わたしは全てのものを支配する闇になりたかった。
58.闇の始まり
昔々、本当に昔、今から数百年以上も昔の話。
あるところに美しい男性がいた。
背も高くて運動能力も万能、頭も非常に良い。皆の憧れの的だった。
しかし、彼は少し異常な部分があった。
それは思考。
他の人ならば考えないようなことばかり、頭に入れていた。
「わたしは闇になりたい」
彼が発言すると周りの友人らはどよめいた。
天才がそのような発言をするからだ。
友人らはその理由を深く追求した。
「どうして闇になりたいと考えた?」
すると彼はこう言い返した。
「闇は素晴らしい。闇は全ての色を吸収することが出来る。闇が降りればそこが必ず暗くなる。素敵なことだと思わないか?」
空を仰いでなおも続ける。
「色の三原色では全ての色をあわせると黒になる。このように黒は色を混ぜることにより生まれる」
天才は至福を空に放った。
「人間も単色ではないはずだ。必ずや複数の色がある。しかし人間は心の色を混ぜようとしない。複数の色を混ぜようとしないから考えが様々なのだ」
両手を広げることにより空を抱き止める。
風を浴びて目を細めた。
「色を混ぜれば黒になれるだろう。黒になったらどんなに素晴らしいか。全てを支配できる黒に人間がなれたらどんなに素晴らしいだろう…」
まだ演説の途中とも関わらず友人らは去っていた。
人間を闇にしようという不気味な考えを気味悪がったのだ。
人間は光の子なのだ。生まれながら光。闇になれるはずがない。
そもそも、色は合わされば黒になるが、光の場合は違う。
光は合わされば白になるのだ。全く正反対の結果。
彼はその理論を覆したかった。
「光が白だなんておかしいことだ。何故光に黒がない?黒があってもいいではないか」
仰いでいた手を下に垂らし、そのまま自分の胸を抱いていく。
ギリギリと強く強く、野望を指先に込めて。
「世界はいま白に照らされているが、黒に照らされたらどんなに素敵であろうか。素晴らしい素晴らしい…!わたしは光を黒にしてみたい」
天才は目を開き、自分の影を作っている太陽を睨んだ。
「わたしはお前を黒にしてみせる。白なんてどんな色にも染まるではないか。対して黒は染まらない。だからお前は黒になるべきだ。全てを吸収できる黒になり、世界を闇にするのだ」
自分の影を踏みにじる。
地面を抉ることにより、黒がより黒に染まる。
深い場所に行けば行くほど色は濃くなりやがて黒になる。
今、彼は地面を抉ったことにより色を濃くした。闇を作った。
そう、わたしは闇を作る。
「これが、わたしの野望だ」
彼は闇になりたかった。
闇になって全てを黒に埋め尽くしたかった。
色が数多あるなんて可笑しな話だ。
色は一つで十分だ。
そう、全てを支配できる黒だけで。
彼は家に帰ると真っ先に部屋に篭る。
その部屋というものが異常な暗さを保っている、そこが彼の幸せの空間。
闇に紛れることが至福。このまま闇になりたい。いつも思う。
常日頃思う。
どうやったら自分は闇になれるのか。
どうやったら闇を作れるか。
どうやったら世界を闇に埋め尽くせるか。
暗い部屋の中で彼を勉強した。
光なんか頼らない。光は敵だ。自分の敵だ。
勝手に光を敵視して彼は勉強に励んだ。
自分が闇になる前に、闇を造る方法を考える。
闇は黒だ。
普通に考えれば色をかき混ぜればいいだろうが、それだけでは何か足りない。
何か捻りたい。いや、闇は現に捻ってあるものだ。
何だ。闇は一体何なのだ。
あるとき、彼はある本を発掘した。
本だらけの暗い部屋に埋まっていた本、不思議なオーラを感じた。
普通の本のはずなのに、何かどっしり詰まっている。
そうだ、闇とは重いものだ。
闇の中には様々なものが詰まっている、だから重いのだ。
彼は本を捲った。
ページも重く感じる。この本は一体何なのか。
それは闇の本であった。
『魔術本』
「……魔術…」
そうだ。闇とはこれだ。
闇は魔によって成り立っているものなのだ。
知識がぎっしり詰まってあるから闇は重い。
魔は知識だ。
力ではない。知、知、知…。
知識だ。闇とは知識だ。知識の集まりが魔術であり、魔術は闇なのだ。
「わたしは、魔術を勉強すればいいのだ」
そのため知識を豊富にする。
「わたしは、魔術師になればいいのだ」
そのため、魔術を使えるようになる。
「わたしは、闇になる」
闇を作って闇になる。
その後、彼は魔術について勉強した。
魔術は本当に知識の塊だ。
火などを出す柔い魔術は子どもにも出来るものだが、本物の魔術は深く固い。
本からでは学べない。魔術は深いものだから。
どの本を眺めても全て可愛らしいものばかりだ。本物がない。闇を扱う魔術が載っていない。
本に載っていないものをどうやって学ぶか。
「そうだ、私が造ればいいのだ」
人間は全てのものを生み出した。
可愛らしい魔術はもちろん、どの料理も、どの計算式も、全て人間が作り出したのだ。
ならば自分でも作れる。
闇魔術を自分で作る。
闇を作ろうと思っている自分だ。きっと魔術だって作れる。
「まずは普通の魔方陣を作ってみよう」
暗い部屋に白チョークを引く。
白は嫌いだがこれは仕方ない。この時代にはチョークは白色しかなかったのだから。
非常に悔しいことだったが彼は仕方なく部屋を白くしていった。
暗い部屋に浮かぶ白の魔方陣。
軸に沿って文字を埋め尽くす。闇の材料である知識をここに詰め込む。
びっしりと知識が埋まったところで次は魔方陣の中央に残りの材料を入れる。
「闇は人を殺せるのだ。死体がきっと闇の材料であろう」
陣の中央にはコウモリの死骸が置かれた。
「影が必要だ。影を入れよう」
陣の縁に火がついたろうそくを置いた。
よって中央にまで彼の影が伸びる。
「闇には黒い心がほしい」
彼は閃いた。
自分が材料ではないか、と。
自分の心はまさに黒だ。勝手ながらそう解釈した。
闇を作ろうと思っているのだから自分がきっと……。
魔方陣の中に入ってみた。
コウモリの死骸が足元にあり、ろうそくに照らされて影が出来る。
これで魔術が作れる。
そう思ったが、何も起こらない。何も起こらない。
「わたしは、まだ黒くないのか…」
自分の心は黒いものかと思っていたのに、魔方陣の中に入っても結果は変わらず。
計算は間違っていないはずだ。
闇に必ず黒い心が必要なはず。
だから自分が魔方陣に入れば闇魔術が完成するのだ。
しかしこの様。
何も起こらない。
実験は失敗に終わった。
やがてろうそくの火も消え、場は元の暗さに戻った。
暫く勉強しても、やはり彼の理論は間違ってはいなかった。
闇には黒い心が絶対に必要なのだ。いや、黒い心だけで闇が作れるのだ。
死骸とか影とか本当はいらない。黒い心だけあれば十分。
それなのにその黒い心が見つからない。
どうすれば黒い心になるのだ。自分はどうやって黒くなればいいのだ。
彼は悩んだ。どんなに努力しても心を黒に染めることが出来なかった。
どうして黒くなれないのか。わからない。
しかし後に理由が分かった。
自分の隣にいる彼女の存在があったからだと気づいた。
「お前はどうしてわたしを選んだ?」
彼は問うた。彼女に、美しい彼女に問うた。
すると彼女は答えた。美しい彼に、しかし心は乱れている彼に答えた。
「あなたの心が好きだからよ」
彼女の考えが分からなかった。
彼は闇になりたがっているのだ。闇になりたいから心を黒くしようと日々努力しているのだ。
それなのに彼女はそんな心が好きだという。
「君は可笑しい。わたしは闇に憧れているのに」
すると彼女は微笑んだ。
「一途なあなたが好きなのよ」
「一途、か」
「うふふ。そうよ、あなたは一途よ」
「だけど周りからは変人扱いされるのだ」
「知ってるわ。あなたはエキセントリックと呼ばれている」
「エキセントリック、別に嫌ではない。むしろ気に入っている」
「可笑しなあなたが好きよ」
「君ぐらいだ。そういってくれるのは」
彼も笑った。彼女につられて。
それからふとあのことを思い出した。
「今度ブラッカイア大陸に行くというのは本当かい?」
すると彼女は悲しげに頷いた。
「そうよ。研修で行かなくちゃならないの」
「そうか、頑張っておくれ」
「ありがとう」
その後、手を振った。
大陸を渡ってしまう彼女に向けて手を振った。
彼女も笑顔で手を振って返した。
彼女の背後に伸びる影を彼はずっとずっと見続けた。
あの影を手に入れたいと密かに思っていた。
それからまた暫くの月日が経つ。
雨が降る日、世界は闇に近い色になる。
素晴らしい。この日は闇を作れる絶好の日だ。
天候は整っている。魔方陣も知識を詰め込んだことにより完璧だ。
よって残るは黒い心。これさえそろえば自分は闇を作れる。魔術を使える。
しかし黒い心はいまだ見つからずにいた。
どうすれば心を黒く出来るかわからなかった。
何だ、彼の心はまだ黒くないのか。
まだ彼は世界を支配できないのか。
彼が呻いているときだった。
ある報告が彼の元に届いた。
それは手紙。
政府からの手紙だった。
「…何?」
何故政府から手紙をもらったのか分からなかった。
政府とは光の人間らだ。自分とは全く関係のない人物のはずだが、一体彼らが何の用なのだ。
興味津々で手紙を読んだ。
すると考えられない内容が目に焼きつかれていった。
それからすぐに彼は船に乗って、ある大陸に渡った。
ブラッカイア大陸へ。
手紙にはこう書いてあった。
『ピンカース大陸とブラッカイア大陸が戦争をすることになった。
まずピンカース大陸がブラッカイア大陸を攻める。ブラッカイア大陸を火の海にするのだ。
優秀な君には是非大陸を火の光に染めてほしい。協力を頼む』
手紙が発行された日付を見てみると、今より1週間も前のものだった。
普通に考えても分かる。今既に戦争が起こっている。
ブラッカイア大陸が戦争によって火の海になっている。
不吉を悟った。
ブラッカイア大陸には彼女がいる。
彼女がいるのだ。
愛しの彼女が。
しかし、そこでは焼き焦がれた死体が彼を出迎えるだけだった。
「………ぅ…っ」
彼女の名を呼ぼうとしたが声が上手く出なかった。
それに答えたのは彼女。焦げ臭い匂いが放たれる。
そんな彼女を懸命に揺さぶった。
「…何故君が…っ…」
揺さぶることによって彼女が崩れた。
「…君は…わたしの光だったのに…」
だから、今まで心が黒くならなかった。
彼女の存在があったからどうしても心が黒くならなかったのだ。
彼女がいる限り自分は黒くなれないかもしれないと、ひしひし感じていた。
しかし今ここで彼女を失った。
自分を黒く染めず光を与えていた彼女が消えてしまった。
彼女は黒い存在になった。
よって自分も今ここで黒になる。
「何が光だ。光を放つ火によって彼女は死んだ。光ほど悪いものはない」
彼は誰もいない廃屋に行った。
そこで彼は今の憎しみを指に溜めた。
強く地面を擦ることによって血が滲み出、地面に血の魔方陣を描いていった。
文字をつらつらと抉って知識を詰め込む。
そして憎しみも詰め込む。くだらない戦争によって彼女を失ったその怒りを詰め込む。
光の人間である政府の気まぐれな行動のせいで……、今一度光に憎悪を持つ。
その状態で魔方陣を仕上げた。
さて、次は
「お前が私の闇となるのだ」
魔方陣の中央に、彼女を入れた。
今では灰になってしまった彼女をパラパラと降らす。
それと同時に雨を降らせた。怨みを込めた雨を。光に対しての怒りの涙を零した。
彼女がより黒くなる。涙を浴びたことによって色が深くなったのだ。
この上ないほどの黒さを持つ彼女。
それを囲んでいる血文字の魔方陣。
この場には、まさに闇が溜まっていた。
闇が。
闇が。
憧れの闇が生まれた。
彼と彼女の力で、闇が今ここに生まれた。
「……………」
場が暗くなった。
血の魔方陣が黒い光を放った。血の字が黒い光を放った。
黒い彼女が黒い光を放った。
全てが黒くなった。
闇が降臨した。
「……………」
「…お前は…」
目の前には先ほどまでなかったものが立っていた。
目の前には魔方陣しかなかったはずだ。しかしそこにいた。魔方陣の中央に立っていた。
それはそれは美しい女性が。
「私は誰?」
女性が尋ねてきた。
なので彼が答えた。
自分が作った闇に向けて答えた。
「お前はプロローグだ」
そう、これが全ての始まり。闇の始まり。
闇のプロローグ。
「プロローグ。うふふ覚えているわよあなた。いいえ、あなたの名前は」
彼女は言った。
闇になって蘇った愛しの彼女は彼に向けて名を呼んだ。
「エピローグ」
彼女が闇の始まり。
彼が光の終わり。
二人の間には距離はなかった。
光が闇になり、闇が生まれた。
今ここで二つの闇が一つとなり、闇を永遠へと結ぶ。
人間は闇を作れた。
光を作るだけではない。人間は闇までをも作れるのだ。
素晴らしい、素晴らしい。
このまま世界は二人が作る闇により支配されればいい。
幾多の闇よ、降臨せよ。
世界に魔術を見せてやれ。
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唐突に始まりました。謎の物語。
謎の男が闇を作った最初の人物。その名もエピローグ。
世界の光に終止符を打つ男だ。
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