+ + +

大きな壁。それは道を遮る行き止まり。
この奥には行けないようになっているのだが、そこから聞こえる声々。


「本当、助かりました」

「道開けてくれてありがとな!」


壁の奥が賑わっている。奥に人がいるのだ。行けないはずの壁の奥に人がいる。


「しかし驚いた。まさかこんなカラクリが仕込まれていたとは」


そのとき、壁の一部が大きく傾いた。
回転扉のように壁の一部が90度回転し、車が入れるほどの隙間ができる。
そこからソングが顔を出した。


「…警官はいなくなったか」


先ほどまで男3人が走っていた場所に警官がいないことを確認したソング、再び頭を引っ込んで扉を閉めた。

実はあのとき
男3人が行き止まりの壁の前で立ち往生していたあのとき、壁の奥から救いの手が差し出されたのである。
回転扉から出された手の存在に無論驚いたが躊躇している暇がなかった男3人。
手招きに誘われて、行き止まりの壁に埋め込まれた回転扉の奥に吸い込まれるように入って行き、おかげさまで無事警官から逃れることが出来たのであった。

壁の奥の世界は、意外にも広い世界。
庭付きの一軒家。壁の奥は一つの家に繋がっていた。

庭の芝生に座って、警官から逃れた現実に喜ぶ男たち。
エリザベスも田吾作も元気よく走り回っている。ここは一つの楽園のようにも感じ取れる。
先ほど田吾作を治療したクモマが問う。


「どうしてこんなカラクリが仕込まれているの?」


それはこの家の主に向けられた質問であった。
家の主、髪を二つに束ねた可愛い彼女が答える。


「警官から逃げるためよ」

「え?あなたたちも警官に追われているのかい?」

「うん。何かね、突然村の警官たちが今のように暴れだしちゃったんだ」


肩を竦める彼女に今度はソングが訊ねる。


「あの警官の数は尋常じゃなかったが、村人全員が警官なのか?」

「全員ってわけじゃないけどね、この村には警官がたっくさんいるの。他の村に派遣されるほど警官で栄えている村なんだー」

「なるほど」

「だけどね、その警官たちみーんなおかしくなっちゃって、平凡な住民たちを意味不明な罪によって捕まえていっちゃったの。だけど私たちはこの隠れ家のおかげで無事捕まらないですんだんだけどね」

「隠れ家?」


彼女の言葉に引っかかり聞き返すクモマ。しかしそれは家から現れた男によって消されていた。


「おーいミカンー!食べ物持ってきたぞーい!」


こちらまで駆けて来た男はニマニマ微笑みながら両手に溢れるほどの大量の食べ物を持ってやってきた。
ミカンと呼ばれた彼女は嬉しそうに彼を迎える。


「わーい!ありがとうイチゴー!」

「いやー照れるなぁ!」


イチゴと呼ばれた男に向かってミカンは飛びつくと、そのまま食べ物を手に入れる。
そしてガツガツと大口開いて平らげていった。彼女は大食いのようだ。

そんなミカンが凄い勢いで食べ物を食べている間に、イチゴが男3人に顔を向けた。


「いよっ!どうだここは!いいとこだろ?」


イチゴは常に明るいようだ。
サコツも元気よく答えた。


「最高にいいとこだぜ!」

「だろー!気に入ってもらえてよかった!」

「おい、ここは一体何なんだ?」


二人が明るく応答しあう隙間に割り込んだソングは、そういってこの場所の存在を探る。
まだ食べ続けているミカンをチラッと見てからイチゴがこの場所について教えた。


「ここは俺らが作った『隠れ家』なんだ!かっこいいだろー!まあイチゴ様もカッコいいんだけどな」

「最後の言葉は余計だ。非常に癇に障る」


この場所について答えてもらえたのはいいのだが、最後の言葉があまりにも余計なものだったのでソングは不機嫌になった。
ソングを宥めてからクモマが続いて訊ねる。


「隠れ家ってことは一から自分らで作ったのかい?」

「おうよー!誰にも見つからないような場所に作りたかったから作ったんだ!すっげーだろ!」

「マジでかよ!すげーぜ!これ全部お前が作ったのか?」

「ああ!ぜーんぶ俺が作ったんだ!」

「ウソついちゃダメよー。ここを作ったのはサラダくんだったじゃない!イチゴはなーんにもしなかったでしょ」


鼻を高くして威張るイチゴであったが食べ物を頬に詰め込んだミカンに突っ込まれ、鼻を低くした。
そのとき、ガラガラと喧しい音が流れた。
向こう側でウミガメ号の容態を観察していた男がウミガメ号をクモマたちの元まで持ってきたのだ。
音が静まり車も止まる。


「サラダくん!どうだった?」


車を持ってきた男をサラダと呼んでミカンが車の容態を聞き出した。
スラリと背の高い男サラダがウミガメ号の車体をパンパン叩きながら今の容態を語った。


「あぁ、ひび割れがヒドイが直せないということはない。時間をもらえればすぐに直せる」


何ともソングと似た雰囲気を漂わせている男だ。
ちなみにサラダがこの隠れ家を作ったらしい。そして今からウミガメ号を直してくれると言う。
無論、男3人は身を乗り出した。


「直せるって本当かい?」

「やったぜ!ありがとな!」

「どのぐらいで直せそうなんだ?」


前者の二人は車が直るということに喜び、後者のソングが質問を繰り出した。
サラダは目を細めて冷静な顔つきで答える。


「…1時間あれば余裕で直せる」

「1時間?!早いね!」

「サラダくんは力もあるし、すっごい頼りになるのー」


そう言ってミカンがサラダを褒めたため、サラダは先ほどまでの冷静な顔を崩して、頬を赤くした。


「や、やめろよミカン。おだてすぎだ」


しかし顔はとても嬉しそうであった。
そんな彼を見て、嫉妬を浮かべるのはイチゴだ。


「お前なに嬉しそうにしてんだよ!ミカンは俺のなんだぞ!」


彼女の前で何て事を言い出すんだこいつ。
しかしサラダも黙っていられなかったようだ。


「ああん?何だお前。死ね」


言いすぎだ。こいつはソングより言葉がキツイぞ。


「ガーン!お前今ひっでーこといったな!イチゴ様が死んだら悲しむレディがたくさんいるだろ!」

「そんな常識外れの奴なんかこの世にいねえよ」

「カチーン!サラダは本当に可愛げ無いやつだ!もう許さねー!くらえイチゴ様キーック!」

「汚ぇっ」

「ぐは!そんな避け方はあんまりだろ!あんまりどぅー!」


わんわん喧嘩している二人であるが、喧嘩するほど仲がいいとも言うし、きっと二人は仲良しなのであろう。
…いや、本当に仲が悪いのかもしれない。二人の目が凶悪なものになっているので。
そしてそのとき、驚くべきものを目にした。

二人の背中から反転しあった色をしたモノが現れたのだ。
それは紛れもなく、翼であった。

白と黒の翼。


「…天使と悪魔?!」


微笑ましいなーと思いながら二人の仲を見ていたのに、突然の翼の登場にはクモマも驚いた。
そしてサコツも驚いた。


「…やっぱりか…あいつ、悪魔だったんだぜ…」


身柄が同じものであれば翼を隠していても正体を見抜くことが出来る。
サコツは黒い翼を生やしたサラダを見て身震いを起こした。
目の辺りを顰めたソングも呻く。


「馬鹿なのにあれが天使なのか…」


白い翼を生やしたイチゴは天使。

サラダは悪魔でイチゴは天使。
何と言うことだ。天使と悪魔がこんな狭いところで共存していたのか。
しかし何故?反転しあった二つの生物は仲が悪く、怯えあっているはずだ。
それなのに何故一緒にいるんだ。

すぐに意味を知ることが出来た。


「まあまあ二人とも喧嘩はやめて。仲良くしてよ。さもないと私、怒っちゃうよー」


ミカンが危険なオーラを漂わせていた二人の間に割り込むと、すっと二人の翼が空気に溶け込む。
オーラも消し、何もかもを失くした二人はその後ペコペコとミカンの元へ駆けていく。
それからミカンに勢いよく土下座していた。

なるほど。
この二人、天使と悪魔は一人の女を好きになった身同士なのだ。
だから少しでも彼女に近づこうと力が入っている翼を消し、二人一緒に彼女のそばにいる。
仲が悪い同士だし喧嘩をよくしているようであるが彼女がいるから収まることが出来ているようだ。

もしかすれば、仲が悪いということで有名な天使と悪魔も目的を同じにすればこの二人のように一緒に過ごせるのかもしれない。


いろいろ驚いたけれど。


「…さっきは見苦しいところを見せて悪かった。この車は俺が直しておくからお前らはのんびりとしていてくれ」


サラダがウミガメ号を直してくれるということで、暫く3人はここに居座ることにした。



+ + +



突き放された小さな体は冷たい壁に跳ね返り地面に叩きつけられた。
それからギイっと錆びれた物が締まる音が鳴り響き、場は静かになった。


「……もう…ホンマ勘弁してほしいわぁ…」


静かな場所でポツリと漏れる声。それは無音のような世界では大きい存在になる。
多くの警官に囲まれたトーフはあのあと懸命に逃げたり戦ったりしたのだが人数に負けてしまい、このように捕まってしまったのだ。
牢に入れられ、力なくトーフは呻く。


「何でワイが捕まらへんとあかんのやぁ…ワイは何もしてへんで…」


いや、食い逃げと万引きの常習犯であるあんたが言う台詞ではないと思うが。
そのとき、トーフの呻き声に反応する者があった。


「トーフちゃん?」


それは向居の牢屋から聞こえきた。
トーフのことをこのように呼ぶものは一人しかいない。トーフはすぐに鉄格子にしがみ付いて身を乗り出せる範囲まで持ち上げた。
すると見えた。桜色が。


「チョコ?チョコなんか?」

「あ、トーフちゃんー!よかったぁー」


何と、向居の牢屋に入れられていたのはチョコであった。
しかもチョコは一人ではなさそうだ。


「よくないわよ。こうやって捕まってしまってるんだから」


ブチョウも一緒のようだ。
深いため息と共にブチョウは怒りも吐き出した。


「全く。卑怯な手を使いやがって…耳が立つわ」

「いや!耳が立っちゃ不気味よ!立てるのは腹にしよう!腹を立てようよ姐御!」


チョコとブチョウは結局あの後、銃を突き立てられてここまで歩かされたのだ。
武器も取り上げられてしまっているため今ここから抜け出すことも出来ない。


「クマさんさえいればこんな牢、一発でぶち壊すことが出来るのに」

「クマさんって本当に最強よね!」


召喚獣が出せないとブチョウは喚く。
それからこの場に残るものは深いため息だけであった。


「はあ…どないするか…」


糸は取り上げられていないが使い道がないため役に立たない。
だからどうすることもできないでいるのである。

そのとき、斜め前にある牢から微かに聞こえる声に気づいた。
自分らのほかに誰かがいる…。


「…あなた方も捕まってしまったのですか」


トーフの場合は斜め前の牢、チョコたちの場合は隣りの牢。
そこにいる人の顔をトーフは見ることができた。
背の低い男が見える。

斜め前に向けてトーフが問いかけた。


「あんたらは誰や?」


すると男が答えた。


「この村の住民です。警官に捕まってしまったんです」

「え?」


てっきり村人全員が警官かと思っていたトーフにはその言葉は予想外のものであった。
男は続ける。


「他の住民も捕まってしまいました。この場所にはいませんが皆捕まって悲しんでいるんです」


この場には自分らとこの住民しかいないようだ。


「他の住民も捕まってしまったんか」

「そうなんです」

「この村の住民はみんな警官じゃないんか?」


首を振って否定している男の姿が見えた。


「大半の人が警官ですが僕のように普通の住民もいるんです。だけどその住民らは皆捕まってしまいました。だからこの村に訪れてきた旅人も捕まえようとしているんです。本当、警官たちはどうしてしまったんでしょうか」


警官は平凡な住民を捕まえてから、ターゲットがいなくなってしまい困っていた。
そのときにメンバーが現れたので、早速狙いにつけたというわけだ。

トーフが納得している手前では、チョコが住民に声を掛けてスキンシップを図っていた。


「あなたの名前って何?」

「僕はトマトです」

「はじめましてトマトさん。いろいろ教えてくれてありがとう!」


チョコにお礼を述べられトマトと名乗った男はいえいえと頭を下げた。背が低くて童顔な彼であるが礼儀正しい性格のようだ。
隣の牢にいるため姿は見えないがチョコはトマトと会話する。


「トマトさんはどんな罪で捕まっちゃったの?」

「はい。僕は"年齢の割りにはチビすぎるだろ"の罪で逮捕されました」

「…まぁ、確かにチビやな」


トマトの姿はチョコたちの前の牢にいるトーフにしか見えない。
しかしトーフの言うとおりでトマトは小さな男であった。…ってトーフが言える台詞でもないのだが。
一時、のほほんとした空気が流れた。しかしそれを斬るブチョウの言葉。


「私はさっさとこんなところから出たいのよ。のんびりしてないで脱獄の方法を考えなさい」


召喚獣クマさんと離れてしまったことに苛立ちを作るブチョウはとにかくさっさとここから出たいらしい。
無論、トーフが頷いた。


「当たり前や。ここから逃げるで」


ここでトーフの顔つきがガラリと変わる。
目を見開かせ、ピクピクと耳を動かす。冷や汗を流しているトーフを見てチョコが首をかしげた。


「どうしたのトーフちゃん?」

「あったで」

「え?」


汗を拭ってトーフは表情を晴らした。


「"ハナ"がすぐそこにあるんや!」


鉄格子の隙間から手を伸ばし、指差した先には


「……蝶…?」


ヒラヒラと舞い踊る蝶…アゲハ蝶がいた。
蝶はこの場に捕まっている者を冷やかすように飛び回っている。

ここでトマトが言った。


「このアゲハ蝶、前からこの村にいましたよ。長生きしているなぁって思っていたんですけど」

「やはりな。こいつが"ハナ"なら長生きしている意味も分かるで」


信じられない答えにチョコはただ目を丸くするだけであった。
まさか"ハナ"が生物だなんて。
"ハナ"には様々な形があるといっていたけれど生物というパターンがあったとは驚きだ。

唖然と蝶を眺めている場に向けてトーフが叫ぶ。


「お願いや!誰かあんアゲハ蝶を捕まえてぇな!」


しかしすぐに批判の声を浴びる。


「無理よ!捕まえられないよー!」

「何よ、あんた生きているものの言葉全てが分かるんじゃないの?」

「いや、相手が"ハナ"なら無理よ!だから話しかけて止めさせることが出来ないの」

「ホンマかいな!…せやけどどうにかして捕まえへんと」

「ほら、頑張りなさいよチョコ」

「ええ!姐御も頑張ってよ!」

「希望に満ちた己の心は今燃え尽きてしまったのよ」

「え?!そうなの?!って、ただたんに捕まえるのが面倒なだけなんでしょ?」

「まあ、そうとも言うわ」

「姐御ぉー!」

「とにかく、はよ捕まえてぇなー」


パン。


「あの、捕まえましたけど」

「「え!?」」


全員がもめている間に、トマトがアゲハ蝶をいとも簡単に捕まえていた。


「僕、昔から狩猟とか得意なんですよ」


そう言ってトマトは蝶を挟んだ手をトーフの牢屋に向けて伸ばし、トーフに渡した。


「ホンマおおきに。助かったで。これであんたも自由の身や」




+ + +



その後、"ハナ"が消えた村は元の村に戻ることが出来た。
警官たちも目の色を塗り替え、罪の無い住民たち一人一人に向けて丁寧に頭を下げ牢屋から出した。

今回手柄になったトマトとは熱く拳を握り合い、トーフは感謝の気持ちを述べる。
トマトも、この村を救ってくれてありがとうございました、と深々と頭を下げた。
小さな手が握り合う、それは平和の象徴を象る。


村人全員が家々に戻っていく。
その背景に気づいて行き止まりの壁裏にある隠れ家から身を出したのは男3人と悪魔と天使と彼女。
それから男3人は"ハナ"が消えたことに気づき、喜びを噛み締めた。


「車は悪いところ全てを修理した」


サラダからウミガメ号を受け取ったとき、男3人の目がより一層輝く。
本当にウミガメ号が元通りになっていたのだから。
クモマは興奮だ。


「すごいね!キミって悪魔なのにこんなことできるんだね!」

「まぁ、男は"頼りになる"ことが一番大切だからな」

「おーいまた自慢かぁ!でもまあ、俺だってお前より頼りになるときがあるんだ!今回はお前に手柄をあげたんだぞ!」

「黙れ。死ね」

「ひど!…くっそーもう許さねー!今度こそ覚悟しろー!」


「これから長旅になるんでしょう?大変だろうけど頑張ってねー!車が壊れたときはまた来てよー!」


二対の翼が向き合っているのを背景にし、男3人は綺麗になったウミガメ号を直してくれたことに大いに感謝しながら、
"ハナ"を消してくれた残りのメンバーと合流するために車を動かすのであった。







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ミカン、イチゴ、サラダ、トマトは私が書いた脚本『神様に逢いに〜食べ者物語〜』に登場している人物らです!

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