突然だった。
びくりとも動かなかった体が急に動き出したのは。
脳から命令した「動け」の数が積み木となって積み重なった分、崩せば積み木の塔は大波へと変わる。
今まさにその状態で、反動が大きく表れた。
闇の中に沈んでいる足が『U』を蹴飛ばし、その威力は今までにない凄まじさを持っていた。
それなのに『U』はしつこく手を伸ばしてくる。
闇の中で繰り広げられていることなので普通ならば目に見えないものだけれど、これは勘だ。何となく分かった。
奴の存在がキモくまとわりついているからであろうか。
『U』の手がまた足を掴んだ。
クモマは自分の体が動くことを知ったので、足をばたばたと動かしてキモイ手から逃げた。
しかし『U』は手を伸ばし、ついにはクモマの腕にまで手を伸ばしてきた。
腕に鳥肌が立つ。
「…さっさと諦めればいいのに…!」
まさか腕をつかまれるとは思ってもいなかった。
今、空気上に出ている体の部分は、胸から上の部分だけだ。
腕も闇の中にあったため、『U』の餌食になってしまったのである。
ヒヤリと冷たく、そしてキモイ感触が腕を伝って全身に走る。
「あああキモイいい!!」
今までに味わったことのない、とにかくキモイ感触だ。
一瞬にして体が凍りつく。ある意味体が固まってしまった。
だけれどこんなところで固まっていては駄目だ。
せっかく動けるようになったのだ。動こう、動こう。
全身に鳥肌が立ち上った。
この感覚をいつまでも味わっていたくないためにクモマは全身に力を入れて闇からの脱出を試みた。
しかし体が埋まっている闇に小刻みな波紋を作るだけで結局は一ミリも抜くことが出来なかった。
けれども、奥底からふつふつと力が湧き漏れてきた。
一気に心が躍り出た。
何故突然、動けるようになったのか分からないけれど、何となくこう感じ取れた。
自分の中にある光が闇を溶かして、この場を徐々に光に変えつつあるのだろう、と。
だから、自分は闇の中でも動くことが出来たのだ。
この調子で、ここの闇を溶かしてやろう。
そう思ってクモマは噴き上がる力を、鳥肌がこの上なく立っている腕に込めた。
「こんな場所、光に溶けちゃえばいいんだよ!」
むき。
闇の中が大きく歪んだ。
クモマが声を上げる都度、持ち上がる大きなもの。
「僕は闇の天敵、癒しの光だ。ここを癒しで真っ白に変えてあげるよ」
「クスクス、その前に我がお主を人形に変えるぞよ」
「笑えないね。今僕はあなたの魔術から逃げてきたんだよ。それでもまだそんなことを言うのかい?」
闇の中から波紋を作っている『U』がピタッと口を噤んだ。
その隙にクモマが腕を持ち上げて『U』を動かす。よってまた闇が波紋を刻んだ。
「表に出て、正々堂々と勝負だ!」
クモマが吼えた直後、闇の中から何かが湧き上がってきた。
クモマが腕を挙げたことでそれにまとわりついていたものが空気上に現れたのだ。
あのクモマの怪力に持ち上げられて飛ばされた『U』は闇からぺっと吐き出されて空気上に舞う。
その光景が非常に不愉快なものに感じ取れたが、実際に不愉快なものであった。
『U』を持ち上げたときに空気上に出た腕を使って、もう一つの手を引き抜いた。
クモマは浸かった体を闇から抜くために力を入れる。
両腕を地面につけて、腕力で体を持ち上げることで、ようやく闇から体を抜くことに成功した。
闇の圧力に逆らったため、反動がでんぐり返しという形で勢いよく表れたのであるが。
「あいた!」
ごろごろとでんぐり返しをしたときに頭を打ったけれど、その痛みよりも、闇から逃げることができたと言う喜びのほうが大きかった。だけれどやっぱり頭が痛い。
頭を抑えて立ち上がったときに、背後に立つキモイ存在に気づく。
それは言うまでもなくキモイ物体だ。
「クスクス。闇から脱出することが出来るとは、さすが目に付けていた人形だけはあるな」
「さっき自分で言ってただろう?癒しの光は闇にとって見れば天敵だって。だから脱出できたんだよ」
「そうか、お主は光で我の闇魔術を自力で解いてしまったのか。さすがお主、目につけ」
「それとLさんが落とした光のおかげでもあるね」
これ以上、キモイ発言を聞きたくないためにクモマは『U』の言葉を断ち切った。
しかしそれは裏目に出る。
『U』は少しだけ声のトーンを落として、嫉妬の様子を見せた。
「Lの光?それはあり得ないぞよ。Lは恋におぼれた弱い魔術師だ。そんな男の光で我の闇が沈むはずがないぞよ。これはお主の力が生んだ結果だ」
なぜか嫉妬する『U』がこれまたキモイ。
きっとクモマが『L』のことを口にするのが『U』を嫉妬させる原因になったのだろう。
背後に立っている『U』から逃げるためにクモマは走ってそこから離れた。
そして、先ほど人形化を進められて意識が吹っ飛んだときに落としてしまったのだろう、地面に転がっているトンカチを拾い上げて素早く構えた。
目の前にはすでに『U』が両腕を広げて待っている。
「お主よ。そのトンカチで我の顔を殴るのか?クスクス、無駄な行為だぞよ」
「…」
「我は闇だ。触れることなど出来ないぞよ」
「出来るよ。だってここには光が満ちてるんだから。あなただってLさんから光を当てられて闇の威力が弱まっているんだろう?」
「Lの仕業のはずがないぞよ」
『L』のことを言うとやはり嫉妬してくる『U』、無性にキモイ。
怒りに乗って『U』は手のひらで空気を撫で回して闇の靄を作った。
言われなくても予想できることだ、あの闇をクモマに放つに違いない。
だからその攻撃が出る前にクモマはトンカチを素早く振り落とした。
「雲脚!(くもあし)」
鉛で出来たトンカチと空気の粒子がぶつかって、この場に大きな風が生まれる。
その風で『U』の手のひらの闇を流した。
雲が流れていくように、靄がゆっくりと空気を泳いでやがて溶ける。
自分の闇が消されたと言うのに『U』は楽しそうだ。
「我の闇を消すとは、さすがお主、目につけ」
「もうあなたのペースに持っていかせないよ!」
不愉快な言葉を言われると分かっていたので、わざと『U』の言葉の上に乗っかって警告を下した。
隙を見せずにクモマは攻撃を繰り出す体勢を作る。
「雨雲!(あまぐも)」
バッドを素振りするようにトンカチをぶんぶん振って、空気の粒子の形を乱す。
トンカチにぶつかった粒子が他の粒子とぶつかり、その上にまた違う粒子がぶつかって、を一瞬の間に作り上げ、ぶつかり合った粒子はやがて見えない鉛と化する。
それをいくつにもわたって作り出し、無数の鉛を『U』に放った。
しかしすでに『U』は空気に紛れて消えてしまっていた。
「逃げられた…?」
「どこを見てるぞよ。我はここにいるぞ」
『U』が消えたことに唖然としていたことが不運を招いた。
エキセントリック一族は相手の背後につくのを得意としている。
今もクモマの背後に立って、クモマの口をふさいでいた。
突然口が手に覆われて、クモマは篭った声で悲鳴を上げた。
「キモーーーイ!!!」
口を塞がれた意味が分からない。
理解不可能な行動を繰り出す『U』の存在がますます気持ち悪く感じ、クモマはすぐに拳を後ろに向けた。
当たった感触をしたけれど、深いところまで腕が通らない。
それはそうだ。それは闇の靄であるのだから。
「また逃げられた…!」
「クスクス、エキセントリック一族は逃げ上手なのだぞよ」
確かに、奴らは逃げ上手である。
あの『L』だって言いたいことを言ってさわやかに姿を消してしまうし、微妙なところで不道徳のようにも感じ取れる。
『U』の動きを見るために空気を睨んで、クモマはトンカチを持ち上げた。
「エキセンって正々堂々と戦わない人たちだよね」
「まさにその通り、何も反することができないぞよ
「姿を消さないで戦ってみようという気は起きないのかい?」
トンカチを構えて脅してみるけれど、『U』は空気を読まない闇であった。
「姿を消していればお主が我のことを探してくれるだろう?クスクス、それが面白いのだぞよ」
「キモイからそんなこと言うのはやめてくれる?」
「クスクス」
『U』は笑って、余裕を見せる。
「お主よ、動かなくなった体を自力で動かすことが出来たと喜んでいるようだが、そこまで我を甘く見てほしくないぞよ」
じっと辺りを睨んでいるクモマを硬直させるために『U』がようやく姿を出した。
意外にも今回はクモマから離れた場所に立っている。『U』は顎をあげてクモマを見下ろした。
「お主はLを尊敬しているようだが、実際には我のほうが奴より上だぞよ。闇魔術が世の中で一番強い力なのだぞよ」
どん。
クモマの胸が突然破裂した。
普通の人間ならば死んでいる場面だが、クモマは心臓がないため皮膚が破けたという単純な怪我で終わる。
しかしさすがに血の量は凄まじかった。
唐突のことで理解できず、クモマは怪我を防ぐために胸を押さえて体勢を崩した。
「…え…?!」
「お主、忘れておらんよな?お主の胸には我の魔術が埋め込まれているのだぞよ?よってお主の体内は魔術が入りやすい仕組みになっているのだ」
「…!」
胸の中にある魔術を違う形で発動させ、爆発を生んだ。
だけれどその中でもクモマの人形化を催す魔術を乱さない程度に計算してから『U』はまた爆発を生み出す。
また胸が爆発した。
「…う……!」
「クスクス。案ずることはないぞよ。我は決してお主を殺さない。我は生きたままお主を人形にしたいのだからな」
「そ、それだったら…」
口からヘドロのように血があふれ出るが、その中でクモマは問いかけた。
「どうして僕をすぐに人形にしないの?」
『U』が暫く間を空けて、答える。
「先ほどお主に人形化を破られた。だからすぐに魔術を発動できないのだぞよ」
するとクモマがつつっと口端を吊り上げた。
「それって負けを認めてるよね。僕はあの状況で魔術を破いたんだよ。もしまた人形化を掛けられてもすぐに解くことが出来る」
『U』は楽しそうに笑っている。クスリッと。
「だからこそ、今お主を弱めているのだ。弱めたところで魔術を掛ければ、すぐに人形になるであろう」
「…」
「クスクス、どうした?何故何も答えないのだぞよ」
反論をしなくなったクモマを見て、『U』は勝ち誇った表情を作った。
こういう雰囲気の場合、理論を発さなくなった者が負けとなる。だからこの場合はクモマが負けになるのである。
しかし、クモマは『U』よりも深く笑っていた。再び反論をしだす。
「相手を弱めないと勝てないって、随分とあなたも弱まってるね。やっぱりこれも光のせいかい?」
口先がつりあがっているクモマを見ても『U』はひるまずに表情を象り続ける。
しかし内容が、汚点を指摘しているものだったため、少しだけ心に穴が開いたようだ。
「…光、だと?」
「うん。だって前に僕を人形にしようとしていたときとははるかに動きが鈍くない?あのLさんとやりあえるほどだったのに、今ではこの僕を相手に追い詰められている」
「ほう、お主、あのときは人形になりかけていたのに、我とLが戦っていたことを知っておったのか」
意外にも興味を示してくる『U』、クモマは頷いた。
「意識が朦朧としている中でも、何となく感じたよ。強烈な闇が光とぶつかり合っていたのを感じた」
「光?お主はまだLのことを光だと言うのか?」
「Lさんはどう見ても光だろう?あんなに素敵な笑顔を作れる人、なかなかいないよ」
笑顔は、光の源だ。
「あのときは光と互角にぶつかり合っていたのに、今はだいぶその闇の力も弱まってるね」
「お主は何を言いたいのだ?」
「分かるだろう?今のあなたの状態では光に勝てないよ」
「…」
「光を浴びてるんだから。闇って弱いね。光を浴びればその分だけ色が薄れてしまう」
どんと一発花火が上がれば、それはクモマが噴き出した血と値する。
服が一気に赤く染まるが、それは仕方ないことだ。『U』の考えを散々穢したのだから。
クモマの腹を破裂させた上で『U』は手のひらに闇を溜めた。
そして放って、クモマを弱めようとする。
しかし、そのときにはクモマは、消えていた。
「雲隠れ(くもがくれ)」
『U』が放った闇は辺りの空気を強く巻き上げて、場を抉っていくほどのもの。
その強烈な力を利用してクモマは空気に隠れた。
「お主の血がぷんぷん匂うぞよ」
クモマは『U』の後ろに回っていたのだが、大量に噴き出している血が自分の居場所を告げてしまったようだ。
『U』は素早く闇を作ってクモマの腹を狙う。
少し服が裂けてしまったが、身には影響が出なかった。
トンカチを振り落として、高く高く舞い上がる。
「雲の峰(くものみね)」
固まった粒子を地面に放ち、トンカチから手を放したときに生じた勢いに乗って、飛び上がる。
峰のように高く立ち昇ってからクモマは次の体勢を整えた。
「雷雲!(らいうん)」
短い足に力を溜めて、重力とともに襲い掛かる。
雷が落ちたように、激しい音を立てて地面に穴を開けたけれど、『U』は避けてしまっていた。
攻撃の反動ですぐに動くことが出来ないクモマに『U』が容赦なく闇を放つ。
鈍感のクモマは避けることが出来ず、腹を痛めて吹っ飛んだ。
「クスクス、魔術が埋められている以上、我に逆らうことなどできないと言うのに、反抗心があって面白い」
「……っ」
「お主は闇にとって見れば邪魔な者なのだぞよ。これから闇に飲まれる世界だ。お主という存在があっては困るのだ」
「……」
「だからお主を人形にすることで闇も我も満足する。それが一番いい方法なのだぞよ」
仰向けで倒れたクモマを見下しに、『U』が説明しながら移動してくる。
クモマは心臓がなくて魔術が解けない以上死なない体なので、『U』も容赦がない。
胸や腹が真っ赤になったクモマを見て、『U』はもはや勝ち同然の表情を施す。
対してクモマは強い目つきで睨んでいた。
血まみれの口がゆっくりと動き出した。
「ふざけないでよ…。僕はたった20数人の闇のために人形にならないといけない運命だというの?そんなの…ふざけてる…」
そして、
「非常に、笑えない」
場に激しい煙が巻き上がった。
クモマが立ち上がるときに強く地面を割ったのだ。
そしてまた強く地面を蹴って地割れを起こす。
『U』を懲らしめなければならないと本気で思ったから、クモマは最大限に力を拳に込めた。
煙が立ち上がって、これでは自分の姿も相手の姿も見えない。
しかし、その中でもクモマは真っ直ぐに黒い者を見た。
そして『U』も手のひらに闇を溜めてクモマを見ていた。
地面が割れたときに互いの間に距離が出来たようだが、そんなの関係ない。
今から縮めに行くのだから。
拳に勢いをつけるために互いが腕を一旦引いた。
『U』の手のひらが今まで以上に燃え盛っている。
だけれどそれよりもクモマの拳のほうが燃えていた。目に見えない炎を燈して、発砲する。
腕が伸びた時期は同じだった。
しかしやはり魔術のほうが動きが早い。『U』の闇がクモマを襲い掛かるが、クモマは身を軽く傾けて闇を避けた。
そしてそのまま勢いに乗って『U』に近づいて…。
「光雲!!(こううん)」
闇雲だって光を浴びればそれは光を照らした雲へ変わる。
光さえあればものは全て光のものになるのだ。
黒いものをここから追い出すことで、この場も光を射す地帯になる。
「――――」
今までの怒りを拳に溜めて強く『U』の顔を殴った。
よって『U』は吹っ飛びあがり、大きな音を立てて世界を突き破った。
ここは『U』が作った闇の世界だ。
きっと終わりのない世界だろう、そう思っていた世界。
しかし『U』が強い拳を喰らって飛んでいくことでその空間も一気に乱れた。
『U』は、自分が作った世界を背中で突き破り、そのままエキセン城の壁も突き破った。
そして、消えた。
きっと、エキセン城から落ちたのであろう。
闇の世界を突き破ったことで、その場に光が射した。
光はあっという間に闇を染め上げる。
気づけばクモマは、『U』と会うまでずっと走り続けていた廊下に一人、立っていた。
「…………」
一瞬、呆気に取られた。
まさか、自分が
「……あの顔…殴っちゃったよ…」
この拳で『U』をぶっ飛ばしてしまったのだから。
しかも、それ以降『U』の笑い声も、気配も感じなくなった。
それは何故?
何故あの『U』が襲い掛かってこない?
「…勝った…んだ?」
激しく胸が痛むけれど、
激しく腹が痛むけれど
それらはすぐに解消した。
ずっと体内にもやもやと溜まっていた感情が拳と共に飛んでいったので。
だけれど本当に信じられない。
「…本当に…勝ったのかな…?」
暫く様子を見ていても、『U』が開けた壁の穴からは何も現れなかった。
ただ、この場が光を取り戻しただけのようだ。
そのほかには、何も異常はない。
そう、自分の体にも。
「…そうだよ。今の僕には心臓がなくて、代わりに自称神の魔術で生き延びているのだから、自称神がやられて魔術が解けちゃった時点で僕を動かすものがなくなって死んじゃうんじゃ…?」
気になる現況。
訊ねてみるけれど、答えることができる者など、いない。
いや、いた。
「あーっ!ダーリン発見なのらー!」
嫌に甲高い声が場に響き、クモマはガクッと身を崩した。
背後から聞こえてきたので振り返ってみる。するとそこには、どピンクの髪色をしたイタイ少女がいた。
こいつも言うまでもない、エキセントリック一族だ。
「…あなたは…」
「きゃー!ダーリンってばー真っ赤っかじゃないのー!どうしたの?痛くないの?」
「いや、僕は大丈夫だよ。あなたは…」
「ミッキーだっよーん」
「…み、ミッキー…」
せっかくキモイ闇を鎮めたというのに、また現れた闇の者。
しかも奴はピンカース大陸に"ハナ"を植えていた元凶だ。
恨むべき相手の一人でもあるのだ。
しかし、ミッキーこと『 I 』はクモマの怪我を見て、本気で心配の目を作っていた。
「誰にやられちゃったのら?ダーリン本当に大丈夫?」
「自称神にやられたけど、もう大丈夫だよ」
「ええ?Uおじちゃんがダーリンを傷つけたの?ミッキーのダーリンを傷つけるなんて…ぷんぷーんだ!」
どうしよう、今こんなにも心身疲れてる状態なのに、こいつを見ていると余計疲れてくる。
クモマは首を垂らした。
対して『 I 』はぷんぷんし続けている。
「しかもこの様子からダーリンと二人きりだったってことー?許せないー!」
「あ、あの…」
「もうUおじちゃんとは縁切っちゃおうっとー!ミッキー本気でぷんぷんだもんね!」
「あ、あの…」
突っ走る『 I 』にまた頭をたらしそうになるが、クモマは訊ねた。
「あなたは敵ですか?」
すると『 I 』がすぐに首を振ってきた。
「ミッキーはーぴょんぴょん王国のお姫様なのら〜」
そうですか。
「それなら良かったよ。もう、僕は人を殴りたくないからね…」
相手がやる気じゃないと知るとクモマは一気に安堵の息をついた。
そしてゆっくりと腰を落とす。そして自分で自分を回復していった。
そんなクモマを見て、『 I 』は目を丸くして興味を示しだす。
「それって、癒しの力って奴なの〜?めっちゃ綺麗ー!」
一瞬、『 I 』の言っている言葉に、クモマは正直に唖然とした。
「え、綺麗?あなたは闇なのに、光を綺麗だと思うのかい?」
徐々に傷口が塞がっていく。
『 I 』はその光景に目を奪われながら頷いた。
「うん。ミッキーはーただPママに頼まれておハナさんを植えてただけもんー。ミッキーはね、綺麗なものが好きなんだー」
「…」
「だからね、今までみんなを騙していたの。本当は裏でL兄ちゃんを尊敬してたんだよ。光に憧れてたの。だって光って綺麗だもんもん!」
「……」
「ダーリンも光だから、ミッキーもねその光が、だーい好きなの!」
ここは闇の屋敷だから闇のことしか考えていない者が集まっている場所なのかと思っていた。
しかし、実際には違っていた。
闇の中にもやはり光に憧れる者がいたのだ。
もしかしたら、闇魔術師以外の闇は皆、光に憧れているもの達かもしれない。
『 I 』が目を細めてクモマを眺め続けている。
元から少女漫画の乙女風にキラキラしている目だけれど、それ以上に『 I 』の目には光が燈っていた。
「すごいねダーリン☆Uおじちゃんが掛けた魔術も自分の力で光に変えてるなんて。だからダーリンは心臓がなくても生きているんだね!」
まさか突然の真実、これには驚いた。
「え?」
「さっきUおじちゃんを倒したって言ったでしょ?ほんとーはねー、その時点でUおじちゃんの闇魔術が解けて、一緒になってダーリンも死んじゃうところだったの。だけどね、ダーリンは自分の光で闇魔術を光に変えちゃってみたいよん」
「……」
「だからUおじちゃんがお寝んねして闇魔術が解けちゃったとしても、胸の中にある魔術は今は光になってるから、解けることなく残ってるんだよ☆」
『 I 』は嬉しそうに笑っていた。
「キャハ☆よかったー!ダーリンが生きてくれてるなら!ミッキーうれぴいー!!」
そして『 I 』は言いたいことを好きに言ってから、ニマニマ微笑んで場の空気に溶けていった。
「…………」
唐突にいろいろと告げられて理解するのに時間が掛かった。
『 I 』は一体何しに訪れたのだろうか。エキセントリック一族、本当に何を考えているのか、分からない。
だけれどその中でも分かったことと言えば。
「やっぱり僕は勝ったんだー!」
『U』に勝てたということであった。
やがて、自分の怪我を治したところでクモマは立ち上がった。
ここまで駆けてきた道を引き返して、向かう場所は、皆の場所だ。
きっとみんな、戦いに勝っていると思うけど、無傷のはずがないから。
自分が癒しに行かなくては。
これが癒しの力を持って生まれた人間の宿命だと思う。
今では"光"になった魔術を胸に抱き、クモマは本物の心臓を手に入れるまで部屋を暖かく燈すことにした。
近い未来、自分の胸の部屋から、音が鳴ることを、望んで。
クモマ 対 『U』
勝者…クモマ
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クモマも戦いに勝ちました!!
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