刃物が命を斬り裂く。銀が赤を作り出す。
53.銀勇者
重たい雲がゆっくりと流れる、今日はそんな天気。
蒼い空を泳ぐ雲のように地上ではラフメーカーのメンバーがのんびりと車を走らせていた。
「すっごく綺麗になったねウミガメ号!」
前回の村で車を修理して今では新品同様の美しさを身に付けたウミガメ号。そのためチョコは大はしゃぎ。
だけれど車内はやはりごちゃごちゃしていた。狭いスペースに6人が乗っている上、荷物もあるため仕方ないことである。
「うん、綺麗になってよかった。ひびもなくなって本当に助かったよ」
「全くだぜ!おかげでエリザベスも元気に車を引いてるぜ!」
醜い姿の車が美しい姿に変わったことに対して全員が喜びを噛み締める。
そんな中、ふとトーフが疑問を口にした。
「専門家に車を直してもらったんか?」
今までは手先が器用なソングが車の修理をしていたが、現在のウミガメ号の姿は今までにないほどのものである。
そのためソングが直したものではないと気づいてトーフはソングに質問した。
首を少々捻ってソングが答える。
「専門家ではないと思うが」
そのまま言葉が途切れたので続きが気になった。
前言を否定に変えたソングの言葉の先を追求するため、身を乗り出して聞き込む。
「何やねん?何で微妙なところで話をやめるんや。最後まで言ってえな」
「いろいろとあったから話すのが面倒だ」
「まあまあソング、そんなこと言わずに」
しかしソングはそっぽを向いて話すことをやめてしまった。
仕方なくクモマが一言であるが説明した。
「実は、あの村にいた悪魔に直してもらったんだ」
それにさすがのトーフもマヌケな顔になった。
悪魔といえば己のことしか考えていないような奴らだ。それなのに人間の言うことを聞くなんてありえない。
だからトーフは不思議でたまらなかった。
「悪魔が車を直したんか?」
「そうだぜ!ビックリしたけど悪魔が直してくれたんだぜ」
「まあ、最初のうちはあの人が悪魔だなんて思ってもいなかったけどね」
それからクモマとサコツは前回の村での出来事を話した。
警官に追われていたら行き止まりにぶつかり、そのときにカラクリ扉の存在に気づいた。
逃げるために急いで行き止まりの奥へ足を踏み入れ、そこで3人の者と出会った。
一人は女の子。一人はノリがいい天使。一人は毒舌な悪魔。
「女の子が悪魔の子に頼んでくれたのがきっかけで車を直してもらえたんだよ」
「しっかしびびったぜ!まさか悪魔と天使が共存しているなんて思ってもいなかったからよー」
「全くだ。天使も悪魔も互いを恐れあっていて近づくことも出来ないはずなのに」
さり気なく話題に入ってきたソング、説明するのは面倒であるが自分の意見は言いたいようだ。
それにトーフも頷く。
「そやなぁ。ワイも初めて聞いたで。天使と悪魔が人間の女の子と一緒におれるなんてなぁ。普通なら絶対に大きな喧嘩をしとったろうにな」
「あ、でも」
難しそうな顔のトーフの意見にクモマが割り込んだ。
「その二人、喧嘩はしていたんだよ」
「そうだぜ!喧嘩したから翼を出し合ってたんだ。あのままでっけー喧嘩をしちゃうんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ!」
「くだらないことで喧嘩していたがな」
天使と悪魔は愛しの女の子の取り合うために喧嘩をしていた。
しかし女の子に止められ無事大きな揉め事にならなくて済んだのだ。
ここでクモマがあのとき思ったことを口にする。
「天使も悪魔も仲は悪いけれど、目的を同じにすればきっと一緒に共存することが出来るんだろうね」
互いの力を恐れあい、そのため互いを嫌いあっていた天使と悪魔。
そんな生物らもこの二人のように同じ目的を持てば喧嘩をしながらではあるが共存できるのかもしれない。
少しだけ明るい未来が見えたような気がした。
しかしそこにサコツが口先を尖らした。
「でもよーちょっと思ったんだけど」
眉を寄せて訊ねる。
「悪魔と天使って人間の子を好きになれるのか?」
そのことは悪魔であるサコツが一番知っていることではないのだろうか、と全員が思ったがこの通り世間を知らない奴だ。
悪魔のことも天使のこともこいつは何も知らないのであろう。
誰もが答えられないことだと思っていた質問、しかしトーフが答えていた。
「悪魔は人間と恋してもええと思うで」
それは驚くべき発言であった。種族は違っても恋に落ちてもいいものなのか。
トーフは悪魔について語り続ける。
「悪魔の世界は気難しくないとこやから何をしようと関係ないと思うんや。人間を不幸にするために殺したりするんやから、強姦しても全然構わんやろ」
「「……」」
語尾の言葉に思わず全員が無言に陥られた。
トーフ、そんな言葉知ってたんだ…。
そのときソングが車の片隅に集められている荷物の山を少しだけあさり、あるものを取り出した。
それは本。ブラッカイアの文字『インキー』で書かれている本をペラペラを捲り、目的のページを見つけるとソングは全員にそのページを見せた。
「そういえばここにこんなことが書かれている」
「何々…『キッチンペーパーの使い方がいまいち分かりません』?最高にオチャメね」
「いや、それぐらい分かるだろ?!」
指を差して文字をなぞるソングであるが全員が読むことが出来なかった。
インキーはブラッカイア出身のソングにしか読むことが出来ない文字なのだから。
ブチョウを抑えてソングが読み上げる。
「悪魔についてだが、こう書いてある…『悪魔の遺伝因子は薄いため子孫に伝われることはほぼ無いに等しい』と」
「…ちゅうことは、悪魔が人間を強姦しても悪魔が生まれるっちゅうことはまずありえんってことか」
「悪魔が生まれるためには悪魔同士でなければ無理なんだね」
なるほどなるほど、と全員が頭を動かした。というかトーフの危険な発言を誰か止めてやってください。
しかし誰もトーフを止めず、チョコが全てをまとめた。
「人間は悪魔とも恋に落ちることが出来るのね!子どもに影響が出ないんならちょっと安心ー!」
「だよなー!悪魔が増えないなら安心だぜ!」
世の中に悪魔が増えないという現実を知り、大きく胸を撫で下ろす。
サコツは自分のような子どもがこれ以上増えないことを強く願っているのだ。
だからこの情報は嬉しいものであった。
しかし、ここでふとチョコが首をかしげた。
「天使はどうなの?天使と人間なら『天使のような子ども』が生まれてちょーいい感じじゃない?」
人間と悪魔も恋に落ちれるのなら天使だって出来るのではないのでは。
そう思っていたのだがトーフはかぶりを振って否定していた。
「残念なことにな、天使は人間と恋に落ちることは許されないんや」
ソングも後に続く。
「本にも書いてある『天使は人間はおろか他の種族とも恋に落ちてはならない』と」
全員が目を丸める中でソングは目を濃く細めた。
「……クソ、見にくいな…何故このページだけ黒く滲んでいるんだ…」
他のメンバーには分からないがソングは天使について書かれているページを見ているようだ。
しかし他のページと比べて天使のページは、まるでインクが零れてしまったかのようにほぼ黒に埋め尽くされている。
そのためこれ以上読み取ることが不可能になっていた。
「そういえばタマが言ってたわね。ある天使がある種族と恋に落ちてしまったばかりに罰則で天使が悪魔に変えられたということを」
丸めていた目を閉じて、トーフの言葉を思い出すブチョウ。
サコツの故郷でトーフが言っていた。
『天使は厳しい生き物。決まり事があればそれを第一に守り、もしそれを破った場合は仲間とも関係なく裁く』と。
神聖なる天使の全てを汚さないために法律を厳しくしているものだとしても、少し異常である世界。それが天使の世界。
「……そしたらさっきの村にいた天使は…」
不吉を悟ったチョコは恐怖を込み上げ目を震わせた。
そんなチョコの言葉の後を珍しくブチョウがマジメに続ける。
「偉い地位の天使…いわゆる神様に罰則を喰らうわね」
「「…」」
「…なるほど、だからあんなところで隠れていたのか」
前回の村にいた天使と悪魔は隠れ家を作ってそこで生活していた。
警官から逃げるために作ったものだと思われていた隠れ家であるが、きっと今でもあの3人はカラクリ扉の向こうに住んでいるのだろう。
それも法律から逃げるために。
「じゃあよー、あの天使って命がけで女の子に近づいていたんだな」
「難しい世の中ねぇ…どっちにも幸せになってもらいたいなぁ…」
「まあ天使だって他の種族と一緒におるだけぐらいなら大丈夫やろう。恋さえ落ちなければええ話なんやから」
そしたら悪魔に変えられることもないやろ。とトーフは口端を引きつった。
車は揺れ動く。初めて皆で車に乗り込んで旅に出発した頃のように新品な様で。
全員が座って会話をし、ソングだけが座るスペースが無いため立って読書に励む。
懸命に天使のページを読もうとしているのだがやはり黒ずんでいて読めないようだ。
と、ここで車が止まった。
エリザベスと田吾作の鳴き声により「休憩の時間」ということに気づき、全員が車から降りる。
一本道。細くもなく太くもない道。平坦な道。
道を外して車を停車させ、メンバーもその隣りで一休みをする。
自然に背丈がそろった地面に腰を下ろし、場の風景に和む。
「次はどんな村だろうねぇ」
天使と悪魔の話を止め、次のことを考える。
楽しい村だったらいいねぇと軽く会話を弾ませ、空を仰ぐ。
真っ青な空を泳ぐ雲の後ろに太陽が隠れてしまっているが、すぐに顔が現れる。
そのため少し陰になっていた世界がまた照らし出された。
そのときに、メンバーの目の前に輝くものが降ってきた。
忍のように素早く舞い降りてきたものは人間であり、メンバーの中のある人物と似たようなものを身に付けていた。
それは銀色。
「……!?」
高いところから地面に体を預けたため、勢いで髪が乱れている。そのため顔が見えなかった。
片膝を地面につけた体勢はまさに忍のよう。しかし忍ではない。
忍ならばこのように明るい髪色をしているはずがないからだ。
不思議な相手。だから、真っ先にクモマが訊ねた。
「あなたは誰?」
質問に答えるため、その者は首を軽く振って銀の髪の乱れを整え、すぅっと顔を上げた。
そのときに全員が驚きの拍子に声を出した。
「……ソング?」
何とその者はソングにそっくりだったのだ。
長い銀の髪を二つに束ねているけれど、顔つきは非常に似ている。
ソングも無論驚いていた。
「…お前は何だ…」
その者は女であるが女装したソングのような姿。
銀髪なんて今までに見たことがないし、これは一体何なのか。
ゆっくりと相手の口が開かれた。
「お前が『ソング・C・ブラッド』か」
それはソングに向けられた言葉であった。
ソングは頷く。
「そうだ」
「やっと逢えた。私はずっとお前を探してた」
口調もソングとそっくりだ。愛想ないところが似ている。
そんな相手に向けてソングは顔を顰めるのみ。
「何だ。俺に何の用だ」
そして気になる。
何故お前はそんなに俺と似ているのだ。と。
すると偶然にも相手が名乗ってくれた。
「私は『オンプ・C・ブラッド』」
クルーエル一族の名前だ。全員はまた驚いた。
髪色が銀の理由もこれで分かった。こいつはクルーエルなのだ。
しかしクルーエルといえばエキセントリック一族によって操られているはずだ。
なぜここにそのクルーエルがいる?
オンプと名乗った女が口元をつつっと吊り上げる。
また驚くべき発言をしてみせた。
「私はお前とは兄妹だ。双子の妹」
「は?」
ソングは今までにないほどのマヌケな声を出した。
それはそうだ。突然現れた女が自分の双子の妹だとほざくのだから。
オンプは身を起こし、ソングと向き合う。
「なるほどね。さすが双子だ。私とそっくりだ」
「まて、意味が分からん。俺がお前と双子だと?」
ソングが動揺を見せている後ろではメンバーが唖然と瞬きを忘れている。
見れば見るほど似ている二人、ソングとオンプ。
オンプがソングに手を差し出す。
「今までずっと探していた」
目を潤すオンプの瞳には、銀髪のソングが映っている。
やがてその銀は血に染まる。瞳が血の渦を起こし不気味な模様を描いているのだ。
オンプの口元も邪悪に吊り上がる。
「兄上、手を」
握手を求め、ソングの手をオンプの手に近づける。
よって、口元がより濃く吊り上る。
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ソングには双子の妹がいた!
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