+ + +

こんな唄を聞いたことがある。


   『ある日 森の中 クマさんに 出会った。
     花咲く森の道 クマさんに出会った』


そしてそれが今現実として表れている。


『やあお嬢さん。ぼくと一緒にお茶しないかいベイビー?』



鳥族の里であるキズナの村はレッドプルームという山の頂上付近に村がある。
美しい村から一歩出れば、そこはジャングル。草木豊かに並んでいる森のような山の中。

鳥人は珍しい人種のため他の種族とは交流を深めないようにしている。
少しでも関われば、欲の強い人間に狙われてしまうかもしれないから。
しかし今までに一度も人間に狙われたことはない。防衛隊の人たちが村全体を護ってくれているおかげだ。
そのため常に平穏を保ってきた鳥族の里。
彼らの笑い声は歌となり美しい音楽を奏でる。

そしてもう一つ、鳥族が平和を維持している理由がある。
村の場所に秘密が隠されてあるのだ。
村は緩やかな山レッドプルームの頂上にあるのだが、その山が危険な場所なのである。
本当に危険なのかは不明なのだが、大陸全部の村に「レッドプルームは危険な場所だ」伝われている。
キズナの村も同じだ。
レッドプルームは危険な場所だと思っているので、村人はそこを足で歩こうとはしなかった。
翼を羽ばたかせて大空を背に乗せる方が最も安全であった。

果たしてレッドプルームに何がいるのか、それは分からない。
何か危険な生物がいるのかもしれないし、何もいないかもしれない。

今まで人々が恐れていて近づかなかった山の中を、幼きブチョウが歩いていた。
何がいるのか知りたくてブチョウは友人も誘わず一人で歩いていたのだ。

そして出会った。
変な生物に。


「…………」


思わず硬直した。
美しいキズナの村からレッドプルームに移るだけでこんな生物と出会ってしまうのだから。
コレは何なのだ。見るからに変な物体だ。

幼きブチョウは咄嗟に死んだふりをして見せた。


『何をしているんだいベイビー?』

「死んだふりよ。死んだふり」

『いや、答えた時点で死んでいないよベイビー。そもそもピロピロと元気よく動いているじゃないか』

「恥ずかしいわね。これはくしゃみよ」

『くしゃみ?それは素敵だねベイビー。まさに野に咲く花のような存在だね』

「あら、なかなか話の分かる奴じゃないの」


変な生物と会った割には冷静なブチョウ。さすがである。
相手が相手だからであろうか。

ブチョウはくしゃみを止めて今度は積極的に相手に訊ねてみることにした。


「あんたは一体何なのよ?ここは鳥人が住んでいる村付近よ。まさかこの辺りにあんたらの村でもあるわけ?そしたら是非とも行ってみたいわ」

『ノンノンノン。違うよベイビー』


すると変な生物は頭に生えている触角(後に耳だと分かる)を左右に振り、ブチョウの言葉を覆した。
レッドプルームに住んでいる生物ではないらしいが、果たして奴は何の目的でここにいるのだ?
気にしていると相手が答えてくれた


『ぼくはここに迷い込んでしまったのさ』


何と、相手は迷子のようだ。
ブチョウは眉を寄せた。


「迷子?可哀想ね。まるでカレーが盛っていないチキンライスのように可哀想だわ」

『そうだねベイビー。その前にチキンライスには元々カレーは盛っていないよベイビー』


変な生物はダンボールの中から見上げてくる子犬のような目をしてブチョウを見ている。
くりくりとした円らな瞳。そこから発されるきらきらなオーラ。
無論、ブチョウは虜になった。


「よし、わかったわ」


カレーが盛っていないチキンライスのように可哀想な生物。ブチョウは奴に向けてこう言った。


「それじゃ私が家を見つけてあげるわ」


すると生物は目を丸めた。ついでなので頭の触角(後に耳だと分かる)も丸めた。


『本当カイ?それは助かるよ』

「そうと決まれば早速探すわよクマさん」


相手から承諾を得たところでブチョウは一歩前に出た。
彼女を包んでいる白いマントが風に乗って踊る。
その背景で変な生物はまた目を丸くしていた。ついでなので頭の触角(後に耳だと分かる)も丸めた。


『クマさん?』


変な生物はそう呼ばれたことに驚きを隠せなかったのだ。
その理由は本人が語ってくれる。


『ぼくの名前を悟ったのかい?まさにその通りだよ。ぼくはクマさんさ』


クマさんと名乗った変な生物はブチョウの背中を見ている。
ブチョウの後ろ姿はまさに勇者。木々のせいで光が遮られているこの場でもブチョウは輝く存在だ。
振り向かずにブチョウは促した。


「さあ、ついてきなさいクマさん」

『恩に着るよベイビー』


そして当時は「ミミ」という名であったブチョウは、変な生物「クマさん」と一緒にレッドプルームを歩いていった。
レッドプルームを歩くのはブチョウも初めてだった。
だからお互い足取りが重い。
ふいとブチョウが隣りに訊ねた。


「あんたは一体どこからやって来たのよ」


迷子になったらしいから今クマさんの家を探しているのだが、場所が分からなければこの行動の意味が無い。
訊ねてみたところ、クマさんは困ったそぶりを見せた。


『別な世界からやってきたのさ。だから帰り道が分からないのさベイビー』


さすがのブチョウも驚いた。
まさか別の世界から訪れた来訪者だとは思ってもいなかったから。


「別な世界から来たというなら、どうやってここに迷い込んだのよ?」


矛盾した話である。
別世界から来たクマさんがこの世界に迷い込んでくる理由が分からない。
しかも本人はいろいろと分かっていない様子。


『ぼくが住んでいる世界の湖に身を投げ込んだらここへやってきてしまったんだよ』


え?湖に身を投げ込んだ?自殺願望者?
しかしクマさんの顔を見てからも分かることだがクマさんは人生に悩んでいるような顔をしていない。
だからきっと湖に身を投げ込んだのは気まぐれであろう。

その気まぐれによりここにやってきてしまったわけだ。


「湖からやってきたんだから、この湖に入ってみたら同じようになるんじゃないのかしら?」


ブチョウが足を止めて指を差す先は、緑に浮かぶ青の地帯だった。
湖だ。透き通って地面が見えるような湖。それほどまでに澄んでいるのだ。


『なるほど、確かにその考えは一理あるね』


目の前に広がる湖、よく見てみると濃い青の部分があることに気づく。
他は澄んだ青をしているのにそこだけが濃い青。まるで先が見えない洞穴のような姿をしている青。
そうだ。この青がクマさんの世界と繋がる青なのだ。
この中に入ればきっとクマさんは戻ることができるであろう。


「クマさん。あそこに入ってみなさい」


魅入られられそうなほどの色をした青に向けて指を差し、ブチョウはクマさんを促した。
クマさんも同じ考えだったようで、頷いていた。


『そうだね。入ってみることにするよ』


クマさんは湖の青から目を離し、隣のブチョウを見た。


『だけれどもしあれがぼくの世界と繋がっていたとすればキミと離れ離れになってしまうね』

「……!」


ブチョウは無意識にクマさんの頭に乗った。


「嫌よ。私はもっとあんたと一緒にいたいわ。あんたを一目見たときからピンときたわ。これはきっと運命だったのよ。私とあんたが一緒になる運命」

『ミミさん、ベイビー』

「私をあんたが住んでいる世界に連れてって。あんたのような素敵な生物が住んでいる世界、とても興味があるわ」


ブチョウの頼みを聞いて、クマさんは目の色を変える。


『分かったよベイビー。それならば一緒に行こう』

「…」

「だけれど、ずっと一緒にいることは出来ないよ。あそこは異次元だから」


そしてクマさんは湖に身を投げ込んだ。ブチョウを乗せたまま湖に体を沈める。
深い青に吸い込まれていく。渦を巻いている青に体がねじりこんでいき、やがて二つの影は青に吸収された。




+ + +

・・・・。

白い世界だ。
さっきまでは全てが黒に埋め尽くされていたはずなのだが、今では全くの白だ。黒い部分が一つも無い。
先ほど自分に声をかけていたものは一体何者だったのだろうか。
人間を「光の魔術師」と呼んだ謎の男…。そう、あいつは声からして男だった。だから断言できる。

奴は闇の魔術師の一人。しかし人間になりたい闇。
そいつが黒い世界に光を導かせてくれた。
しかし先ほどから何も変化がない。変哲の無い世界。
今ここは黒が白に変わっただけだ。
周りが明るくなったことに関しては助かったのだが、見えるものが無いのならば意味が無い。
ここに、俺は一人なのか。


「一人?一人じゃないよソング」


声が聞こえてきた。それは真後ろから。
俺は急いで振り向き、彼女の姿を黒い瞳に入れた。


「……メロディ…!」

「ソング、また悲しい顔してた」


彼女は笑う。
俺も笑った。


「よかった。ここにはお前もいたのか」

「そうだよ。言ったじゃない。私はいつもソングの側にいるって」

「…メロディ」

「何?」

「ありがとう」


素直に彼女の気持ちが嬉しかった。俺は正直に礼を述べた。
すると彼女はまた笑う。


「何お礼を言ってるの?違うよ、お礼を言うのは私のほうだよ」

「…」

「私のこと、忘れずにいてくれてありがとう」


彼女の気持ちを聞いて、俺は何だか馬鹿みたいに笑っていた。


「忘れるはずねえだろ?お前のことを忘れたときなんか一度たりともない」

「本当に?」

「ああ、本当だ」


可愛い目に俺の姿が映し出される。
それを手に入れたくて俺は手を伸ばした。
しかし弾かれてしまった。

パンと鳴って手が赤に染まる。


「…は?」

「ウソ言っちゃだめだよソング」


突然彼女に手を打たれて驚いた。
しかもウソとは一体何のことだ?
今の彼女の目は怒りが篭った目になっていた。

彼女は叫んだ。


「ソングはキュウリのことになるといっつも私のこと忘れるでしょ!」

「……っ!!」


盲点だった。
まさかそんなところに突っ込まれるとは。
俺は急いで否定した。


「違う。キュウリはまた別だ。キュウリは好物でありメロディは………!」


おいおい、何故続きが言えないんだ。
「メロディは俺の好きな相手だ」と言えよ。そうしないと彼女に鋭く突っ込まれる。


「何よ!キュウリは好きで私は好きじゃないといいたいの?!」


ヤバイ。彼女に勘違いされてしまう。


「違…!俺はメロディのことが…!」

「何?続きちゃんと言ってよ!」

「………!」


赤面している場合じゃないだろ。
言えよ。言えって…。


「言えねえよ!」


何言ってんだ俺!!
言えっていってるだろ!言えよクソ!


「ちょっと!何、逆切れしてるのよ!意味分からないよソング!」

「うっせえよ!黙れ!」

「もー!ソングは素直じゃないんだから!」


そして彼女は


「ここでちゃんと決めてもらうよ!」


懐からキュウリを取り出して


「私とキュウリ、どっちが大事なのか。はっきり言ってもらおうじゃないの!」


…!!
何てことだ!
究極に難しい選択だ…!!


「い、言えるはずねえだろ…!」

「何で?言ってよ!選択肢は二つだけなんだよ?ほらソング!答えてよ!」

「……!」


答えられるはずがないだろ。
俺にとってはメロディもキュウリも大切なんだ。
それを一つに絞れだと。無茶だ。ハッキリ言って無茶な注文だ。

俺は逃げていた。
メロディとキュウリから必死に逃げて、白い世界を駆け巡っていく。
そしてメロディも追いかけてきた。


「ちゃんと答えてよー!私とキュウリ、どっちが大事なのー!」

「うっせー!黙れー!」

「ソング!!答えてよ!私とキュウリの二択だけなんだから!」

「それだから答えられないんだろが!お前も気づけよクソ!」

「私とキュウリ、どっちが大事なのー?」


白い世界。これが白い砂浜だったら良かったのに。


「どっちも大事だ!」

「そんなの答えになっていない!一つに絞ってよ!私を選んでよ!」

「キュウリも捨てがたいだろ!俺は本気でどっちも大事なんだ!」

「何よ!私とキュウリは同じレベルってことなの?!」

「黙れ!ついてくるな!」


大好きな彼女が大好きなキュウリを持ってやってくる。
本当ならば嬉しいのだが、今は分が悪い。

これは夢であってほしい。
こんな究極の選択をされるなんて、夢じゃないと非常に酷だ。

早く目を覚まさなくては……。
それなのに目が開けられない。俺の本体は動かない。

暫くはこのままキュウリを持ったメロディに追いかけられる運命なのか。
…それもまたアリか。



+ + +


クマさんの声が聞こえてブチョウは目を開けた。
湖の中に吸い込まれたときに気を失っていたようだ。
目を開けると今までに見たことのない風景が飛び込んできた。


『ここがぼくたちの世界だよベイビー』


レッドプルームの湖と異次元の湖は何と繋がっていたようだ。
予想が的中して嬉しかったが、それよりも何も、この世界の存在が面白くて仕方なかった。


「すごいわね。イケメンがうじゃうじゃいるわ」


周りにはクマさん並の生物が字の通り大量にいた。


『ぼくたちの世界は異次元なのさ。だから様々な容姿の生物がいるのさベイビー』

「異次元って本当にあったのね」


本当に驚いた。こんなところがあったとは知らなかった。
ブチョウは勢いで言った。


「いいわねここ。私ここに住みたいわ」


するとクマさんは残念そうに首を振った。


『申し訳ないけどそれは無理だよベイビー』

「何故よ?」

『ぼくたちは異次元の生物。人間と共存できないのさベイビー』

「そんな…そしたら私とあんたはこれからどうやって付き合えばいいのよ?」


いつからそんな仲になったのか、不明であるがお互い心は同じのようで、クマさんも目を潤していた。
ブチョウに告げる。


『"一緒に住むこと"は出来ないけれど、"一緒にいる時間が増える"ということはできるよベイビー』


どういう意味か分からなかった。
クマさんは言葉を補充する。


『ぼくたちは人間から"召喚獣"として扱われているのさ。だからキミが召喚使いになってくれればいつでも会うことが出来る』

「…何ですって?」

『キミが魔法でボクを召喚してくれたらいいのさ。好きなときにでも出してくれたらいい』


その話に乗った!とブチョウは目で答えた。
クマさんに会うためなら何でもやってやる。ブチョウは身を乗り出した。


「どうやったら召喚使いになれるのかしら?」


クマさんは答えた。


『ぼくたちと契約を結べばいい話さ』

「…契約?」

『そうだよベイビー。この契約書に印を押してくれたらキミは、召喚魔法陣を書いて呪文を詠唱してぼくたちの名前を呼べばいい。そしたらぼくらはキミのところへくることができる』


召喚魔法…。


「その契約書に印を押せばいいだけね」


身を乗り出したままブチョウはクマさんが頭の触角(後に耳だと分かる)に挟んである契約書を見た。
契約書の一番下に四角の枠があり、そこに印を押せばいいようだ。
ブチョウは早速押そうとした。
そのときに言われた。


『印は自分の血だよ。可愛いレディの血を見るのは嫌だけど、血で押してもらわなければ契約を認めてもらえないんだ』

「血ね。分かったわ」


そしてブチョウは鼻から血を滴り落としてクマさんの契約書に印を押した。
すると光輝く契約書。

契約書には模様が浮かび上がっていた。
円の中にあるダビデ模様。


『これが召喚魔方陣さ。どの召喚獣でも陣は同じだから、いろんな獣と契約を結ぶといいよベイビー』

「ありがとうクマさん」

『こちらこそぼくを召喚獣にしてくれてありがとう』


クマさんと契約を結んだということでブチョウはこの世界で召喚魔法についていろいろと学ぶことにした。
と言っても、呪文とかは自分で決めていいということらしいので、ほぼ学ぶことはなかったのだが。

それから幾多の獣を口説いて自分の下部を作っていくのであった。


「あなたのギャランドゥ素敵よ。ウサギさん」









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ブチョウとソングの光ある物語でした。

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