活気が無いのならば、目を開けている必要はない。


57.生気のない村


何だか、気が重い。
起きるのが非常に面倒だ。
目を開けるのがツライ。いや、力が無いから目を開けられないのだ。
だから視界は黒い。

視界が黒いからここは黒い世界に等しい。
しかし目を閉じているから黒いだけであり、この目さえ開ければきっと光が飛び込んでくる。
本当の視界は白いのだろうけれど、目を開けれないから黒いままだ。


「みんなしっかりしぃや!」


誰かの声が聞こえた。
しかし目を開けられない。力が無いから。
どうしてこんなにも気が重いのだろう。
誰かが必死に自分を揺さぶってくれているのに、目を開けられない。起き上がれない。

一体どうしてしまったのだろうか。


「何で?何でみんな起きてくれへんのや?一体どないした?」


痛みが走った。頬を軽くぶたれているのだろうか。相手は必死に自分を起こそうとしている。
それなのに起きれない。


「起きて…起きてぇな。みんな、みんな起きて…!何でみんな……動いてくれへんの?」


相手は誰?


「お願いやから…誰でもええから、起きてぇなぁ」


自分と同じような形になっているのは複数なのか。
みんな、起きれないのか。

起きている誰かだけが必死に呼びかけをおこなっている。



「どないしてワイだけが無事なんや?ここって一体何なんや?」




+ + +


トーフが目を覚ますとそこは普通の村だった。
先ほど自分らが訪れていたゲームが盛んな村ではなく、ここは全く別な場所。


「…ここは……?」


腰を強く打ったらしく少しばかり痛みが走る。そこを押さえながら立ち上がる。
そのときに風が吹く。暖かくもなく冷たくもない、むしろ無感に等しい風だ。
それがトーフの尻尾を揺らした。


「何やろなぁ、ここは」


辺りを大きく見渡すと、この場は広場だということに気づいた。
トーフを余裕で越すほどの背を持った草が当たり一面に生えている。
遠くに目を置くとむき出しの面があることに気付く。
そこへひとまず行ってみようと思った。


「不気味なとこやなぁ」


第一印象では凡庸な村だと思っていたが、全てが無感の空間。不気味に感じてきた。
空を仰いでみても空が無空間に見えてくる。
ずっと空を見ていたら知らぬ間に吸い込まれてしまいそうな、それほどまでに天井が高い空。雲が遠くに見える。
枯れた落ち葉を踏むとくしゃっと音がした。しかしそれは無感の風によって吸収されてしまった。
何だここは。
歩くたび震えが生じる。

やがてむき出しの面に辿りついた。
トーフの背を越す草が辺りになくなり一安心する。
しかしその安堵もすぐに掻き消された。
視界の茶色を遮る影を見つけたから。
それは二つ。


「クモマ!チョコ!」


そこには自分と一緒に飛ばされた仲間、クモマとチョコが寝転がっていた。
そして思い出す。

そうだ。自分らはゲームの世界から飛ばされてしまったんだ。
変な奴、自分の事をミッキーと名乗っている全てがイタイ女。
そいつが自分らに向けて光を放った。そしてこの様。
見知らぬ村までぶっ飛ばされたのである。

奴はエキセントリック一族の1人だといっていた。
しかも奴が忌々しい"ハナ"を植えていた張本人。最も会いたかった人物だ。
こいつをとっ捕まえて"ハナ"を消してもらわなければならなかった。
しかし出来なかった。すべてが唐突だったから。

奴は言っていた。「あなたに恋しちゃった☆」…あ、間違えた。これはクモマに向けられた言葉だった。
何やら奴はクモマに恋してしまったようで、クモマにハートの目を向けていた。
哀れなクモマ。

それはいいとして、奴はこう言っていたのだ。「ママが作ったお"ハナ"さんを植えにピンカースにお出かけしてたのらぁ」
ママ?ママとは一体誰の事だ。
ソングが持っている本、いわゆる『L』が作成した本、それにも書いてあったが、"ハナ"には製造者がいるようだった。
しかしそれのことを何故ママと呼ぶ?奴は製造者の子どもなのだろうか。
エキセントリック一族は口を開くたび謎の言葉を発する。果たして奴らは何者なのだ?


思考を切り替え、トーフは目の前の状況に叫んだ。


「2人とも大丈夫か!」


仰向けのクモマとうつ伏せのチョコ。
二人の元へ急いで駆けつくとまずは、最も起こしやすい仰向け姿であるクモマを抱き起こした。
しかしクモマはビクとも動かない。
寝ているだけにしては異様に力が無い。普通ならば動かされた事により目を覚ますのでは?


「クモマ!起きるんや!」


うるさい、と叱られそうなほど大声で呼んでみた。結果は変わらない。
身震いを感じた。
トーフは急いでチョコの元にも駆け腰辺りに手を置いて揺さぶってみせた。
そのまま勢いで転がせてうつ伏せから仰向けへと変えてみたが、チョコは目を覚まさなかった。
まるで魂を抜かれたように、ぐったりと無気力な姿になっていた。


「………!!」


二人が動かない。
衝撃的な現場にトーフは半歩引き下がった。
それから一歩二歩と後退していく。現実から逃げようと必死に足を動かした。

これは夢だ。そう思いたかった。

右に目を向け逃げ道を探した。そのときに眩しいものが目に入った。
銀色だ。無空間に浮かんでいる太陽の光によって髪が少し輝いている、ソングだ。
ソングは無事であろうと思い急いでそこへ駆けていった。

しかし、同じ光景が目に入るだけだった。


「……ソング、サコツ…」


銀を求めてやってくると、周りがまた草に囲まれた。
その中で浮かぶ色は銀、そして赤。

そこにはソング、そして少し遠くにサコツが倒れていた。
二人もやはり無気力な姿になっている。

悲鳴なんか上げれなかった。唐突だったから、頭が理解できていないのだ。
だけれど非常に悲しくなった。自分の仲間の無惨な姿に。


「…ブチョウはどこや?ブチョウも同じやろか……」


残りのメンバー、ブチョウを探すために辺りを大きく見渡した。
すると意外にもあっさり見つけることが出来た。


「あぁ、さすがブチョウやな。尋常な姿じゃなかったわ」


左側を見てみると、仁王立ちをしている彼女の姿が無造作に生えている草の間から浮かび上がって見えた。
何故ブチョウだけが立ったまま気を失っているのか不明であるが、とにかく、全員をかき集めようと決意し、トーフは行動に出た。

まずは今自分がいる場所で倒れているソングとサコツを糸で縛ってむき出しの大地へ運ぶ。
糸で縛ったというのに二人は何も抵抗せず、むしろ二人ってこんなにも軽いものだったのかと逆に驚かされた。
二人をクモマたちがいる場所へ連れて行くと次に可笑しいブチョウの所へ行って彼女をまずは倒す。
それから玉ころがしのようにくるくると転がしながら、やがて全員を一つの場所へ集めるのであった。


「生きとるか?」


まずは優しく声を掛けてみた。無論、それに反応する影はひとつもなかった。


「なあ、みんな。冗談はやめてぇな」


一人一人を丁寧に揺さぶっても無駄な行為に繋がる。
そのときに強く揺さぶられたことにより角度が変わる者も現れたが、それ以降何も変わらない。
普通ならば寝苦しいと思われる体勢になっていてもその者は寝返りを打つという動作をしなかった。

寝ていないのか?
そうするとこれは一体何なのだ。
何故全員が起きない?こんなにも揺さぶられているというのに。

もしかして…。


不吉が過ぎったので、全員の動脈に手を当ててみた。
すると動脈は順調に動いていた。
脈はあるのだ。命に別状は無いということだ。つまり生きている。
よかった、と思った。
しかしすぐに疑問が浮かんだ。

生きているのに、どうして動かない…?



「みんなしっかりしぃや!」


最後の手段だ。大声で上げてみた。
耳元で叫んでみたが、全員の形はずっと同じ。


「何で?何でみんな起きてくれへんのや?一体どないした?」


頬を軽く打ってみた。ペチペチと鳴った音は無空間に吸い込まれていく。
それが怖ろしくてトーフは叫び続けた。


「起きて…起きてぇな。みんな、みんな起きて…!何でみんな……動いてくれへんの?」


怖かった。


「お願いやから…誰でもええから、起きてぇなぁ」


頭が痛くなった。
動かない仲間の姿を目に焼け付けるのが頭痛へと繋がったのだ。
痛くて頭を垂らす。


「どないしてワイだけが無事なんや?ここって一体何なんや?」


ミッキーと名乗ったイタイ女に吹き飛ばされる前までは全員が当たり前のように動いていた。
しかしこの村で目を覚ましたときは全員は電池が抜けたことにより動かなくなったおもちゃのような姿になっていた。

…電池が抜けた、…電池が抜けた?

抜けた…
何が抜けた?


「……ここって……」


急いで目を閉じた。"笑い"を見極めているのだ。
人間が突然動かなくなるなんてありえない。脈があるのに動けないのはおかしい。
だから察したのだ。
これはもしかすると"ハナ"の仕業ではないかと。

そしてそれは的中した。


「…なるほどな…」


状況を把握できるとトーフはすぐ行動に移した。
全員をこの場においてある場所へ向かったのだ。そう、"ハナ"の在り処へ。

むき出しの大地から緑ある草原に出た。
背後を見やると先ほどと同じ形の仲間がいる。誰もが動いていない。それはそうか。


全員の生気がなくなっているのならば動けるはずがない。


今回の"ハナ"はひどいことをしてくれた。
きっとこの村の住民も"ハナ"にやられてしまって目が覚めない状態に陥られているのだろう。

この村の"ハナ"は生物から生気を奪っているのだ。
だからメンバーも生気を奪われ気を失っている。
何故トーフだけが生気を奪われていないのかが謎であるが、それは幸いであった。
もしトーフも同じように気を失っていたら、果たしてこの村を救えるのは誰になる。いないであろう。

トーフは自分が選ばれし勇者だと悟り、この村のために"ハナ"を消しに足を動かした。
一刻も早く消さなければ、もしかすると自分も気を失ってしまうかもしれない。これは時間との戦いであった。

急ごう。急いで"ハナ"を消そう。そして村を救いメンバーを救おう。
これが今のトーフに出来ること。

小さなトーフの影は、草の緑に紛れていった。
その足取りは真っ直ぐと確実に"ハナ"へ向かっている。



+ + +


黒い世界。
永久に黒い世界なのか。
自分が目を開けない限り世界は黒のままなのか?

自分らが住んでいる世界も何れかこのような黒さになってしまうのだろうか。
黒いものは全ての色を吸収してしまう。果たして世界も黒いものに吸収されてしまうのか。
世界は黒に支配されていいのだろうか。

いいはずがない。
世界には光が必要なのだ。光が無ければ生物は生きていくことが出来ないのだから。
世界に太陽がなくなったらどうする。
何が自分らを育ませてくれる?何が自分らに力を与えてくれる?何が自分らに明日という希望を持たせてくれる?


光ほど大切なものは無いじゃないか。
それを消そうとしている闇の存在。即行に消さなければならない存在だ。
しかし自分らの力で果たして勝てるのか。

奴らは魔術師、自分らは無力な人間。

力の差は非常に大きい。


―― ふふふ。何に怯えているんだい?


闇なんかに勝てるはず無いじゃないか。
今だってそうさ。自分は闇の中だ。出ようと思っても出られない。光を入れようとしても入れられない。

自分が無力だからだ。


―― 無力、か。確かにそうだ。人間は無力だ。非常に無力だ。


そうだ無力だ。
無力だから勝てないのだ。闇に勝てない愚かな生き物人間だ。


―― 愚か?それは間違いだろう?


何を言う。人間ほど愚かなものは無いであろう。


―― それは違う。人間は賢い。


賢い?何故そう言い切れるのだ?


―― 人間は無力だからこそ頭脳を働かせて様々なものを生み出した。人間は光を利用することによりものを生み出した。


何が言いたい?人間が何だと言うのだ。


―― ふふふ。つまり人間は光を使える魔術師だということだ。


光を使える魔術師だと?


―― 光を手に入れたかった人間は始めに火を発掘した。火を使うことにより光をより身近なものに変えた。これが全ての始まりだ。


……。


―― 光は非常に強い力を持っている。どんなに暗い闇の場でも一本の光は伸びる範囲まで支配することが出来る。光は強い。


光が、強い…。


―― そう考えると、光を使える人間は闇の魔術師に勝てる可能性があると言うことだ。


何だと。
無力な人間が闇に勝てるというのか。


―― 勝つためにはまず闇に光を照らさなければならない。これがこれから先の課題だ。
    闇に光を照らすことにより闇は溶けていく。それを利用するしか他がない。


…!
お前は一体…。


―― 闇は危険だ、光を消したら一気に迫り寄ってくるものだから。そうなる前に一刻も早く光を照らさなければならない。


お前は一体何なんだ?


―― 自分か?自分は闇だ。


…!


―― だけれど自分は闇ではない。光になりたい闇。光に憧れる闇。


…。


―― 光の魔術師に憧れる闇とも言うか。


お前は『L』?


―― 違う。自分は賢くない。身内からよく「のん気で馬鹿だ」と言われている。


そしたら誰なのだ。『B』でもないとすると誰だというのだ。


―― 気にすることはない。自分のことなど闇にすら忘れられているほどだから。


………。


―― さあ、光は目の前だ。
   君たちはこの世に誕生したときから光に恵まれていた光の子、
   だからどんなに過去でも未来でも必ずや光に恵まれる。

   そう、これから先も光だ。

   闇なんかに負けてはダメだ。
   ほら、このように光を照らせば、すぐに闇は溶けていく。

   今から君たちが見るものは、過去かもしれないし未来かもしれない。もしかすれば夢かもしれない。



   光を楽しめ、光の子ら。




黒い世界に白い線が引かれた。
それは光。闇に光が入り、道を作ってくれたのだ。

場は目を開けずとも光に照らされていく…。










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これからメンバーの過去、未来、それとも夢。それぞれの光ある話になります。

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