飲み過ぎは体に毒ですよ。
59.ウォッカの村
「腹減ったわぁ…」
今にも口から魂を吐き出しそうな顔をしてトーフが呻く。
最近、バタバタと事件がたて続きに起こっていたため食料のことなど考えてなかったのだが、実際に食料箱の中身を見て、現実に目を覆った。
いつの間に食料がなくなってしまったのだろうか。訊ねなくとも全てトーフの仕業であろうが。
しかし、その元凶は腹を押さえてグッタリしていた。
「ワイ死んでしまうで…」
また一つ、大きな音が鳴った。それは腹の悲鳴であり、トーフの小さな腹から響いている。
続いて隣のサコツも合唱に参加した。
「はあ、俺も死んじまうぜぇ…」
「肉、魚、麺、パン、鶏がらスープ、…何でもええから食べたいわぁ…肉、魚…」
「トーフ、落ち着いて!」
食べたい物を連呼しているトーフの姿があまりにも悲惨なものだったのでクモマがすかさず手を伸ばすが、彼の腹の方が先に口を開いていた。
ぐううと豪快に鳴り、クモマも首を垂らした。
「お腹空いたね」
「やろ?はあ、ワイは餓死してしまうんやろか…肉、魚、ソーメン…」
「ソーメンって微妙だな?!」
「生肉ぅ…」
「焦げ肉ぅ…」
「生肉も焦げ肉もダメだろが!その中間を食え!」
「己の心意気も加えてほしいわね」
「お前は口出してくるな!話がややこしくなる、って最近"己"シリーズ大好きだな?!」
「ソング、落ち着いて!大声出して腹の音を隠そうと思う気持ちはよく分かるけどさ」
「そんな恥ずかしい気持ち持ってねえよ!それは作者の十八番だろが!」
「そうなの?!」
気のせいです。
確かに昔の私は腹の虫が鳴きそうなときに手元の物をカタカタ鳴らして音を紛らわせていましたが、今の私はそのようなはしたないことしませんよ。
「何だその、一人だけ大人になったような発言は!」
そういうことで、全員が空腹に押しつぶされていた。
頭を抱えたり腹を押さえたり目を瞑ったり、とそれぞれが気力のない形を象り、他方を眺める。
このままでは本当に餓死しかねない様子だ。
危険を察し、全員の生死のことを考えたチョコは最後の気力を声として吐き出し、希望を導かせた。
「エリ田吾ー!次の村はまだなの〜?」
この車を引いているブタ2匹に目的地までの時間を尋ねる。
ちなみにエリ田吾とはエリザベスと田吾作2匹の略称らしい。
チョコの問いかけに反応し、エリザベスの方が答えた。田吾作は口も開こうとしない。彼はシャイのようだ。
エリザベスの言葉を聞き取ったチョコは先ほどまでの表情を掻き消す勢いで目を強く瞑り拳を作って立ち上がった。
にいっと歯を見せ、手に入れた結果に喜んだ。
「やったー!このままゴー!」
「お、どうしたんだよチョコ」
「まさか次の村が近いのかい?」
「そのまさかよ!もうすぐ着くんだって!」
チョコから知らせを受け、全員の表情が喜びに満たされた。
先ほどまでの死に逝く前の姿が今ではウソのように、全てが覆される。
その中で勢いに乗ってチョコに飛びついたのはトーフだ。
「ホンマかー!やったでー!」
「うん、よかったよー!食べ物?」
「「最高ー!!」」
「まだ食べ物もらえるか分からねえのに盛り上がるな!!しかも何だその打ち合わせしたような合言葉は!」
食べ物があると思われる村が目の前にあるということで、わーいわーいと盛り上がるチョコとトーフ。
それに苛立ちを募らせたのかソングが目の辺りを顰めて叫ぶと、チョコが意地悪く笑って見せた。
「私とトーフちゃんはある同盟を結んでるのよ」
「同盟?何の同盟を結んでいるんだい?」
「『全自然を支配できる能力は己の心だと思う同盟』かしら?」
「「違っ」」
「「ってか長っ」」
「お前だけ入れ!」
気を取り直して、チョコがトーフと結んだ同盟について語った。
「私とトーフちゃんは、『Lさん愛好会』に入ってるのー」
「え?!そうなんか!?ワイ知らんかったで!」
「あ!クモマも入る?」
「いや!僕は遠慮しとくよ。Lさんにお世話になったのは確かだけど、愛好までは…」
「ってか、それは同盟じゃなくて愛好会じゃねえか!恥ずかしいから脱退しろ!」
「そうだぜチョコ!Lは見るからに女たらしだぜ!諦めろよ!」
「チョコ、己の心を信じるのよ」
自分の拳を胸にぶつけ、己の心を指差すブチョウを見て、チョコはうんと頷いた。
「私はLさんを信じるよー。夢の中で二人がした愛のメリーゴーランドー…素敵だったなぁ…うふふふへへへあははは」
「「ダメだこりゃ」」
チョコが胸を抱いて夢を見ているうちに、車は止まり、腹の扉が開きだした。
+ + +
食べ物食べ物ーと口ずさみながら車から飛び下りると、まず先に起動した五感は嗅覚であった。
ツンと癖のある匂い。村の第一印象は
「「くさっ!!」」
『臭い』だった。
全員が急いで鼻を抓み澄んだ空気を取り入れようと動くが、奥に突き進むにつれて匂いに強烈さが増す。
これは危険だ。空っぽの胃でも何かが込みあがる。
匂いに押し負け、食欲は知らぬ間に引っ込んでしまっていた。
クモマは目を眩ませ、頭を押さえた。
「これ、何の匂いだい?」
「特徴的な匂いやけど……何かどっかで吸ったことある感じはするわぁ」
「おえー気持ち悪いぜー」
「サコツ吐いちゃダメからねー!」
「吐くならフローラルに頼むわ」
「無茶な注文だな?!」
「大丈夫だぜ。俺の"己の心"はこの上ないほどフローラルだからな!」
「どんな己の心だ!や、やめろ近づくな!フローラルな香りがしたら気色悪いだろ!」
「ソングのツッコミ、最近可笑しさが増してるよ!」
鼻を抓んだ間抜けな集団は、やがて村人の一人と出会った。
何だか千鳥足になっている村人であるが、始めての収穫だ。早速声をかけてみる。
「あの、すみません。この村のことについてお訊ねしたい事があるんですけど」
しかし質問は空振りし、村人は足を右に引いたり左に引いたりと危険な足取りで去っていった。
思わず、唖然となるメンバー。
「な、何だぁあの人?」
「顔真っ赤だったけど、どうしちゃったのかなー?」
「頭がやられてそうな村人だ。あんなの無視してとにかく料理屋に行くぞ」
全員が危なっかしい村人を眺めているので声で引き戻し本来の目的地へと連れて行く。
暫く歩いても会う村人の様子は皆同じ。顔を赤くしてフラフラの姿で歩いている。
一体誰が彼らをあそこまで追い詰めたのだろう。と思っていると、ようやく目的地へたどり着くことができた。
料理屋。そこからもやはり強烈な匂いが漂っている。
しかしこの匂いに勝たないと自分らは腹を膨らませることができない、ということで固まった足を何とか動かし、中へ入った。
「「うわ、くせえ!」」
「いらっしゃいまへ」
店員の挨拶の前に、何とも無礼な発言を申すメンバー。しかし店員も気にしていないようだ。
むしろその店員も何だか様子がおかしい。千鳥足でやはりやってくる。
「お客様あ、く、くー名様でごらいまひょうか?」
「くー名?9名のことかな?」
「くー名様ですらぁ?」
「いや5名だわ」
「俺抜かしてるぞ!6名だ」
幻惑でも見えているのか。どうみても6人しかいないのに9人と間違えるとは。ブチョウが分身でもしたのか。
臭い村に臭い店、そしてその店の中にいる村人もいびきをかいて寝ていたりと行儀が悪い。
周りを見渡すたびに肩が狭くなる。自分らが来ていい店だったのだろうか。
本当に身が凍える。
そんなメンバーに店員がお冷を持ってくる。
「お冷ですら」
「だ、大丈夫ですか?さっきから"ろれつ"がひどいですけど」
「大丈夫でつよ。お冷でず」
きちんと言葉が言えていない店員に驚きながらも、クモマはお冷を頂いた。
全員にコップを回し、そのときにコップの数が大幅に余っていることに気づく。
また人数を間違えたのだろうか。
返品しようとしたが、そのときには店員はいなかった。
変な人だなと思いながら、早速コップに一口つける。
うわ、臭い。なんて強烈な臭さなのだ。
そしてこの匂い、嗅いだことがある。
そうだ。
この強烈な匂いと村中に出回っている臭い匂い、それらは同じものだ。そうか、こいつが臭さの原因だったのか。
しかし気づくのが遅かった。その臭いものをクモマは一口飲んでしまっていた。
そして感じる、今までに味わったことのない味を。味覚が鋭く反応を起こした。
「うえ…!」
クモマは口を押さえ、吐くのを堪えた。
だが、次の瞬間、彼はまたコップに口をつける運命に当たる。
隣に座っていたサコツがクモマに無理矢理でも飲ませようとしているのだ。
「な〜っはっはっはっは!グビっと飲めよー!一気!一気ー!」
見てみると、サコツは既にお冷を飲みきっていた。そして真っ赤な顔してクモマの口に水を注いでいる。
それを見ていたトーフが急いで止めに入った。
「しもうた!みんな飲んだらダメや!このお冷、あかんで!!」
トーフは叫んだ。
「これは『酒』や!!」
しかし言うのが遅かった。
「あっはっはっはっは!トーフちゃん、邪魔しちゃだめじゃな〜い?」
隣にいたチョコがトーフを阻止した。
チョコも偽お冷を飲んだようで顔を赤くしている。涙目だけれどそれでも悦な表情だ。
ダメだ、チョコもやられている。
クモマを助けようと叫んだがトーフの努力は届かず、クモマは無惨にも酒に溺れていった。
最初のうちは抵抗していたクモマも今では自分の意志でグビグビと飲んでいる。
やがて、コップの酒が空になった。
ついにクモマが酒を飲み干したのだ。
それが面白くて笑い声を上げ続ける酔っ払いのサコツとチョコ。その背景ではトーフが無言の悲鳴を上げていた。
一気に酒を飲み干したクモマは暫くの間、先ほどの体勢のまま目を瞑っていた。
動かないクモマにトーフは心配する。どうした?気を失ったのか?
しかしその予想は見事外れた。
クモマから見る見るうちに巻き上がっていく危険なオーラ。
ガクッと頭を垂らしてそのオーラを撒き散らし、ゆっくりとクモマは危険な顔をこちらに向けた。
真っ赤な顔の上に乗った閉ざされたまぶた。しかし次の瞬間、何か見極めたようにぐわっと開く。
口も三日月に開いた。
「クックックックック……面白い。なかなかの出来栄えではないかクックックック…」
何だこれ。
まるで邪悪な悪魔が降臨してきたかのようだ。
クモマは見開いた目を細めて、そのまま危険な笑みを保ち、トーフを見やった。
睨まれトーフが悲鳴を上げる。
「何キャラやー?!」
「クックックック…」
「な〜っはっはっはっはっはっは!」
「クモマ最高ー!その顔いい感じじゃんー!」
サコツが自分の膝をバンバン叩き、チョコがグッと親指を突き立てる。
その隣では、ソングが空のコップを落としていた。しかしテーブルの上を転がるだけであったので割れずにただ弧を描いて回っている。
そのコップが肘に当たりクモマはまた悪同様の声を漏らし、俯いているソングに訊ねた。
「クックック…どうした?お前はそのちっぽけな人生のうちの何に怯えているんだ?金か?女か?」
何だこれ。
しかしそんな黒クモマの声に答えるため、ソングがゆっくりと顔を上げた。真っ赤な顔が全員の前に披露される。
涙ぐんだソングが『女』という単語に反応した。
「………メロディ……」
ソングは涙を拭いながら、新しいお冷に口をつける。
愛しの彼女を思い出しながらソングはそのまま一人で突っ走っていった。
「実は俺、パンを焼いているお前の後ろ姿が好きだったんだ。小さな体でパンをこねるお前がめっちゃ可愛くて、いつも恋しく眺めていた」
「あかん!何か語りだしたで!?」
「朝早く起きて、お前がパンを作っている姿をこっそり見ているのが幸せの一つだった」
「何か乙女チックなことしとる!?」
「ああメロディ、お前は今どこにいるんだ愛しのメロディ」
「『愛しの』って言うたで?!酔っ払った方が素直やんけ!」
「メロディ、お前のそのぷにぷにしたホッペが好きだった…」
「危険度マックスやー!!」
「いつの日かそのホッペに……」
「これ以上言うんやない!あんた自分のキャラを思いだすんや!」
酔っ払いのソングの肩を掴んで、トーフは訴えた。
「あんたはなー、好きな子にどうどうと好きと言えんダメ男で、いつも一人こっそりと写真を眺めていたラブ男で、彼女のことになるとすぐにいじけるヘタレ男で、ワイらの名前も呼べんシャイ男で、何気に家庭的な凡男で、彼女の気持ちをすぐに察しできんかった鈍男で、キュウリ大好きキュウリ人間やー!!」
「好きだメロディー!!」
「ワイに言うなー!!」
そう叫んでいる間にソングは2杯目を飲み干した。この中で何気に一番飲んでいるのはソングだ。
ソングは3杯目の酒に口をつけようとする。しかし、それはチョコによって妨げられた。
「何よー?これは私の酒よー?」
酒の力により感情がより豊かになっているチョコは今、ソングに胸倉を掴む勢いだ。
いや、掴んだ。胸倉を掴みソングを捕らえる、が、次の瞬間、チョコはソングの胸の中にいた。
ソングはチョコを愛しく抱いていく。
「メロディ…」
「ぎゃああああああああああああああ!!!!」
今のソングには、目の前にいる人間全てがメロディに見えるようだ。
よって今回ソングのメロディに選ばれたのはチョコであった。
しかもこんなにも熱く抱きしめられチョコは、人間に慣れていない猫のように胸の中で暴れた。
「やめてええええ!!」
「はあ、メロディ。お前いつの間に背が高くなったんだ…。お前はもうちょっと小さかったはずだ…」
「そりゃあ、抱いてる女がちゃうからなあ」
「俺の知ってるメロディはもう少しぷにぷにしてるんだ。こんな骨っぽくない」
「ほ、骨っぽいー?!ひっどいよー!!」
「俺はぷにぷにしてるメロディがいい」
そしてソングは、泣きじゃくるチョコを払って、次のターゲットを狙いに動き出した。
「メロディ…」
「あかん!みんなエロソングから離れるんやー!ってやめーい!ワイを抱くんやなーい!」
「ぷにぷにしてる…」
「それ言われたの2回目やー!!もーやめてえなー!!」
熱く抱きつかれてトーフも泣きそうだ。
そのため目の端に映ったサコツに助けを求める。
「サコツーワイを助けてー!」
「な〜っはっはっはっはっはっは!」
「笑っとる場合じゃなーい!ホンマ助けてー!」
「な〜っはっはっはっは!」
「クックックックック」
「黒クモマでもええわー!助けてー!」
「クックック。何だ、自分に助けを求めるなど何様のつもりだクックック」
「な〜っはっはっはっはっは!」
「意味分からん!っちゅうかサコツは笑いっぱなしかいー!」
「メロディ…」
「じゃかあしいー!」
そのとき、トーフは気づいた。
ブチョウは?
気になり、ブチョウに目を向けてみると、酒を飲むたび一部一部をアフロ化させている光景がそこに見られた。
「気色悪いわー!?」
「タマ、もてもてじゃないの」
しかしこちらを見るブチョウの顔は、真っ赤にもなっていないし涙目にもなっていなかった。
ただ頭が一部分アフロ化しているだけだ。それも不気味だが。
見るからに酔っていなさそうなブチョウの存在に気づき、トーフは大きく胸を撫で下ろした。
「えかったわ。あんただけでも無事でえかったー」
「まあ私はいつもルーマニアよ」
「意味の分からん発言をするブチョウが素敵やわ」
ソングの銀色の髪が頭に乗っかっているのが気になるため、早々と依頼した。
「ワイを助けて!」
「ぬー」
「ぬー?!」
しかし返事は「ぬー」だった。
「意味分からんー!!!」
意味が分からないブチョウに文句を言い放とうとしたとき、あることに気づいた。
何も変哲のないブチョウ、と言っても頭が見る見るうちにアフロ化しているのだが。
そんなブチョウにも一つだけ異変が見られた。
今のブチョウは
「まあ、せいぜい頑張りなさいよタマ」
鼻からぷくーっと鼻ちょうちんを膨らませているのだ。
つまり
「寝とるんかー!!」
酒を飲みながら、頭をアフロにしていき、思い切りトーフと目を合わせ会話を交わしながら、寝ているのだ。
「さすがブチョウやんー!」
結局トーフ以外が酒のアルコールにやられてしまっていた。
トーフはソングから熱い告白を受けながら、静かに死んでいくのであった。
「もうダメや。このまま三途の川を渡ったる…」
「メロディ、行かないでくれ!」
「な〜っはっはっはっはっはっは!」
「あー熱い熱い。二人の愛を見ていたら何だかこっちまで暑くなっちゃったー。暑いー。あー服脱いじゃおうかなー!」
「クックック。脱ぐのか?女体は凹凸があるほど美しいというからな」
「勢いよく脱いじゃいなさいジョベリナ」
「な〜っはっはっはっはっはっはっは!」
「メロディ脱げー!」
「もうやめーい!!」
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