本日ジョッキ二本目のイチゴミルク。あっさりと飲み終え一つ息をつく。
今ではイチゴミルクで体内に精気を作っているため、このぐらいは軽く飲まないと体がもたないのである。
好きだから飲んでいるという意味もあるが本当の理由は、これで命を繋いでいる、から。
だから意地でも飲まなければならないのだ。

横に座っている『L』は定期的にジョッキを口にしている。
本を読むのを主にして、副としてヤクルトだ。
懸命に読書に励んでいる。

そんな『L』の目の前には『O』がソファで寛いでいる。
プリンをプルプル震わして奴の柔らかさを堪能する。そしてゆっくりと口にいれ、目を細めていた。


「おい、イナゴ」


『B』が周りに目を配っていると、カウンターから帽子屋が身を乗り出して声を掛けてきた。
それは『L』に対しての声であり、『L』も目を上げて彼に応答する。


「何だ?」

「この入物についてなんだが」


手招きされたので『L』は読んでいた本を裏返しにしてから席を立った。
カウンターまで歩み寄り帽子屋から質問を受けるとそれに応じた答えをすぐに返した。
『L』と帽子屋が心臓作りに精を込めているころ、『B』と『O』は目の前にある山積みの本を眺めるだけだった。


「本に書いてある情報だけで心臓を作れるのかしらねぇ」


ふと気になった疑問を口にする『B』を見て、『O』も同じように口を開いた。


「そうだなあ。普通なら出来ないだろうけど、イナゴならできるよ」

「あら奇遇ねっ。私もそう思ってたところよ」

「ふふふ。さっきBちゃんはイナゴに無理はするなって言ってたのに、結局はイナゴに期待の目を向けてるんだね」


『O』に痛いところを突かれ『B』は口を紡いだ。
しかしすぐに目を三角にして背もたれに背を傾けた。


「大体ねぇ、あんたが何もしないからイナゴに頼ることしかできないのよっ!あんたも何かしなさいっ」


先ほどからプリンに埋もれてばかりの『O』は、注意を受けて、頷いた。


「うん。それは無理」

「こんの役立たずっ!あんたってとことん役に立たない男よねっ」

「ふふふ。今頃気づいたのかい?」

「はあ…っ」


口を開く気も起きない。口を開いたとしてもため息しか溢れてこない。
のん気な『O』を見て『B』が大きく頭を抱えこんだ。
『L』の場合ならば喜怒哀楽が激しいので叱った後は何だかすっきりするのだが、『O』はほぼ感情を表さないため、このように後味が悪いのである。
歯軋りを鳴らす勢いの『B』は苦く笑うことしか出来ない。

少し古びた床が軋み、ギイと悲鳴が上がる。
それに伴って『L』が帽子屋に説明しながら後退してきた。


「普通の布を楕円型に裁縫してくれたらいいんだ。そしたらあとはオレがするから」


説明を受け、帽子屋は頷いて作業に取り掛かり始めた。
カウンターの上があっという間に物置場へ変わる。裁縫道具と必要なものを取り出して、その都度カウンターに空白が無くなる。

帽子屋が本当に適当な色の布を縫い始めた。
世の中に黒色の心臓なんてあるものだろうか。
しかし、『L』が魔術で本物の心臓に変えるそうなので、そこは気にしなくても良い場面である。


「ハッティがやる気を出してくれたようだし、オレも気を緩めてはならないな」


そう言いながらソファに腰をかける『L』は何だか嬉しそうに微笑んでいた。
帽子屋のやる気の顔を見ていて気持ちが和らいだようである。
そして裏返していた本を表へ返し、読書に戻る。


「心臓を作れそうなわけ?」


『L』が帰ってきたことに安堵した『B』だけど、早速唐突に疑問を吐いた。
すると『L』は目を細めて本を眺めだす。


「可能性は7割だな」

「7割ぃ?」

「作れる可能性が」


遠まわしに「心臓を作れる」と『L』がいうものだから、『B』は目を丸めて横に首を伸ばした。
『O』もプリンから目を離して今は『L』を見る。
帽子屋は作業しつつも話はずっと聞いているようだ。裁縫していても身が乗り出している。

何気に全員から視線を受けてしまい『L』は、「はっはっは」と笑い声を出していた。


「世の中、論理に基づいて構成されているんだからやろうと思えば何でも出来る。現にオレが人を蘇らせる術を手に入れたのも全てこれのおかげだ。人は努力すれば必ず報われる運命に立たされているんだ」


成る程。
『L』は見事、物事を理解したうえで研究に励んでいる。だから彼の研究の成果は強烈なのだ。


「まあハッティが入物を作ってくれたらオレが事理を詰めた魔術を使う。だからBちゃんたちはのんびりしていなよ」

「は?」

「読書とか苦手だろ?」


まるで自分たちを邪魔者のように言うものだから『B』は深く眉を寄せていた。
対して『L』は、周りに被害を及ぼしたくない、と二つの黒づくめに顔を向ける。
『L』の真剣な眼差しに、二人は何もいえなかった。


「大丈夫。必ず成功してみせるから。二人は応援だけしていてよ」

「「……」」

「二人の応援がオレの支えだから」


そして『L』はそのまま本の世界に吸い込まれいった。
応援だけしろ、と言われ二人は複雑な表情を作る。しかしすぐに『O』が行動に出た。


「ぼくも人の頑張っている姿を見るのは嫌いじゃない。だから何もせずに見てるよ」


そもそも、はなから手を差し出そうとはしていなかったけれども。
『O』はテーブルに頬杖ついて目の前の『L』を眺め出す。本気で何もしないつもりだ。行儀悪くプリンを食べている。
『O』の姿を見て『B』も居た堪れなくなった。
最近、こればかり吐いている。ため息を大きく吐いて、この苛立ちを体内から浄化させた。


「仕方ないわねぇ。私はあんたと違って弱いからねぇ、何もせずに見届けてるわっ」

「がんばれふぁいと」

「恩に着るよ」


座りなおして足を組む『B』は横にいる『L』に目を向けずにため息ばかり吐いた。
しかし『L』は嬉しそうに受け入れていた。応援してもらえることが彼の悦びであるから。
3人が会話している間に帽子屋も着実に入物を縫っていく。



+ + +



この地帯には光など無い。
何故ならここが太陽の光に恵まれない場所であるから。


「…腹…減ったぁ……」


悪魔や鬼が住んでいる下の世界、地獄。そこの最も暗い場所に4つの塊があった。
全員がグッタリを身をなぎ倒し、生きる未来を見ようとせずにただ死を予想するのみ。


「何か食いたい……食いたい…」

「トラさん、落ち着いてください…共食いは駄目ですからね」

「はー…もー…かったりぃー…何で俺らがこんな目にあわなきゃならねえんだよ…」

「仕方ねえだろ。魔王が復活してしまったんだから」


前者からトラ、トンビ、ドラゴン、ウルフ。
彼らは今、牢獄に閉じ込められていた。
両手足首には鉛と繋がっている鎖に縛られ、自由を失っている。
トラは今にも死にそうな顔して上ばかり仰いでいる。あのまま魂が飛んでしまいそうだ。そして食べ物のある場所へ突っ込んでいきそう。
瀬戸際のトラを心配しながらトンビが身を起こした。


「どうにかして脱出したいんですけど…」


壁に拳を向け、ここを突き破りたいと呟くトンビに首を突っ込むのはウルフだ。


「無駄だ。ここの壁は頑丈にできている。毎日壁に"気"を放ってもビクともしなかった。これ以上動いたら体力の無駄になる」

「ったくよー、魔王の奴め…!今度会ったら絶対に許さねぇ!」

「アホか。その前に俺らは死んでるだろ」

「食い物ー……」

「はあ…僕たちは死ぬ運命なんですね…」


ラフメーカーがこの地獄1丁目に訪れたとき、彼らはのん気に地獄ツアーをしていた。
しかし、ソングの左耳にぶら下がっている空色のクリスタルの存在に気づいた瞬間、ツアーどころじゃなくなった。
魔王が復活しかねると思い必死になって奴らを逃がし、それに成功する。
けれども結局は不幸な結果となって返ってきた。

この付近は魔王に侵略されつつある。
全員が魔王を敬い、邪悪なことを主として取り扱っていた。
悪事をするほど闇が深い色を帯びる。
魔王は闇の者だ。なのでそれが快感であったであろう。

ここは悪魔と鬼が気楽に住んでいる場所なのに、あいつの登場により全てが崩れた。
何が魔王だ。あんなの邪悪の塊ではないか。
悪魔でも何でもない、凶悪な闇。そんな奴が地獄を仕切ってどうする?
それなのに今では、この地獄1丁目とその付近が魔王の言いなりだ。
逆らった奴らは、牢獄人生を味わう運命に陥られる。

魔王は悪魔を殺すことはしない。
代わりにじわじわと痛めつけていった。
よく魔王は言っている。「遊んでいるうちに子どもが玩具を壊すように、人を壊していきたい」と。

今、玩具の立場に立たされているのがこの4人の悪魔なのである。
この場に流れるものは、重たい空気のみ。


「このままじゃ本気で死にそうだぜ…」

「腹減った………」

「ったく、何が玩具だ…」

「僕、死にたくないですよ…」


トンビの呻きに全員が頷く。


「こんなところで死んでたまるかー…俺らは元は地上で悪さをして下に落ちた者なのによ…二度も死の体験を味わいたくないぜ…」

「悪魔になったらもう死なないって思ってたのになー腹減ったぁー…」

「悪魔が死んだらどうなるんだ?消滅か?」

「…消滅ですか…嫌な響きですね…」


もうため息しか出ない。
毎日毎日これの繰り返し。
手首足首を纏った鉛が4人の行動を制限させるため、思いのままに動くことが出来ない。
地上に日が出ている間に一度だけ食事が渡るがそれも毒入りであったりと冗談がキツイ。
トラは気にせず食べていたけれど他の奴らは食べるのにも死ぬ思いをしていた。

地上から落ちた人間が悪魔になった場合、成長はない。
この姿のまま一生を過ごすのだ。
そのため、痩せ細くなることはなかった。いつもの体系のまま、しかし姿は日に日に汚れていくけれど。
毎日壁を突き破ろうと全員で力をあわせて体当たりをしたり"気"を放ったりして。
それでも何も変化を見せない丈夫な壁。
脱出不可能だ。そう諦め、今はもう動こうともしない。


「悪魔が神頼みするのもあれだけど…これはもう、祈るしかねえぞ…」


ドラゴンが情けないことを言うものだから、ウルフは眉を寄せた。


「ふざけんな。お前、悪魔のプライドを捨てる気か?」

「ってかよー悪魔が魔王を信じてない時点で俺らは普通じゃねえって」


しかし、ドラゴンの理屈には納得していた。


「よーし、ドラちゃんが神頼みするってならオレも神を頼ろう…腹減ったぁ…」

「そうですね…僕もどちらかと言うと神様を信じたいです…」

「ったく、恥もクソもねえな…」


4人の悪魔は手足が重いとも関わらず手を組み祈りだした。
どうか自分たちを救ってください、と。


自分たちは、どうしてもやり遂げたいことがあるんです。
それは魔王退治。
地獄に闇が降臨してはならない。闇は闇に留まればいいのだ。地獄にまで浸透するものではない。
そして噂で知っている。
この地獄の上の世界であるピンカース大陸、そこの大都市が闇に支配されたと。
闇は地獄だけではなく世界にも進出を図ろうとしている。
これは危険だ。ただでさえここの悪魔たちが洗脳されているというのに、平凡な人間たちはどうなってしまうのだ?
洗脳どころが、消えてしまうだろう。闇に呑まれ消え失せる。
考えるだけで怖ろしい。なので祈る。神様に向けて祈る。

手を組むなんて初めてだ。
礼儀正しく姿勢を整えたのも初めてだ。
空をこんなふうに仰いだのも初めてだ。

悪魔の祈り、どうか届いて。

自分たちは悪魔だけれど
闇に呑まれたくはないのです…。



光が伸びた。
いや、この場には光など無いのだが、牢獄内はより暗い。なので外から漏れた空気が光のように見えたのだ。

自分らが何度も拳をぶつけた頑丈な壁が今、破れている。
この場の重い空気が外の空気と混ざり、優しい空気を促す。


「「………!」」


この場が、外へ通じた。
今までどんなことをしても破れなかった壁なのに、大きく穴が開いている。
信じられない。何てことなのだ。
信じられない。これが神の仕業なのか。

神は悪魔の使者を送ったのか?

外へと繋がる壁の穴、そこを立ち塞ぐように立っているのは、背の高い者だった。
背中から翼が生えている。こいつは悪魔だ、全員が悟ることが出来た。

今では何もない空間、そこに拳を当てたまま悪魔は立っている。
あの拳一本で壁を突き破ったと言うのか…?


「お前は…?」


ドラゴンが恐る恐る訊ねてみた。
すると相手は名前は名乗らずに、笑顔で出迎えるだけであった。


「迎えに来たよ」

「へ?」

「僕はキミ達を助けるためにここに来たんだよ」


悪魔なのに、何て素敵な笑顔を見せる奴なのだろうか。
もしかしたらこいつは天使なのかもしれない。
しかし翼からはコウモリのような醜い翼がある。悪魔特有の"気"も感じ取れる。


「俺たちを助けに来た?ふざけたこと言うな」


今から自分らは救われるとも関わらず、ウルフは喧嘩腰であった。
残りの悪魔たちも喜びを見せずにただ唖然とするのみ。

相手の悪魔は「怖がることはないよ」と笑みを飛ばした。


「キミたちの事も知っているよ。地獄にいれば嫌でもキミたちの情報が入るから」

「……」

「キミたちは僕の弟たちを助けたために捕まったんだね。ごめんね、そしてありがとう」

「弟?」


この悪魔が不思議なことを口走った。
しかし目の前の悪魔はそれを軽く流し、突き出している拳を手のひらに変えた。


「ほら、急いでここから脱出しよう」

「へ?」

「大丈夫。魔王は暫くは帰ってこないよ。闇の者と世界侵略することに張り切って今は城へ帰ってるから」

「ま、マジで?」

「ってか城?」

「お前、本当に何なんだよ?!」


悪魔が自分たちを助ける言動にも驚くけれど、更に魔王について詳しいものだから、驚きを隠せずにいた。
悪魔は手を伸ばしたまま、やっとここで名をあげた。


「僕はソラ。世界を救うクモマの兄だよ」


牢獄に監禁されていた悪魔4人を助けに来たソラは、絶えることなく笑顔を漏らし、空を目指す。
地獄の空は薄暗い。その中を計5つの粒が闇を止めるために飛翔する。











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久々に登場した悪魔たち。無事に生還です!

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