今更助けに来て何になる?ここに来ても、誰もいないというのに。


62.誰もいない村


この辺りは雲に覆われていた。
世界に蓋をし、外部からの侵入を塞ぐ雲の連。
終わりの無い永遠へと続く空も雲に覆われればこの通り。世界は狭いものになる。
光のない狭い曇りの世界。

薄暗い中を車がコトコト揺れながら前に進む。


「このぬいぐるみ、一体何だろうね?」


車の中、ふと漏れたクモマの疑問に全員が首を傾げながら、車体の前方を見た。
そこには山積みの荷物があった。ブチョウはその荷物の手前に堂々と座っている。
そんなブチョウも視線を上げて自分の真後ろで積み重なっている荷物を見た。
山積みの箱の上にはライオンのぬいぐるみがポツンと腰を下ろしていた。


「何で食べ物の木箱の中に入っていたのかなー?」

「まさかあれも食い物なんやろか?」

「どう見ても食べ物じゃないだろ!」

「でも調べてみる価値はありそうね」

「ねえよ!調べなくても分かるもんだろ!」

「だからチョンマゲ。あんたが食べてみなさい」

「げえ?!俺かよー!?ってか突然話を振られてビビっちまったぜ!」

「全くだ!いつもなら俺に話を振るのに!」

「はっきり言って、凡は飽きちゃったわ」

「はっきり言われた?!」


ライオンのぬいぐるみは、少し不可解な部分があった。
まずは背中の翼。悪魔の翼だ。実際に触ってみて、サコツには分かることができた。
この翼は、本物だ。と。
もしかするとこのぬいぐるみは悪魔かもしれない。密かにサコツはそう思っていた。
そして次に気になる部分は黒猫のような尾。その先っぽだ。
何故か焦げているのだ。不自然に焦げている。まるで永い間この部分だけが燃やされていたかのように。
そして最後は、ぬいぐるみの顔だ。
このぬいぐるみ、左頬に大胆な星模様があるのだ。この星模様、見たことがある。
エキセントリック一族の『L』の顔模様と同じ形なのだ。左右位置が違うがそれ以外は全く同じ。

このように、ぬいぐるみは全体的に不思議なものを醸し出していた。


「うーん。普通のぬいぐるみじゃなさそうだよね」

「けどどう見てもぬいぐるみよ?」

「せやからきっと食い物なんや!」

「お前は腹が減ってるのか?さっき飯を食べたばかりだろ!」

「ワイの腹はブラックホールや」

「私の腹はマンホールよ」

「それはあかんやろ!そいならあんたの唾は下水か!」

「ドラ猫、そのツッコミちょっとウケる」

「ソングがトーフのツッコミを認めた?!」

「すげーぜトーフ!二代目ソングになっちゃったぜ!」

「それは嫌やー!」

「何故拒否する?!」


ぬいぐるみに疑問を持ちながらも車は確実に次の村へと近づいていた。
辺りは暗くなる一方だが、車のシートに覆われているメンバーは知る由もなかった。
メンバーはぬいぐるみを見ていた。不思議なぬいぐるみに目を向けるたび疑問符を浮かべる。
このぬいぐるみは一体何なのだろうか。と。

ただのぬいぐるみであることを願いたいのだが。

正体が予期せぬ物体だったら取り返しのつかないことになる。
ソングの空色クリスタルのイヤリングのときのように邪悪な者がいたら本当に危険だ。だからメンバーはただただ不吉が的中しないことを祈るだけだった。

そんなことをしているうちに、豚二匹の合図が場に広がる。


「あ、村についたみたいよー」

「やったでー!これで食い物をぎょうさん食えるわー!」

「何か買い物しようか。この前の体育祭で疲れちゃったから」

「よっしゃー!俺一番乗りー!」

「残念ね。私が一番よ」


村の門を潜り、車は大きく前に重心を倒したことにより動きを止めた。
車が止まったことを知るとサコツが一番に車から降りようとする。しかしブチョウから繰り出されたアフロパンチによりサコツはその場に沈んだ。
そのうちにブチョウは出入り口から垂れているシートを潜って車から飛び下りた。


「ひでーぜブチョウ!アフロパンチが目に刺さったぜ!」


シートが大きく揺れた。
ブチョウの姿がなくなったことにより他のメンバーも続いて降りようとシートに手を掛ける。
出入り口に近い場所に居たクモマが二番手に降りる。
しかしすぐにブチョウとぶつかった。
ブチョウは出入り口のすぐ手前に立っていたのだ。
何故呆然と立ち尽くしているのか、気になってうかがってみると、ブチョウが顔を顰めて辺りを見渡していることに気づく。

クモマが訊ねた。


「どうしたんだいブチョウ?」

「…」


その間にチョコが降りてきた。それからサコツ、そしてソングと続く。
ソングも降りて早々固まっていた。


「……何だ、この気は…」


隣を見てみるとサコツも固まっていた。冷や汗をびっしょりかいている。
やがて最後の一人、トーフが降りてきた。シートを潜って勢いよく飛び下りてくる。
地面に足をつけ少し前に傾いていた体を起こしてからトーフも何かに気づいたようで、恐る恐る口を開いていた。


「あかんわ。これ」


トーフの言葉もソングの言葉も、クモマとチョコには分からなかった。
しかし残りのメンバーは震えている。
怯えた表情を取るサコツは密かに拳を握り怖さを潰そうとする。


「…やべーぜここ。殺気だらけだぜ…」


サコツの呻きにより、やっと"気"に鈍い二人も表情を作った。
無論その表情と言うのは恐怖に怯えたものだ。
肩を震わし、チョコが「まさかぁー」と苦く笑う。


「だってここって見るからに普通の村よ?辺りは曇り空のせいで暗くなってるけど、あちこちに民家があるじゃないのー」

「せやけどな」


チョコの主張はいとも簡単にトーフに消された。


「殺気の量が馬鹿溢れとる。確かに辺りは民家が建っとる。せやけど殺気だらけやねん」


辺りを見渡すと、チョコが言ったとおりあちらこちらに民家がそびえたっていた。
結構栄えていた村だったのか、民家が数多い。民家と民家の間がこの村の道となっている。
だけれど自然は全て枯れていた。
村の門前に設備されている噴水も、動いていない。それはそのはず、噴出す水が無いのだから。
自然が枯れているから変化が無い。風が吹いても自然は揺れない。メンバーの服と髪と心だけが揺れた。
恐怖へと揺れ動いた。


「…普通の村なのに何だかおかしいよね…」

「クソ、殺気に溢れている村なんてふざけてる」

「はあー嫌な予感がするぜ…」

「念のために鎧を装着しようかしら」

「それアフロだから!」

「お前はいつになったらアフロに飽きるんだ?!」

「私は物を大切にするから何に関しても飽きないわよ。凡を除く」

「俺を除くな!」


五重塔のように高くそびえるアフロの頭を全員が称えているときだった。
突然背後から壮大なる音が響いたのだ。
地面を伝って足から体全身へと振動が走る。

ビクッと飛び上がったメンバーは、恐る恐る背後に目を向けた。
そして唖然とするのだった。

自分らの目の前が民家の群集ならば背後には村の門があることになる。

門というものは大抵が二本の柱で仕切られていたり、大きな扉が設置されているかのどれかである。
この村の場合は大きな扉であった。
ちなみに門が大きな扉だとしても全開に開かれているものである。
門番がいるのならば閉ざされているときもあるが、それ以外は必ず開いている。
この村だって扉が全開に開いていたから容易に侵入することが出来たのだ。

しかし、今では


「閉まってる…」


門の扉が閉ざされていたのだ。
全員が急いで扉の元へ走る。そして力を込めて扉を開けようと力を入れる。
それなのに扉はびくとも動かなかった。あのクモマでさえも開けられない。


「…ちょ…待ってくれよー。マジでかよー!何なんだよこれー!」

「何故門が閉まったんだ?」

「あら、まさか私たち閉じ込められたのかしら?」

「そ、そんなまさかー。何で私たちを閉じ込めるわけ?根拠が無いよ」


サコツとソングとブチョウとチョコが門を押すのを諦めているころ、クモマは力いっぱい扉にぶつかっていた。
手のひらを突き立て扉を押す。押す、押す。最終的には全身を使って押す。
しかし開かない。扉は開かなかった。

精一杯のクモマに向けてトーフがとうとう断念の言葉を下す。


「もう諦めようや。びくとも動かんならこれから先やってても無駄や」

「う、うん」

「でもどうするの?これじゃあ村から出れないよ?」


村から出る唯一の手段が目の前で断ち切られている。これでは村から出ることが出来ない。
そして村から漂う危険な殺気。これは危険だ。一刻も早く対処しなくては。
しかし村人も誰一人といない。ここにはメンバーしかいない。
自分らはどうすればいいのだ?
そう思っているとブチョウがすぐさま行動を起こした。


「仕方ないわね。村人に頼み込むしかないわ」

「で、でも」

「何よ?他に何か方法があるわけ?そして足が短い根拠は一体何なのよ?」

「わ、わからないよ…何故僕が短足なのか分からない…!」

「ちゅーか、はよアフロを取ってくれブチョウ!あんたの頭に積み重なったアフロのせいで視界が遮られとるわー!」

「あら、こんなところに長ネギが」

「どうして長ネギが落ちてるんだい?!って、うわーアフロが倒れてくるー!」

「頭を下げるな白ハ…ぐはっ!」

「きゃー!ツッコミ途中のソングが姐御のアフロの中にー!」


ブチョウのアフロは危険ということで、アフロは仕舞うことにした。
視界がガラっと広くなったところでトーフは動き出す。


「ほな、これで恐れるものがなくなったっちゅうことで今から村人に会いに行こうや」


頷いて動くブチョウを抜かし残りのメンバーは首を振っていた。


「無理だぜ!こんなにも殺気が溢れている村だぜ?きっと何かがいるに違いないぜ…!」

「全くだ。危険を感じる」

「でも、民家があるところからして村人はいるのよね?」


しかしチョコが断然否定するサコツとソングの間に割り込んできた。
続いて先ほどこの行動に向けて否定の意見を出していたクモマも参加した。


「もしかしたらここの村の人って、この危険な殺気に震えているのかもしれないよ」


クモマの意見に全員が目を丸めた。
クモマは続ける。


「だってさっきから村に誰一人と姿を現さないっておかしいよ。きっと家の中に居るんだよ。恐怖から逃げているかも」

「た、確かにそうかもなー」

「…しかし、この殺気の起源が何なのか分からねえな」

「それも兼ねて、少し動いて見よう」


門の前で動こうとしない男二人の腕を掴んでクモマは歩みだした。
チョコも後を追いかけて、少し前にいるトーフの元へ行く。それから6人で村の奥へと入っていった。
辺りの薄暗さに震えながらも。


「曇り空だけど、それにしても暗いよね」

「やっぱ危険だぜぇ?」

「珍しいねー!普段のサコツなら村に着いた直後に突っ走るのにー!」

「し、仕方ねえぜ!大量の殺気が怖いんだもんよー」

「……お化けが出てきたらどうしよう…」

「凡、あんたの肩の上にナメコ汁が」

「うおっ!ってナメコ汁が乗ってるはずねえだろ!人で遊ぶな!」


サコツとソングがこの村に恐怖を持っている間に、一つの家の前にまでやってきた。
見るからに普通の家。何も変哲の無い家。
もしかするとクモマの言うとおりでこの村の人々は家の中に篭っているのかもしれない。
そういうことでブチョウは早速鼻ちょうちんを膨らませてみた。


「鼻ちょうちんを膨らませる意味がわからねえよ!って虹色なのか!?」

「あんた酔っ払っとるんじゃないよな?!」


ブチョウの鼻ちょうちんを見て、酔っ払い事件を思い出し、トーフはすぐさま声を上げる。
ぶーぶー文句を言われたのでブチョウは仕方なく鼻ちょうちんを割り、家のドアノブに手をかけた。そして足もかけた。


「足はかけなくていい!」

「いちいち変なことしなくていいよブチョウ」

「何よ。これが男の心意気ってやつよ?」

「そんなはずねえだろ!ってお前は女だろが!」

「…はっ!そうか、これが心意気ってやつなのか…すげーぜブチョウ!」

「乗るな!馬鹿な話に乗るな馬鹿!」

「馬鹿なのが自慢だぜ」


話しているうちに恐怖心が消えた。
殺気のことをすっかり忘れたところで、ブチョウはドアノブを捻った。そして体も捻った。


「だからいちいちシチュエーションは見せなくていい!」


そして、ドアを開いた。
キイっと音をたて、家の中への入り口を開放する。
と、いうかここで気づいた。


「勝手に開けちゃっていいのかい?」

「ほな、中に入るで!」

「不法侵入かよ!」


トーフに促され全員は、家の中に人が居るかもしれない状況で不法侵入を図った。
部屋へ繋がる廊下を歩く。キイキイとメンバーが歩く度、廊下の板が悲鳴を上げる。6人という人数を支えきれないようだ。
それでも廊下を歩き終わり、次は部屋の扉を開ける。
今度はクモマがドアの前に立つ。


「…はあ、人がいたらどうしよう」

「いや、人を探すためにここに来てるのよクモマ!」

「チャイムを鳴らせば早い話だったのだが」

「もう過ぎちゃったことだし仕方ないぜ。とにかくさっさと人を見つけて門を開けてもらおうぜ!」


ガチャ。

メンバーが会話をしている間に扉のドアノブがひとりでに捻られた。
クモマが捻ったわけではない。クモマはまだドアノブに手を掛けていないのだから。
勝手に扉が開く。

扉が外開きに開く。よって部屋の中が徐々に見えてくる。
そして、扉を開けた者の姿も見える。


「「………!」」


扉が全開に開いた直後、メンバーは必死になって駆けていた。
全力疾走で廊下を引き返す。その後を追う家の主。


「何なのここー?!」


チョコが悲鳴を上げながら家から出る。
それが合図となってしまい、他の家からも影が現れた。
メンバーの背後には、家の主である魔物が立っている。
他の家から出た影も、魔物であった。


「魔物の村なのー?!」


大勢の魔物に取り囲まれ、メンバーは逃げるしか他がなかった。
走る道に立っている魔物を上手く避けながら逃げる。

唐突にこの場はラフメーカーと魔物の会場になる。


死の会場になる。








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