ここで気を緩めたら命が絶つこと間違いないであろう。
何故なら後ろを振り向くと、ひどい形相の魔物と目が合ってしまうから。
そいつが1体であれば戦うことが出来るが、敵は複数である。
蜂の巣を落として巣の中の全ての蜂に襲われるように、メンバーは悲鳴を上げながら必死になって逃げ回る。
大量の魔物からとにかく逃げる。


「ねえーどうにかしてよー!」


チョコがわんわん悲鳴を上げながらかっ飛ばす姿を背後から見やりながら、全員が眉を寄せた。
表情は本当に困り果てた顔である。


「そなこと言われてもなー…」

「はっきり言って、分が悪い」

「村中のあの危険な殺気は魔物が放っていたものだったのね」

「魔物がどんどん近づいてくるぜ!」

「ここは一体何なんだろうね…!」


背後をチラチラうかがい、さらに走る速さを上げる。
一応距離はのびたものの魔物は引く様子を見せない。むしろ数を次々と増やしていっている。
この魔物たちもエキセントリック一族が送った敵なのだろうか。


「とにかく今は逃げることが優先や!どっかに隠れる場所を見つけてちょっと話をしようで」

「隠れる場所ー?ど、どこかにないかなぁ〜…」


トーフの意見に頷いたチョコは辺りを見渡して隠れる場所を探した。
メンバー全員が逃げ込めるような隙間はないだろうか。そして敵に見つからない場所はないだろうか。
四方を見渡しても家々があるだけだ。仕方ない。家の中に隠れるしかないか。


「トーフちゃん!あそこの家に隠れよう!」


指差す先は小さな家。あちこちに家があるけれど最も小さな家を選んだ。
大きい家は隠れやすいうえ目に入りやすいものなので、心理を読んで小さい家を選んだわけだ。
チョコの早々とした応対にトーフは感心して頷き、早速そこへ向かうために進路を変える。
魔物たちが視界に入る位置にいないの確認しながら全員を誘導した。


「魔物が来る前に、はよ家の中に入るんや」

「大丈夫だぜ!魔物の姿が見えないぜ」

「それなら今のうちに隠れよう」


トーフから順に、チョコ、ブチョウ、ソング、サコツ、そしてクモマ、次々に家の中に入る。
最後のクモマは魔物がまだ視界に入ってこないことを確認し終えるとすぐにドアを閉めた。
そして急いで鍵を捻って他からの侵入を凌いだ。

無事に隠れることが出来、メンバーはガクっと足を崩して座り込む。
それから深くため息をつくのであった。


「も〜意味がわからないー」

「…マジで魔物が怖かったぜぇ…」

「クソ。幾らなんでもあの数はまずいだろ」

「はあはあ…本当に疲れた……」


十八番である食い逃げの走りのように素早い走りをすることが出来たのだが、今回は確実に生死を懸けた走りであった。
必死に走ったため、全員が胸を押さえ肩で息をしている。
小声で声を出し合って、恐怖や愚痴を放つ。そうやって心を落ち着かせた。
首を垂らしグッタリとなっているクモマの元へトーフは歩み寄ると、深くため息をついた。


「隠れた理由は魔物から逃げるっちゅうこともあったんやけど、ホンマは違う意味で隠れてもらったんや」


全員が怪訝な表情で目を丸めた。
どういう意味か説明しろと口々に言われ、トーフは素直に答える。


「たぶん皆は、この村のことを"魔物が住んでいる村"だと思っておるやろうけど、ホンマは違うんや」

「え?」


まさに全員が図星だった。
考えを否定され、チョコとサコツは口先を尖らせた。


「だって魔物がたくさんいたじゃないの」

「しかもよー家の中にも魔物がいたんだぜ?どう考えても魔物の村にしか見えないぜ?」


意見を言う二人の勇姿もトーフの行動によりあっという間に掻き消された。
トーフは、首を振って目の色を変えている。場の空気をガラっと変えた。
歯を食い縛って、悔しさを握りこぶしで潰す。震えを堪えながらトーフは言った。


「皆、よく聞いてくれや」

「「……」」


一旦深呼吸して、まとめて話す。


「こん村は元は人間が住んでた村なんや。平凡な人間が平凡に暮らしていた平凡な村。ワイも初めて訪れた村やけど、雰囲気で分かる。ここは魔物と縁のない至って平凡な村」

「……」

「せやけど、最近あちこちの村で問題になっとるモノのせいでこん村も平凡さを失くした。ちゃう、平凡に暮らしてたんやけどあるものを吸い取られ過ぎて平凡さを失くしてしもうたんや」

「「…?!」」

「そして今では魔物の姿や」

「ちょ、トーフ…それって…!」


トーフの口から出た話の流れ。
信じ難いもので全員が唖然としている。クモマもこの次の言葉を出すことが出来ない。
そんな中でブチョウは目を鋭くして窓から見える風景に目を向けた。
少数であるが魔物がこの家を通り過ぎる姿が見える。


「タマ、もしかしてそれは、この村の住民が魔物になったということかしら?」


目線を合わさずブチョウが速球に訊ねる。そしてトーフも躊躇なく頷いてみせた。
迷いも無い確実な応答を見てチョコはすぐに口を押さえて嘆きを堪える。
衝撃的な事実に恐怖が募ったのだ。

「なるほどな」と呟き、ソングも話に参加する。


「つまり、この村は"ハナ"のせいで人間が魔物に変わったということか?」

「そうや」

「前ぇにタマが言ってたわね。"ハナ"に"笑い"を吸い取られすぎると人間が魔物になるケースがあるって」

「よぉ覚えてたなブチョウ。そやで。まさにその通りや。こん村がとてもいい例になってしもうたわけやな」

「「………っ」」


そんな馬鹿な…!
全員が目を覆った。まさか自分らを追っていた魔物というのがこの村の住民だったとは。
しかしなぜ魔物になった村人が自分らを襲ったのだろうか。
疑問に思っていると、トーフが自ら答えてくれた。


「魔物になるとそれは人間じゃなくなるんや。さっきまで人間でも今は魔物。別物になっちゃうわけや」

「ということは、今僕たちを襲っていた人たちは魔物として見ていいということかい?」


クモマの質問にトーフは頷く。


「ああ。あれはもう人間じゃあらへん。魔物や。ワイらの敵の魔物や」

「ドラ猫の考えだと、あの魔物たちを倒していいということか?」

「そや」

「……!」


危険な考えを述べたソングと、それに承諾したトーフ。
クモマは勢いよく間に首を突っ込んだ。
断然に首を振って否定の表れを起こして。


「倒したら駄目だよ!だってあの魔物たちは人間だろう?」

「は?あいつらは元は人間だとしても今では魔物だ。奴らは俺らを倒す気でいる。ならば俺らだって手を出してもいいわけだ」

「嫌だ!今は魔物だけどもしかしたら人間の心を持ってるかもしれない。倒せないよ」

「んなこと知るか。大体今の様子を見てみろよ。ひどい形相で俺らを探し回ってるじゃねえか。あれのどこに人間の心を持ってると言うんだ?」

「今だって絶対に人間の優しい心を持ってるはずだよ」


珍しくクモマは否定を貫き通した。そのためソングも驚きを隠せない。
そして残りのメンバーも戸惑っていた。果たしてどちらの意見が正しいのだろうかと。
クモマの言うとおり、あの魔物にはもしかすると人間の心が残っているのかもしれない。
しかし窓から見える風景を見れば分かることだが、魔物は一つ一つの家を破壊し回っている。
あれはメンバーを倒すためにおこなっている動作だ。そうでなければわざわざ家の破壊などしないであろう。

気づけば魔物が近くにやってきていた。破壊音が迫ってきているのだ。
何体かの魔物はメンバーに気づかずに通り過ぎていったようだが、賢い魔物らはこのように家々を破壊している。
今、隣の家が爆発した。


「…やべーぜ!魔物が迫ってきたぜ」

「ど、どうしようー!わ、私たちどうすればいいの?」

「戦うに決まってるだろ。魔物に倒される前に倒す」

「元は人間だよ?倒せないよ…!」


ソングの腕を引いてクモマは必死に対抗する。
それなのにソングはじっと外を睨んでいた。クモマの話なんか聞いちゃいない。
チョコとサコツも慌てた且つ恐怖に押し殺された様子で顔を見合わせている。震えた瞳が互いの目に映り、共に怯えあった。
その中でブチョウとトーフは、崩していた姿勢を整えた。
ブチョウは巨大ハリセンを取り出し、そして


「来たわ…!」


声を上げた。刹那、家の窓ガラスがバリンと割れた。
ガラスの破片が部屋中にばら撒かれる。チョコは悲鳴を上げ、ブチョウがチョコの手を取った。
全員立ち上がり、割られた窓ガラスから離れる。そのときに丸い影が入ってきた。

それは魔物だ。
窓ガラスの幅だけでは足りなかったらしくて壁を壊して家の中に侵入してくる。
場に邪気が漲った。


「……ま、魔物、来ちゃったのかよぉー…!」

「いやー!私たち何もしてないのにー!」

「…殺気のある目ね。あれじゃあ人間の心なんか持っていないわ」

「クソ…」


他の壁も破られ、大きな穴があく。ひどい砂埃の後には複数の魔物が立っている。
大きく口を開いてあのままメンバーを呑み込んでしまいそうだ。
なのでチョコは大きく震え上がり、ブチョウが庇ってあげた。
トーフも裾から糸を取り出して、魔物を睨んだ。


「しゃあないわ!魔物を縛り上げるで!」

「待ってよトーフ!」


トーフの掛け声はクモマによって遮られた。


「人間を今から倒すというのかい?」

「せやからあれはもう人間じゃないんやで。魔物や。ワイらの敵。ワイらを倒すために今動いている殺人マシーンや!」

「…!」

「魔物を倒さない限り、ワイらはここから逃げられそうにないからな。意地でも戦うで」

「そんな…」


背後にあった壁も破られ、ついには包囲されてしまった。
全員背中を合わせて、四方の魔物に顔を見せる。武器を持っている者は武器を構えた。
チョコも人に頼ってばかりではいけないと改めて考え直し、姿勢を低くしてすぐにでも走れるように身構えた。
対してクモマは心の安定感を失くしていた。


「ねえ、やめようって。その魔物はこの村の人間の住民だよ。倒せないって」

「邪魔すんなタヌキ」

「し、仕方ねえぜ…。こいつらからは殺気しか感じねえんだからよー…」

「とにかく逃げて逃げて逃げまくる。そうしなくちゃ本当に倒されちゃうー…!」

「心の無い魔物になら躊躇なく攻撃できるわね」

「皆、気ぃ緩めるんじゃないで。奴らは完全に魔物や。もう戦うしか他がない」


足を踏み出し、今完全に武器を正しく構え整えた。
クモマだけがオドオドしている。しかし他のメンバーは戦う気があるようだ。目つきが鋭くなってるから。
クモマは必死に抵抗するけれど、誰も聞いてくれない。

元は人間だろうが、今は魔物なのだ。
人を倒すことしか考えていない魔物が目の前にいる。自分らを倒そうとしている。
ならば戦うしかないだろう。

しかしクモマは、もしかすると魔物たちはまだ人間の心を持っているのかもしれない、と思っている。
だから構えることが出来なかった。

その間に、戦いの合図が響いた。
魔物が勢いよく吼え、辺りが一斉に歪みだした。

魔物が前に身を倒してくる。手を伸ばしメンバーに鋭い爪を向ける。
それを素早く避けるのはソングだ。ハサミを巨大化させそのまま魔物を串刺しにした。
その背景では、ブチョウが召喚獣クマさんを呼んでいた。クマさんの上に乗って命令を下し魔物を凹ましていく。
チョコは狭い家の中を走り回っていた。固いものを見つけたらそれを盾にして、とにかく魔物の攻撃から逃げている。

クモマが唖然としているその隣でトーフは糸を更に長く取り出した。


「あんた、何しとんのや?」

「…え?」

「死にたいんか?」

「え、いや!死にたくないよ!」

「そいなら戦えや。魔物を目の前にして呆然と立ち尽くしとるなんてアホみたいやん」

「アホみたいって…!」

「ほら来たで!」


話している隙に魔物が二人に向けて牙を向けてきた。
クモマは急いで逃げて、トーフは取り出した糸でその魔物を縛り上げる。
魔物の悲鳴が無惨に鳴った。


「ねえトーフ!本当に相手は人間から変化した魔物なのかい?」


鋭くクモマが訊ねたが、トーフはパンッと風船の如く魔物を縛り割るだけだった。
しかし表情はとてもつらそうに、目の辺りを顰めていた。

先ほどまでは背中合わせだったメンバーが今ではバラバラになっている。
それぞれが魔物と戦っているのだ。
相手はこの村の住民だというのに。元は平凡な人間だった住民なのに。

自分らと同じように、笑いあい悲しみあい怒りあい、感情を常に表に出していたのに。

今では違うというのか。
奴らは心の無い魔物だというのか。


「……………………」


魔物をすぱすぱ斬りおとしていくソングと、クマさんチョップにより魔物を沈めていくブチョウ。
チョコとクモマは逃げ回り、トーフは次々と縛り上げている。
その中で一人だけ、動きの怪しいものがいた。


「……」


サコツは、胸を強く押さえて屈んでいたのだ。
苦しそうに呼吸し、身を縮めている。
そんなサコツに気づいてチョコが近寄ってきた。


「どうしたのサコツ?大丈夫?」


しかしサコツは何も答えず、ずっと地面を睨むだけだった。
チョコはサコツの肩を叩いて同情しようとする。しかしそのときを狙われた。


「チョコ!危ない!」


チョコの背後には刃先並に光を帯びる手を構えた魔物が立っていた。
奴は確実にチョコの首筋を狙っている。








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この村の住民は"ハナ"のせいで魔物になってしまった…!

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