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重い。
なんて重い空気なのだろうか。
"ハナ"のせいで生気がなくなっている村をトーフはただ一人黙々と歩いていた。


「この辺りから"笑い"を感じるんやけどなぁ」


ここの村の"ハナ"は生物全ての生気を吸い取っている。それなりに厄介であるが、逆に居場所を突き止めやすいものであった。
"ハナ"を封印するために使うひょうたんが懐にあるかを確認してから、またあちらこちらを見やる。トーフの足は休まず動いていく。
右目は眼帯で覆っているため、左目しか使えない。
そのため右方を見るのは困難であり、大きく首を動かさないと辺りを見渡すことが出来ない。
トーフは常に半回転しながら"ハナ"を探した。

しかし一方に"ハナ"は見つからない。


「どこなんや?この辺にあるはずやけど…」


一刻も早く"ハナ"を消さなければラフメーカーはおろかこの村の住民を救うことが出来ない。
それなのに姿を現さない。"ハナ"はどこにあるのだ?

ここで足を止めた。
確実にここから"ハナ"の気を感じるからだ。
ここの"ハナ"は笑いと一緒に生気を吸い取っている。トーフには"笑い"を感じることが出来る。
そして今ここで最高潮を達したのだ。"笑い"を感じる。ここから。

だけど、どこから?

辺りを見渡しても"ハナ"らしい物はなかった。
あるものといえば大きな木しかない。しかし生気を吸い取られて丸裸になっている木だ。
見上げても枝が空を這っているだけだった。"ハナ"ではなさそうだ。

"ハナ"は様々な形をしているけれど、必ずやものの形をしている。空気中に溶け込んでいるということはないのだ。
どこかにあるはずだ。"ハナ"。もしかしたら生物かもしれない。だけれど一定の場所に留まっている。"笑い"がここから動かないから。

"笑い"を感じ取れるのに、この無数の"笑い"を吸い取った"ハナ"の姿は見当たらない。
どこだ。どこにあるのだ?


「あ、トラだ」


どこからか声が聞こえてきた。
違う、自分は"ハナ"を探しているんだ。人を探してなんかない。
だけれど相手は空から声を流してくる。


「どこかで見たことのあるトラだなあ」


咄嗟に空を仰いだ。薄暗い空を。生気を吸い取られて元気のないこの村の空を。
木の下にいるトーフの目に入るものは木の枝しかなかった。
しかしそこで見れたのだ。相手の姿を。

先ほど見上げたときは何も無かった姿が、今はあった。
相手は黒い者だった。


「あんたは…」

「ふふふ」

「……誰や…?」


見たことのない影だった。
今までに黒づくめの奴らには会ったことがあるのだが、奴はまだ会ったことのない闇だった。


「気にすることはない。それより小さなトラだ」

「わ、ワイのこと小さい言うたな!ちゅうかワイはトラやなくてト……トラやー?!」


まさか初対面の人にトラと呼ばれるとは思ってもいなかった。
今までは必ず猫として見られていたからこの驚きは大きい。
思わずトーフは相手の存在を気にせず興奮していた。


「そやで!ワイはトラや!トラ!あんたぐらいやでワイをトラ言うてくれるんは」

「どう見てもトラにしか見えない」

「やろ?やっぱそうやよなーワイはトラやもん、トラトラ!」

「だけど、魂は傷ついた黒猫の形をしている」


「…!」


言葉を失った。
驚いた。それを悟ってしまうとは。
相手の存在が怖ろしくなってトーフは口が開かなくなっていた。
対して相手は常に眠たそうな目をしながらもトーフをまじまじと見ている。
興味深そうに、じっと見つめて、やがてポンッと手のひらを打った。


「そうか、あのときのトラだ」


奴の中では全てが結びついたらしく、口元をゆがめている。
しかしトーフは分からない。相手は自分のことを知っているようだけれどトーフは知らない。
こいつは誰だ?
自然に眉を寄せる、その表情で訊ねた。


「ワイはあんたのこと知らんで。あんたは誰や?」


すると相手はこう言い返した。


「死神だ」

「…死……!?」


トーフは口を押さえ、悲鳴を抑えた。
よく見てみれば相手は脇に大きな鎌を挟んでいる。
そうか、あの鎌で魂を取りにきたんだ。

傷ついた黒猫の魂を取りに…!


「ん?どうしたんだい?」

「わ、ワイの魂取りに来たんか?!」


大鎌と死神の顔を交互に見て訊ねるトーフに、死神はたった一言で答える。


「さあどうだろう」


何てアバウトな答えなのだ!


「ふざけんじゃないで!ワイは真剣なんや!何や、ワイが一度死んだもんと知っとるから魂取りに来たんか?!」

「どうだろう」

「わ、ワイは確かに死んだもんやし L によって生き返ったわ!せやけどまだ死にたく…!」

「うむ。聞いた」

「…へ?」


死神が何を考えているのか分からず、トーフは目を丸めた。
死神は惚けた顔になっているトーフを木の上から見下ろし、顎をさする。


「君を封印する現場も自分は見ていた」

「そ、そうなんか…!」

「自分のおかげで君を封印できたとも言っても過言ではないな」

「…ほ、ホンマか…!」


うそです。
しかしそれが嘘とは知らないトーフはそんな死神に質問をしていた。


「あんたは一体何者や?何でワイのこと知ってるんや?」

「ふふふ。何故だろうな」


先ほどまでは空から降っていた声が今は後ろから聞こえていた。
急いで振り向いてみると、いつの間に下りてきたのか、死神が立っている。
大きな鎌を肩に担いでいる死神の姿にトーフは急いで後ずさりをした。

魂をとられると思ったからだ。


「な、何や!あんたは何なんや…!」

「怯えることはない。そもそも怯える意味が分からない」

「いや!大鎌持った奴が目の前におったら誰だって怖がるわ!」

「へえ」

「興味なさそうやな?!」


話し相手にならない死神、だけれどトーフはズルズルと後退した。
しかし瞬きをした瞬間、死神の姿はなくなっていた。
そのときにまた聞こえてくる、声。


「自分は何もしない」


声はまた後ろから聞こえてきた。
無論、それは死神のものでありトーフは無言の悲鳴を上げる。
死神は微笑んだ。


「これが怖いのかい?」


そして死神は肩に担いでいた鎌の柄を地面につけた。
目の前に鎌が置かれ、トーフは驚く。対して死神は平然と見つめている。


「出来ればそん鎌を消してほしいわ」


トーフが頼むと、死神は頷いた。


「嫌だ」

「何でやねん!消してくれんのか!」


てっきり鎌をしまってくれると思って少しばかり心を躍らせたのに、死神はそれに答えてくれなかった。
何のために鎌を地面につけたのはわからないまま、死神はまた肩に鎌を担ぎなおした。


「この鎌は大切なものだ。だから肌身離さず持っている」

「そ、そうなんか」


何を考えているのか分からない死神。
しかも質問にも答えてくれない上に頼みも聞いてくれない。変な奴だ。
だけれど、感じた。こいつはもしかすると…


「あんたはエキセントリック一族なんか?」


唐突に訊ねられて死神は少しばかり間をあけた。
じっとトーフの顔を見て、やがて答える。


「どうだろう」


答えになっていない返事だけれど、トーフは察することが出来た。
こいつはきっとエキセントリック一族の誰かだ。
容姿も『L』らと同じだし、鎌も持っている。

トーフは鎌はとは数百年前に会っていたのだ。
持ち主は『L』であり、『L』は鎌で空を飛んでいた。
そしてそのときに『L』が言っていた。
「身内の中で鎌が流行っていてな。よくこれでお空を飛んだりするんだ」

…こいつもここまで鎌で飛んできたのだろうか。

トーフがそんなことを考えていると、今度は死神から声をかけてきた。


「右目はどうだい?」


一瞬驚いた。何故なら奴が呪いの掛かった右目の存在を知っていたから。
しかし、奴はトーフを封印するときに現場にいたらしい。そうすると右目のことを知っている理由もわかる気がする。
だから敢えて気にせず答えに応じた。


「今は大丈夫や。Lが軽くやけど封印してくれたんや」


そう答えた刹那、自分の耳に感覚が走った。
急いで仰ぐと死神が耳を抓んでいることを知ることが出来た。
死神は非常に満足そうに微笑んでいる。


「…あんた、何やねん?」

「うむ。気にするな」

「いや!気にするっちゅうねん!耳つまむなー!!」

「ぷにぷにしてる」

「ぎゃー!手のひらつつくなー!」

「ぷにぷに」

「やめい!あんた意味わからん!ブチョウ並に意味わからんで!!」


質問に応じたのに何だこの扱われ方は。死神ははなから質問してないような態度だ。
手のひらをぷにぷにされて、トーフはがんがん怒鳴った。

トーフで遊びながら死神は目を細める。


「これが猫だなんて思えない」


死神の言葉を聞いてトーフは叫ぶのをやめた。
手のひらを親指でぷにぷに突付いている死神は言葉を続ける。


「猫を人間に変えれるなんてすごい。やはりイナゴは偉大だなあ」

「…イナゴ?」


聞いた事のない名前だったので首を傾げて訊ねてみると、死神がぷにぷにを続けながら答えてくれた。


「自分の尊敬する人であって憧れの人だ」

「…すごい人なんか?」

「うむ。彼はすごい。現に君をこうやって生き返らせたんだから」


「……!」


悟れた。


「『L』か」

「イナゴだ」

「いや!Lやろ!」

「さあどうだろう」

「Lか!Lなんか!イナゴっちゅうんはLなんか!」


しかし死神は答えようとはしなかった。何故もったいぶる?!
だけれど死神の目は優しく微笑んでいた。『L』のような笑みをこいつも零せる。
死神も善いエキセンなのか…?

『L』といえば
トーフと会ったときには名を持っていなかった。
いい名前を手に入れてやると彼は言っていたけれど
…そうか、『イナゴ』か。『L』は『イナゴ』という名をもらったんだ。
彼は女の子から名前をもらう気満々だったから、きっと女の子からもらったのだろう。
ちょっと面白い名前だけれど、いい名前だ。

トーフは『L』が名前をもらえたことに嬉しさを感じていた。手のひらに感じるぷにぷにが邪魔だが、今は気にならない。
いや、気にならないも何も、死神がぷにぷにをやめたから感じないのだ。
見たときには死神は空を仰いだ。
トーフも思考をこちらに戻して死神を眺めた。
死神は空を仰いで遠くの風景をじっと見ている。


「今は総会をしてるかな」

「…総会?」

「ご苦労だなあ」


まるで人事のように言っているけれど、こいつも総会に出席しなくていいのだろうか。
そもそも何の総会だ?エキセンの?
訊ねようと思い死神の顔を視界に入れようとしたが、その場には死神はいなかった。
代わりに白い花が足元に落ちていた。


「……!これは…!」

「これが"ハナ"というものかい?」


また聞こえてきた声。死神は始め居た場所、大きな木の枝に座ってトーフを見下ろしていた。
トーフは死神を見てからまた白い花を見やった。


「…あんたがこれを?」

「気になっただけだ」

「………」


白い花を摘んでからトーフは無意識に訊ねてた。


「なあ、あんたは苦しくないん?ここは生気がなくなっている村なんやで?」

「ふふふ。それだったら君はどうして苦しくないんだい?」


質問をオウム返しされて口を噤む。自分でも答えが分からないため答えることができなかったのだ。
代わりに死神が答えていた。


「闇の者だからだよ」

「……え?」


トーフは仰いで死神を見た。
死神もトーフを見た。


「闇には生気なんかない。だからここでも苦しくない」

「…わ、ワイは?」

「君はイナゴによって生き返った闇の者だ」

「…なんやて…!」


予想もしてなかった答えに言葉を失う。
死神は言葉を繋げた。


「君からは自分たちと同じ匂いがする。闇の匂い。他の者には感じ取れないけど自分には感じ取れる。これは闇の匂いだ」

「…」

「イナゴの魔術を全身に浴びているんだ。それによって生きているのだから自分らと同じ匂いがするのも無理はない」


すっと目を据える。


「だから君も闇だ」

「……そんな…」

「だけど案ずることはない」


死神は笑った。


「君には"笑い"を感じるから、大量の笑いある光を浴びても消えることはない」

「…」

「自分らは光が苦手だ。光は色を貫き通すことが出来るから闇も敵わないんだ」


瞬きをすると、黒い者は居なくなっていた。


「ちょ…あんたは…!」


トーフは急いで辺りを見渡した。


「あんたは一体何や!エキセンじゃないんか!」


すると応答が来た。


「さあどうだろう」



その場に風が吹いた。よって重い空気が流された。
尻尾が流れる。自然が動く。先ほどまで異常に変哲がなかった風景が変わっていく。

"ハナ"が消えて、全てのものが動き出した。




「いい夢見ちゃったー!Lさんと愛のメリーゴーランドしちゃったのー!うへへへへ!」

「ある日の出来事を夢で見たよ。懐かしかったなぁ」

「……結局どっちか選ぶことが出来なかった…」

「何か疲れちまったぜ!あー肩がこるぜ」

「やっぱりクマさんが一番ね」


メンバーもあくびと伸びをしながら目覚めた。

それぞれが光ある瞳を持って、世界に戻ってきた。
トーフも光を持って出迎えた。




 …まさか、エキセントリック一族は………?


死神が最後に言った言葉がずっと頭に病みついた。


  エキセントリック一族は、"笑い"ある光が苦手…?









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死神がメンバーにヒントを与えた!闇は笑いある光が苦手…!

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