目の前の魔物の影に覆われて、3人は苦い表情を作って、立っていた。
目線は魔物の方に向けられたまま。


「ど、どうしよう…っ!」

「…何とかしてこの魔物を倒さないといけねぇみたいだな」

「で、でもどうやって?」

「知るか。俺に聞くな」

「……。ねえ、トーフ。どうしたらいいと思う」

「知らん。はっきり言って今のワイらには戦う術がないわ」

「おい!ちょっと待てよ!」

「それじゃあ、どうすれば…?」

「そなのもう分かりきったことやろ!」


トーフは不敵な笑みを浮かべて
大声で、言い切った。


「逃げるんや!!」


そして、トーフは食い逃げをするときのように華麗にその場を駆け抜けていった。
一瞬、間を取られたがその他二人も素晴らしい速さで魔物から距離を置いていく。
クモマの場合は金縛りに掛かった犬も抱えて。


『ジュルルルルル〜』


もちろん、魔物もすぐに彼らの後を追ってきた。
大きな魔物が動く所為で、周辺に植えられていた草木は無残な姿に変わっていってしまった。
そんな周辺を見て、クモマは哀しい表情を作る。


自分らに、戦う力があれば…。
元の体にだったら…

この魔物を懲らしめることが出来るのに…


クモマは悔しかった。



「…はっ!でヤンス」


その間に金縛りに遭っていた犬が目を覚ました。
やはり「ヤンス」は言うらしい。


「あ。目覚ました?よかった」

「あれ?あの大きなヘビはどこでヤンス?」


犬は魔物のことをヘビと勘違いしているみたいだ。
確かに今回の魔物はヘビに似ているのだが。
チラっと後ろに目線を向け、クモマが応えた。


「今、僕らの後を追ってきているよ」


魔物は、凄い威圧を放ちながらこちらへと轟々と追ってくる。
その魔物の表情を見たのだろうか、犬は短く悲鳴をあげ、恐怖の表情を作った。


「あ、あれは一体…何でヤンスか?」

「魔物や。魔物」


クモマが応える前にトーフが口を挟んできた。
そのまま続ける。


「こん村でも乗っ取りに来たんやろな。魔物の考えとることはサッパリやねん」


犬の顔はさらに強張る。


「ま、第一の目的は"ハナ"の弱点のワイらなんやろうけど」

「おい!なに話してるんだ!魔物が……!」


トーフの声をソングが掻き消す。
しかし、ソングの声も途中で途切れてしまった。
ソングの異常に一瞬疑問を抱いたが、すぐにこちらも黙り込んでしまった。

背後の気配に、一気に鳥肌を立たせる。
ジュルルと魔物の口から零れる声。
それは下にいる3人を震わせる。
声と一緒に漏れるヨダレは、彼らの目の前に落ち、彼らの動きを止めさせた。

走るのを止める3人。


「「………っ!!」」


言葉までも失う。
魔物の存在に、血の気を引いているのだ。

そんな3人の態度を面白そうに見下ろす魔物。
長い舌を出し入れして、またヨダレを彼らの前に落とす。


「…しもうたな…」


トーフが舌を打つ。


「どうすんだよ?おい!」


ソングが口悪く、しかし冷汗を非常に掻きながら唸る。


「捕まっちゃったね…」


クモマが苦笑いを作る。
犬がクモマの腕の中で震える。


『ジュルルルルル』


魔物が威嚇する。


ああ
魔物に追いつかれてしまった。どうしよう。
自分らには魔物を倒せる術がない。
せめてソングの元にハサミがあれば、チョコ姿でも斬り込んでくれるだろう。
しかしそんなこと考えても仕方ないことだ。

もう、ダメなんだろうか…


犬の頭上から雫が落ちた。
何かと思って顔を上げると、雫はクモマから流れる汗だった。
そのクモマの表情はとても厳しく且つ悔しそうで。

顔を更に上げる。目線を高くして見る。
そこに浮かぶのは魔物の三角の赤い目。
それはこちらを睨みつけて、大きな口を開いて、そのままこちらに顔を近づけて、口を更に開いて……


………



『ジュラララララ〜!!!』



魔物の悲鳴が聞こえた。
悲鳴は連なる。
食べられるかと思って目を瞑っていた下の3人も目を開け唖然とその光景を見る。
魔物は苦しそうにもがいていた。


「どうしたんだ?」

「わ、わからへん…」


目を丸くして魔物の苦しむ姿を見るソングとトーフ。
対し、クモマ


「…………ブチョウ……」


目の端に写るクモマ姿の彼女に目を丸くしていた。
クモマの言葉で前者の2人も目線を変える。
3人の目の先には、短足姿が…。


「たぬ〜の力ってありえないほど凄いわね」

「「ブチョウ?!!」」

『ジュララララ〜!!』


魔物の太い尻尾を捻り潰す勢いで、クモマ姿のブチョウが偉そうに立っていた。
足元にある魔物の尻尾をギュっと捻ってブチョウは不敵に微笑む。


「なかなか使い道のある体よね。たぬ〜って」


遠まわしではあったがブチョウは体の持ち主のクモマを褒めていた。


「そっか!ワイらは中身が入れ替わっているっちゅうだけで実は身体には何も異常はないんか。ってことは、ワイの場合は召喚魔法が使えるっちゅうことやな!」


トーフはそう一人で納得した。
それを聞いてソング。


「そうだとしたら、俺は何もできねぇじゃねーか。こいつの体じゃ…」


戦いも出来ない、
そう後に続けさせようとチラっとチョコ姿のを自分を見るが
頬を少し赤くし黙り込んでしまった
誤って大きい胸でも見ちゃったのだろう。


「お〜い!みんな無事か〜?」

「キャ〜?!何よその物体!魔物ぉ?」


その間にトーフ姿のサコツとソング姿のチョコもやってきた。
チョコはやはり内股走りだった。


「おい!やめろお前!キモイ事するな!」

「キモイって失礼ね!…って何で顔が赤いの?……まさか…ちょっと〜何したのよ!私の胸でも見たんじゃないでしょうね?!」

「そ、……こんな露出した服着ているのが悪いんだろが!」

「やっぱ見たんだ?!最低〜!!」

「おいおい、逢った早々口喧嘩は止めようぜ?二人とも」


喧嘩腰の二人の間にサコツが割り込む。
それで何とか喧嘩は治まった。

その間に


「ブチョウ、ここはあんたに任せたで!」

「僕もサコツの姿じゃ加勢できないよ。ゴメンね」

「ったく仕方ないわね。今回は私が片付けようじゃないの」

「「おお〜!さすが姐御」」


全てを、力持ちであるクモマの姿になっているブチョウに任せていた。
胸を張ったブチョウは、魔物の尻尾を捻るのをやめ、次は蹴りで勝負をつける。
変な態勢での蹴りであったがさすがクモマの体の力である。威力は完璧だ。

ブチョウに蹴られた魔物は案の定ぶっ飛ばされていた。
あんな大きな威力を放っていた魔物も今ではまるで玩具の様。
魔物は草木を犠牲にしながらその場に豪快に倒れた。


「すごいな〜僕って」


思わず自分を褒めてしまうクモマ。
ソングとチョコもサコツもトーフも同じく感嘆の声を上げる。
この様子から今回は本当にブチョウしか戦わないようだ。
5人はそんなブチョウを温かく見守る。


「さあ。どこまでいたぶったらいいかしら?」


邪悪な言葉であったが、平然と口にする。
目線は倒れている魔物。
魔物はヒクヒクと痙攣を起こしている。
そんな魔物にブチョウは容赦なく蹴りを入れる。
その度大袈裟に吹っ飛ぶのであった。


か、かわいそうだ……っ!!!


しかし手を出すことが出来ないメンバーは、いたぶるのを楽しむブチョウを眺めることしか出来なかった。


「ひ、酷いでヤンス…」

「子どもは見ちゃいけないよ!!」




+ + +


暫くして
ブチョウの止めの一発を喰らった魔物は声にならない悲鳴を上げて、消滅した。


「………」

「「………」」


いい汗掻いたと言わんばかりの表情のブチョウと
やっと惨い戦いが終わったと安堵を浮かべるメンバー。

こちらへ戻ってきてブチョウは告げた。


「いい戦いだったわね」

「「いやいや、あれは戦いではなく虐めだった!!」」


全員が素晴らしく声を揃えた。
ブチョウは気にせず仁王立ちをする。


「とにかく厄介な敵はクモマ姿の私が倒したわ。あとは"ハナ"をあんたらの手で探しなさい」


素敵に命令口調だ。
しかし、反論は出来ない。
何せ彼女は今クモマ姿だ。何か言ったらぶっ飛ばされてしまう。
メンバーは黙って"ハナ"っぽい花を探すことにした。


「って、"ハナ"って花の形をしているの〜?」

「それはわからへん。まー"ハナ"っぽいのを探してくれや」

「無責任な奴」

「チョコの体を見て鼻血吹いてたお前が言う台詞か?このやろう〜」

「鼻血は吹いてなかっただろが!」

「あの、聞きたいことがあるでヤンス」


賑わっているメンバーに犬が話し掛けた。


「皆さんが言っている"ハナ"って何でヤンスか?」

「ガキが分かる領域のモノじゃあらへんで」


子どもが嫌いなトーフは冷たくあしらった。
それを苦く見つめるクモマ。
代わりに教えてあげた。


「"ハナ"とはね、"笑い"を吸い取っちゃう厄介なモノのことだよ。形は不明なんだけど今のところは花の形をしているものしか見ていないかな」

「へ〜」


軽く相槌を打って


「花って、例えばこんな"ハナ"のことでヤンスか?」


そして犬は、足元にある小さな小さな本当に小さな花の上を指した。
犬に言われて、クモマは身を乗り出して、花を眺める。

小さな小さな花。
それからは微かであったが…


「ねえ、トーフ!」


クモマは叫んだ。


「これじゃない?」


クモマの叫びに全員が駆け寄った。


「どれどれ〜?」

「小さい花だな」

「これがどうしたっていうんだ?クモマ」

「………これって」


トーフが口元を歪めた。


「"笑い"を微かやけど感じるで!やっぱ皆にも"笑い"を見極める力が少しやけどあるみたいやな」


そして、再度
これが"ハナ"や。と断定した。

そう言われて他メンバーも気づいた。
神経を集中させてみれば分かる。
微かだけど、感じる。"笑い"を。
トーフ姿になっているサコツの場合は微かではなく、きちんと"笑い"を感じ取ることが出来たらしい。
トーフと同じく、サコツも
これが"ハナ"だ!間違いない!と断定した。

目を細めてトーフが続ける。


「お手柄やったな。ヤンス犬。あんたのおかげで"ハナ"が見つかったわ」


ヤンス口調の犬を褒めた。
連なってメンバーも


「すげーぜ!すげーぜ!ヤンス!!お前は天才だぜ!」

「さすが犬の姿なだけあるよね。僕らだったら気づかないでいたかもしれないよ」

「ご褒美に、今度デートに付き合ってあげるよヤンスくん!」

「俺の姿で何ていうことを言うんだ、てめえはよ」

「屍なみに凄かったわよ。アンジョーヌ」

「お前は意味がわからねーよ」


犬の名前はヤンスで定着してしまったらしい。(一人違ったが
褒められて犬は照れて何も言えなくなっていた。


そして、ラフメーカーは"ハナ"を無事に封印することができた。
"ハナ"が完全にひょうたんの中に入るの眺めるその場。
様々な模様を描いていくひょうたんの下部の水晶を見て、その場は催眠術にでも掛かったかのように
知らぬ間に、眠りについていた。



+ + +


「…うぅ…ん…?」


遠くの山に沈んでいく太陽から放たれる強烈な太陽光に浴びられ、クモマは寝返りを打ちながら目を覚ました。
目を擦った手をそのまま口元へ持っていき、あくびを覆う。

その場は知らぬ間に暗くなりつつあった。
もうこんな時間なのかと意識を朦朧とさせながら、思う。

身を起こし、今度は体全体で伸びをする。
グンと空へ伸ばし、そして屈伸をする。
そのため自分の足を見ることになったのだが
ここで異常に気づいた。

先ほどまでは長かった足。
しかし、今では見慣れた短い足。


一気に目が覚めた。
もう一度自分の足の長さを確かめる。
嬉しさが込みあがる。


「みんなみんなみんな〜!!」


嬉しさを分けたくて、思わず寝ているメンバーを起こす。


「何やねん……」

「俺とエリザベスの邪魔するんじゃねーよ?ったく〜」

「ふわ〜!もうこんな時間なのね〜」

「もう少しで取れそうだったのに…何で起こすのよ!たぬ〜!」

「何の用なんだ」


急に起こされて不機嫌なメンバーに、クモマは幸せを分けてあげた。



「元の姿に戻っているよ!!」



「「……………っ!!!」」


マジマジと自分の姿を眺めるメンバー。
確認をし終わると、同時に叫びだした。


「ホンマや!視界が低くなっとる!高くあらへんで!」

「この立派な鎖骨はまさに俺のものだ!やったぜ!元に戻れたぜ!」

「やっぱりこの姿が一番よね〜。元に戻れてよかったよ〜」

「全くだ。もう絶対に女になりたくないな…」

「短足じゃないって素晴らしいわね」

「…くぅ〜ん…?」


その中で、一つ明らかに違う声が混じった。
声の聞こえた方を見ると、それは茶色い犬だった。


「…ヤンスくん?」

「あ!ヤンスくんも無事もとの姿に戻ったのね〜!」

「そうか。ってことは、こいつは普通の犬なのか」

「ジョンだぜ、ジョン」

「ま、元に戻れたんだからよかったじゃないの」

「そやな」


6人分の視線を浴び、居づらくなったのだろうか
犬(ジョン)はテクテクとその場から走って去っていった。
きっとご主人様(ヤンス)の元へ行くのだろう。

そんな犬の姿をメンバーは温かく見守っていた。
目を細め、微笑ましく。

そして、犬の姿がなくなって眺めるものがなくなったメンバーは、
今度は目を閉じ自分の姿の在りがたさを実感していた。





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