+ + +

さっきの声は何だったのかな?
真っ暗の中で聞こえた声。
闇の魔術師らしいけど、『L』さんじゃないらしいし…。
だけど私が知っている優しい闇の魔術師といえば『L』さんしかいない。
あ、『B』さんや『J』も私たちを助けてくれたし優しい人たちだった。
だけど今の私には『L』さんのことしか入っていない。

今はここは、闇の魔術師の仕業で白くなった。
さっきまでは暗かったんだけど今は明るい。だけど何もない無空間。


「お嬢さん、ミャンマー」


白以外に何もない場所でやっと異変が現れた。
誰かが私に声をかけてきたみたい。
その声っていうのが何度か聞いたことのある声だったから私はそっと振り向いてみた。


「またオレの事、考えてただろ?」


声がまた放たれた瞬間、私はその主の胸に飛び込んでいた。
しかし身を引かれ、私は空を抱くだけだった。
私は目を輝かせた。

Lさん!!と私は勢いよく悲鳴を上げた。


「はっはっは!お前は元気がいいな」


目の前には私の憧れの彼『L』さんがいた。
感激のあまり目に涙が込みあがる。
すると『L』さんは私に近づいて身を屈めた。


「そんなにオレの事、好きなのか?」


当たり前じゃん!大好きだよ!と即答で返すと『L』さんの目は微笑を広げた。


「そっか」


なんて優しい微笑みなの…!
素敵過ぎる。素敵過ぎるよ『L』さん…!

私は『L』さんの微笑みショットを真に受けていた。
『L』さんの目の色は変わらない。じっと私を見てきて…。


「そんなお前にプレゼントしようか?」


シルクハットをくいっと下げて、綺麗なオレンジ色の髪を隠した。
『L』さんの顔をまじまじと見ようと私は目を丸める。
だけど目の前に親指と人差し指が重なった手が現れて、そちらの虜になった。

なになに?と私は尋ねた。


「はっはっは。まあ気に入ってもらえるか分からないけどな」


パチン。『L』さんの指が華麗になった。何て素敵な音なの…!
指を鳴らしたことにより魔術が発動。
やっぱりすごい。
普通の人間は魔方陣を書かないと魔術が使えないというのに『L』さんなどの闇の魔術師はまるで体内に陣が描かれているかのようにばんばん魔術を放つ。
どんな体の仕組みをしているんだろう…。
私が考え事をしていたら、『L』さんの手には一本の白い花がつままれていた。

目を丸めたまま花を凝視していると、説明してくれた。


「俺からのプレゼントだ」


驚いた。
まさか一本の花とは思ってもいなかったから。
『L』さんなら真っ赤な花の束をくれると思っていた。
予想外の光景を目にして私は無意識に微妙な笑みを零していた。

一本の白い花が向けられる。


「オレの主義はな、相手の期待を裏切らないということだ」


私の視界には花しか置かれなかった。
目の前に向けられた花を凝視していたら変化が見られた。

白い花が徐々に色を帯びていく。
やがてそれは情熱の赤色に染まっていった。


「この花は情に敏感なんだ。お前の気持ちを感じ取ってこいつは色を帯びた」


『L』さんは優しい笑みのまま呟く。


「そしてオレの気持ちを込めることにより、花は倍増する」


手首と一緒に一本の花が回された直後、私の目の前には赤い景色が広がった。
花が倍増して束になったのだ。
『L』さんは赤い花束を両手で支えて私を見つめた。


「これがオレの気持ち。受け取ってくれるか?」


そして花束が差し出された。
今まさに私が期待していた風景が広がっている。
愛しの『L』さんが赤い花束を私にプレゼントしているなんて…!

私は感激のあまり花束を受け取ると同時に『L』さんに飛びついていた。
すると今度は逃げられずに、むしろ私を抱きとめてくれている。『L』さん…!


「よかった。お互い気持ちは同じだったんだな」


そういって『L』さんは私の腰に手を回した。
私も同じように『L』さんの背中にしがみ付く。


「よし、このまま愛のメリーゴーランドをしようか」


うふふあははおへへへへへへ。
なんて幸せなのー!私って幸せものー!

これが夢だなんて信じたくない!
このまま私は愛しの『L』さんと回り続けるのよ。
回るたびに赤い花びらが私たちと一緒に踊るの。
二人が結ばれる愛のメリーゴーランド。
ここは素敵な楽園。夢の楽園。正夢になってほしいなー。
うふふふふ〜。

うへへへへへへあはははは。


+ + +


最悪だ……!!
胸が痛い。頭がいたい。吐き気がする…!
白い道が、白い空気が、白い空が、白い海が永遠と続いている。

俺は"白"が苦手なんだ。
本当は好きな色なのに、見ると吐き気が起こる。
俺が悪魔だから、邪悪な心を持った悪魔だからきっと"白"が苦手なんだろう。

気持ち悪くて立ち上がれない。
さっきまでは周りが見えないほど黒かったから全然平気だったのに、変な奴の声がいくつか放たれた直後、世界が白に染まっていた。
他の皆ならきっと幸せに包まれただろうけど、
俺は…天使になれなかった悪魔だからどうも白には恵まれない運命のようなんだ。
だから白い世界が広がっている光景がひどく苦しい。
天罰を与えられた気分だ…。


「大丈夫かい?」


誰かの声が聞こえてきたけど、今の俺には顔を上げることが出来なかった。
俯いたまま身を縮めて、必死にこの世界から逃げようとしている悪魔は救われない運命なのだろうか…。


「ねえ、キミ大丈夫?」

「………っ」

「汗がひどいよ?どうしたんだい?何がキミをここまで追い詰めたの?」


胸が頭が痛いのに、声を聞くたび何だか癒えられる。
相手は一体誰なんだ…。
しっかしこの声やら口調やら…誰かと似ている気が…。


「キミのことは知ってるよ。魔王から直に聞いたから」


"魔王"という単語に俺は無意識に顔を上げていた。
俺のことを知っている上に魔王と対面している者。奴は誰だ?

額に滲んでいた汗が流れ落ちる。
相手の姿を見て俺は絶句していたけど、喉から声を漏らした。


「お前は……」


唾を飲んで一気に訊ねた。


「お前はクモマ…?」


俺の目の前にいる者、そいつは紛れもなくクモマだった。
だけど………何か違う?

顔が少しばかり大人びているんだ。

クモマのような容姿の相手はゆっくりと微笑みを作る。
首を柔らかく振って俺の言葉を否定した。


「僕かい?僕はソラ」

「…ソラ?」

「そう。よろしくね」


そう言ってソラと名乗った男は俺に手のひらを差し伸べた。
その手のひらが意外にも高い場所にあって、少しばかり戸惑う。
俺が身を縮めているから立っている相手の手を掴むとは単純に考えても難しいことだけど、それでも高いように見える。

俺がなかなか動かないのを気にしたのか、ソラは俺のように座り込んでみせた。


「そんなに苦しいかい?キミは天使なのに白が嫌いなの?」

「……っ」


違う、俺は天使なんかじゃない。悪魔なんだ。正真正銘の悪魔。
俺が焦燥していたとき、ソラが俺の手を掴んで引っ張り上げた。
無理矢理立たされてバランスを崩すが意外にもソラは頑丈だったから、俺は支えられて無事に立つことが出来た。

そして驚いた。
ソラの背の高さに。


「…高っいなぁ…」

「ははは。そうかい?キミが低いだけじゃないの?」

「いや、俺はメンバーの中では一番背が高いんだけどなー…」


手から離れて一歩後退する。
すらっとした姿勢のソラの全体像を見て、俺はまたもや絶句した。

顔は本当にクモマそっくりなのに、足の長さが長いんだ。
すぐに思った。
こいつはクモマじゃない!俺が知っているクモマはすっげー短足だからな!


「本当にクモマじゃないんだな」

「だから言っただろう?僕はソラ」

「そっか。ソラか。…しっかしクモマとそっくりだぜ」


俺がまじまじ見ながらそう言うと、ソラは目を少しばかり伏せた。
何故伏せたのか分からないけど、黒い瞳が永久と繋がる深い穴のように全てのものを吸い込んでしまいそうな色になっていたから、俺はもうクモマについて言わないことにした。
だけど本当にクモマと似てる。もしかしたらクモマと関係ある人なのかもしれない。
馬鹿な俺でもそう思った。

軽く目を閉じることによってソラの深い黒色をした瞳は元の色に戻った。


「キミの名前を教えてくれないかい?」


背が高いソラに訊ねられたから少し目線を上げて答えた。


「俺はサコツだぜ!」

「サコツ、か。いい名前だね」

「いや〜照れるぜ!」


気づけば体の痛みが引いていた。
さっきまでは本当に胸が破裂しそうなほどに痛かったのに、今ではいつもどおり。
どうしてだろう。何だかソラと話していると痛みがすぅっと引いていくような気がするんだ。
ソラにも癒える力があるんだろうな。

だけど、ここで俺は気づいた。


「………え、お前は…」

「何だい?」


癒しの力があると思っていたソラの本当の正体に気づいて、嫌な身震いが起こる。
だけど同類だから分かるんだ。

ソラは


「悪魔?」


するとソラは頷いていた。


「そうだよ。僕は悪魔だよ。一応キミとは同類だね」


信じられなかった。
だって話しているだけで人を癒す力がある人物がまさか傷つけるしか脳が無い悪魔だなんて思ってもいなかったから。
だけど悪魔だ。俺も悪魔だから分かる。こいつは悪魔。

顔や心はクモマなのに、魂の形は悪魔だった。


「驚いたかい?僕が悪魔だということに」


ソラがそんなこと言うから無論俺は頷いた。


「だってよーお前ってすっげー人が良さそうだからよー悪魔だなんて思ってもいなかったんだ」

「ごめんね。僕は悪魔なんだ。だけど」


ここでソラは俺の目をじっと見て、先ほどの深い色を広げた。
俺の姿を吸収して色はより強い黒になる。真っ黒な瞳。その目で言った。


「僕もキミも、奴の仕業で悪魔になった哀れな魂だよ」


ソラの言葉を聞いても理解できなかった。


「へ?」

「奴は悪魔を増やしたいという単純な理由で無関係な人たちを悪魔にしていったんだ」

「ま、待てよ。俺馬鹿だから理解できないぜ」


俺がそういうと、ソラは俺の頭の悪さに気づいたようで、今度はゆっくりと丁寧に説明してくれた。


「つまりね。僕とキミは元は悪魔じゃなかったんだ。僕は人間でキミは天使だったんだ」

「…え?」

「本当ならばキミは天使だったんだよ」


ソラがそんなこと言うけど、俺は信じることが出来なかった。
強く首を振って否定した。


「違う。俺は生まれたときから悪魔だったんだ。天使が嫌う悪魔…」

「それは違うよ。キミは天使だった。お腹の中にいるときまでね」


何故ソラが俺のことを知っているのか分からない。
だけどソラの言葉を全て聞き入れることにした。
こいつは信用できると無意識に感じ取ったんだ。

ソラは言葉を失う俺に言った。


「キミのお母さんはキミを生む数日か前に闇の者と会っていたんだ。地獄一丁目を支配していた魔王と会っていたんだよ」

「母さんが魔王と?」


魔王といえば何度か会ったことがある。
ソングのイヤリングのクリスタルの中に入っていた奴、そいつが魔王で、しかも闇の者だった。
あの『L』も悪戦苦闘していたほど強い奴。赤ん坊で可愛い顔してるのにすっげー邪悪な"気"を持った奴だった。

そいつと母さんが会っていたなんて…。


「魔王は本当に邪悪の塊。直々に天使の元へ行って天使を悪魔に変えてしまうんだから怖ろしいよ」

「…ど、どういう意味だ」

「つまり魔王の魔術によってお腹の中にいた天使は悪魔にされてしまったんだ。それがキミだったんだよ」

「…………マジでかよ…!」


いろいろとショックだった。
母さんが魔王と会って魔術を喰らっていたなんて知らなかった。
そして俺が本当は天使だったなんて……。


「俺は天使だったのか…」

「そうだよ。キミは天使だったんだ。だけど魔王の気まぐれで悪魔になってしまった」

「そっか…本当は天使…母さんと同じ天使だったんだ……」


今は容姿も魂の形も悪魔だけど、それは偽の姿。
本当は天使だったんだ。

俺は天使だった…。
天使、だった。


「これは魔王から聞かされた話だよ。だから実話だろうね。魔王はおしゃべりだから」


ソラはあたかもその場にいたようにペラペラと俺について語った。
次はソラの番。ソラはどのように魔王の悪戯を喰らったのか。
ゆっくりと訊ねてみた。


「ソラは人間だったって言ってたよな?どうやって悪魔になっちまったんだ?」


するとソラは、目線を反らして遠くを見やった。どこを見ても白。
俺も後を追って白を見ると、やはり胸が痛んだ。
俺だって天使だったんだ。それなのに今では白に嫌われた悪魔か。


「僕の場合は今から5年ほど前、悪魔によって家族が殺されてしまったんだ」


意外にも惨酷な話で驚いた。
ソラは白を見ながら続ける。


「あっという間に両親は死んでしまって、弟だけは無事のようだった。どうしてかは分からなかったけど」

「……」

「僕も瀕死状態だったけど何とか生きていたんだ。弟が悪魔に踏みにじられていたのも微かだけど見ていた」


白を見ているはずなのにソラの瞳はやはり黒い。白を吸収してもやはり黒いまま。


「弟を始末したところで悪魔は僕の元へやってきたんだ。殺されると覚悟していたんだけど僕は殺されなかった。代わりにあるところへ連れて行かれたよ」

「それが魔王のところってことか?」

「そう。まあ、死んだようなものだね。地獄に連れて行かれたんだから」

「……!」


そこで僕は魔王の魔術にかかって悪魔にされた。とソラは言っていた。
切ない物語で心が痛んだ。
自分の正体が実は天使だったということにも心が痛んだけど、ソラの過去にも心が痛んだ。
そっか…家族が殺されてしまったのか。


「お互い、可哀想だぜ」

「そうだね。僕もなるんだったら天使になりたかったな」

「お前ならなれるぜ!お前、顔は全然悪魔っぽくねえもんよー!天使だぜ天使!」

「そうかい?そういってもらえると嬉しいよ。だけど体に秘めている力は悪魔そのものだよ」


ここでやっとソラの瞳の色が元に戻った。その瞳に俺の姿が映った。
ソラは俺をじっと見てから、突然バサッと黒い翼を噴き出した。
悪魔の翼を見て改めてソラが悪魔だと実感する。

手のひらを差し出してソラは俺にこう言ってきた。


「ほら、キミも」

「へ?」

「キミも今は悪魔だ。悪魔の力があるんだから使わなくっちゃ」


白い世界に黒い翼が立つ。


「キミは翼をコントロールできないようだね。翼をもぎ取ったところからしてそのぐらい想像できるよ」

「……」

「だけどそれは非常にもったいないことだよ。キミは今は悪魔なんだからそれを利用しなくちゃ」

「でもよー…本当にコントロールできないんだ…」


ソラは翼に秘めた力をコントロールできるようだ。
実際に翼をはためかしているから。
翼を動かせるということは悪魔の力をコントロールできるという何よりの証拠だ。


「大丈夫だよ。僕も慣れるまでに苦労したけど魔王の魔術のせいなのか、僕らには非常に強い力が秘められている。だからそれを使わなくちゃ」

「べ、別に使わなくてもいいじゃんか…。俺は今のままでいいんだ」

「何言ってるんだい?キミは世界を救うんだろう?それならば尚更必要だよ」


ソラが跳んだ。そして飛んだ。
白い空を羽ばたいた。


「世界は救うぜ!だけど悪魔の力を使わなくても俺は自分の力で」

「無理だよ。キミたちが戦う相手というものが闇の者なんだから」

「……」

「闇の魔術師は本当に怖ろしいよ。魔王を見ていて本当にそう思った。すぐに魔術を発動させちゃうし、強烈な力を常に膨張させている、危険な連中」

「それは知ってるけどよー…」

「知ってるならキミにも分かるはずだよ。今のキミの力では魔王はおろか闇全部に勝てない」

「…!」

「だから本当のキミの力を使わなくちゃ。今キミは悪魔だ。天使だったけど悪魔。悪魔には変わりないんだ」


ソラは上からサコツに手を伸ばす。


「今は悪魔なんだから悪魔として胸張っていきなよ。悪魔だっていい人はいる。キミがその人になればいい」

「…でも母さんは」

「キミのお母さんは悪魔のキミを最期まで育ててくれた。お母さんはキミがどんな姿だろうと関係なくキミを愛してくれた。それに答えてあげようよ」


母さんはいつも言っていた。
悪魔だから胸張って生きろ、と。

どうして皆、悪魔を悪く言わないのか。
悪魔って人を不幸せにする生物なのに、どうしてそいつらを悪い奴と言わないんだろう。

悪魔の中にもいい人がいるから?
それに俺がなればいいのか?





「…ああ、俺は悪魔だ」


意外とあっさりいけた。
常に抑えていた黒い心。それを持った直後、俺の背中からは翼が生えていた。
黒い翼が。


「うん。翼のコントロールの仕方は僕が教えてあげるよ。正気を維持したまま悪魔の力を利用できるようにね」

「よろしく頼むぜソラ師匠!」

「ソラ師匠って何だか照れるなぁ」


黒い翼が2対。
一つは空を舞って、一つは全く動かない。

翼を出すことによって最悪に力が漲ってくる。
これをきちんと使えるようになれるかは、ソラの指導力と俺の判断力と忍耐力に任せることにしよう。


「まず最初に空を飛べるようになろう」

「よっしゃー…って翼がピクリとも動かなー?!」

「最初はそんなものだよ。ほら、僕の手に捕まって」


自分が悪魔だということにずっと劣等感を持っていた。
だけど違う。俺は天使だったんだ。
皆が俺によく「キミの心は天使だよ」って言ってくれるけど、その通りで本当に天使だったんだ。

エキセントリック一族の一人の魔王のせいで悪魔になってしまった俺だけど、それをバネにして飛び上がろう。
絶対にあいつに仕打ちしてやるんだ。あいつに後悔させてやるんだ。

俺を悪魔にしたことを悔やませてやる!




悪魔が二人、翼を羽ばたかせて、白い世界を黒に変えていく。








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ソラという名前。どこかで聞いたことある名前ですね。思い出せるかな?

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