ギイ・・・カラン、カラン ・ ・ ・
木製の古びたドアが、軋んだ音を立てて開いた。


51.箱庭の一角で


壮大なる海の一部にポツリと小さな碧色が浮かぶ。
それは島。ピンカースと隣国より遥か下にある島で、南の国と言えるであろうか。
しかし気温はというと暑くもなく寒くもない。
何故なら南国に値する大陸ブラッカイアとも近い場所であるから。
南海の暖かい気流と南国の冷たい気流がぶつかり合いこの気温が生じる。
そこはそんなところ。

その島のことを島人は『ブルンマイン』と呼んでいる。
地図を見ればかろうじて載っている程の知名度の低い小さな島。
だからピンカースや隣国の村人の中でもこの島のことを知っているものは少ないであろう。


比べて、ブラッカイアの者は、どうであろうか。



「実はお願いがあるんだ」


ドアの上部にあるベルが鳴った直後、若い男の声が流れた。
それからその男が家の中に上がろうとする動きが見えたのか、家の主は急いでそのドアを閉めた。


「ヤクルトはない!だから出て行け」


古びたドアをバンと強く閉めて、ベルが大きく揺れあがった。
しかし、訪問者も負けずにまたドアを開けた。


「マジで?!ヤクルトないのか!?そしたらお前んちには一体何があるんだ!」

「俺の店にはお前のような奴に出せるもんなんかない!ってかお前、ここを何だと思ってきてるんだ!」

「憩いの場」

「出て行け。俺の見える範囲から消えろ」


外と内の空間が広がったり狭まったりする。
お互いがドアノブを引っ張り合ってドアの自由を奪っているのだ。
ドアは引かれたり引っ張られたり。行き場所に戸惑っている。


「お願いだから中に入れてくれよ。久々に来たんだからさぁ」

「ふざけんな。最近お前が来てなくて暫くは平和だったんだ、それなのに…!」


一言二言、言葉が飛び交う。
しかしその間をすり抜くように外部の手が入ると、すぐにバンッとドアが放たれた。


「まったく、さっきからうるさいわよぉ」


家の主の背後には背の高い黒づくめの女の姿があった。その女がドアを開けたのだ。
女が力強くドアを開けたため、外からドアを引っ張っていた訪問者は無論ドアにぶつかってしまいぶっ飛びあがってしまった。ドアと一緒に。

訪問者の悲鳴が上がる背景でも悲鳴が上がっていた。


「俺んちのドアがぶっ飛んだぁ!」

「あらっ。もろいわねぇ」


訪問者を下敷きにしている木製のドアの無惨な姿を見て、悲しみと一緒に怒りもぶつけた。


「てめっ!ここんドアは内開きなんだぞ!それを外開きで開けるバカがいるか?!」

「バカは今さっきぶっ飛んでいったわよ」

「あのバカじゃない!お前のこと言ってんだ!」

「あら、この私のことを今何ていったぁ?」

「………っ!…くそぉ…吸血鬼め…!」

「おっほほっ!まあ、いいじゃないの。あとであのバカが直してくれるわよ」

「ってか、何故ドアを開けた?!」

「何よぉ?開けて悪かったわけ?っというか傍から見ていてあんたらがウザかったのよ」

「失礼だな!男同士の戦いをウザイもの扱いすんな!」

「黙りなさいっ。どっちみちあいつならパチンですぐに入ってこれるんだからあんたらの戦いは無駄な戦いなのよっ」


「あーいたたたたた!もうちょっと優しく開いてよBちゃん」


グチグチ文句を言う主を独自的に宥めた者はエキセントリック一族の『B』であった。
ドアがぶっ飛んだため外と内が四角い形で繋がった。
訪問者はドアがぶつかった頬を覆いながら急いで帰路につく。
覆っていない頬には大胆な星模様がある、この訪問者に向けて『B』は『イナゴ』と呼んだ。


「バカやってないでさっさと上がりなさいっ!私はここであんたをずっと待ってたんだから」

「こら!勝手に促すな!」

「おじゃましまぁす」

「入ってくるな!イナゴ」


ドアが飛ばされてしまい、主は訪問者を遮る術を失ってしまった。
その隙にイナゴと呼ばれた男…いわゆる『L』がやってきた。
『B』の怪力によって飛ばされたドアをそのまま置き去りにして。手ぶらでやってくる。

ふと、主は気づいた。
出入り口前には吸血鬼こと『B』が立ちはだかっている。『B』がこの様子だから間に入って『L』の動きをとめに行くことが出来ないのである。
しかしこれならば『L』さえも『B』が邪魔で家に入れないのではないか。
『L』はお構いなく近づいてくるが『B』は動こうともしない。『B』は『L』を入れない気でいるのか。

すると驚くべき光景を目にした。

進路を変えずにゆっくりと歩みながら、やがて『L』が『B』へ突進したのだ。
しかしお互いがぶつかるということはなく『L』は すぅっと『B』の中に体を沈める。
マイペースに歩いて『B』の中を貫き通す。

驚いた。
お互いの体は透き通っていないのに、まるで透き通ったように無い道を実体のまま歩いていく、そんな光景が映し出されているのである。

体を貫いてやってきた『L』が両足を『B』の中から引き出す。
『B』を抜いてきたということは、そう。主の家へとお邪魔することができたということだ。

あんぐりと口を開け、だけれどすぐに面倒くさそうな表情に戻す主は被っているシルクハットの中にある頭をガリガリ掻いて、大きくため息をついた。


「ったく。イナゴは行動が大胆すぎる。見てるこっちがヒヤヒヤする」

「はっはっは!数日ぶりだな帽子屋!」


見事なすり抜け術を披露した『L』は陽気に笑い声を上げると主の名前を呼んだ。
『帽子屋』と呼ばれた主は今度は大きなため息と共に愚痴も零す。


「お前はうるさいから来てほしくなかった」

「はっはっは!そう無理に否定しなくてもいいんだぞ」

「待ってたわよっ。ホントに数日ぶりねぇイナゴ」


彼がいないところでは彼を『L』と呼ぶ『B』も今回は本来の名前を呼んで彼を正式に出迎えた。
いや、普段は名前で呼び合っているのであろう。呼んだほうも呼ばれたほうも恥じらいを見せないので。
しかし『L』は『B』のことをBちゃんと呼んで話に応答した。


「本当、まいっちゃったよ。今回のチャーリーの罰則、無駄に長い期間だったからな」

「罰則?お前また何かやらかしたのか?」

「いろいろあってな。日夜ずっとバケツもって廊下に立たされてた」

「小学校みたいな罰だな?!」


ちょっと遠い過去を思い出すように目を細める『L』は『B』と共に中央に設置されたテーブルのソファに腰をかけた。
何さっそく寛いでるんだ!とつっこむ帽子屋はまた大きくため息をつくのであった。


「罰則を受けていたから、暫くの間この店に来なかったってわけか」

「そういうこと」


周りを大きく見渡して、場の雰囲気を懐かしむ『L』。
ここは帽子屋。
その名の通り、帽子が売ってある店である。
このレトロ風味の店を受け持っているのは帽子屋と呼ばれた男のみ。
『B』と『L』と同じようにシルクハットを被っている男だけれど彼の場合は燕尾服を身に纏っている。マントは着ていない。
何故なら彼は二人の仲間ではないから。
見る限り平凡な男、彼はエキセントリック一族ではなさそうだ。

二人が寛いでいるので自分も寛ごうと帽子屋もカウンターのイスに腰をかけた、そのときであった。

ガチャ。


「イナゴ、来ていたのか」


まるでこの家の主であるように奥の部屋から現れたのは、エキセントリック一族の格好をした男。
大きな鎌を担いだ男は丁寧にドアを閉めてから、『L』に微笑を飛ばした。
彼を見て同じく笑う者と、驚く者。


「おお、死神」

「お前いつから来てたんだよ!?」


しかしその二つの言葉は『B』により消された。


「プリンを立ち食いするんじゃないわよっ!」

「Bちゃんのツッコミは激しく痛い」


早速『B』は死神の頭をパコンと叩き、場の雰囲気を彼女のものへと変えていた。


「まぁあんたも立ってないで座りなさいっ」

「勝手に促すなよ!」

「お邪魔する」

「邪魔するなら出て行け!」


懸命に叫ぶ帽子屋であったがマイペースな奴らばかりなので全て無視される。
気づけばこの狭い店には自分のほかにも3つも大きな黒の塊が収納されてしまっていた。
全員がシルクハットを被っているという、外部から見れば少し面白いものかもしれない。

ふと、帽子屋がカウンターから顔を出すと『L』に向けて声を上げた。


「お前のその帽子、俺が作ったもんじゃないな?」


するとすぐに返ってくる応答。


「おお、分かってるじゃん、さすがだな」


シルクハットに向けてくいっと指を曲げると、見えない糸に引っ張られているように、もしくはご主人に手招きされてやってくる犬のように、シルクハットがひとりでに手元にやってきた。
シルクハットを掴んで『L』は言う。


「実はオレのシルクハットが壊れてしまって」

「お前もよく壊す奴だな……ん?待てよ、その帽子がお前のじゃないんなら、俺がお前のために作った帽子は一体どこにあんだ?」


『L』はぴんっとシルクハットを飛ばすと、そのままそれを爆発させる。
それは花びらとなり、ひらひらとテーブルを彩る。

陽気に笑い声を上げて答えた。


「悪い、紛失した」

「は?」


よく理解できなくて、聞く耳を近づける。
『L』は詳しく説明してあげた。


「実はいろいろあって身内の『V』にシルクハットを消されてしまったんだよ。しっかしあれには驚いたなぁ、Vちゃんの闇魔術はホント怖いよ」

「はあ?待てよ、ちょっと待てよ。つまり」


信じられない現実に頭を抱えそうになりながらも帽子屋は『L』に訊ねた。


「お前のシルクハットは跡形も無く消えた、ということか?」


『L』は素直に頷いた。


「綺麗サッパリ消されちゃったから自分で仮のシルクハットを出したんだ。だけどやっぱり帽子屋の帽子が一番しっくりくるよ」


帽子屋は頭を大きく抱え込んだ。
耳を塞いで、現実から逃げようとする。
しかし死神の笑い声によって引っ張り上げられる。


「ふふふ。つまり一から作り直せ、と言いたいのか。イナゴも大きな注文をするな」

「あらぁ、帽子屋虐めにピッタリのものじゃないの。見直したわイナゴ」

「はっはっは!そういうわけで、よろしく頼むよ帽子屋!」


「…今日は徹夜か……」


黒い3人が笑い声をケラケラ上げている中、この家の主だけが悲しみに埋もれていた。
そして力のない体を動かして、帽子屋も3人が座っているソファへ体を預ける。


「いつもいつもお前らは人んちを荒らしやがって、一体何をたくらんでるんだ」


大きなため息と共に帽子屋はまた言葉を吐く。


「大体ここはお前らのような闇の連中が来るような場所じゃないのに」

「残念だったな。オレらはちゃんとブルンマインとは契約を結んでるんだ」


『L』は教えた。


「お前らのその生活を支えてるのも全てエキセンなんだぞ」


エキセンとはエキセントリック一族の略称である。
そのエキセンのエリート『L』に帽子屋は愚痴った。


「俺はお前らと違って数百年も前から生きてないし、んなこと知らん」

「まあ、これだけは覚えといてよ帽子屋」


指がパチンと鳴りあうと、どこかで小爆発が起こる。


「この島にいるお前らも、エキセンからは逃げられない」


白い煙の奥には『B』の怪力によって壊されたドアが始めの形になって戻されていた。
『B』も口を挟む。


「まぁ、こんな島乗っ取ったって世界に何の変化が出ないからほとんど無視してるようなもんだけどねぇ」

「だけど帽子屋がなければ憩いの場がなくなる」


死神の言葉に突っ込もうとした帽子屋であったが『L』が先だった。


「心配することはない。手出ししないからお前らは俺らのために帽子やらマントやら作ってくれよ。ってかエキセンは皆、お前らの作るものを気に入ってんだからさ」

「…………」

「だから、オレのシルクハット、よろしくな」

「…紅茶煎れてくる」


扱き使われていることに腹を立てたのか、気に入れられたことに照れが生じたのか、帽子屋はこの空気から逃げるように奥のキッチンへと引っ込んでいった。

この場に残ったのは、黒づくめの3人。
同じソファに腰をかけて、3人は帽子屋に向けて声援を送った。


「頑張れよ帽子屋。あ、ヤクルト持ってきて」

「イチゴミルク1リットルは持ってきなさいよっ」

「プリンも頼む」


帽子屋が引っ込んでいったキッチンから何か叫んでいる声が聞こえてきたが、3人は聞こえなかったことにした。
家の主がこの場にいないため、3人は身内の話をし始める。


「そういえばピンカースのミャンマーの村はどうなったわけぇ?」

「あぁ、あそこはもう闇の中さ」

「うん、あれは空から見ていても凄かった」

「……あんた、姿見かけないなぁって思ってたけど、空にいたわけ?」

「空からの眺めは最高だ」

「はっはっは!さすが死神、全く参加意識が見られないな」

「興味がない」

「私だって興味ないわよぉ。計画をとめようとはしたんだけどねぇ」

「オレだってそうさ。だからミャンマーの村の闇が他の村にも浸透しないように防壁を張ってきたんだ」

「なるほど、イナゴの活躍ぶりにはいつも感心する」

「それだったらあんたも何かして見なさいよっ」

「ぼくはプリンを食べるのに手一杯だ」

「死神らしいな」

「自分でもそう思う」


ひと段落ついたところで帽子屋がそれぞれの注文に副った品物を持ってきた。
全員が子どものような笑みを零しそれにかぶりつく。

3人の会話を聞いていたようで、帽子屋が先ほどの話をまた持ち出した。


「ミャンマーの村って確かピンカースの大都市じゃないか?」

「ああそうだ」

「お前ら、ついにそこまで侵略を進めたんだな…」

「オレは止めようとしたんだけど残りの奴らがどうも聞いてくれなくてな」


グビグビとヤクルトという乳酸菌飲料を飲み干して『L』がふと思い出す。


「そういえばその村であった旅人団体、運の悪い奴らだったな」


その話題には『B』も乗ってきた。


「そうねぇ。あの団体、運悪くあの村に訪れちゃったのよねぇ」

「いや、そういうことじゃなくて」


『B』を抑えて『L』は言う。
その旅人団体の姿を、全てを、思い出しながら。


「あの中の一人はキモUによって人形化が進められている。全てをリセットした気でいたんだけど会ったときには驚いた。まさかあんなにも早く加速されていたなんて」

「加速って…まさか人形化が前よりも早く蠢き出してるってことっ?」

「そう。しまったなぁ、あれでは10年どころが5年…いや、1年でまた人形になってしまう」

「…Uか。あいつは前に一度この店に訪れたぞ」


厳しい表情でテーブルを睨んでいる『L』をチラ見して、今度は帽子屋が奴のことを話し出す。


「あのときにキモUは人形を抱えていた。その人形ってのが大工の格好をした黒髪の男の人形だったんだ」

「………」

「Uの悪趣味だよな。その…"今度人形になる子にそっくりな人形を『人形屋』に作ってもらう"っての」

「キモイわねぇ」

「キモイ」

「…ということは、今あいつに狙われている子ってのがその人形にそっくりな子ってわけか」


なるほど、と事を解決した帽子屋。それからすぐに『B』が話を戻す。


「他にあの団体の中に面白い子見つけたわけぇ?」


それにすぐに『L』が頷いた。


「あぁ、あの中の全員が面白い魂の形をしていた。一人は悪魔で一人は白ハト、…んで驚いたのが今『A』が丹精込めて作っている合成獣、よくは見れなかったけどきっと神秘なる力を秘めていた獣と合成されたんだろう、そんな子もいた」

「…お前、いろいろすごいな」


あのとき会っただけなのに『L』は全てを知っている。


「はっはっは!だけどな、一人だけ、どうも分からなかった奴がいたんだ」

「あら、珍しいわねぇ、あんたが相手を見抜けなかったの?」

「それほどまでに非凡なのか、もしくは凡なのか。一体どんな子だったんだい?」


ふふふと笑いを込めて訊ねる死神に『L』は首を捻る。


「銀髪の子なんだけど、妙に引っかかるんだ。クルーエルだったとしてもあの一族は皆『C』の傀儡になっていて思うが侭に動けないだろうし、なんだったんだろうか…気になるんだよなぁ」


そう呻いたが、誰も答えることが出来なかった。
出る声とすれば「ふーん」「へえ」。興味のある話だけれど中に入ることが出来ないから声を出すことが出来ないのである。
それから『L』はあと一人について語った。


「最後の一人はいい魂を持っていた。小さい体だけれどあの中には常に素直な気持ちが表されている。背丈も容姿も数百年前から全く変わってないけど、一つだけ大きく変わったものがあった」


『L』は一人の世界に突っ走る。


「人間の"笑顔"、見ることが出来たんだな。お前もいい笑顔していたぞ、トーフ」


そう言って『L』は大きく微笑んで見せた。



小さな箱のような楽園。ここは『箱庭』といわれる通り。
その一角では黒けれども優しく楽しい光が漏れ溢れている。

箱庭は、エキセントリック一族と共に育む、エキセントリック一族にとっては庭のような存在。
知名度の低い島だけれどブラッカイアと唯一友好を深めている島ともいえる。

一部、小さく笑いに歪む。











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帽子屋は『a-s-f』と相互リンクしている『藤縹』の『B-Gdn.』の主人公ですよー。

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