「死神、今度変な話したら本気で許さないからな」
山盛りプリンを目の前に『O』は必死になってスプーンを動かした。
そんな『O』に向けて『L』が眉を濃く寄せて忠告する。
もう恥じたくないので厳重に促す。しかし注意を受けている馬鹿はプリンで頭も体も口の中もいっぱいだった。
そのころ、ジョッキに入ったイチゴミルクを一気飲みする『B』の潔さに驚きながら、帽子屋は店のカウンターへと腰をかけていた。
「へえ、イナゴってとことん弱かったのか」
帽子屋は『L』の過去を聞いて楽しんでいた。
それは皆に尊敬される人物の意外にも間抜けな過去話。
まさかあの『J』と同じぐらいのレベルだったとは、面白い情報である。
しかし『L』は弱者から強者に昇任した。自分で勉学して這い上がってきたのだ。
陽気に笑って物を言う人物は、努力を背負っているから心身強い。
それなのに照れ隠しは非常に下手であった。
もう恥らわないぞと眉を寄せっぱなしの『L』と目が合う。しかしすぐに目線をそらされた。
『L』は深くソファに掛け直し、本を一冊手に入れている。
再び心臓について学ぶのようだ。
「よし、頑張るか」
「あ、ちょっといいかしらイナゴっ」
本の虫になる寸前の『L』であったが、ジョッキで一気飲みを披露した『B』の一声に止められた。
『B』は『L』に軽く目を向けて、そっとバラ色を動かす。
「あんた、最近頑張りすぎよ?」
「え?」
「ずっと動き回ってるじゃないのっ。"笑い"のある団体を救うためにキモUやCに反感したり、Rに抵抗したり」
「…あぁ」
軽い相槌を打つ『L』を『B』は言葉で突き刺す。
「あんたいつか過労死するわよっ!今日は休んだらどうなの?」
しかし『L』は首を振っていた。
それから笑い声を漏らす。
「はっはっは。オレはやりたいことをやってるだけだ。それで死ぬはずないじゃんか」
「あんたの行動は見ていてヒヤヒヤするわっ。今だってこれは禁忌の行為でしょぉ?」
「まあ、そうだな。キモUに狙われている人間の心臓を作ってるし、それ以前に人間の心臓を作ることぐらい禁忌だな」
「でしょぉ。だから無理しないでちょうだいっ」
この言葉から見ても分かる。『B』は『L』の体の心配をしているのだ。
常にエキセントリック一族の考えに反する行動ばかり起こす『L』は周りから見ていても危険の瀬戸際に立っている存在。
いつの日か危険のゾーンに倒れこんでしまいそうで怖ろしい。
だから『B』は、それが心配だった。
けれども『L』は笑うだけだ。
「大丈夫だって。オレは一度も同族の手によって傷つけられたことが無い。みんなオレに手を出せないんだよ」
『L』ののん気な発言に『B』は深く息をついた。
「あんたねぇ、そんな考えが危険を招くのよぉ?現にあんたは『V』に追い詰められてたじゃないのよぉ」
「全くだ!それでシルクハットを紛失してたくせに偉そうなこと言うな!」
それはピンカース大陸の大都市ミャンマーの村で起こった出来事。
エキセントリック一族が世界侵略第一歩を踏み出したときに、たまたまそこに出くわしたラフメーカー、彼らの危険を察し『L』は助けに出た。
しかしその途中で『V』と会い、追い詰められていた。
『V』は闇魔術を使える者の中でも上位だ。対して『L』は闇魔術を使えない。
気を緩んだ刹那に『V』によってシルクハットを消されてしまったのだ。
そして些細なことでシルクハットを紛失した『L』に対して帽子屋は頭を抱え込んでいた。
『B』と帽子屋が憤怒しているのにも関わらず『L』は笑いを漏らすのみ。
「お前らなぁ、オレを信用してくれよ。オレだって本気を出せば頑張れるんだから」
「そういう問題じゃないのっ!」
「お前の先を考えない行動が危険だと言ってるんだ!」
「プリンおかわり」
「今お前は出てくるな!」
気楽な『L』に近寄り胸倉を掴む勢いの『B』と同じようにして、帽子屋もカウンターから身を乗り出す。
それなのに『L』は惚けた笑いしか返さない。
「気にすることはない。大体な、オレは昔から勉強をしてたんだ。このぐらいの勉強、余裕さ」
「お前って奴は…」
もう呆れた、しか言えない。帽子屋はシルクハットのつばを下げて、身を引いた。
『B』も自分の席に戻って、足を組む。
そして『L』は、勝負に勝った、という喜びを一人で噛み締めていた。
ついでなので『O』も割り込む。
「お疲れイナゴ。これで大好きな勉強が出来るよ」
「ああ、人体に関する本とか持ってるだけで読んだことなかったからな。いい機会だ。そもそもノロイじいちゃんから譲ってもらった本だけど」
「さすがC、見事に本の虫だ」
大皿に盛ってあったプリンを食い尽くしたようだ。その場には黄色い食べ物がなくなっていた。
さすがにあれだけの量を食べたものだから、身も心も満足したようだ。
暫くはプリンを食べずに済みそうだ。
そういうことで、『O』も心臓作りに取り掛かる。
一冊本を取って中を眺める。それは『L』が昔勉強に使った魔術の本であった。
「ふむ。『浮遊術』について書いてあるのか」
『O』の声を聞いて、『L』が目を細めた。
「ああ、オレの魔術本じゃんか」
「君は浮遊術も使えなかったのかい?」
浮遊術はモノを浮かすだけの初歩的な魔術。
これについて書いてある本を『O』はパラパラ捲る。質問には『L』が首を振って否定した。
「いや、さすがにそれはオレも使えたよ」
笑い声を上げる『L』に向けて皮肉を放つのは『B』であった。
ふんと鼻を鳴らして、足を組みなおす。
「あんた、私に喧嘩売ってるわけぇ?」
『B』が繰り出す重たい空気。よって『L』は強張った。
それからすぐに胸前で手を振り、この空気を他の空気に馴染ませようと空をかき混ぜる。
「悪い悪い。Bちゃんはそれが得意分野だもんな!」
「は?吸血鬼って魔術使えたのか?」
カウンターに腰をかけて面倒くさそうに心臓の設計図を見ていた帽子屋もそれにはしがみ付いた。
今度は『B』について物語が始まりそうだったので、興味を惹かれたのだ。
『B』は苦い表情を作った。
「な、何よ?私だって魔術を使えるのよっ」
「でもお前は魔力がないんだろ?」
「そうよぉ、悪い?」
「いや、悪くは無いけど!」
しかし誰だって気になることだ。
魔力が無い出来損ないの『B』が浮遊術だけ使える意味。
それには暇人の『O』が答えていた。
「イナゴが懸命に教えたんだよ」
「え?」
『O』は微笑む。何気に持ったままであるスプーンを口の中に入れて。
「Bちゃん一人が魔術を使えないって悲しんでいたから、イナゴが必死になって教えたんだ」
「「…っ!」」
心臓の設計図をカウンターに叩きつけて帽子屋はまた身を乗り出す。彼も人の子だ。人の過去を知ることに興味を示す。
対して『O』に苦々しい視線を送るのは『B』と『L』だ。
危険を察したのだ。
こいつ、また過去を語りだすぞ、と。
案の定、奴は語りだした。
相当暇らしい。
「イナゴが強くなったころ、Bちゃんは魔力が無い自分に不満を抱いていた。イナゴのように勉強をしたって強くなれないことを知っていたから何も出来なかった。それが彼女を押しつぶしたんだろうね」
「…あんたって子は…っ!」
「いっそのこと、死神の心臓を引っ剥がしたいな」
「それいい案ねっ」
物語の中心に立たされた二人は危険な言葉を口走る。
しかし物語っている奴と身を乗り出している奴の耳には入らなかった。
『O』は淡々と話を進めた。
「当時Bちゃんのことが好きだったイナゴは彼女のために魔術を教えてあげたんだ。それが浮遊術だった」
「は?今何ていった?」
「す、好きだなんて、そんな嘘っぱち言うんじゃない…!」
「あ!イナゴが照れ隠しをしたぞ?!」
「素直だなあ」
シルクハットの広いつばで耳を覆い『L』は塞ぎこんだ。この様子を見てからも分かる。彼は一時期『B』のことが好きだったようだ。
しかし彼の軽い恋も彼女の拳によりあっさり破られた。
まあ、本気の恋でもなかったため『L』はすぐに元気を取り戻した。
そんな彼に帽子屋が尋ねた。
「魔力が無くても浮遊術は使えるのか?」
元気を取り戻しているため『L』がすぐに応対に出た。
「いや、Bちゃんは特別だよ」
「は?」
今度は『L』が自分の目から見る『B』のことを語る。
『B』は何も言わない。呆れて言う気力が起きないのだ。
『L』はそんな『B』に目線を合わせる。
「Bちゃんは精気を扱える。自分では作れなくとも一つ捻れれば使い方は様々だ。オレはそこに目をつけたんだ」
「…」
「動かしたいものに精気を吹きかける。それによって浮遊させる。それがBちゃん特有の浮遊術だ」
普通ならば、浮遊術に使う物は「念」か「風」だ。
しかし『B』の場合は魔力が無いためにそれらを使えない。そのため自分が最も欲しいとする「精気」を使ってものを浮遊させた。
精気は命の源だ。それを吹きかけられたものはまるで生物のようにふわふわと飛び続け、長時間浮遊することが出来る。
「更にBちゃんは威圧が凄いからな。それだけでもものを動かせそうだし」
「何か言ったぁ?」
「言ってません」
言いすぎた過ちを笑い飛ばし、『L』は続けた。
「まあ、Bちゃんが勉強熱心だったのも救いだったな。精気を口から吐いて物を動かすなんて柔なことじゃない。かなり努力しないと扱えないだろう。しかしBちゃんはやり遂げた。オレはそれが嬉しいし、素敵なことだと思う」
「…」
「さすがBちゃんだなあって思った」
『O』と並ぶほど『L』も他人のことに対しては恥を持たずに話をするようである。
人のことをこんなにも褒めることが出来るのはその所為だ。
さすがBちゃん、と言われて『B』は、奴らに恥を見せるものかと胸を張り、代わりに鼻を高くした。
「私はどっかの誰かさんのようにフラフラしてないからねぇ。やるときはやる女なのよっ」
「どっかの誰かさんって誰だろう?」
「あんたよあんたっ!」
『B』が『O』を叱っている間に、話をし終えた『L』は勉強を再開した。
その姿を見て帽子屋は、『L』のことを再び心配する。
この行為は確かに禁忌そのものだ。人の心臓を作るなんて普通ならば出来ないことなのだから。
そもそもエキセントリック一族は人の怪我を癒える力を持っていない。
体内を治す術を持っていないのだ。だから体内にある心臓なんか治すことも作ることも出来ない。
それを今からやってみようと『L』は背筋を伸ばして姿勢よく勉学する。
本当に大丈夫なのか、心配になってきた。
しかし、この場に居るエキセンはやるときはやる奴らだと知っている。
なので帽子屋も奴らの力になろうと背筋を伸ばした。
カウンターにたたきつけたままの設計図に手を伸ばし、心臓に似た入物を思い描く。
心臓の形はモモの実に似ている。
とにかくそんな入物を作ればいいのだ。心室とか心房とか気にせずに作れと設計図にも書いてある。
ただ入物を作ればいいのだと示されているのでその通りにやってみようと思う。
そのときに帽子屋はふと思った。
今まで何とも思っていなかったけれど考えてみるとそれは不思議の塊だ。
「なあ、吸血鬼」
帽子屋は興味なさそうに本を眺めている『B』に声を掛けた。
『B』は本から目を離さずに「何よぉ」と応答する。
まあ、目を見て話すほどのものでもないので、帽子屋もすぐに趣旨に入った。
「お前、どうしてイチゴミルク飲んでんだ?」
一瞬、時が止まった。
『B』はもちろんのこと、『L』と『O』までも固まる。
何故全員が固まったのか理解できなかったが帽子屋は疑問を吐き続けた。
「前まではイチゴミルクを飲んでなかっただろ?それなのにお前は突然イチゴミルクにしか興味を持たなくなった。どうしてだ?」
「……」
そんなにも難しい質問だっただろうか。
素朴な質問のはずなのにそれは深刻な雰囲気を漂わせていた。
黒づくめの3人は固まる。
やがて『B』がゆっくりと口を開いた。
「マスターが死んだからよ」
マスターと言われても帽子屋には誰のことか分からなかった。
15年前に消えてしまった人物なので、当時小さな子供だった帽子屋には知る由も無かった。
『L』が付け加える。
「マスターはオレらを作ってくれた人物だ」と。
『O』がスプーンをくわえたまま上下に揺らしているときに『B』は肩を揺らした。
「…私はねぇ、マスターのおかげでずっと生きていたのよ。彼から精気を貰ってたから」
「…」
「彼が死んだときは本当にショックだったわ。私の命の恩人だし…死を間近で見たし」
エキセントリック一族の生みの親、『E』ことエピローグはクルーエル一族に殺された。
それを『B』は見ていた。いや、既に刺された後で血まみれの状態であったが。
そして『O』も見ていた。
「暫くは立ち直れなかったわっ。ずっと部屋の棺おけに閉じこもってた」
部屋に棺おけあるのかよ?!
帽子屋は心の隅で突っ込んだ。
「おかげで私は精気が無くなって消えそうだった。そのときに助けに来てくれたのが、イナゴだったわっ」
「……」
「私に腕を渡して、精気を吸えって何度も言うものだから、私…っ」
今開いている本を閉じて『B』はそのまま本を握った。
本の形が変形するまで力を入れた。違う、あのころを思い出して感情を抑えているのだ。
「それから私はまさに吸血鬼になったわ。次々と精あるものの精気を吸っていった。少しずつだけど…」
『B』は首を振った。
「でも私はある日事件を殺めた。その日からまた精気を吸うのに恐れてしまった…」
「…」
本が完全に変形した。
『L』はその始終をずっと見ていたので、少し胸が痛かった。あれは彼の本だからだ。
『B』はつらつらと語る。
「そんなとき私は素敵な出会いをした。それはあの馬鹿が持ってきたものだけどそれでも私は気に入ったわっ」
チラッと『O』を見て、『B』は変形した本をテーブルの上に置いた。
そして桃色の模様が彩っているジョッキを持ち上げた。
「馬鹿はイチゴミルクをくれた。最初は何かよく分からなかったけど、飲んでみて感動したのよっ。イチゴミルクの美味しさと、私の弱っていた心を包み込んでくれる優しい風味…。イチゴミルクほど素敵なものは無いと実感したわっ」
「…………」
弱っていたときに飲んだものがイチゴミルクだったようだ。
そのためそのときの印象が濃く表れた。今ではイチゴミルクの虜だ。
イチゴミルクが入っていた空のジョッキを持った『B』に向けて『L』が口を歪める。
「イチゴミルクはカロリーも豊富だし栄養もスタミナも多い。だから精気を吸わなくてもイチゴミルクで補えるんだよな」
「さすがイチゴミルクねっ」
「だけどやっぱりプリンが最高だ」
「いいや、ヤクルトの方が素敵だ!ヤクルトは腸を綺麗にしてくれるんだぞ」
黒づくめの者たちがジョッキや大皿やらを掲げた。
それは確実に、カウンターに居る帽子屋の方を向いている。
そして奴らは言うのだった。
「「ってなわけで、おかわり」」
「やはりそのパターンかー!!」
ヒシヒシ身の危険を感じていたらしい。帽子屋は怒鳴ることでストレスを発散した。
そして頭から湯気を出した状態で再びキッチンへと身を引くのであった。
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