空を見上げる。
澄み切った青空の中を白い雲がゆっくりと自分の道を歩いている。
大小問わない個性豊かな雲たちがのらりくらりと体を動かしているけれど、それらに目的はあるのだろうか。
ただ単に流れに乗っているだけなのだろうか。いや、全部が全部目的を持っているはずだ。

生き物全てに目的はあるのだから。

全てが目的を照らして輝いているからこそ、空は綺麗なのだ。
そして今の世界も、空から見れば同じように見えるのだろう。

一色の世界に浮かぶものは、様々な色形を帯びた人々だ。
まさに、空と同じである。

光の世界の上で笑いあう人々の姿は、美しく輝いている。






70.笑いのある世界






空の下。海の上。緑の中。箱庭通りの一角で。
帽子を作っている男が店のカウンターに座って、じっと木製の古びたドアを眺めていた。
そんな彼の手の上には、新品同様に輝いているシルクハットがある。
形にこだわったシルクハットは暫くの間、主人の頭の上にいなかったようで落ち着いていない様。
だから常に背を伸ばして立っていた。
そんなシルクハットの気持ちを知っている帽子屋も、深くため息ついては何度も紅茶に手を伸ばす。


「おっせえなあ」


世界が光に包まれて、何度か日が落ちて昇ったというのに、結果報告を誰もしてくれない。
一番希望に満ちていた、このシルクハットの主人だってやってこない。
果たしてどうしたものなのか。

目をつぶれば、不吉しか浮かび上がってこない。
闇が世界から消えたと言うことは、闇の者も消えてしまったと言うことだろうか。
そうだとすれば、なるほど結果報告に来ない理由も分かる。


闇は、消えたのか…。


「…これから毎日、退屈になりそうだな」


光ある闇たちが真の闇と戦い、それに紛れて全ての闇が消えてしまったのならば。
いつも帽子屋にくつろぎに来ていた闇たちも、消えた存在となるわけか。
騒がしい奴らと一緒にいた時間も、楽しかったのに。
奴らはもう戻ってこない。。
これから毎日、どうやってすごそうか。


帽子屋が手元のシルクハットに目線を移して、またため息をつく。
しかし、そのときに変化が訪れた。
シルクハットが文字通りにうずうずと蠢きだしたのだ。
震えるシルクハットはまるで生きているかのよう。
いや、外から傀儡している者がいるのだ。

シルクハットが、帽子屋の手から飛び跳ねて、古びたドアまで飛んでいく。
あのままではドアにぶつかると思っていたが、それは杞憂に過ぎなかった。
ぶつかる前にドアが開き、その場にいた者が受け止めたので。

主人が帰ってきた。
そのようにシルクハットが喜んだ。弾んで主人の頭に乗っかりオレンジ色を覆って抱きつく。
主人はそんなシルクハットの両つばをつまんで位置を固定してから、微笑んだ。


「よっ元気だったか?」

「死んでないわよねぇ?」

「やあ。プリンは用意してあるかい?」


主人こと『L』が声を上げると、連なって二つの声もやってきた。
一人一人丁寧にドアをくぐって店内にお邪魔する。
古びたドアが反動で揺れる都度、鐘がカランカランと音を立てた。

黒い者たちの登場に、帽子屋は心底から喜び、しかし顔には疲れが生じていた。


「やっと帰ってきたか」


今までどこに行ってたんだよ。
心配してたんだからな。

帽子屋の心の声に、『L』も『B』も『O』も自然と笑みを零した。
相手の声を聞いているだけでは失礼なので、3人も気持ちを口に出した。


「心配かけて悪かったな」

「いろいろあって、大変だったのよぉ」

「心臓も無事作れて、よかったよ」


ズカズカ上がりこんで、いつものソファに座り込む『B』と『O』。
この堂々加減が懐かしいと帽子屋がひそかに和みにふける。

そんな中で、『L』だけがソファに座らず、空を仰いでいた。


「何かあったのか?」


久々の来店に遠慮ない二人に対して『L』は不思議な行動をとっている。
気になって訊ねてみると、『L』が幸せいっぱいの表情を帽子屋に向けて、言っていた。


「オレらさ、帰る場所なくなったんだよ」

「…帰る場所?」

「ああ、さっきチャーリーがゾナーと一緒に建築計画を立てていたからきっとまた城を作る気だろうけどさ、光を浴びて全部の闇が魔術を使えなくなっている。だから建築までに時間は掛かると思うんだ」


帽子屋にとって見れば、『L』が何の話をしているのか、理解できないものだった。
だけれど『L』は微笑み続けた。

今はもっと幸せを含んで。


「チャーリーが頑張ってるとこで悪いけど、オレはあの城に帰らないよ」

「は?」

「帰る場所見つけたんだ」


『L』の話を『B』と『O』も聞いている。
全員が身を乗り出して聞いている中で、『L』は顔を赤くして綺麗に笑って見せた。
恥を込めた微笑が逆に優しさを包んでいる。


「オレさ、今幸せなんだ」

「……」

「天使が束縛から解放されて自由になったから」


『L』は言った。


「ダンちゃんが幸せだから、オレも幸せ」

「…だ、ダンちゃんって…お前…!」


帽子屋が動揺する中で『L』は平然とした面影で懐からあるものを取り出した。
それはライオンのぬいぐるみ。左頬には星模様が描かれてある。
中身は、今はもう無い。

中にあった魂は、今は美しい光として、天国の浮き島で笑っているのだから。
『L』はその光の笑みを見たいためにまた空を仰ぐ。


「オレ、ちょっと上に行って来るよ」

「は?」

「大丈夫。光の敵である闇が消えたんだから、誰も恐れないよ。天使だって今のエキセンに怯えることはない」


今エキセントリック一族は、闇が消えたために、全員が身を引っ込めている。
その中で光り輝いていた『L』一人だけが衰えず微笑を広げている。

彼の中に光があったからこそ、光ある魂を蘇らす事も可能だったのだ。


闇はもう、ない。
だから人々全てがものに対して怯えることはなくなった。
全てが皆、光であり、友である。


その中でも最も輝く光を求めて空を仰ぎ、『L』は指を鳴らして派手に消える。



「……なあ、お前ら」


『L』が消えた空間をポケッと見ていた帽子屋も、我に返るとすぐにソファの二人組みに目を向けた。
『B』と『O』はずっと空いた空間を見ているけれど、帽子屋は気にせず疑問を口にした。


「お前らも今、幸せなのか?」



すると、答えは即答であった。


「幸せよっ」

「これからもずっと光を見続けられるからね」


形は闇として残っていても、
力は光に変わらなくても、
信じる気持ちは常に同じだから。

光ある世界を求めているから。


だからこそ、今、笑っていられるのだ。



「そっか。それならよかった」


闇の存在が幸せを告げているのならば、この世界もきっと幸せを帯び続けるだろう。


これからも、笑うことが出来るなんて、素晴らしい。
この姿こそが、世界にふさわしいものであろう。





空は全て同じだけれど、流れる雲は全て違う。

先ほどブルンマインの上空を泳いでいた雲も、
今はピンカース大陸の、とある村の上空を泳いでいた。



「こらこら!ちゃんと仕事せんか!クモマ!」


ここは笑いの耐えない村、エミの村。
人々全てが素敵な笑みを零すことが出来る、まさに楽園のような村。
その中であがる怒鳴り声に、クモマと呼ばれた短足の男は身を縮めた。


「し、仕事してるじゃないか…ほら、これ、いい出来じゃない?」


クモマを叱っていたのは、彼の叔父だ。
まさに大工ですと言わんばかりの容姿をしている叔父だけれど、表情は非常に曇っていた。
クモマが作った作品に頭が下がりそうになっているのだ。

クモマが指差す先には、変な物体が立ち上がっている。


「これは一体なんだ?」

「これ?見れば分かるだろう?船だよ」

「どう見たら船に見えるんだ?!前は車を作って今度は船か!どんな気分の変わりようだ!?」

「だって、船もいいよ。特に黒い船は」

「何故黒船?!」


船にも見えない作品は、見ている側を泣かせる威力を持っている。
材料になった木材が可哀想に見えるほどだ。
叔父がクモマの不器用さに改めてうなだれているとき、背後に掛かる長い影の存在に気づいた。
それは背が高い者の影。

クモマは相手を見て目を細めた。


「ソラ兄ちゃん」

「やあクモマ。どうしたんだい?何か騒いでいるようだったけど」

「うん。叔父さんが僕の作った船を馬鹿にするんだよ」

「君が作った船?どれだい?」

「これ」

「うん。作り直そうか」

「え!?駄目なの?ソラ兄ちゃんでも認めてくれないの?!」


クモマと向き合って会話をしている男は、クモマの兄のソラだ。
彼は悪魔として生きていたのだけれど、光を浴びたことで天使になったのだ。
そして今は、一緒に暮らしている。

眉を寄せるクモマを退かして、叔父がソラの前に立った。


「ソラか。お前が戻ってきてくれて本当に助かってるよ」


ソラはクモマと違って器用らしい。
顔はそっくりなのに、何かと違う。


「いやいや、僕も戻って来れて嬉しいよ。また家で寝ることが出来るなんて幸せだ」

「お前のおかげでうちの家計も赤字から免れそうだ」

「それは大げさに言いすぎだよ」


ソラが叔父と夢中になって会話をしている。
元はといえばソラは死んだと思われた人物だ。
そんな彼が生きていたという事実は誰だって驚くものだし嬉しいものである。
なので、叔父からも歓迎されているのだ。

久々に村に戻ってきたのはクモマだって同じなのに、結局は足を引っ張ってばかり。
ここにいたら邪魔になるだろうと思って、クモマはこっそりとこの場から抜け出した。


空に浮かんでいる雲と同じように、ゆっくりと道を歩いていく。
すがすがしい気持ちになる。
空気が澄んでいて、まさにここは楽園だ。
今までに溜まっていた疲れが一気に解消するほどの力がこの空気に篭っている。

空気にも光があるから、このような気持ちになれるのだろうなあ。


クモマが呑気に道を歩いている。
その姿を見て、声をかける影があった。
それは赤髪と桜色の髪が美しい二人組みであった。


「よークモマ!」

「スローモーションで歩いてどうしたの?」


サコツとチョコの笑顔に出迎えられて、クモマは足を止めた。
スローモーションで歩いてるってどれほどまでに遅い歩きだったのだろうか。
妙な疑問を持ったけれど、その前にクモマも訊ねたいことがあった。

二人に向けて、わざと笑ってみせる。


「二人仲良くどこに行くんだい?僕は邪魔だったかな?」


遠まわしに二人の関係を探ってみるけれど、二人はそんなそぶりを一つも見せなかった。
二人は明るく笑って、行き場所を告げる。


「ソングんとこだぜ!」

「髪切ってもらうのよ!」


ソングの居場所は、理容美容室である。
そこで髪を切ってもらおう、ということで二人は一緒に歩いていたようだ。

断髪も気分転換にいいかもしれない、そう思ってクモマも進路方向を変えた。


「それじゃあ僕も髪を切ろうかな」

「そうしなってー!私もバサッて切ってもらうんだ」

「俺は髪溶けちまったから、ちゃんと整えてもらおうと思ってな!」

「なるほどね」

「それじゃあ一緒にソングのところに行こう!」


元気なチョコに腕を引かれて、クモマは体勢を崩した。
だけれど、後をついていかないと引きずられてしまいそうだったので、足を絡めつつも懸命に後を追いかける。
危なっかしいクモマを見てサコツも手を伸ばして背中を押すことで、進行を早める。


空の世界と違って、この世界では引き返すことが出来る。
それが雲と人間の、違い。

雲はいつまでも自分のレールを泳ぎ続ける。
そのレールは誰にも止められない。
空の生き物の鳥だって、止められないのだ。


鳥族の里、キズナの村が、本日、ざわめいている。


「ぶ、ブチョウさんー!!」


キズナの村がある山、レッドプレームが大きく揺れあがる。
頂上に聳え立っている宮殿の中で落ち着かない者がいるのだ。
その者は、小さな男であった。

男は、赤いマントを靡かせて、なおかつ走り続けている。


「ブチョウさん!」


部屋の扉を大胆に開けて大声を出す。
その者はフェニックスのポメ王であった。
ポメ王は、あわてた様子で辺りを見渡している。


「もう…どこにいったんでしょうかブチョウさん…」


彼はある人を探しているようだ。形相変えて必死にある人を探し回っている。
そんな彼を見つけて、ある女が声をかけた。
それは以前、ポメ王の代わりに王を務めていたユエだ。
長いポニーテールを払ってからユエがポメ王に訊ねた。


「どうしたの?ポメ王」

「あ、ユエさん。実はブチョウさんがさっきから見当たらなくて…」


ブチョウという単語を聞いて、ユエがえっと目を丸めた。
何か心当たりがあるようだ。ユエの行動で察したポメ王は、身を乗り出してユエの服を掴んだ。


「ブチョウさんの居場所、知っているんですか?」


必死なポメ王を見て、ユエは笑っていた。


「知ってるも何も、ブチョウは今、宮殿内をでんぐり返しで横断してるわよ」

「と、止めてこなくちゃー!!?」


探している相手が変な目的を果たしている段階だと知ったポメ王は、ユエから離れるとすぐに彼女を探しに突っ走った。
そんなポメ王を見て、ユエは微笑む。


「今日は、二人にとって見れば最も幸せな日になるのね」


ポメ王の赤いマントの下に見える白いタキシードが新郎の姿を輝いて見せている。
彼がこのような姿なのだから、でんぐり返しをしている彼女も、白いウエディングドレスのはずだ。

そして、走るポメ王の目に入った光景は、団子のように丸まって転がっている白の塊であった。


「ブチョウさん?」

「ぱお」

「やっぱりブチョウさんだった?!」


ついに見つけた、目的の彼女。
団子の塊が丸まった体を解すことで頭を出して姿を現す。
正体は案の定、ポメ王が捜し求めていた彼女ブチョウであった。

白いウエディングドレスを着ているとも関わらず、大胆な行動を起こせるブチョウ。只者ではない。
ポメ王はどっと力を肩に溜めて、落とした。


「もー…何をしてるんですか、ブチョウさん。せっかくの花嫁姿が台無しですよ?」

「何よ?大体ね、私はこんな式あげてもらいたくなかったわ」

「え、何でですか?」


これから"式"があるらしい。しかしブチョウは喜んでいない。
何か不満でもあるのだろうか。

そのことが気になって訊ねてみると、ブチョウはドレスについたほこりを落として、そのまま仁王立ちをしてみせた。


「私一人を崇め奉ってほしかったのよ」

「欲張りですね?!俺も混ぜてくださいよ?!」

「あんたなんていらないわよ」

「ひど?!いいじゃないですか、俺にも幸せを分けてください」

「私のものは私のもの。あんたのものは私のもの、よ」

「どこのガキ大将ですか?!」


ブチョウの発言はただのひねくれに過ぎない。
白を纏った二人がもめているときに外から大きな鐘が鳴り響いた直後、ブチョウの顔がこわばったのだから。
今までのおどけた表情を取り消して、真剣な面影を見せている。
そんなブチョウの姿を見てポメ王も、緊張しているのは自分だけではないのだな、と実感する。

鐘の音は、二人の幸せを結ぶ時を知らせている。

今から、幸せが一つに結ばれる。


「……始まりますね」

「…あんた、ちゃんとティアラ持ってる?」

「持ってますよ。ブチョウさんこそ王冠食べてませんよね?」

「私を誰だと思ってるの?王冠なんてすでに腸の中よ」

「腸まで行っちゃったんですか!?食べてからだいぶ進んでしまいましたね?!」


鳥族の人々に見守られながら、式で二人が行うことは
王冠とティアラの交換、そして誓いの言葉だ。


「ブチョウさん、お願いしますね」

「あんたこそ、私の足引っ張らないでよ」


二人、軽く笑いを返すと、式場まで並んで歩いていった。
手はまだ繋いでいないけれど、いつの日か、必ず繋がる。
いや、繋がるために、今日があるのだから。

また一つ、鐘が鳴って、式の開始が告げられる。


空が鳴り響いた。
鐘とともに流れる音楽に乗って。
歌は鳥族の象徴である。
歌に乗って、空にある雲も流れていく。

麗しき歌は、メロディが素敵なほど、魅力を増す。


「おいメロディ!ちゃんと動けよ!いつまでも甘ったれてんじゃねえよ!」

「何よ!ソングだっていつも暴言ばかり吐いて!少しはお客様のこと考えてよね!」

「てめえがちゃんと動かないから俺が怒鳴ることになるんだ!てめえさえいなければ…!」

「またそんなこと言ってー!私がいなくて泣いていたときのこと全部お客様に話しちゃうよ!」

「!!…ご……ごめん…」


エミの村の理容美容室。
ここで繰り広げられる口喧嘩は昔からの定番であり、それが受けて人気がある。
しかし、最近では彼女の方が一枚上手のようだ。

今、客が引いているため、店内には男女しかいなかった。
理容専門のソングはハサミの手入れをすることで無言になる。
対して美容専門のメロディは大げさにため息ついて、店のイスに腰をかけた。


「もう…ソングってば、いつまでたっても可愛くないんだから…」

「アホかお前は。俺はこういう男なんだ」

「いいもんいいもん…。私すねちゃうもん…」

「そうやって可愛い子ぶるな。俺は騙されないぞ」

「別に騙そうとはしてないもん!」

「…ったく、お前のことを想っていたあのころが今では恥ずかしく思えるな…」

「それはソングが勝手にした行動でしょ?」


ハサミの手入れが終わると、頭をかきながらソングも店のイスに座りにいった。
回転イスなので、少し回るだけで視界を変えることが出来る。
ソングはメロディを視界に入れようと体をひねる。
するとメロディも同じ事を考えていたようで、二人が同時に見合うことになった。

ばったりと目が合ってしまい、心の準備が出来ていなかったのかメロディの顔が紅潮して茹で上がった。
そんなメロディを見てソングが目の辺りを顰める。


「…なに今更、顔赤くしてんだよ」

「…べ、別に…」

「………」

「………」


目の前にいる相手が自分を助けてくれた彼だということで、メロディがそのときのことを訊ねてみた


「ねえ、ソング」

「何だ」

「何で私を生き返らせてくれたの?」


突然の問いかけに、ソングは口を噤んだ。
だけれど、彼女の視線があまりにも熱くてこのままでは焦げてしまいそうだったので、嫌々でも答えることになった。


「お前が願ったからだろ?」

「…それだけ?」

「………」


メロディがぐっと顔を近づけた。


「本当のことを言ってよ。それを言ってくれたら、私、今回の言い争いはなかったことにするから、ね?」


メロディの潤んだ瞳を見て、ソングは自然と釘を打たれた。
メロディの目に薄いけれど膜が張る。よって瞳が光り輝いた。

輝く瞳に心を惹かれ、やがてソングが答えを導いた。


「俺には、…お前が必要だからだ」


ソングの気持ちを聞けて、メロディはぐっといい笑顔を作った。


「……嬉しい…」


メロディが目をつぶる。
ソングはメロディのむき出しの頬に手のひらを当てて、優しく引いた。
そして自分も目をつぶって、突き出された唇を手に入れようとする。


けれど



「やっほーい!元気かーメロディさんー!」


邪魔者が割り込んできた。
よって、ソングはイスから倒れこみ、先ほどの動作を紛らわせようとした。
対してメロディは臨機応変に笑顔を向ける。


「あら、サコツさんにチョコさんにクモマさん。いらっしゃい」


メロディの笑顔がうまく場を誤魔化すことになる。
胸の鼓動が連打になっているけれど、笑顔になることで場の雰囲気が変えることが出来るとは、やはり笑顔は素晴らしい。

しかしメロディが作った空気をソングがすぐに破壊した。


「何でてめえらが来るんだよ!用が無いなら出て行け!」

「な〜っはっはっは!実は用があるんだぜ!」

「メロディちゃんー!私の髪の毛切ってくれるー?」

「はいはいーいいよー。でもその髪切っちゃうんだね?もったいないなー桜色の髪ってすっごい綺麗なのに…」


ソングが倒したイスをメロディが立て直して、そこにチョコが座る。
その隣にサコツが座り、二人は仕事の準備に手を伸ばした。

そこでソングはあまったクモマの存在に気づいたけれど、軽くあしらった。


「おいタヌキ、別にお前は切らなくてもいいだろ。雲でも追いかけてろ」

「ええ?!何でそんなこと言うんだい?」

「大体考えてみろ。ここの従業員は俺とメロディだけなんだ。一気に大勢で来られると逆に迷惑だ。今日はチョンマゲの髪を切るから、お前は明日な」

「な〜っはっはっは!俺は今チョンマゲじゃないぜ?サコっちゃんって呼んでくれよソンちゃん」

「誰が呼ぶか!ってか愛着つけて呼ぶな!」

「あはは。それ面白いね!ナイスサコツさん。そして頑張ってねソンちゃん」

「メロディまで言うなよ!?」


確かに予約もなしに突然3人が来るのだからソングが怒る理由も分かる。
元から髪を切る予定ではなかったのでクモマはすぐに諦めることにした。
その場にいる全員に手を振って、店から出る。


みんながみんな、このように幸せを手に入れた。

サコツは天使になったということで何に対しても怖れなくなっていた。
自分の故郷でも嫌われることなく過ごすことができるようになったけれど、やはりみんなといたいということでエミの村に住むことを決意した。

チョコはエキセントリック一族の『A』が作った大量の合成獣と今一緒に暮らしている。
動物が好きなので何も苦になることはない。
時々、バニラが遊びに来てくれるため、楽しい毎日を過ごしている。

ブチョウはポメ王と幸せに暮らすために故郷に帰っていった。
本日はそこで結婚式を挙げるようだ。
全員で祝いに行こうかと思っていたけれど、そこまで行くのが大変なうえ、やはりこのような式典は鳥族だけでおこないたいとのこと。
なので残念だけれど、ブチョウの花嫁姿はお預けとなった。
遠くからだけれど、全員がブチョウの幸せを願っている。いや、願わなくても彼女はもうすでに幸せだろうけれど。

ソングは『L』との約束を果たしたため、無事に愛しの彼女メロディを生き返らせてもらうことに成功した。
これからは大切なものを手放さないために、メロディを大切にしていく…らしいけれど、恋愛に対して不器用な彼は今のように毎日彼女を困らせている。
けれどもそれでも幸せそうであった。

クルーエル一族は、今回を機に、戦争に懲りたようで。
今では世界のためにどうやって自分らの力を注ごうか、と仲良く話し合っているそうだ。
全7属、仲良くなったようなので、本当によかった。

そしてクモマは、イエロスカイ大陸で旅をしている愉快な団体から動いている心臓をいただいて、胸にしまうことが出来た。
団体がクモマのために心臓を動かしてくれたようだ。
自分のために汗水流してくれた旅人団体には本当に頭が上がらない。
彼らのおかげでクモマは無事に、胸から鳴り響く音を手に入れた。
これからは、凡庸な人間と同じである。
毎日、平凡にすごそう。そう思った。



全てが幸せをつかんだ。
光を手に入れて、笑顔を燈すことが出来た。
しかし、その中でもクモマは笑顔を燈すことが出来ずにいた。

あれ以来、ずっと彼の姿を見ていないのだから。
それは小さな旅人…旅猫の姿であった。

闇と共に消えてしまった大切なもの。
果たしてどこに行ってしまったのだろうか。




気づけばクモマは草原に出ていた。
空の青と草の緑しかないこの場は、クモマのお気に入りの場である。
ここで寝転がって、空を眺めることが昔からの気休めであった。

今回もここで寝転がることにした。
草がクッションになって覆い包んでくれる。太陽が日差しを与えてくれる。
心地がよい。


昔からよく、こうやって時を過ごしていた。
空を眺めて雲の流れを追った。
この時間がとても幸せなのだ。

こうしていると、ふと懐かしい感情を思い出す。
それは笑い。
あるとき、この場所で、ある旅猫が自分に笑いを教えてくれた。
自分の笑いが世界を救う鍵だと教えてくれた、勇姿。

そういえば、初めて彼と笑顔を交し合った場所って、ここだったなあ。



  にゃー…。



空を眺めて時を過ごしていると、ふとそのような声を聞き取った。
一瞬、どこから聞こえた声なのか分からなかったけれど、後から自分の頭の真上からだと気づいて、クモマは急いで身を返した。
そして、言葉を失う。


しかし、すぐに目を細めた。
自然と、自然と、微笑んだ。


「ここにいたのかい?」


目の前にいる黒いものを掬った。
小さな小さな体なので、潰してしまわないように優しく優しく包んで。

クモマはここで光を燈した。
笑顔を燈した。



「おかえり、トーフ」



黒猫を包み込んで、クモマは立ち上がった。
それからすぐに仲間たちがいる理容美容室まで駆けていった。
早く仲間にこのことを知らせたくて、懸命に走り続ける。
今はもう、雲のようにのんびりとはしていられない。

あれ以来、ずっと探し続けていた大切なもの。
それが自らの足で戻ってきてくれた。


トーフが、トーフが、本来の姿で、戻ってきてくれた。
黒い容姿が不気味だといわれたそうだけれど、そうだとは思わなかった。
美しく輝く光が、彼の中にあったのだから。

クモマの腕から、金色の目が柔く輝いた。








光、それは幸せの形。

光を放てば、それは必ず、幸せを表す形と成す。





さあ、笑おう。
笑えば必ず、光が燈るから。


















ラフメーカー。

彼らの力により
笑いを忘れていた人々は、笑いを思い出し
笑いがなくなりつつあった世界は、笑いを取り戻した。














今度から世界が狂わないように
世界なる空に向かって、願おう。


これからも、笑いが世界を包んでいますように。















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愛読ありがとうございました。
今回で、ラフメーカーズが完全に完結いたしました。
ここまで付き合ってくださいました皆様に感謝を込めてお礼を言います。

本当にありがとうございました。

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