大量の影人間のことはクマさんに任せてブチョウとサコツは歪みの無い道を走っていた。
仲間が2と2と2で分かれてしまい、なんとも複雑な気持ちになる。
けれども皆、己の道を走っているのだ。だから自分らも走る。

無言が続く道。
ブチョウが真剣に表情を固めているのも原因の一つだが、緊張の糸が強烈であることが尤もであろう。
走っているだけでも伝わる、緊迫感。
きっとどこかで戦っている仲間の気持ちが糸になってこの場を張っているのだろう。
どんなに遠く離れていても"気"で感じる。なるほど、これが"仲間"の力なのか。


「出口だわ」


奥行きが見えなかった道が、ようやくここで途切れて光となる。
この道の終わりがあの光なのだ。吸い込まれるように二人は足を伸ばす。


「やったぜー出口だぜ!」

「やっと出られるわね」


光を求めて首を入れたのだが、この光は尋常ではなかった。
遠くから見ていても分かった。光には邪気が含まれていたのだ。
いや、あれは闇なのである。

光を浴びたため闇は弱まっているはず。それなのにその中に浮かぶ邪悪な光状の闇。一体何なのか。

それに足を入れてみると、空間が違うことに気づいた。
しかしこの邪気な空間に入ったことにより、狭かった道はここで広場になる。
何も無い広場だが、悪感は場を満たしている。
そのため、窮屈にも感じた。こんなにも広いというのに。

広場に入った瞬間に、二人は身の危険を催した。


「…何かやばそうだぜ…」

「出るわね。確実に」


目の前には何も無く平野が伸びているのみ。
だけれど二人、武器を両手で構えて辺りを睨みつける。

ブチョウの予測にサコツは苦い表情を作る。


「出るって何がだよ…、やっぱエキセンかぁ…?」


しかしブチョウは答えない。気を緩めたらならない場面だと知っているから。
対してサコツは戦いなどを好まないために場の危険性の大きさを知る由も無かった。
それが裏目に出て、サコツはぶっ飛ばされることになる。

黒い物体の突撃に、サコツが少し離れた場所に身を沈める。


「…っ!」


そしてブチョウも体勢を低くして慎重に武器を構えた。
幾多に浮かんでいる者の正体に驚きながらも冷静に。


「悪魔ね」


ブチョウがそう断言すると、黒い物体が大きく口をゆがめた。
鋭い牙が煌きを帯びる。


「お前らがラフメーカーだな?」


するとブチョウが首を振った。


「ノンノン。私はアフロ神よ」


絶体絶命の場面でブチョウは自分の空間を生み出した。さすがである。
そして悪魔も一瞬だけひるみを見せた。
しかし、今回はブチョウの頭はアフロじゃなかったので、すぐにその情報が嘘だと言うことに気づく。


「騙したなこいつ…!」


騙された方も悪い気がする。
ブチョウはツンと鼻で笑った。


「何?ウソだと思ってるの?…あんた死ぬわよ」

「本当なのか?!」

「死ぬわよ」

「死ぬんだ?!」

「やべーぜ!俺も死んじまうぜ!」


数多の悪魔をひるませて、ブチョウは仁王立ちを誇った。
そして仲間であるサコツも周りの悪魔と同じようにブチョウの断言に驚きを隠しきれないでいる。

しかし、どう考えてもブチョウの言っていることはウソだ。
この場にいるのは悪魔。みんな馬鹿の象徴である。

そんな悪魔たちであったが、手には"気"が溜まっていた。
ぶっ飛ばされたサコツもブチョウの元に戻り、一緒に武器を構える。
悪魔の"気"の危険性に気づいたからだ。

今ここで先ほどのような事を口にしたら、悪魔の"気"を浴びかねない。
ここからは真剣にいかなければならない。

そう気を引き締めた刹那だった。
場が歪み、地面が歪む。あたり一面が闇になる。
笑い声が鈍く響く。


「ぐふふ。誰が来たかと思えばお前らかヨ」


闇の浅海の中から邪悪な者が現れた。
それは闇の塊、エキセントリック一族だ。
その中でも邪悪な言動を繰り出す危険な者。
『V』だ。
二人と数多の悪魔の間に姿を出す。

この場を張り詰めていた邪気の元凶を見つけ、二人は一歩引き下がって、深く武器を握る。
『V』の登場と共に湧き出た闇を靴で踏んで、足跡を残す。


「魔王じゃねえか」


その中で、足跡と共に歪んだ表情を作ったのはサコツだった。
目当ての闇を目の前にして、不敵に笑って見せた。額に汗を噴出しながらも強く、強く。


「ずっと探してたぜ。俺はお前を倒しに来た」


だけれど、へっぴり腰を見せるサコツ。『V』は深く笑ってサコツをののしった。


「お前バッカじゃねーの?ぼくちゃんを倒せるはずないだろ?」


そして『V』は言う。


「ぼくちゃんが生みの親だヨ?ウザイ天使の存在から悪魔にしてやったというのに、恩の無い奴だヨ」

「……『悪魔にしてやった』、か」

「そうだ、お前はぼくちゃんのおかげで闇の存在になれたんだヨ。ぼくちゃんを倒すんじゃなくて拝まなくちゃヨ」


胎児の頃のサコツに闇魔術を浴びせ、天使を悪魔に変えたのは『V』。
サコツはクモマの兄から教えてもらうことによりその真実を知った。そして『V』もサコツと初めて会ったときから存在に気づいていた。

本当は天使だったサコツは、『V』の気まぐれにより永遠と悪魔の道を歩むことになった。
サコツにとってはこいつが全ての始まりだったのだ。
白に怯えて暮らす運命に変えたのは『V』だったのだ。

なのでサコツは鋭く『V』を睨んだ。へっぴり腰も翼を生やすことにより引きあげる。


「誰がお前なんかを拝むかよ」


前は翼を生やすときに苦労していたけれど今は自然と生やすことが出来た。
目の前の闇に対して恨みと憎しみ、そして恐怖を持ったからだろう。背中の痛みに押しつぶされること無く翼を生やせた。

悪魔になったサコツの姿を見て、『V』が舌なめずりした。


「おー、やる気かヨ」

「あったりめーだ!お前のせいで俺の人生がメチャクチャになっちまったんだぜ!」

「ぐふふ。いいじゃんか。ここにはお前の同類がたくさんいるんだヨ。せっかくだし、ぼくちゃんたちの仲間になれヨ」

「…!」


トーフのようなもみじ型の手を伸ばし、『V』がサコツを誘う。
一瞬、強張った表情をとったサコツであるが、それを庇う形で口先を尖らせたのはブチョウだった。


「あんたら闇の仲間になれですって?ふざけたことをよくもまあ言えるわね」


ブチョウは言う。ハリセンに描かれた魔方陣に触れて。


「チョンマゲは私のしもべであり仲間よ。そう簡単に手放すことなんか出来るはずないじゃないの」

「…ブチョウ…」

「あら、しまったわ。召喚獣を既に出してるからもう使えないわね」


一つの魔方陣に1体の獣しか出せない。
ハリセンの魔方陣からはすでにクマさんを出しているため、魔方陣に触れても光を放つことは無かった。
召喚魔法を使えない、と言うブチョウ、だけれどサコツはそれよりも何も、ブチョウの言葉が嬉しかった。
そうだ、自分には仲間が既にいる。
ラフメーカーこそ自分の居場所。そして使命。

サコツは、『V』の背後にいる悪魔を見た。


「俺は悪魔だけど、お前らのような悪魔にはなりたくない。魔王にしがみ付いてる悪魔なんて、親離れが出来ないガキンチョだぜ」


厚顔無恥の笑みを浮かべるサコツに悪魔が形相を変えた。
手に溜めていた"気"がここで爆発する。

無数に飛んでくる砲弾を避けるためにサコツとブチョウがここで別れた。
『V』は浅海の闇に沈んで姿を消す。

重要な人物が消えたためサコツが苦い表情を作った。


「逃げられちまったぜ!」

「後ろ見なさい!死ぬわよ!」


"気"から逃げるのに必死になって走り回るサコツを見てブチョウが叱った。
ブチョウに言われてえっと目を丸めて背後に振り向く。
すると、カンチョーの構えをしている『V』の姿がそこにあった。
合わさった指先には邪悪な光が溜まっている。

何ていうことだろう。
今も光を浴び続けているというのに何故こいつは普段どおりに闇を放流することができるのだ?
それほどまでに闇が強烈だと言うのか。

闇を溜めていく『V』の存在に気づき、サコツが勢いよく体勢を崩して寝転がった。
刹那に『V』が闇を放った。

闇は悪魔に当たって、溶かす。
ドロドロな液体が地面の闇と一体化する。


「ぐふふ。ぼくちゃんの闇に当たると、とろけるチーズになっちゃうヨ」

「じょ、冗談じゃねぇぜ…!」


溶けた悪魔を含んだ闇が一層増す。
『V』の闇の危険さをここで思い知り、サコツが黒い翼を下げた。
しかしブチョウが、それでは駄目だと指摘する。


「あんた戦いなさい!あんたを不幸に落とし入れた奴なんでしょ?ここで戦わないでどうするの?」

「…け、けどよー」

「私の意見に否定するな」


ブチョウの声の重さにサコツは走ることも忘れる。しかしそれもすぐに指摘される。
ブチョウはサコツのことを思って叫んだ。


「あんたなら絶対に出来るわ」


勝つことが出来るわ。


「私も手伝うから」


優しさを帯びている言葉。
まさかブチョウに励まされるとは、と意外な結果に驚きを隠せない。
だけれど否定しないわけにはいかなかった。
サコツは、否定した。
手伝うというブチョウのことを。


「ブチョウは手伝わなくていいぜ。これは俺の戦いだ。俺にやらせてくれ」


戦うことは決意した。
けれどもブチョウの協力は要らない。
ここは自分の力に任せて欲しい。

だからサコツは叫ぶのだった。


「ブチョウは王様を助けに行ってくれ!」


そして


「俺に綺麗な声を聞かせてくれよ!」


自分の手伝いなんかしていたら、ブチョウが己の幸せを掴み損ねてしまうかもしれない。
ここで時間を食っていないで彼を探しに行って欲しい。
そう願ってサコツは叫んだ。
そしてブチョウも正直に承諾した。


「分かったわ。肝に銘じてここを離れることにするわ」

「ありがとだぜ!」


『V』が闇を放つ。それを必死に避けてサコツが笑う。
ブチョウも、奥にある出口目掛けて走る。それから笑う。


「また会うときはお互い幸せを掴んでいるように」


広場の出口に向かうブチョウを追いかける複数の悪魔。
しかしそれはサコツが止めた。ずっと握り締めていたしゃもじで"気"を打って。
撃たれた悪魔は身を倒して体の痺れを堪えていた。

やがてブチョウはこの場から姿を消す。


「一人逃がしたか。ま、いっか。どうせ死ぬ運命なんだしヨ」


ブチョウがいなくなったことに気づいて『V』が闇を放つのを一時的に中断した。
伴って悪魔も止まる。サコツも、止まる。

『V』の考えにサコツは首を振った。


「ブチョウは死なないぜ。そして俺もみんなも死なない」

「みんな?それは一体誰のことだヨ?」

「俺の仲間たちだぜ」


真剣に答えるサコツだけれど、『V』は笑って対処した。
邪悪な笑い声が響き渡る。


「ぐふふ。お前らみたいなちっぽけな存在が誰一人死なないと思ってるのかヨ?お前エキセンをなめてんのかヨ?」

「なめてなんかないぜ。なめられないほどお前らが強ぇからLが俺らのために協力してくれたんだぜ」


『L』の情報を耳にして、『V』の表情が歪む。
それは怒りの方向へ。


「んだヨ?たらし野郎はやっぱ頭がいっちゃってるヨ。ぼくちゃんたちを弱めるためにわざわざ光をここに落としたってことかヨ?」

「そうだぜ」


すると『V』は深く笑った。


「あいつバカだヨ。あいつだって闇なのに、光を浴びちゃって。バカしか言いようがねーヨ」

「えっ」

「たらし野郎も今頃この光に苦しんでるはずだヨ。ま、ぼくちゃんには関係ないことだけど」


サコツは一瞬耳を疑った。しかしよくよく考えてみると『V』の意見は正しいことに気づく。
『L』だってエキセンだ。目の前の邪悪な『V』と同類。
光を苦手とする闇。それなのに闇を弱めるためにこの場に光を落とした。
だから、幾多の闇が悪戦苦闘している。

『L』は自分の身を犠牲にしてまでラフメーカーを利の位置に立たせたのだ。
そのことが今更申し訳なく思えてきた。


「そっか…!Lも危険なんだぜ…!」

「自爆ほどバカな死に方はないヨな!」


ぐふふと笑いを込めて『L』を馬鹿にする『V』。
しかしサコツはそいつの存在を許せなかった。

メンバーにとって『L』は全ての鍵であったのに。
それを馬鹿呼ばわりされたくない。



「お前も光を浴びて苦しいのか?」


サコツが問うと『V』は首を振って見せた。


「んなはずあるかヨ。ぼくちゃんは光に怯えるほど弱くはないヨ」


強く言う『V』の姿を見て、サコツを笑いたくなってきた。
口を歪めて牙を出した。


「汗だくのお前が言う台詞かぁ?邪気な奴ほど光が苦手なんじゃないかよ?」


サコツに指摘され、『V』の表情が一変する。
瞳の色を真っ赤にしてサコツを睨みつける。


「ぼくちゃんが光に負けるはずないだろ?」

「だけどよー汗かいてる理由がわからねえぜ?」


サコツも睨み返すが、すぐに跳ね返ってくる。
『V』が瞬時に闇を放ってサコツのむき出しの腰を掠めたのだ。あまりにも一瞬のことだったので避けることも出来なかった。
当たった部分がしゅわしゅわと音をたて、腰の一部を溶かした。

皮膚が変形していくところを目の当たりにして、悲鳴を上げた。


「ちょ、何だこれぁあああ?!!」

「ぐふふ。逆らう奴は死ぬのみだヨ」


痛みが腰に集中する。一瞬にして火傷を浴び、サコツが苦しみを訴える。
しかし相手はエキセンの中でも悪を誇る魔術師だ。

容赦も躊躇も何もない。虚無の心。


「ぼくちゃんの闇になれヨ」


地面を張っている浅海の闇をチラッと見やってから『V』が邪悪な言葉を口走った。








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