『V』は両手を組んで銃の形を作ると、指先を『B』に向けた。


「お前らはエキセンにとってはいらねえ存在なんだヨ!」

「あんた、身内にそんなことしていいわけぇ?」

「はん、お前らのことなんか知らねえヨ。消えろ!」


『V』の合わさった指先に黒い闇が渦を巻く。
3人はそれの虜になってしまった。

深い笑みを零して『V』が別れを告げる。


「あばヨ」

「「……!」」


バンッと放つ音がした。しかしそれはすぐに打ち崩された。
かざしていた手の隙間から光が見える。違う、髪色だ。
オレンジ色の髪が見えているのだ。

3人を庇ったのは今まで行方知らずだった『L』だった。
その『L』が『V』に向けて意地悪く笑みを零した。


「おやVちゃん。身内の者に手を出すとは不道徳なことするなぁ」

「え、Lかヨ…っ!」

「ジェイー!Lジェイー!今までどこ行ってたジェイー!」


『L』は3人に背を向けたまま、『J』の質問に答えた。


「クルーエルの夫婦がいてな、ちょっとばかり手を貸してたんだ」

「お、おい!お前マジかヨ!クルーエルに手ぇ貸したのかヨ!」

「そうだ」

「…アホだヨお前ら」


自分の目の前に立っている『L』が今にも指を鳴らして魔術を発動させそうだったので、危険を察して『V』は一先ずここで退散した。
泥状の闇に沈んで、それと一緒に移動して行く『V』の姿を見て、『L』がどっと肩を落とす。
一気に疲れが出たらしい。


「間に合ってよかった…」

「ギリギリセーフだな」

「ホント助かったジェイ!ありがとジェイー!」

「全くっ!あんたがいなくてこっちは死にかけたのよぉ!」


3人から個性溢れる礼を述べられたため振り向いて目線を合わせる。
そのときに『L』の視界に思いもよらなかったものが入ってきた。
『L』はすぐさま『B』の肩を掴んだ。


「Bちゃん!」

「な、何よぉ?」

「この子はオレとの愛の子か?」

「違うーっ!」


肩を掴んでいる『L』の腕を取り、勢いよく背負い投げでぶっ飛ばす。
そしてむき出しになった尻に向けて数回蹴りを入れて『L』を撃沈させた。
『L』がビクとも動かなくなったところで強く息を吐いて終演を迎える。
しかし、そのときだった。
突然その場に『B』がうずくまってしまったのだ。
勢いよく座り込み首を垂らして、赤ん坊の頬に『B』のしなやかな髪が乗る。
ガクッと姿勢が低くなる『B』を見て、すぐに『J』が騒ぎ出した。


「Bちゃん大丈夫ジェイー!」

「まさかこんなときに?」


二人の悲鳴を聞いて、撃沈していた『L』も身を起こした。


「陣痛か!」

「「違っ」」


改めて言いなおした。


「精気か!」

「困ったジェイ!ここにはマスターはいないジェイ!」

「急いでお父さんの元へ帰らなくては」


三人が騒いでいることに気づいて『B』が強く首を振った。


「私のことはいいから、この子を」

「わかった、オレが責任持って育てるよ」

「J、お願いするわ」

「任せろジェイ!」


そして胸の中の赤ん坊は無事『J』に預けられた。
そのため『L』は、自分が『B』を城に連れて行かなくては、と使命感を燃やし、『B』を抱き起こそうとしたが、城にいる『P』の事を思い出した。 
『L』はここに来る前、『P』と言い争ってしまったのだ。しかも散々暴言を吐いて。
だから戻れなかった。今の心境では城に帰れなかった。

『O』の肩を叩き、彼に希望を託す。


「お願いだO。Bちゃんをマスターの元へ」

「L は?」

「オレは、…今はちょっと戻れない。自分勝手で悪いな」

「いや。君のことだから何かやらかしたんだろう?」


苦い表情を作っている『L』に向けて微笑みを飛ばすと『O』は『B』を抱き起こした。


「分かった。君に従おう」


その後、『B』の肩を取った『O』は、一歩踏み出すことによって消えた。
『O』が『B』を連れて消えたのを確認してから、この場に残された『J』と『L』は預かった赤ん坊に目を向ける。
しかし『J』はすぐに『L』を見た。


「Lジェイ」

「何だ」

「本当は闇になりたくなかったって本当かジェイ?」


『L』が『P』と争っているとき『J』もその場にいた。そのときに聞いた言葉がずっと引っかかっていたのだ。
今を機に訊ねてみると『L』は全てを笑い飛ばしていた。


「はっはっは!気にするなって!」

「…でもジェイ」

「ほら、さっさとこの子を安全な場所に連れて行くぞ!オレとBちゃんとの愛の子をな!」

「ジェ!やっぱりこの子は二人の子ジェイ?!」


誤解を招く発言は慎んでください。
それと『B』が赤ん坊を救った現場を『J』は見ていただろ!

二人は走って赤ん坊を安全な地帯に連れて行った。『L』が先頭になって闇を振り払い、『J』が赤ん坊を抱いて『L』が作った道を辿る。
そして二人は心から『B』の無事を願った。




クルーエル一族の里で伸ばした一歩がタンっと音を突いたとき、この場は闇に包まれた城の中に変わっていた。
ここが自分らの家であり、マスターの『E』がいる場。
胸を押さえて苦しんでいる『B』を引いて『O』はあちらこちらを走り回った。
しかし一方に目的地にたどり着かない。


「…あんた、道迷ってんじゃ…ないわよねぇ…?」

「迷った」

「…ったくぅ……何で…あんたに連れまわされなきゃ…ならないわけぇ…」

「やれやれ。ぼくは久々に帰ってきたのに」


実のところ『O』は暫くの間城に戻ってきていなかったのだ。
そのため今までずっと行方知らずだったわけだ。

『B』は不安を息として吐いた。


「マスター…の部屋は…次の角を…右…に曲がればあるわよ」

「分かった」


場所を突き止めたところで『O』は走りを速めた。今では何も抵抗を起こさない『B』をひょいと背負い、真剣に走る。
高速で曲がるとすぐに扉が見えた。なるほど、ここが『E』の部屋か。


「ここにお父さんが?」

「そうよ…早く連れてって…っ…」

「分かった」


『B』が呼吸を激しく乱しているので、急いでドアノブに手を掛けた。
しかしそのとき、ぶわっと鳥肌が立った。悪寒が走り、それは『B』にも伝わる。
危険を察し、音を出さないほどゆっくりに扉を開いた。
5センチの隙間を作ると、そこから闇が漏れる。


「本当にこの中にお父さんが?」

「…そのはずだけど…っ」


上手く声を闇に溶かし、自分らにしか聞こえない声を作る。それで一言二言言葉を交わして、隙間に目を持っていった。
しかし、そこには『E』はいない。『P』もいなかった。

そのため全開にドアを開けて中を覗いた。


「誰もいない」

「…おかしいわねぇ…いつもなら…ここに…いるのに……」


中に入って辺りを見渡してみても自分ら以外の影はなかった。
誰もいない。

軽く弾んで背中に乗っている『B』を背負いなおし、『O』が移動しようとする。
そのときに近くから悲鳴が上がった。


「「?!」」


声が聞こえてきた方を見る。
そこには奥へ繋がる扉があり、そこから血まみれの銀色が出て来た。

血まみれ?


「失礼」

「…!」


不審に思って『O』が銀色の髪の人間に声を掛ける。しかし人間は狂った表情を見せるだけだった。


「…クルーエル一族…ねぇ……」


しかもヤバイ表情だ。こいつはクルーエル一族の悪なる4属のどれかに値する人間であろう。
血まみれの顔が妙にマッチしている。

すぐに危険を悟れた。
人間の服を引いて『O』は、奴が出てきた扉へ向かう。
すると聞こえる、クルーエルの笑い声。


「くっはっはっは!残念だったなエキセントリック!」


笑い声に混じる不幸な言葉。
残念とは何のことだ、と訊ねると、答えよりも先に、実物を目にした。

クルーエルの人間が出てきた扉を引くと、そこから真っ赤な世界が滲み溢れてきた。
闇に乗った赤い液体が、妙な発光を見せている。

その液体を流している、一人の人間。それは黒い者だった。


「マスターっ!?」

「……!」


真っ先に『B』が叫び、『O』は声を失った。衝撃的な現場を目にして、力が抜ける。
よって『B』は『O』の肩から滑り降り、『O』は掴んでいた人間の服を放した。

エキセントリック一族の中でも唯一の人間である『E』がピクピク痙攣を起こしながら横たわっているその隣りでは、『P』が目を真っ赤にしてこちらを見ていた。


「あなたたち、その人間を捕まえてくれたのね」


『P』の声はそこまで大きくなかったのだが、心に響く声だった。胸が引き締められる。
苦い表情を作る二つの闇の隣りでは『E』を血まみれにした人間が固まっていた。
逃げようとしているのに逃げられないでいるようだ。

『P』は囁く。それは『E』に向けて、愛しの彼に向けて。


「私のエピローグ、どうしてそんなに真っ赤なの?」

「「…」」

「私たちは黒くなければならないのよ?あなたも黒にならなくちゃいけないわ。ね?そうでしょうエピローグ」


彼女の囁きは闇になり、クルーエルの人間を縛り上げた。


「うふふ、エピローグエピローグ。私のエピローグ」


闇に縛り上げられた人間は、そのまま締め付けられて、バンッとその場に赤い雨を降らした。
それを全身に浴びるのは、最も近くにいた『B』と『O』だ。
その二人も今では何も言うことが出来ない。黙って血を浴びた。

『P』は囁き続ける。


「あなたを苦しめた人間を今始末したわ。もう苦しまなくてもいいのよ。だから血を流すのはやめて」

「……」

「エピローグ、どうして苦しんでいるの?痛いの?痛いの?」


精気のことなんか頭に入らない。
精気がないから苦しいけれど、それよりも先に、今目の前で起こっている光景が全てを絶するものだから、考えることが出来ないでいる。

『P』、お前は泣いているのか?


「エピローグ……嫌よ…死なないで………」

「…」

「ダメ…あなたは死んではダメよ…。あなたがいなければ私、どうすればいいのよ……」


黒い雫が『E』の頬を染めた。それは『P』の目からこぼれる涙だった。
『P』は幾つもの黒い涙を零し、愛しの彼を赤から黒へ染め直した。
黒になっていく『E』は意識はあるものの口を開かなかった。
代わりに手を伸ばし、愛しの彼女の頬を撫でた。そして黒い涙を拭った。


「エピローグ、私………」

「……」

「私、決めたわ」


その後、『P』は『E』を抱き上げて、この部屋の奥へと引っ込んでいった。
場を考え、『B』と『O』も急いで出る。そして必死に城から出る。城の中にいると危険だと察したからだ。
すると、その考えはその場に適した行動であったようだ。二人が城から出た直後、城から危険な黒い光が漏れ放たれた。
それは先ほど彼女がいた部屋からであり、その光は何度も強度を変えて闇を作っていく。

一体彼女が何をしているのかわからない。
だけれど二人はそれを解読しようとはせず、むしろ何も見なかったことにした。


精気がなくなっていた『B』は『O』の腕から精気を吸うことにより、この苦しみから無事逃げることが出来た。
しかし『E』が殺された場面と、人間が無惨な姿で死んだ場面、そして『P』が壊れた場面を見ていたため、笑みを零すことが出来なかった。
『O』もその日を境目に、城に帰ることはなかった。


その頃、クルーエル一族の里で戦争を起こしている闇たちは、『C』がクルーエル一族全体に呪いをかけたことにより終戦を告げていた。
『L』と『J』も赤ん坊を安全な場所に置くことが出来たようで、一安心していた。しかし赤ん坊にも呪いはかかってしまったようだが。

幾多の闇たちが不敵な笑みを零しながら城に戻ってくる。
邪魔だったクルーエル一族を滅ぼすことに成功した彼らは一つの任務を完了させて嬉しかったのだ。
しかし、城に帰ったとき、全員が唖然とした表情を作った。


『E』の姿が消え、『P』が引き篭もる、という現場が見られたからだ。
そして誰もが『P』の元へ近づこうとはせず、むしろ彼女がいる部屋から離れた。

『O』もここから逃げてしまったので、残された『B』が全闇に語った。


「マスターがクルーエルの一人に殺されたのよぉ。それでPが狂ってしまったわ…」


たったそれだけであったが、それだけでも分かる。
自分らは戦争に負けてしまったのだ、と。
中心を崩されたのだ。これは後に大きく影響が出る。
しかも自分らを作った『P』が壊れた。彼女はこれから何をしだすか分からない。

それよりも何も、一番ショックだったのが、『E』の死だ。
特に『B』は悲しかった。自分をここまで生かしてくれた『E』が死んでしまったのだ。
それが悲しくて、拳を震わしていた。



エキセントリック一族
それは「エキセントリック」と呼ばれた男が全てを生み出した元凶であった。

愛しの彼女を蘇らせた彼は彼女と一緒に闇の作成に励んだ。
暫くは何もせずに生きていた彼らであったが、ふと世の中に不満を抱いた。
そのため、こう思ったのだ。

世界を闇に埋め尽くそう、と。

そういうことで、また大きな年月を重ねて計画を練ってきた。
そのとき、邪魔者が入ってきた。それはクルーエル一族。
奴らは自分らに何度も戦争を挑んできた。今までは無視していたが、それでもクルーエルは引っ込まなかった。
そういうことで今回、全闇でクルーエル一族を滅ぼした。


しかし、失ってしまった。彼を。マスターを。
『P』は壊れてしまい、ずっと部屋に篭りっぱなしだ。部屋に近づけば、危険な闇に呑み込まれかねない。
この中で一番深い闇を作ることが出来るのは全ての製造者である『P』だ。
だから誰もが逆らえなかった。そして今の彼女に近づける者もいなかった。



こうしてエキセントリック一族の『E』はクルーエル一族の戦争をエピローグにし、この世を去った。


いや、違う。生まれ変わるのだ。彼女の手によって。




「…ついにできたわ………」


彼女が囁いた。それはそれは優しい声で、しかし邪悪とも言える声で。



「これで世界の幸せを奪える…」


彼女の手には黒い"種"があった。
違う、この種は後に"花"になるのだ。


世界を滅ぼす"ハナ"になる。



「幸せなんか世の中に不必要よ。うふふ。幸せは私とあなただけが持つべきよ。ね、エピローグ」


"種"に『E』の肉や骨、魂を詰め込んだ。
今はまだ一つしかない"種"だけれど、これは何れ一つの美しい"花"になる。
そして幾多の"種"を吐いて、増殖するのだ。


彼女が"彼"を製造する。
その"彼"が世界の"笑い"を根こそぎ奪う。


なんて素晴らしいの。これが愛の形よ。
幸せを表す感情"笑い"なんか世の中から消えてしまうがいい。



『P』が篭っている部屋からまた一つ、深い闇が漏れ流れた。
それは世界を侵略しつつある。





彼女が闇の始まりプロローグ。
彼が世界の終わりエピローグ。






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『E』は殺され、『P』が壊れました。
そして『E』は後に彼女が作る"ハナ"となり、世界の"笑い"を奪い、闇へと支配するのです。

これがクルーエル一族戦との裏話、そして"ハナ"の正体でした。

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