘違いしながら、次の時間もその次の時間も過ごしていった。


。 。 。



「そこの可愛いお嬢さん。オレと一緒にヤクルト飲まない?」

「い、急いでいるので…」


レオの脳内が魚パラダイスになっている頃、イナゴとタンポポは街に出ていた。
最近全く仕事をしていないと気づいた二人は今回行動に出たのである。
『ヤクルーター』の仕事は人助けをすること。幸せを人に分ける。それが仕事内容。

手にヤクルトをもって呼びかけをおこなっているのだが、先ほどからターゲットを捕まえられそうにない。
きっと黒づくめの男が変態心丸出しだからであろう。


「失礼だな!誰が変態だって!オレだってマジメにしてるんだ」

『呼びかけ方がダメだと思うでヤンス。それじゃあただのナンパでヤンスよ』

「…え、でも今までにオレこんな風にしか呼びかけたことないし…」

『あんたは生きている中でナンパしかやっていない男でヤンスか!』

「それが誇りだ」

『そんな誇り捨てるでヤンス!非常に恥でヤンスよ!』


ぎゃーぎゃー喚く二人を街中の人々は不思議そうに見ている。
それはそのはず。二人の存在が明らかに珍しいものだからだ。
一人は黒づくめだし、一人は…いや1匹はぬいぐるみだ。
その二人が喧嘩をしているのだから街並の視線はそこに集まる。


「難しいなぁ。仕事っていうものは」

『そうでヤンスなぁ』

「どうにかしてターゲットを見つけないと」

『でもあんたがナンパばかりしてるからなかなか見つからないでヤンス』

「やっぱ女の子にターゲットを絞ったのも悪いのか?」

『あんたの変態心全開を見てたら誰だって逃げたくなるでヤンス。可哀想な女の子…』

「よし、そしたらターゲット変更だ!男、男を狙うぞ!」

『そうでヤンスよ!意外にも男の人も悩んだ心を持った人もいるでヤンス』

「いくぞー」


ターゲットを女から男に変えたイナゴは早速行動に出た。
目の前に迫ってくる男を見つけるとマントを払い、ジーパンのポケットに手を突っ込んで、荒々しく突っ込んでいった。


「ようようようー、そこのあんちゃんー」

『あんたはどこぞのチンピラでヤンスか!』


まるでチンピラ同様の行動を起こすイナゴの襲来を受けて、男は迷惑そうな顔して早々と去っていった。


「ふ、こんなもんよ」

『あんたは一体何をしたかったでヤンスか!ターゲットを逃がしてどうするんでヤンス!マジメにするでヤンス!』


何を考えているのか意味不明なイナゴの行動にタンポポは大きく頭を抱え込んだ。
イナゴは陽気に笑って誤魔化そうとしているが、今はそれどころではない。
今は仕事を見つけなくてはならないのだ。ターゲットをとにかく見つけなくては。


『とにかく今はターゲット探しでヤンス』

「ようようようー」

『いや、チンピラ風味はやめるでヤンス!逃げられるでヤンスよ!』

「んだよ?やんのかこんがきゃあ?!」

「すみません」

『あ!イナゴが負けてるでヤンス!本物のチンピラに遭遇しちゃったでヤンス!』

「ホントすみませんでした。お願いだからケツを蹴らないでください」

『イナゴが見知らぬチンピラにケツを蹴られているでヤンス?!』


しかし、なかなか事は進まない。イナゴなんかチンピラにケツを蹴られて、座り込んでいる。
チンピラが去ったところで尻を覆っているイナゴに言った。


『今回は諦めるでヤンス。これじゃあ収穫はなさそうでヤンスよ』


タンポポが諦めたように口を開くと、イナゴは立ち上がって断然拒否した。


「いや、ここで諦めたらいけないだろ。これにはレオの生活費がかかっているんだ」

『だけど今回は無理でヤンスよ。あんたはさっきからケツ蹴られているし、アタイはぬいぐるみだから、人に声をかけても空耳だと勘違いされて無視されてしまうでヤンスし』

「うーん。頑張っているんだけど…」


実は街中に出て数時間がたっているのだが、収穫は一つもない。
だからタンポポはこれからも収穫はないであろうと予測したのだ。
しかしイナゴは諦めない。意地でも動こうとはしなかった。


「一人でもいいから捕まえよう。そしてそいつから金を巻き上げるんだ」

『巻き上げるという言い方は失礼でヤンスよ!報酬でヤンスよ!報酬!』

「ああー報酬、できればセンスが作れそうなほどの札の量がほしい」

『札束で煽るでヤンスか!ってか報酬をもらいすぎでヤンスよ!』

「でも目標はもっと上だ。将来は札のプールに入るんだ」

『はいはいはいはいでヤンス』


マイペースなイナゴの発言に呆れ顔のタンポポは一人でも帰る気のようで飛行を高くした。
しかしイナゴが指を鳴らすことによって帰ることは妨げられてしまった。
見えない紐によって捕まったタンポポは深く眉を寄せる。


『もーあんたは一体何を考えているでヤンスか?』

「まあまあ、今度はマジメにやるからさあ」


そのときイナゴは新たなターゲットを見つけた。
ターゲットは路上の脇に座り込んでいる。
ポケッと目の前を横切る車を眺めている。
目に力のないターゲット、見るからに人生に疲れていそうだ。

イナゴはターゲットの元まで歩み寄ってみた。


「お前は今、幸せか?」


すると相手はゆっくりとこちらに振り向いた。
イナゴの位置からでは相手の姿は左半分しか見えなかったのだが、振り向いたことにより全体を見ることが出来た。
そしてイナゴは無言の悲鳴を上げることになった。

相手、それは


「いや」


右半分が血まみれの



「家が分からなくなった」



学生服を着た男であった。


「………幽霊?」


血まみれの相手に向けてイナゴがそう尋ねると、相手は首を傾げた。


「幽霊…そうか、おれは死んだのか」



よく見てみると、相手の足元は消えていた。
相手の体が透き通っていることにも遅けれど気づいた。


久々の仕事内容。
それは、迷子になった幽霊を助ける。


「迷子の幽霊さんのおうちはどこかな?」

『……何だか面倒くさいことになりそうでヤンス…』






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(05/03/05)





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