自分はずっと見ていた。始めから終りまで。
場所を一度も移動せずに、ずっと木陰に隠れて。

自分は幸せそうに頬を赤めている『L』の微笑ましい姿を見たいために、訪れた。
プリンを食べながらあの光景を見ると、見事にマッチするのだ。
プリンの甘さと幸せな二人の姿がいいふうに雑じり合う。よって、楽しい時間を過ごせる。

プリンを食べ始めたころ、すぐに『J』がやってきた。
彼は移動する術を持っていないから、誰かに捕まって瞬間移動するか自分の足でやってくるしか方法は無い。
今回は『B』ちゃんは来ていなくて、一人でやってきたようだ。足でやってきたのだろうか。
まあ彼はタフな奴なので走ってこれるのだろう。海を渡ってきたということになるのだけれど。

『J』も自分と同じ考えだった。
必死に照れを隠そうとしている『L』の姿が楽しい、と彼は言う。
自分もそう思ったから頷いた。
そして暫くは二人で光景を見ていた。
微笑ましいね、と会話しながら暫く傍観。

しかしどうだろう。突然の展開だ。
彼女の前だと無力な『L』は自分らの存在に気づくこと無く、大胆な行動を起こしていた。
まさか接吻をするとは…本気で驚いた。
プリンを食べていたスプーンを思わず落としてしまったほどだ。
だけれど愛情を表現するにはふさわしい行動だと思う。
しかし彼女は泣いていた。彼のことが好きなのにそれは許されないことだったから。
必死に彼から逃げて謝っていた。それを遠くから見ていて、心痛かった。


闇の降臨。本当に予期せぬ現象だった。
唖然とその場に立ち尽くしているうちに、微笑ましい二人が離れ離れになってしまった。
自分は動けなかった。『J』は助けを呼んでくると言って勇気を振り絞って走っていた。
だけれど自分は動けなかった。

動くことが出来なかった。自分が臆病だから。



「手を伸ばせば届いただろうに、ぼくは君たちを助けることが出来なかった」

「………」

「ぼくは皆が言うように『馬鹿』な奴だと思う」

「………」

「友人を目の前にして、それでも傷つけてしまった」

「………」

「馬鹿なぼくで、ごめん」


「…………………」


ずっと目線を変えず『L』を見て、『O』は必死に謝った。
しかし謝っている方向を間違えている。
だから『L』は上手くできなかったが、笑っていた。


「お前、本当に馬鹿だよ。『馬鹿なぼくで、ごめん』とか謝り方を間違えてる」

「うむ」

「……しかし、謝る意味が分からない」

「ん?」


闇の中に浮かぶ『O』の目が少し傾いて『L』を映した。頭を傾かせているのだ。
その中の『L』はやはり涙は止めていなかった。
先ほどまで一応笑ってはいたものの今では目線を外して布団を睨んでいる。


「あれは全てオレの責任だ。皆が謝ることはない。チャーリーの警告を無視したのも自分。彼女を護れなかったのも自分。そして彼女を殺したのも自分。……」

「殺した?」

「全てオレのせいだ…。皆は謝らなくていいんだよ………!」


そして『L』は布団に顔を突っ込み塞ぎこむ。よって真っ黒になった頭がむき出しになった。
『O』は首を傾げたまま、塞ぎこんでいる『L』に問うた。


「殺した、とは一体どういう意味だい?」


『L』は涙を流し、また闇を生んだ。
しかし『O』が登場してから闇が増殖することは無かった。
もしかしたら『O』が闇を抑えているのかもしれない。

『L』は布団に握りこぶしを作って、体を震わせた。


「殺しちゃったんだ…。お前も見てたなら知ってるだろ?」

「見てたって何を?」

「オレがダンちゃんの頭を貫かせたところだよ……」

「ん?」


理解できなかったのか『O』の疑問符は何度も飛び交う。


「君がダンちゃんを殺したのか?」

「そうだ。オレは殺したんだ…。ぬいぐるみに魂を入れようと思ったのに失敗してしまったんだ。オレは最低な男だ……」


恐怖心により震える体を必死に堪えようとするが力が出ない。
『L』は自分の過ちを思い出すたび闇を放った。布団が最上に黒色を帯びる。
見る見るうちにまた闇を作っていく『L』。しかし『O』が闇を抑えた。


「自分を追い詰めたら駄目だ。闇が出る一方だ」

「………追い詰めることしか出来ないよ…目を瞑るたび浮かぶのは黒くなったダンちゃんなんだから…」


そのまま『L』は呻いた。


「お願いだから、オレのダンちゃんを返してよ………」

「………」


ここまで追い詰められているとは。
ついに『O』は口をつぐんだ。黒になっていく『L』のことが心配になったから。
闇に支配されつつある友人を助けるために一肌脱ごうと思ったから。
『L』が生み出すものはあまりにも強烈な闇。それを抑えるためには口を噤まないと集中できなかったから。


「……オレは光に憧れていたのに、結局は闇なんだ。人を傷つけることしか出来ないんだ…」

「………」

「ダンちゃんの光も傷つけてしまった。もう生きてられない…」

「……………」

「ぬいぐるみに魂を入れた感触はしたんだ。それなのに動かない。もう嫌だ………」


やはりだ。
『O』の予感は的中した。
奴は魂に関しては詳しい"死神"だ。本物の死神ではないけれど魂には詳しい。
魂の匂いには敏感だ。

口を開いたら気が緩み『L』の闇を抑えることが出来なくなるが、それでもどうしても『L』に言いたいことがあった。
『O』はゆっくりと口を開いた。


「魂は生きている」


ドクン。
『L』の熱かった目の辺りが少しだけ引いた。体を震わせるのをやめ黙り込む。
次の『O』の言葉を待っているのだ。
しかし『O』はそれから何も言わなかった。


「…何だよ。冗談か……」


期待していたのに、『O』が何も反応しないので『L』はまた体を震わせた。
それなりにショックが大きかったのだ。最悪な冗談を言われてしまったから。

すると少し奥から声が聞こえる。


「…うん。生きてる」


それは『O』の声であり、少し奥から聞こえた理由は奴が場所を離れたからである。
ベッドから少し離れて『O』はあるものを見つけた。それについて言う。


「ぬいぐるみの中の魂は生きてる」

「………また冗談か。やめてくれよ」


しかし『L』は『O』の言うことを信じなかった。
小さく鼻で笑ってまた塞ぎこむ。黒い頭が布団に埋もれた。
それ以後『L』の頭が上がることはなかった。


『L』が沈み、『O』は一人になった。
一人になって考え事をする。
魂のことを考える。


魂は生きているけど、それは動かない。
どうしてか、最初は理解できなかったが今は分かる。
『O』は魂に関しては誰よりも詳しいから。

タンポポが作ったライオンのぬいぐるみ。
タンポポの魂が入っているぬいぐるみを胸元まで持ち上げて、魂の形を確認する。


「……………」


…。


「今のイナゴは本当に無力だなあ」


突然何か不吉なことを言った。だけれど『L』は反応しない。
『O』は続けて言う。


「普段のイナゴなら相手の魂の形ぐらいすぐに見抜くことが出来るし、相手が何者なのか悟ることも出来るのに」


布団に目を向けると、『L』の頭は沈んだままだった。
体は震えっぱなしだ。雷に怯えて小屋の奥で身を縮める犬のような姿だ。
そんな『L』が情けなくて可哀想で。


「どう見たって彼女の魂はこのぬいぐるみの中に入っているじゃないか」

「……」

「さすがイナゴだ。偉大だなあ。魂移植が出来るなんて、普通なら出来ないよ」

「………」

「昔のぼくなら魂を…、いや言うのはやめよう。またBちゃんに怒られる」


『O』は『L』のことを本当に偉大だと思っていた。
一つ一つ努力して身に付けた才能。それはとても素晴らしい形を帯びている。
努力家は損をしない。
努力したものはいつか必ず報われるのだから。

それが今、ここで実現されている。
しかし、少々失敗してしまっているようだ。


「イナゴ、聞いてくれ。ダンちゃんはちゃんとぬいぐるみの中に移植されている」


闇の核は震えるだけ。涙を流して辺りを闇に、しかし『O』によって増殖が止められる。
『O』は告げる。


「魂は移植されているけど、少し欠けてしまっているようだ。本当に少しだけだけど」

「……」

「だから動かない。ダンちゃんは動くことができない」

「…………」

「本当なら君の元に飛んで行きたいだろうけどその行動は魂の欠けによって抑えられている」

「……………」

「今のダンちゃんには動く意志が許されていない。だから動けない」


ぬいぐるみの中の魂のことを言い終えると、『L』が少し間を空けてから反応した。


「……動けないなら、意味が無いよ……」


しかしそれはたった一瞬の唸りであった。すぐに沈む『L』の姿。
動けないなら意味が無いと言われ、『O』もまた口を噤む。ぬいぐるみを見て黙り込む。
そして、確かにそうだな。と思った。

残りの材料は、ほんの一欠けらの魂。
ちょんっと魂を埋めれば魂は動くことが出来る。
だけれど、どうやって埋めればいいんだ。
『O』は暫く考えた。
自分に出来ることを考えた。
布団に埋もれて闇になりつつある友人のために何かしてあげれるか考えた。
微笑ましい二人を救う方法を考えるけれど、思いつかない。

そう思ったけれど。


「……もしかしたら……」


小さく呟いて、『O』は暫く、身をかがめた。
手にはしっかりとぬいぐるみを握って…。

念を込める。








布団の中に頭を突っ込んで『L』は哀しみに深けた。
自分の過ちが本当に厳しいものだったから。

彼女に自分は何をしてあげれたのか、ふと考えてみた。
闇が光を護ることが出来るのか、ふと考えてみた。
闇が光になることが出来るか、ふと考えてみた。

彼女の笑顔を思い出してみた。


恋しい……。


天使って素晴らしい生き物だと思った。
人を幸せにすることが出来るのだから。本当に素晴らしいと思う。
それなのに、天使たちは厳しい条件に縛り付けられていた。
いつの間に天界の上に立っていたのか『P』。奴の仕業。
奴が言った。「天使は人を幸せにするだけの生き物。奴らには幸せはいらない」と。
そんなのいいはずが無い。
人は皆平等だ。それを覆すような言動。許されるはずが無い。
しかし誰も逆らうことが出来なかった。
闇の者である『L』だって逆らうことが出来なかったのだから。

『P』は人間の黒い心によって作られた闇の者。最も危険な闇を持った者。
人間の黒い心ほど怖ろしいものは無い。黒い心があればいとも簡単に人を犯すことが出来るのだから。
それが原料となり生きている者だ。『P』は最強で最凶な闇だ。
他の闇も逆らえない。


どうにかして天使を幸せにすることが出来ないだろうか。
どうにかして彼女の不幸せを覆すことが出来ないだろうか。
狂った『P』の仕業で醜い悪魔に返られた彼女を救えないだろうか。

動かない魂を動かすことは可能なのか。
彼女の光を浴びることは出来ないのか。

この胸の中に彼女を仕舞えないだろうか。



誰か、ダンちゃんを、助けてよ……。

オレのことはどうでもいいから、お願いだ。ダンちゃんに光をください。



ダンちゃんに光を…。



そう願った刹那、場が光に照らされた。
闇に埋もれていたはずの部屋が突然光を戻した。
闇を生み出していた『L』も理解できなくて布団から顔を離す。
そして上半身を起こした。
涙は流れているけど闇は鎮まった。これは一体何の前触れ?

見てみると、ベッドから少し離れた場所に居た『O』がぬいぐるみを握ったまま固まっていた。
じっとぬいぐるみを見ている。
それから『L』を見る。口が恐る恐る開いた。


「イ、イナゴ」


初めて聞いた。『O』の声が震えているなんて、本当に珍しい。
『L』も目を丸めたまま涙を流す。
先ほどまでの涙とは違う涙を流す。色は闇色だけど、篭められているものが違った。
黒い涙は、悦びとして流れた。
『O』は、一汗かいている。


「動いた」

「…………」

「ぬいぐるみが、動いた」


『O』に言われなくても分かっていた。
ぬいぐるみに異変があったことぐらいすぐに気づいた。

ぬいぐるみが光に燈されていたから。

黒猫のような尾をはやしたぬいぐるみ。
その尾からは焔が燈されている。
一塊の焔が優しく燃え、辺りを明るくさせたのだ。


「死神、何をしたんだ?」

「覚えていない。必死だったから」

「…………」


また涙が溢れる。
嬉しくて嬉しくて、ぬいぐるみが動いたことが嬉しくて。
『L』が泣いていると、ぬいぐるみがひとりでに動き出した。
尾に光を燈しながら『L』の元へ飛んでいく。
天使だったころの可愛いタンポポからぬいぐるみをもらったときには生えてなかったけど、今のぬいぐるみには悪魔の翼が生えている。
中にある魂が悪魔の形をしているからだろうか。

しかし、声は聞き覚えのある可愛い声であった。


『どうして泣いているでヤンス?』


訊ねられたけど、泣くことしか出来なかった。
胸元まで飛んできたぬいぐるみのタンポポを『L』は優しく包み込む。
するとぬいぐるみがビクッと飛び上がった。


『勝手に抱きつくなでヤンス!全くあんたは何でヤンスか!』

「……え?」

『そもそもアタイは誰でヤンス?ここはどこでヤンス?あんたは誰でヤンスか?』


幾つも飛ぶタンポポの質問。
まるで別人のようになってしまったタンポポに唖然としていると『O』が困ったように眉を寄せた。


「ごめん。ぼくも必死だったから少し失敗してしまった」

「え?」

「動かない魂に詰まっていた彼女の記憶、それを発動させるのを忘れていた」

「………!」


『L』は何も言うことが出来なくなっていた。
まさか『O』が、本当に魂を動かしてくれたとは思ってもいなかったから。
彼は魔術を失敗したといっているけれど、『L』にはそう思えなかった。

魂が動いてくれただけでも本当に嬉しかったから。

記憶。それは一から初めればいいものだ。
またやり直せる人生なんて、どう願っても神でも叶える事が出来ないのだから。

やり直せばいいんだ。
彼女はもう天使じゃない。厳しい条件の上に立たされていない。
気楽な生物である悪魔になっているのだから、一緒にいても罪にはならない。
ずっとずっと一緒にいることが出来るのだ。
それが本当に嬉しかった。


「もう、光は求めない」


『L』は胸の中で暴れるぬいぐるみを気にせず、『O』に目を向けた。
しかし『O』は目を見開いている。光を求めないという発言に驚いている様子だ。
『L』はその理由を吐いた。


「光のせいでオレは彼女を失った。もういらないよ。光を求めない」

「しかし君は」

「いいんだ。オレは闇だから光にはなれないんだよ。だからもういい」

「何を言っているんだい。髪色が光の色に戻っているのに」

「オレンジ色が光の色?偏見だな。オレンジ色はオレの『L』を表している色なだけだ」


『O』の黒い目に反射して映るのはオレンジ色。
闇が全て引いたため、髪を染めていた闇も引いた。よって元のオレンジ色が戻る。
胸の中のぬいぐるみを抱いて『L』は目線をタンポポに向ける。
タンポポはじっと『L』を見ているけど、全てを忘れているため目には疑問符が浮かんでいた。


「よかった。ダンちゃんが動いてくれただけでも幸せだぁ…」

『あんた、一体誰でヤンスか?』

「オレか?オレはイナゴだ。よろしくダンちゃん」

『だ、ダンちゃん?何でヤンスかその間抜けな名前は』

「お前の名前だよ。お前はダンデ・ライオン。可愛い悪魔だ」

『そうでヤンスか。アタイ、ダンデ・ライオンというでヤンスか!カッコいいでヤンス!』

「うん。だけどオレにとって見ればダンちゃんだよ」

『ダンちゃんって呼び名は嫌でヤンス!ダンデ・ライオンって言ってほしいでヤンス』

「そんな長ったらしい名前呼べるはず無いだろ?」

『ずべこべ文句を言うなでヤンス!尻を炙るでヤンスよ!』

「尻を炙る?!そんなハレンチなことするのか?って熱っ!本気で炙ってきた?!」


『L』が笑っている。
涙も止まっていた。目からは哀しみではなく悦びが零れている。
『L』はベッドから飛び下りてタンポポと話し、そして笑いに深ける。
そんな姿を『O』は微笑ましく眺め、自分が友人の涙を止めたという満足感に浸っていた。


タンポポの花は綿毛になって飛んでいく。
綿毛になると本当にもろくなる。一息吹きかけられたらあっという間に千切れて飛んでいってしまうから。
しかし綿毛は自分の居場所を見つけるとそこで成長する。
それは本当に様々な場所だ。
タンポポの花はどこにでも生活できる。

だからぬいぐるみになった今でも生活できるのだ。

記憶はなくなり、全てがリセットされたが、それでもいいんだ。
綿毛になった彼女が再び戻ってきてくれたのだから。
場所を忘れず戻ってきてくれた。それが嬉しかったから、何でも許せる。


また一からやり直そう。
オレはタンポポの魂が好きだから、どんなに性格が変わっても好きでいられる。
タンポポの光は尾の焔になってしまったけど、それはいつも自分を照らしてくれる。だから違和感は無い。

やり直せるよ。オレらなら。
ぬいぐるみのタンポポの前では魔術は使える。だから大丈夫だ。
もう何も心配することは無い。

あとは、天使を幸せにするだけだ。
もうオレらみたいになってもらいたくないから。


だから、必死に情報を漏洩させた。




+ + +


「『天使は他の種族と恋をしてはならない』か」


青い空に浮かぶ一本の長い煙突の上に、闇の者が二人。
『O』がポツリと呟くと『L』が軽やかに笑って返した。


「そう。まさにその通りだ」


座りなおして『L』は笑みを優しく零す。


「トーフを復活させた後に再度会うことが出来たんだけど、そのときにあいつに教えてやったのさ」

「トーフ?」

「俺が復活させた黒猫のことさ」

「ああ。あのぷにぷにしているトラか」


思い出すことが出来たらしく納得した形でポンッと手のひらを打つ『O』。
またトラって言ってるよ、と思いながら『L』は『O』を見た。


「まあ、そのときトーフに、『天使とある種族が恋に落ちたのがきっかけで天使は悪魔にされてしまった』と言う物語を教えてあげたんだ」

「何のために?」

「トーフは旅をしているんだ。どこかでその情報を漏らすことがきっとあるはずだ」

「ふーん」

「興味なさそうだな!?」


そして楽しそうに笑っている『L』を見た『O』は満足してから鎌にまたがった。
煙突から降りて、空に浮かぶ。鎌が少し右に傾く。


「ぼくは君が悲しんでいるんじゃないかな、と思って心配していたんだけど、それは杞憂だったようだ」

「ああそうさ。今のオレには『心配させる』という文字は無い。だから安心してくれ」

「よかった」

「あ、そうそう。死神」

「ん?」

「あのときは本当に、ありがとう」

「……うん」


面と向かってお礼を言われたので『O』は少しだけ間を空けてから応答した。


「君もこれから頑張っておくれ」

「ああ、頑張る」

「焔が消えてどこかに落ちてしまったダンちゃんだけど、見つけてくれれば光を燈してあげるよ」


今、タンポポは行方不明だけど、『L』は落ち込んでいない。
もう泣かないと決めたから。だけど何気に必死になって探している。
そんな『L』に一声掛けた『O』に向けて、『L』が感心して目を細めた。


「お前は闇の製造者が初めて作った闇の者だ。一番強い力を秘めているんだから、気を落とすなよ」

「…」


空の中で『O』は黙り込む。
黒い瞳がより黒くなる。俯く『O』に『L』はもう一言加える。


「オレはお前を尊敬してるんだから。あまりフラフラすんなよ?」


尊敬していると言われて『O』は一瞬鎌から滑り落ちそうになった。
しかし何とか立て直して、彼も『L』に言う。


「君のほうこそ、ダンちゃんという可愛い子がいるんだから他の子には花を向けたら駄目だと思うなあ」

「…う…」

「まあ、ぬいぐるみじゃさすがに愛情が伝わらないか。今ではコンビみたいだし」

「…いいんだよ。それでもオレは幸せだから」

「それならよかった」


『L』が瞬きをしたときに、『O』は鎌に乗ったまま消えていた。
一人になった空の中、煙突の上に立ち上がり、『L』は空を仰ぐ。
光に包まれた空を仰いで、光を堪能する。


「光を求めないと言ってしまったけど、やっぱり光はほしいよな」


こんなにも光に覆われた世界を今更闇に変えるなんて、出来るとは思えない。
世界は光に包まれるべきだ。闇はいらない。
闇は不必要。光で人は生きていけるのだから。



さあ、世界に、光あれ。



そして『L』も風に扇がれそのまま空となり消えていった。








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結局はあのころの彼女は帰ってこなかったけど、『L』はそれでも彼女を愛した。
彼女と逃亡したのは今から11年ほど前。逃亡先は現代世界。そこで暫くは遊んでいました。
それが小説「ヤクルーター」の世界なのです。

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