サコツが邪悪なエキセンと睨みあい、ブチョウが王様を探しに走っている頃、手を繋いだ二人は階段を登りきっていた。
足が短いために階段を登るのに苦労していたクモマは、手を引いてくれたチョコに大いに感謝しながら手を離す。
クモマはチョコから手を差し伸べられた瞬間に、自分の手が手袋に覆われてよかったと感じ取っていた。
生身同士だったらきっと手を伸ばさなかったと思うからだ。
彼らは難しいお年頃なのである。


「チョコ、ありがとう。おかげで早く登ることが出来たよ」

「いえいえー。それはいいとして早く自称神を探しちゃおう!」


礼を告げるクモマを軽く流してチョコは本来の目的をここで口にした。
そう、クモマが何故ここまで走ってきたのか、それには理由があったのだ。

自分にしか聞こえない自称神『U』の笑い声を止めるためだ。
階段の上から聞こえてきたのでここまで来たのだが、まだ遠くから聞こえてくる。奴はもう少し奥にいるようだ。
ポンッと肩を叩かれてクモマは奥へ足を伸ばす。

二つ分の足音が長い廊下を奏でる。それぞれ違う音楽を足で鳴らす。
クモマはゴム靴なので然程音は鳴っていない。
対してチョコはブーツなのでヒールがカツカツと甲高い音を鳴らしている。
すると、少し強くカツンッと地面を蹴ったチョコが『U』の居場所を尋ねてきた。
クモマは鼻の頭をかき、そして「僕も笑い声を追ってるだけだから分からないんだ」と答える。
すぐにチョコが口先を尖らした。


「いやらしいねー。クモマにしか笑い声が聞こえないなんて」

「うん、気持ち悪くて仕方ないよ」


ご尤もである。


「ずっと笑い声が聞こえてるの?」

「そうなんだよ。クスクスって今も聞こえてる」


それはもう少し奥の方から響いている。クスクスクス…。
気持ちの悪い笑い声が随時耳に入ってくるのでクモマはここで耳を塞いだ。
現在進行で笑い声が聞こえていることを知りチョコも肩を竦めた。


「それまいっちゃうねー!キモイー!」

「本当だよ。早く止めなくちゃ耳がいかれそう…」

「よーし!クモマのために私も自称神を探してあげる!そしてクモマが自称神のキモイ顔を殴るところを見てるよ!」


被害を受けているクモマが相当まいっているということでチョコは一緒に自称神を探すことをここでやっとクモマに告げた。無論、戦いには参戦しないのだが。
だけれどクモマはその言葉が嬉しかった。

チョコの気持ちを聞いてクモマは耳を塞いでいた手を離して、自然と作っていた苦い表情を取り消した。


「チョコが味方になってくれると助かるよ」


戦いに不向きなチョコだけれど、一緒にいてくれるだけでも気が和らぐ。
なのでクモマは正直に心を解かすことが出来た。
そしてチョコもクモマが承諾してくれたことに感謝していた。

一緒に戦おう、そう思って一緒に走る。
先の見えない長い長い廊下を。
廊下に行き渡る、不快な笑い声を静め、沈めるために。

しかし邪が割り込んできた。
闇の笑い声の上に違う笑い声が重なる。


「ひゃっひゃっひゃ!ここでまた会うことが出来るなんて運命だね!」


『U』に似たキモさを醸し出している闇だ。
突然奴が現れたので二人は足を止めた。
そしてチョコが恐怖に押しつぶされた。


「あ、あなたは…!!」


チョコだけではない。クモマも目の前の闇の顔に見覚えがあった。
一度、会ったことがあるのだ。
それはジャングルの奥底に眠る不気味な研究所へチョコが攫われたときだった。


「合成獣を作った人だね…!」


クモマが断言すると、闇は頷き、下がった厚底メガネをくいっとあげた。


「如何にも!君たちは賢いねー!」

「やだー…またこの人と会うことになるなんて…」


狂った言動を見せる闇の『A』と会い、チョコは過去の出来事を思い出してしまう。

奴が、平凡だったチョコに被害を加えた。
ただ純粋な心を持っていただけなのに、村から生贄として奴に捧げられ、桜色のタテガミが美しい神秘なるペガサスと合成された。


「チョコ、ここは僕がやるからキミは隠れていなよ」


震えるチョコを見てすかさずクモマが防衛に入る。
一歩前に出てチョコを通せんぼして、クモマが代わりとなって『A』を睨む。
両手を広げているクモマを見て『A』は楽しそうに笑った。


「ひゃっひゃっひゃ!ボクのことが憎いのか?そうなのか?それはどうしてかね?」

「あなたがチョコの人生を狂わせたんだろう?!無責任なこと言わないでよ」

「キミが怒ることなのかな?そうなのかな?」

「僕はチョコの友達として言ってるんだよ!」



「………」


何か、締め付けられた。

クモマの言葉がギュッと胸を締め付けた。どうしてだろう。嬉しいはずなのに。
…そうか、そうだよな。
これは自分が戦わなければならない場面だからだ。
いつも自分は人に頼ってばかりだ。クモマの後を追いかけた理由だってクモマの手伝いがしたいためだったのに。
結局はまたクモマの背中を見る運命になっている。

これでは駄目だ。

拳を奮って、チョコは唇を巻きいれる。
本当は怖くてしょうがないけど、闇と弱い自分に打ち勝つために
ここで勇気を振り絞るのだ。


「クモマ、ここは私にやらせて」


クモマの通せんぼの手を払ってチョコが前に出た。
棍棒を回すことで大きくして、柄を『A』に向ける。
まさかチョコが戦いに出るとは思ってもいなかったので無論クモマは正直に驚いた。


「チョコ!無理はしない方がいいよ!」


しかしチョコは首を振る。


「いや、これは私の戦い。一度私を処分しようとした奴よ。私が懲らしめる…」

「キミは戦えないんだろう?」


そう、チョコの魔法は、目の前の魔術師とは程遠く実力に劣っている。
柔い魔法しか使えないから今までチョコは逃げていたのだ。
そんな彼女が戦うと言うものだからクモマは断然否定をしてみせる。
だけれど炎が燃え盛ったチョコを止めることは出来なかった。


「大丈夫よ。女は色気と根性で勝負よ!」

「色気…」

「だから心配しないで」


ニコッと微笑むチョコを見てクモマは口をつぐんだ。
チョコが戦いを目の前にして微笑んでいる。
察した。きっとチョコには作戦があるのだ、と。
逃げ足が速い上に基礎的な魔法は使える彼女、何か手を打ってるはず。

クモマはチョコの笑顔を信じることにした。
承諾したので頷く。


「わかった。気をつけてね」

「うん、クモマも気をつけて」


仲間に心配かけたくないから、互いに信じあう。
ここは闇の地帯だけれど今光が支配している。今であれば必ずや勝てる。
そう信じて、チョコは棍棒の先を地面につけた。
そしてクモマも短い足で地面を蹴ってなるべく早くここから離れようとする。


「おっと!短足ちゃんも逃がさないよー」


しかし『A』が両手を振り上げることで地面から獣が現れた。
それは双頭の狼だった。きっと奴が二頭の狼を合成したのであろう。

目の前の獣にクモマは足を緩めた。


「短足ちゃんが何故Uに気に入られたのか気になるんだよー!だからボクに解剖させてーひゃっひゃっひゃ!」

「…っ!」


『A』が笑うと獣が地面に傷跡を残して飛び掛ってきた。
やられる前に拳を使おうと思ったが、その前に獣が動きを止めていた。

チョコが咄嗟に描いた魔方陣で獣の足を氷付けにしたのである。
両足を固定された獣は勢いをなくして倒れこむ。


「少ししか魔法は使えないけど、動物と自然は私の友達だから」


だから、勝つ自信は、ある。


「クモマ、今のうちに!」


ラクガキのような魔方陣を描いて、今度は風を送る。
それはクモマの元へ。風はクモマの背中を押して一刻も早くこの場から避難させようとしている。


「チョコ、ありがとう!」


振り向く有余も無い。クモマはチョコの気持ちに応えて急いで駆け出した。
長い廊下の奥へ吸い込まれていくクモマを見てチョコも頷く。


「クモマなら、絶対に自称神を殴れるよ」

「ひゃっひゃっひゃ!その前にキミがボクに処分されるんだよ!」


『A』が両手を振り上げると、獣の足を固定していた氷が音を立てて割れた。
その音でチョコは『A』に顔を向ける。
そして『A』の言葉に対して口元をゆがめた。


「処分?勝手なことを言わないでほしいね」


すぐに魔法を放てるように、棍棒を地面から離して垂直に横に伸ばす。
そしてグルッと棍棒の先で円を描く。すると円の動きが光の道を象った。
棍棒の先が桜色の光を燈す。
空のキャンバスに桜色のペンが走り、跡を残した。

その光の線は簡単な魔方陣であり、チョコが棍棒で魔方陣を斬ることにより魔法が発動する。


「フレイム!」


斬られた桜色の光は砕けて炎になる。
そのまま『A』を燃やすために小さな火炎が飛ぶ。しかし双頭の獣に噛み砕かれ、無念に終わった。


「うー…やっぱり私の力じゃ無理かなぁ……」

「ひゃっひゃっひゃ!悪い子は処分だ!大人しく死ねー!」


双頭の獣が二つの口を開いてチョコに襲い掛かる。
その場にチョコの悲鳴が響き渡った。



+ + +


今まで外見も中身も黒かったエキセン城。しかし今は白くなったエキセン城。
全てが唐突だった。そのため理解できていない者がここにいた。
黒づくめの男である。


「ジェジェ?どうして城が白くなってるジェイ?」


エキセントリック一族の『J』は、辺りの白さに頭の中も白くしていた。
実のところ、『J』は今までずっと気絶していたのだ。何故気絶していたのか、覚えていないのだけれど。
しかし、自分の体が空洞のような気がしてならない。何かを吸い取られてしまったのか?どうしてそんな気分になっているのか分からない。

だけれどそれよりも何も、今は目の前の状況に悲鳴を上げるしかなかった。


「これは一体何なんだジェイ?!」


把握できない。ずっと眠っていたため城の白さが何の前触れを意味しているのか、把握できない。
今『J』はそれぞれの闇の部屋が並ぶ棟の廊下に立っている。ここで気を失っていたみたいだ。
『J』は一目散に長い廊下を走って、頼れる闇の部屋へ向かった。


「イナゴ!これは一体何なんだジェイ?!」


頼れる闇とは『L』のことだ。同時期に生まれた闇なので最も親しいのである。
そして何と言っても彼が『J』にとっての憧れであり英雄なのである。

『L』の部屋のドアをバンッと押し出して豪快に中へ入る。
すると思いも寄らなかった光景が目に映し出された。


「「……………」」


何と、オレンジ色の髪と艶やかな黒い髪が密着していたのである。
『L』と『B』が立って抱き合っている。
なので『J』は思わず絶叫していた。


「ジェーイ!ひどいジェイー!二人はそんな仲だったんだジェイー?!」


『J』の悲鳴を聞いてすぐに『B』が顔を向けた。
その顔には牙が輝いていた。
目が合って『B』が焦った様子を見せる。


「じ、ジャック!何であんたがここにいるのよっ!」

「ひどいジェイ…オレっちに内緒で二人は付き合ってたんだジェイ…」

「違っ!私がこんなたらしと付き合うはずないでしょぉ?」

「で、でも…!二人熱く抱き合ってたジェイ!」

「黙りなさいっ殴るわよっ!」

「もう既に殴ってるジェイ……」


急接近して腹に拳を入れた『B』に泣き顔を見せて『J』は呻く。
まさかあの『B』が『L』と熱く抱き合うほどに、彼のことが好きだったなんて…。
ショックを隠しきれずに腹を殴られた勢いに乗って凹みだす『J』であったが、次の『L』の行動で全てが明らかになった。

『B』という支えが無くなり、『L』はバランス崩して倒れこむ。


「…ジェ!!」

「イナゴっ!」


何故『L』が倒れたのか分からなくて『J』はあたふた走り回った。
その間に『B』は『L』の元へ帰って抱き上げ、そのまま『L』に向けて否定を見せた。


「やっぱあんた限界じゃないのっ!それなのに私に精気をあげるなんてどうかしてるわよっ!」

「ジェ?」

「只でさえあんな強烈な光を空から降らしたのよ?もう魔力がないんじゃないのっ?」

「お、オレっちが眠ってる間に何があったんだジェイ?」


『B』が『L』の言動に否定をしている意味が分からなかった『J』は疑問符を頭に浮かべて恐る恐る尋ねてみた。
すると『B』に鋭く睨まれてしまうがそれでも教えてもらえた。


「まずあんたが眠っていた理由は、私があんたの精気をほかより多く奪ったからよっ」

「そ、そうだったのかジェイ?!」

「ちなみに貪欲馬鹿の精気も大量に吸っちゃったわっ」

「ジェっ!Gも精気をなくしちゃったジェイ?」

「…はあ、これだったら全員の精気を根こそぎ奪えばよかったわっ」


『J』が廊下に不自然な形で気を失っていた理由、これでようやく明かされた。
心臓の材料を揃えるために『B』がエキセンから精気を奪っていたときのこと。
『B』は誰よりも多く『J』の体から精気を奪っていたのだ。
ちなみに『G』の精気も大量に吸ったようだ。しかし闇魔術師の精気というのはやはり強烈なものがあった。
だから心臓に精気を吹き込むときに調整が出来ず、自分の分の精気も入れてしまったのである。

これで一つの糸が解かれた。
しかし、これでは『L』の不調の意味を持っている糸が絡まったままだ。
『L』の顔色は優れていない。脱力している体、まるで変わり果ててしまった姿、どうしてしまったものか。

『B』が神妙に口を開く。


「私がエキセンから精気を奪ったせいで私たちは捕まった。Rに束縛されて私たちは追い詰められたわっ。だけどそのときだった、イナゴが全てを託したのは…」

「全てを託したってどういう意味だジェイ?」


息を吸って、吐く。


「自分の中にあった全ての光を空に託して強く降らせたのよっ。それで城を真っ白にして闇を抑えたのよこの馬鹿はっ!」

「ジェっ!」

「こいつに残った光の部分と言ったら髪色ぐらいじゃないの?」

「……イナゴ、それは本当なのかジェイ?」


グッタリと『B』の腕に体を預けている『L』に眼差しを送る。
暫くは何も応答はなかったが、やがて『L』が口を開いた。


「…それでもオレは、何も出来なかった……」


それは泣き声にも聞こえた。
『L』は続ける。自分の努力をこの場に吐く。


「ラフメーカーが戦いやすいように光を落としたのに…闇たちはひるみを見せない…。オレは闇をあまく見ていた…自分が闇を使えないから、その恐ろしさを知らなかったんだ…」

「イナゴっ」

「オレはただ、自分をどん底に落とし入れただけだったのか…」


もう力が残っていないのか、脱力した声の『L』、体内の空気をため息として吐き出す。
そしてこの場に居る闇たちも魔力がないために今のエキセンの状況を知る由も無い。だから何も言うことが出来なかった。

だけれど、答えは導かれた。


「大丈夫。キミは無事に役目を果たしてるよ」


この場に流れた懐かしい声に全員が目を向けた。
部屋の入り口の前に、ポツンと黒い者が立っている。肩には大きな鎌が担がれていた。


「死神…」

「ふふふ。計算どおりにうまくいってるよ。ぼくは光の者たちを城に誘うことが出来たし、君は光を落とすことができた。あとは闇を沈めるだけだ」

「ジェーイ!O、久しぶりだジェーイ!」

「あらぁ、あんた生きてたのぉ?」


鎌を担ぎなおして見据えた表情で『O』が3人を眺める。
対して3人は驚きの感情を隠しきれずにいた。
その中で『L』が首を横に振る。


「光を城に忍ばせたことはいいんだ。問題は闇を光に呑ますことが出来るか、だ。さっきから、騒音が激しい。心配だ…」

「心配ご無用。彼らはQとNを沈めることが出来たよ」


何気にここまで鎌で飛んできた『O』、外から窓を使って城の様子を見ていた。
そのときに『Q』と『N』が倒される瞬間を見たのである。

そのことを知り、『L』はおろか『B』と『J』も目を丸めていた。


「それは本当か?」

「何よっあいつらやるじゃないのっ」

「QとNって闇魔術師だジェイ?あいつらを倒すことが出来たって凄いことだジェイ!」


『O』も口をゆがめる。


「うん。だからこれから先、何も心配することは無い」


そして『L』に向けて言った。


「それにしても、イナゴがそれに気づかなかったなんて。相当魔力を使い果たしたんだろう?」


すると『L』は脱力したまま笑っていた。


「それでもオレは、戦うよ。ラフメーカーが闇と戦ってるんだ。オレも戦う」

「彼女を倒す、と言うのかい?」


『O』の言葉に、緊張を堪えるためにキュッと唇を噛む。


「ああ」

「無理はしない方がいいよ」

「本当よっ!今さっきだって私に精気をとられたのよ?ちゃんと立てるわけぇ?」


ここで『J』は遅けれども、『B』と『L』が抱き合っていた理由を解決することが出来た。
なるほど、『B』が『L』の首筋から精気を吸っていたのか。すれば自然と抱き合う形になるだろう。
二人がムフフな関係じゃないと知って、ほっと胸を撫で下ろした。

しかし、それどころではない。『L』がこの体で"彼女"の元へ行こうとしてるのだ。
だから止めなければならなかった。


「やめるジェイ!イナゴはもうふらふらだジェイ!そしてオレっちたちも弱いジェイ!誰も勝てないジェイ!」

「…勝てない?」


『L』は指を鳴らすことで、場の空気を和ませた。
鳴らした手元には肌色の飲料、ヤクルトがある。
ふたをべりりと破って、飲む前に告げた。


「オレの元気の源は、光の活躍と、闇の消滅、そしてヤクルトだ」


一気に飲み干して、口先に付着した欠片をなめる。


「それと、大切な人を守る心、だな」


脱力していた『L』も好物を摂取することにより元気を取り戻した。
傾けていた身を起こして、笑い声を上げる。先ほど倒れた人物とは思えないほどの復活のしようである。

しかし、その笑顔には何か恐怖に怯えているようだった。
光を全て使い果たしたのならば、果たして今この体には何が残っている?

闇、か?


『L』の笑顔に『B』も何かを察して、笑顔を取り消した。



4つの闇は全てを狂わせた者を沈めるためにマントを揺らす。
密かに全員が、不安な気持ちを背に負って。








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