全て無音に聞こえた。
豪快に崩れていく城も、無音の動きに見える。
今ではもう、何も、何も頭に入ってこなかった。

忘れてはならないはずのものを、誰かに言われるまで、ずっと気づかずにいたのだから。
どうして、どうして、どうしてすぐに気づかなかったのだろう。
もっと早く気づいていれば、身を駆け出して探しに行くことができたと言うのに。

今更後悔しても、もう遅いのか。

城が崩れているこの光景は、つまり闇が溶けていっている証拠。
この様子では駆け出すことなど出来ないであろう。
しかし、それでもどうしても腑に落ちなかった。

なので、クモマは叫んだのだった。


「待ってよ!!トーフは?!まさかまだ城の中にいるんじゃ…?」


この城にいた人間は全て踊場に集まっていた。
そのため、その踊場だけを覆い包むように光が膜を張っていた。
光の膜に当たった瓦礫は溶けて蒸発する。それほどの強烈な威力を持った光。
何故そのような光が自分たちを覆っているのだろうか。

クモマは叫んだ。「僕たちだけじゃ駄目なんだよ!」と。


「トーフを助けなくっちゃ!」


この場に大切なものがいない。
だから一刻も早く探しに行かなくては。

クモマが光の膜を突き破ろうと腕を後ろに伸ばす。
だけれど、腕は発砲しなかった。
ブチョウが止めたのだ。


「やめなさい」


ブチョウの言動が、クモマにとって見れば許せないものだった。


「どうして?どうして邪魔をするんだい?放してよ!探しに行かないといけないんだよ!」

「あんた、落ち着きなさい」

「こんなところで冷静になれないよ!トーフがいないんだよ?」

「分かってるわよそのぐらい。だけどせっかくここで全員が無事に会うことができたと言うのに、この膜を突き破ってしまえばまたバラバラになってしまうわ」

「…!」


ブチョウが冷静に叱った。


「あんたの行動一つで、誰かの命が断ってしまうかもしれないのよ。そう凡の」

「俺のかよ!」

「だけどよーブチョウの言うとおりだぜ。今は危険だから動かない方がいいかもだぜ」


続いてサコツもクモマを引いた。
よって、クモマは引き戻されて全員と顔をあわせることになる。
しかしまた振り返って光の膜を睨むのだった。


「…あの中でトーフが苦しんでるかもしれない…」


光の膜の向こう、さらに崩れていっている城の中。
瓦礫の中に、大切なものを忘れてきてしまった。

しかしチョコが「ここはポジティブに」とクモマを抑えた。


「大丈夫よ!トーフちゃんは強い子だもん!どこかに隠れて身を守ってるはずよ!」

「そうだぜ!トーフは思った以上に強えーからな!心配するほどのものじゃないんだぜ」


そう言うサコツも、何だかうずうずしているように見えた。
何気にクモマと同じ気持ちを持っているのかもしれない。
いや、ここにいる全員が同じ気持ちだ。
光の膜さえなければ、きっと全員で身を乗り出して探していただろうに。

この光が、今、この時間を、束縛する。
このときだけ"光"に苛立ちを感じた。

大切なもの。
それは誰よりも笑いに憧れ、光を求めて生きていたもの。
だからこそ、そんな彼に、精一杯の笑顔を捧げたいんだ。
全員が同じ気持ち。

瓦礫の雨が降っている。
強い雨の中を一歩でも身を乗り出せば、すぐに潰れてしまうだろう。
だから全員が表情を曇らせて、ただただ瓦礫を睨むだけだった。
対してクモマは、今は心臓が無いため瓦礫にぶつかっても死ぬことは無いのだが、その行動一つでこの場が一気に崩れてしまう。
しかし下手に動いては駄目だと分かっていても、気になるのだ。彼の生存が。
だから意地でも光から出ようとした。

周りが見えていないクモマを見て、ソングが強く息をつく。
腰を折り、足を組んで座った。


「今は黙って見てるしかないな」


また深いため息をつくソングにつられて、先ほど「ポジティブに」と言ったチョコも大きなため息は吐いていた。


「はー…どうしちゃったんだろう、トーフちゃん…」

「……」

「どうして、私たちの前から、消えちゃったんだろう…」


チョコは知らぬ間に全員の不安を煽っていた。
ソングが組んでいた足を解いて、そのまま山を作ってはまた一息。


「消える理由はあったのか?」

「一人で行かないといけない理由でもあったのかしら」


ひじを膝につけてそのまま頭を埋めるソングを見て、ブチョウも腰を下ろした。
これは傍から見てもソングが自分を追い詰めていることが分かる。
彼はトーフが消える寸前まで、一緒にいたのだから。
そんなソングの背中に向けてブチョウがひじドリルを喰らわせた。


「落ち込むんじゃないわよ。タマが相談なしに消えたのが悪いんだから」

「…クソ、意味わからね。その前にてめえのひじドリルの意味もわからねえ…」


ブチョウ特有の慰めを喰らって、ソングが違う意味で頭を垂らす。
その背景でサコツがふと疑問を口にした。


「ってかよー、何で城が崩れていってんだ?」


確かに、と全員が遅いけれどそのことに気づいた。
何故城が崩れていっているのだろうか。


「エキセンが倒されたから城が崩れちゃったのかなー?」

「つまり光が闇を支配したから崩れた、ということか?」

「そうだとしても、この光は一体誰が放ったものなのかしら?」

「だよなー!エキセンって俺らの光が苦手だったはずだから…」

「…トーフかい?」


全員が口々に疑問を吐いている中で、クモマが最もな答えを出した。
そのため、全員が納得し、そして今の状況を悟って不吉を感じ取った。


「待ってよー!そしたらトーフちゃんがこの光を出して城を崩したって事?」

「んじゃよートーフは無事なのか?」

「その前にタマはラフメーカーじゃないわ。光を放つことって出来るのかしら?」

「この光の強さ…どこかで見たことがあるが…」

「笑いの、雫…?」


「「………!!」」


笑いの雫。
それはラフメーカーの笑いの光により生まれる雫のこと。
雫は世界の笑いを取りつつあった"ハナ"を消す力を持っている。
"ハナ"を封印するときに、必ず強い光が"ハナ"を包んでいった。

そうか、雫こそが、光の塊だったのか。
その雫が落ちたことで、強く強く光が場を覆ったのか。

笑いの雫は、ひょうたんの中に入っている。
ひょうたんを管理していたのが、トーフだった。


トーフが、笑いの雫を落としたことで、闇を溶かして光の世界を取り戻したのだ。
自分たちの知らないところでトーフは世界の闇を取り除くことに成功したのだ。

メンバー一人一人が強い光を持っているけれど、その光を一つに丸めたものが雫である。
雫を闇の中心核に落とすことで、無事に光が闇を支配することが出来る、ということか。

この場にいるメンバーが気づかなかった事実。
全員分の笑いが集まった雫の光を落とせば世界に平和が訪れたというのに。
自分らの鈍感さにまいってしまう。

そして、トーフの敏感さには本当に感心する。
いや、そんな場合ではない。


「やっぱりあの中にいるんだ…!」


トーフが闇の中心核にいたということは、確実に城のどこかにいたはずだ。
しかし城は現に崩れていっている。

溶けていく闇の中に、トーフが巻き添えを食らってしまったというのか…。
トーフが世界に光を与えたというのに、犠牲になってしまうなんて。
あまりにも儚く、哀れだ。


闇が崩れて光が残る。
つまりこの場は無くなり、光ある人間だけが残る結末。
音が静まれば、闇の崩壊がなくなったということで、闇が完全に消えたことになる。

その中でソングはある場所に目を向けた。
そこには藍色に輝く光がある。
愛用のハサミだ。刃先を開いて地面に立っている。
間に挟まれていたものは、今はもう、いない。

闇が、消えている…。


「ちょっと待ってよ!闇が消えたって事は…まさか…Lさんも消えちゃうって事ー?!いやーそんなのイヤー!」


そういえば、ずっと『L』たちの姿を見ていない。
彼らも一応闇の者だ。闇だから、消えるのだろうか。
もうすでに、消えたのだろうか。


やがて、音が静まった。
崩壊が治まったのだ。つまり闇が今完全に消えたのである。

闇が消えた。
ついに闇が消えた。
光の矛に闇の盾は勝てなくて、貫かれて壊れてしまったのだ。

矛盾がなくなり、完全なる答えが見つかった。
光が闇に勝った。

それなのに、どうしてだろうか。
この気持ちは何だろう。
今、そこはかとなく、悲しい。


「「トーフー!!」」


光の膜が消えた途端、メンバー全員が一斉に叫んだ。
崩壊を生み、その犠牲になってしまったトーフを探しに。
トーフ、お前は一体どこにいってしまったのだ?

クルーエル一族が治癒に励んでいる間、クモマもサコツも自分の役目を忘れて、今は仲間を探しに突っ走った。
そしてクルーエルも状況をつかんでいるようで、そんな彼らを責めたりしない。大人しく場に留まり、祈っていた。

瓦礫を持ち上げて、覗き込む。
小さな彼はどこの隙間にも入ってしまう。だから探すのも非常に難だ。


「トーフ?」


呼びかけるけれど、返事は、ない。


「おいトーフー!どこにいんだよー!」

「トーフちゃんー!Lさんー!」


チョコはドサクサに紛れて憧れの『L』を呼んでいる。
しかしそちらも応答なし。
全てが無反応。
風も何も打ち当たってこない。
無の返事が返ってくるのみ。
空っぽの返事ほど、もらって嬉しくないものは、ないであろう。

全員が形相変えてこの場を走り回った。
大切なものが自分らの手元から消えてしまった。
早く、早くこの手に包まなくては。
彼は柔い魂なのだから、消えてしまうよ。


「やあ、随分と汗水流しているね」


今、他の者と話す余裕など無いというのに、呑気な声が全員の思考を止めた。
全員が振り返って相手を見やる。

そこには、黒い影が立っていた。
いや、大きな鎌の上に、立っている。

相手が呑気に口を開いた。


「一体何を探していると言うんだい?」


鎌の上でゆらゆらと動いている闇の存在に、全員が指を差して悲鳴を上げた。


「「死神ー!」」

「うむ。名前を覚えてくれていたんだな。感謝するよ」


5本の指の支点には、エキセントリック一族の『O』がいた。
何故お前がいるのだ、お前は闇の者のはずなのに。と思っていたメンバーだったが、『O』の行動一つで傾くことになる。
『O』は早速、クモマの腕を掴んで、無理矢理鎌に乗せたのだ。
また鎌に乗る運命になってクモマは混乱と一緒に絶叫した。


「何でまたー?!」

「やれやれ、あまり大きな声を出さないでくれるか?」


耳元で叫ぶクモマがうるさくて、『O』は耳を塞いだ。
よく見てみると『O』の顔色が優れていない…?


「…これが二日酔いってやつなのかなあ」

「は?」

「いや、なんでもない。光を贅沢に浴びすぎた……」


よくわからないことを口走ると『O』は早速飛行を高めた。
クモマを誘拐して、飛んでいく。
そのため今度は残りのメンバー全員が声を上げた。


「「どこに連れて行く気だー!?」」

「いいところだよ」

「い、いいところって……て、天国…とか言わないよね?」


4つの視線を浴びながら飛行する鎌が、ぐっと高度を高めた。
それなのに『O』の声は広がって聞こえる。
クモマの杞憂に『O』は笑っていた。


「天国なんて行かないよ。一応闇だからね」

「……あの光を浴びたというのに、何故あなたは無事なのですか?」

「自分?自分だけではないよ」

「え?」

「ただ、闇が鎮まった。それだけのこと」

「それじゃあ、エキセンは消えていないってこと…?」



闇の者、エキセントリック一族はあの光の力でも消えなかったのか?
闇の力が消えただけで実際に奴らは滅びなかった?


「それは」


『O』が答えた。


「どうだろう」


曖昧に。




「さあ、心臓を取りに行こうか」





+ + +




光の中をさまよう魂。
金色を放つ魂は、ふらふらと行く道を探している。
どこに行けば、この白い道から抜けることが出来るのだろうか。


闇が無いから本当に白色しかない。
真っ白だから何も見えない。
このまま真っ直ぐ行けば、出口が何れ見えるだろうけれど。

全く何も分からない。
まず自分は何?
自分は何だったっけ?

だけれどこの白い空間が何だか落ち着く。
光に包まれて今まさに幸せだ。

このままずっと光の空間にいたら、幸せが続くのだろうなあ。


「それは、どうだろう」


道が二つに分かれた。
上と下に伸びている道。
異様な光景だ。
上に行けば天国に行ってしまいそうだ。下に行けば地獄に行ってしまいそうだ。


「どっちに行くか?上と下。お前ならどれを選ぶ?」


魂が、中間で悩んでいるとき、何もなかった正面から、手が現れた。


「お前はきっと、この道を選ぶと思うぞ」


手は優しく魂を包み込んだ。
この温かみ、前に一度感じたことがある。
懐かしい、けれど思い出せない。

今はまだ、思い出せない。



「さあ、帰ろう」


魂を包んでいる者は、真っ黒な者だった。
黒だったから一瞬戸惑い躊躇った。
だけれど魂は、その中にある光に惹かれて、この道を選んだ。




帰るって、どこに、だろう?
魂の帰る場所なんて、あるのかなあ。

もし、きちんとあるのならば、そこに光があれば、いいなあ。





+ + +



せっかく、ここまで作り上げたのに。
あなたの野望を果たそうとしたのに。

どうして光は闇の邪魔をするの?
光さえなければ、私たちの世界を作れたというのに。

本当に邪魔な生物ね。光というものは。

光、あんなもの、消えてしまえばよかったんだわ。
何故、闇の方が消えないといけないのよ?


ねえ、エピローグ。
あなたもそう思うでしょう?

闇こそが全て。
光などこの世にいらない。
そう思わない?



―― それは、どうだろう。


何故?何故そんな曖昧な答えを返すの?
あなたまで私を裏切るというの?
私は、私は、
あなたとまた会いたいから、ここまで頑張ったって言うのに。

それなのにそんな答え、あんまりよ…。


―― すまなかった。わたしは自分の幸せばかり考えていた。


何を言っているの?
私はあなたと会えて幸せだったのよ。
あなたが闇として私を生き返らせてくれた。
すごく幸せだったわ。


―― 幸せ?君が幸せだったというのか?
   無理して言わなくてもいいんだよ。


無理なんてしてないわ。
あなたこそ、何を言っているの?
闇が幸せの種じゃなかったの?


―― 幸せ、だったのかな


え?


―― わたしは、大切なことを今までずっと忘れていたのかもしれない。


大切な、こと?


―― そうだ。
   これは古い話になるけれど、わたしは君を生き返らす前まで何故か闇を作れなかった。
   それは何故だと思うか?


闇の要素が足りなかったのかしら?


―― 違う。実は、闇を生み出す前までわたしは"あるもの"を体内に持っていたのだ。


あるもの?
それは何?



―― 光、だ。



ひかり?



―― そうだ。光だ。光がわたしの計画を抑えていたのだ。
   だからいくら努力しても闇を作れなかった。


……。


―― よく聞いてほしい。
   だけれど、闇の皆には内緒だよ。


   もしかすると、わたしは、光の素晴らしさに気づいていなかったのかもしれない。



   わたしの中にあった光、それは君だった。

   君の存在がわたしの光だったのだ。


   わたしは間違えていた。
   あのとき、わたしがすべきことは闇を生み出すのではなくて、光を生み出すことだったのだ。

   光として君を生き返らせたら、もっともっと幸せだったのかもしれない。
   他から恐れられずに、温かい目で見られていたかもしれない。


   これはわたしの誤算だった。



   本当に、すまない。









ねえ、ひとつ聞いていい?



どうしてあなたは今そんなに輝いているの?



―― わたしは人間だ。
   人間は存在が消えたとき、必ず光になるのだ。


そんなの、ウソよ。
だって、私は今までずっと、あなたを使って"ハナ"を作っていたのよ。
"ハナ"は私が作った、最高の闇の塊なのよ。




―― "ハナ"が雫にあたるとき、何故あれほどまでに強い光を放ったと思う?
   それは闇を覆っていた"ハナ"が雫を浴びることで溶け、
   中にあった本当の光が輝いたからではないかな。


光が、輝いた?
そんなはずないわ。
あれは私が作った闇だもの。
光なんて一つも入っていない。


―― わたしこそが、光だったのだ。


あなたが…光?


―― "ハナ"の原料はわたし。わたしは光。その上に君の闇魔術。
   まさに、光を包んだ闇の花ではないか。



あなたは何を言いたいの?
私は闇に憧れていたあなたのためを思ってここまで頑張ってきたのよ。


―― だから今、謝罪を君にしているのだ。すまない。


どうして?どうして…どうして早く言ってくれなかったの?
あなたが闇だと信じて私、ずっと闇を広げていったのに。


24の闇たちは、どうすればいいの?




―― 君は、今までに何度あの子達に手を差し伸べた?
   一度も伸ばしていないはずだ。
   『L』なんて可哀想に。彼女を君に奪われてしまった。



………。
闇が光に近づくことが許せなかったのよ。


―― 君が生み出した闇全てが闇とは限らない。
   あの子は君が始めて作った光だ。
   光こそ、ちゃんと守るべきだったのではないかな?


…Lが光?
うふふ。面白いこというわね。


―― わたしは真剣なのだけど。



うふふ、ごめんなさい。
ねえ、エピローグ。
私、これからどうすればいいの?

あなたに裏切られてしまったら、私、生きていけないわ。



―― 生きていけない?
   何を言っているんだい?今まさに生きているではないか。

   光として。






私が、光?



―― わたしが愛したのは、光ある君だよ。
   わたしが闇を作る前、まだ闇を研究しているころ、わたしが最愛したのは君。

   光のプロローグだった。




   さあ、おいでプロローグ。

   これから、全てをやり直そう。



私、あなたと一緒にいていいの?


―― いいに決まっているだろう?
   君は今、光なのだから。
   私も光で君も光。

   始まりと終わりが合わされば、それは永遠に等しいものになる。

   光は、これから永遠になるのだ。

   素晴らしい。素晴らしいことだ。


あなたが、そう言うなら、私も従うわ。
闇のエピローグ。


   そして、光のプロローグ。













+ + +



完全に、世界が、光に包まれた。









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「それは、どうだろう」の台詞が3人の口から出ています。
しかしそれぞれに違う雰囲気が出ていて面白いですね。

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