あちらこちらから爆発が生まれている。
戦っているんだ。皆がそれぞれの敵に向かって戦っている。
爆発音だけでも悟れる事実。
それに胸を躍らせるのはトーフだった。


「みんな、戦っとるんやな」

「当然だ。俺らだけがこんな目に遭ってたら許さないぞ」


爆発音は戦いの場にふさわしい音楽だ。
だけれど、それが耳障りだと言わんばかりに眉を寄せるソングを見てトーフは小さく笑みを浮かべる。


「まあ、そやなぁ。みんなが戦いたい相手がおるっちゅうからワイらが犠牲になってさっき戦ったんやし、みんなにも頑張ってもらわへんと」

「全くだ。っというか、他の連中がくたばってないか心配なんだが…」

「お、ソングがみんなのことを心配しとるなんて珍しいやんか。何や、最後になってやっと友情ってもんが芽生えたんか?」

「うるせえドラ猫。友情とかふざけたこと言うな」

「ほならさっき心配したんは何故や?」

「………」


トーフに問い詰められてソングは噤む。
無意識に仲間のことを思ってしまったことが、なにやら恥ずかしいように感じたからだ。
しかしトーフは逆に喜んでいる。
あのソングがやっと仲間意識をと持つようになってくれた、と心がますます弾みだす。

体を負傷しつつも二人は歩いた。爆発音が鳴り響く城内。石畳の上で靴底を踏んで泣かす。
二人は入り口付近で戦っていたため城内を詳しく知らない。
そのため、今ここで城内に漂う不気味なオーラに震えを覚えていた。

肩を抑えてトーフが呻く。


「ここが闇の住処なんか…」


トーフの肩は『N』と『Q』との対戦のときに負傷していた。
しかし、そのときに見せた血は偽もの。
敵を騙すためにトーフはあのとき大げさに血を噴き出したのだ。血の色に近い液体をタイミングよく散らすことにより。
だけれど肩には激痛が走っている。もしかしたらあのときの血は半分以上は本物だったのかもしれない。
自分のことなのに分からない。それほどまでに先ほどの戦いで動転していたのか。

トーフがひっそりと肩の怪我に歯を食い縛っているのを横目で見やってからソングもみぞおちを摩る。
闇たちに勢いよく蹴られて凹んでいるようにも感じる胸元を。


「クソ、闇の住処か、ふざけてる…」


辺りを見渡すと白色が目に入ってくる。しかしこれは元はといえば黒いものだったのだ。
光を浴びて白に染まった城。それなのに闇の気配は随時張ってある。
いつどこで闇が現れても可笑しくないような情景だ。
厄介な敵に会いたくないなと思いつつ、トーフが苦く目を細める。

そのときだった。


「……っ!!」


突然トーフが顔を覆って塞込んでしまったのだ。
隣を歩いていた者が苦しみだしたのでソングは一瞬唖然としてしまう。
しかしトーフが顔ではなく目を覆っていることに気づいたので急いでトーフに手を掛けた。


「おいドラ猫、どうした?」

「……っ」

「何があった?……!」


隠すように目を覆っていた手。そこから溢れ出る赤いもの。
先ほどの戦いでトーフは嘘の血をばら撒いたが、これは違う。
目から溢れる血。
循環が狂って目と言う穴から這出る血。

呪いがかかって循環器が狂っている、トーフ。


「まさか、呪い、か…!」


何故こんなときにトーフの呪いが発動してしまったのだ?
理解できなくて、だけれど冷静心を持ったときに理解できた。
ソングはトーフを抱え込んで走り出した。

前にも一度、トーフの呪いの封印が解けたときがあった。
トーフに呪いをかけた元凶が出す危険なオーラ。それに触れただけでトーフの呪いに鍵をしていた封印が解除された。

前も、今も、同じではないか。



「……!」


一本の道だった廊下がここで広がった。
廊下を繋げる踊場についたのである。見てみるとこの踊場から複数の道が伸びている。ここが起点なのである。
さて、メンバーはどの道に入ったのだろうか。
それを考える前に、不幸が遮った。


「これは……!」


広い踊場を満たす銀。
それは紛れも無くクルーエル一族であり、彼らは全員して倒れている。
いや、倒れているのではない。上から強い威圧に潰されているかのようだ。

押しつぶされているクルーエルの中で、妹のオンプを見つけた。


「おい、これはどうなってるんだ?」


腕には既にトーフを入れているため、妹を抱き起こすことは出来なかった。
足で体を突付いて起こそうとするがオンプは動かない。だけれど口は開いていた。


「兄上、やっぱ無理なんだよ…」


オンプがソングに訴えた。
しかし意味が分からずソングは眉を寄せるだけだった。


「何が無理なんだ?」

「私たちクルーエルは」


一族の悲惨な姿に目を瞑ってオンプは言った。


「どうしても傀儡子の前に立つことは出来ない…」


『傀儡子』、その言葉を聞いてソングは無意識に息を呑んだ。
そのときに腕の中からトーフの息が漏れる。
それは忠告だった。


「…あかん。もう逃げなあかん…」


重い感覚が走る。それはトーフが目から零れる血だった。
血を含んで服が重くなる。
そして、自分の体も重くなる。


「…なっ?!」

「……クク…、驚いた。まさかお前ら如きがQとNを倒すとはのう」


枯れた声が流れた直後にまた体が重さを増す。
これが誰の仕業なのか分かり、ソングは強く舌を打った。


「呪いをかけた野郎だな…!ついに現れたか」


頭が低くなりつつあるソングだけれど声は強気だ。
その逆さまの言動を上から見下ろすのはエキセントリック一族の『C』、くいっと口元を歪めた。


「クク…、そうと言うお前はクルーエル一族の要という輩か。随分と頭が下がってつらそうじゃな」

「ざけんな…!てめえの仕業だろ…」

「初っ端からワシの魔術に押しつぶされとるとは、クク、結果は目に見えたも同然じゃ」

「…っ!」


『C』の声は空から降ってくる。
いや、奴はこの踊場の上空に浮いているシャンデリアの上に腰を掛けているのだ。
元凶を見るために重圧に逆らって顎を挙げるソング、視界には黒いシャンデリアと『C』の足が入った。
そして、自分に向けてある杖の存在にも気づく。


「さて、要にはとっとと消えてもらうかのう」


瞳に映る黒い光。『C』の杖に向かって闇が渦を巻いていく。
そんな馬鹿な。ここは光が落ちているというのに。何故平然と闇を使うことが出来る?


「…笑えねえ…!」

「QとNはへましおったがワシはそうはいかん。消えるが良い」


闇は銀を呑むために飛んでいく。
狙いをソングに定めて、『C』は光を消そうと試みる。

しかし、甘く見られては困る。


「リゾルート(きっぱりと)」


風の刃を送り、闇を切り刻んだ。
ソングは決然とした態度でこの場に立ち、仰ぐ。
闇を斬られたということで『C』も驚いて下を覗く。よって二人は目が合った。

瞳の模様を浮かべてソングが睨んでいる。
クルーエル一族の名を背負って立ち挑んでいる。
先ほど押しつぶされそうになっていた者とは思えないほどの様子。

トーフをその場に下ろして、ソングはハサミを構えた。


「俺がそう簡単にやられると思うなよ」


クルーエルの目を見て『C』はソングが重圧に逆らうことができた理由を察した。
この場にはソング以外の者は皆、呪いを受けている。だからそれを使って押しつぶすことが出来た。
しかしソングは呪いを受けていない。
それにより、呪いの種が体内にないソングは自力で圧力から脱出することができたのである。

普段の『C』ならば初対面の者も初歩的な魔術で潰すことが出来る。
だけれど今は光の中だ。
なるほど、光を浴びたことにより闇の力が弱まっているのか。

衝撃的なことに驚く『C』だけれど、すぐに笑いに深けていた。
ソングに呪いの種が無いのならば、今ここで植えつければいいのだ。
呪いに関しては自信がある。だから笑えるのである。


「すぐ、楽にしてやるわい」


支えも無く浮かんでいるシャンデリアの上から『C』が笑う。
そしてここでソングは、前に『L』が言っていた事を思い出す。
『L』は『C』には敵わないと言っていた。
呪いが強烈過ぎて手の打ちようがないとのこと。
あの『L』が敵わない相手を自分は相手にしていいのか。

しかしここで立たなければ一体誰が奴を倒すと言うのか?
自分しか、いない。


「俺がお前を沈めてやる。そして呪いを解かして全員を自由にしてやるんだ」

「クク、お前にそのようなことができるかのう?」

「人間は"光"だ。必ずや闇に打ち勝てる」

「ワシに勝った者など、今までにいないが」

「なら俺が第一号になってやる」


上と下からの睨みあい。
互いが瞳の色を燈して、場の空気を重くする。
エキセンの闇とラフメーカーの光。
果たして勝つのはどちらなのか。

その決断の前に


「邪魔者は廃棄じゃ」


浮かんでいるシャンデリアが大きく傾いた。
声を鳴らした『C』の姿はいつの間にか消えていた。

シャンデリアが揺れる。風も無いのに揺れていく。
その下にいるのはクルーエル一族とトーフとソングだ。


そして、あっという間の出来事だった。
シャンデリアが銀に向かって落ちたのは。


動けるソングは足元に転がしていたトーフだけを抱えて、滑るように体を突っ込んだ。
するとシャンデリアが落ちた風圧に飛ばされ、より遠くに体を倒した。

ガシャンと割れるシャンデリア。

ろうそくは全て折れ、シャンデリアは無惨な姿で地面に体をつけた。
そんなシャンデリアの下には呪いに押しつぶされていたクルーエル一族が…。


「………!!」

「クク、これで邪魔者はおらん」


どこからか『C』の声が聞こえてきたが、どこにいるのか探せなかった。
目の前の不況な現実に言葉を失ってしまったから探せずにいるのだ。

シャンデリアの下には、自分の一族が潰れている。
あの中には妹だっていたというのに…。
あれでは、もう、駄目か…。


腕の中のトーフも小声で呻いている。
トーフは目から流れる血を止めようと必死に目を瞑っているけれど効果は無いようで随時零れる滝の血。


「ソング…あいつと戦ったら死ぬで…」


全てに否定しようとするトーフを見て、ソングが言葉で抑えた。


「アホか。そんなこと言ってたらいつまでたっても世界を救えないだろ」

「……」

「光は強いんだろ?なら勝てる」


そう信じていないとやってられない。
ソングは、血まみれのトーフを休ませてあげるために、踊場の隅に座らせた。
それから瞳の模様を不気味に歪めて、辺りを見渡す。

敵はどこだ。


「光は闇に呑まれる運命なんじゃ。今だって黒のシャンデリアに銀の者たちが潰れた。この世の中、必ず黒が上になる運命なんじゃよ」


敵の声はすぐ側で聞こえた。
しかし気づいたときにはソングは先ほど歩いてやってきた廊下まで吹っ飛ばされていた。
そしてすぐに倒れた身の一部が潰れる。『C』の杖が背中を押しているのである。

あまりにも瞬時だったため、何もいえない。


「クルーエルに善や悪などいらん。悪だけで十分じゃ。だからお前を消すことで善は全滅じゃ」


うつ伏せのため、上手く抵抗が出来ない。
そのうちに『C』が行動に移る。
杖に闇を溜めていく。

先ほどまで『C』は、ソングに呪いをかけて他のクルーエルと同じ苦しみを与えようとしていたのだが、今では確実に消そうとしている。
それはそうか。
今ここで押しつぶされていたクルーエル一族が皆、シャンデリアの下敷きになっているのだから。
今更呪いをかけて押しつぶせようとしても、無駄足だ。
だから始末する。シャンデリアの下の銀と同じように消してやる。

危険な闇が空気上に渦を巻く。
そして歪む口元。それは『C』ではなくソングのもの。


「…俺を消す?ふざけたこと言うもんだな」


『C』は動きを止めていた。油断したのだ。
まさか、血まみれのトーフが糸を伸ばしてくるとは思ってもいなかったから。

糸に弾かれて杖が転がる。


「な…!」

「おいドラ猫、もう動くなよ。それだけで十分だ」


場所は移動していないがトーフは身を起こして糸を構えていた。
目や鼻、口からは血が溢れ出ていると言うのに。仲間のピンチを救うためにトーフは立ったのである。

信じられない光景に『C』は目を見開く。
だけれどすぐに瞳を赤くしてトーフをにらみつけた。


「まず死ぬのはお前のようじゃな」


気づいたときには『C』は転がった杖を持って、トーフに向けて闇を放っていた。


「ドラ猫!!」


踊場に一つ新しい道が出来た。
闇が壁を抉ったのである。

しかし、勢いは衰えていく。
そして道の進行は、止まる。

今ここに、奇跡が起こった。



「ふう、危なかった。抑えることが出来てよかった」


『C』が放った闇、それを銀の者が飛ばしていた。いや、飛ばしていない、受け止めたのだ。
大きなナイフを盾にして、強烈な闇を沈めたのは、先ほど潰れたかと思っていた人物だった。


「何故お前が……」


新しい道の先端に立っていたのは、クルーエル一族の智属長だった。
トーフを助けるために彼が代わりとなって闇を受けたのである。
そしてその穴から少し離れた場所にはまた別な銀が立っている。
恩属長である。


「よかったぁ…間に合ったね…」

「…な、何であんたら…?」


恩の腕の中にはタヌキのぬいぐるみ「たぬ〜」とトーフがいた。
あっという間の出来事にトーフは理解できずにいる。
そしてソングも惚けた顔を作っていた。


「お前ら、シャンデリアの下敷きになってたんじゃ…?」

「ふざけないで。あんた、属長をあまく見てんじゃないわよ」


ソングの隣りにはいつの間にいたのだろう、幸属長がショットガンを構えていた。
銃口は『C』に向いてある。

善なるクルーエル一族属長の3人が得意げに笑っているのを見て、『C』も面白おかしく笑っていた。


「まさか呪いに逆らってシャンデリアから逃げてきたとは、お前らも徒者じゃあないのう」

「クルーエルをなめちゃあ困るな」

「えっと…その…他の人たちが大丈夫かは…わからないんだけどね…」

「いいのよ、さっさとこいつを倒せばいい話なんだから。終わったらすぐに救出に捗るわよ」


呪いに苦しんでいるトーフを一先ず壁に寄らせて、クルーエル3属長が『C』の元までやってきた。
ソングも『C』が気を緩めている隙に逃げ出し、属長らの横に並んだ。
クルーエル一族が整列して銀を靡かせる。
それぞれが武器を構えて、『C』を睨む。

そして『C』も目を細める。


「ワシを倒す?クク、知識の無い奴らじゃな」


『C』がカッと目を見開くと、刹那に場が歪みを帯びた。
全員が気を緩めたときには、すでに『C』の姿は消えていた。
どこからか不意打ちを食らわすに違いない。

もう気を緩めてはならない。
銀の仲間がいるのだ、一団となって、呪いに打ち勝とう。


「…これからが、クルーエル一族の本当の戦いだ」


智が試合のゴングを鳴らした。









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