+ + +


見たことのない容姿の生物、それは普段は地上には現れないような生物。
魔物という生物には三通りの種類がある。
一つは"ハナ"に笑いを吸い取られすぎて人間が魔物と化して出来るというもの。
一つは地獄に住んでいて愛想ある動物として扱われているもの。
そしてもう一つは………


「ラフメーカーを始末するでアール」


闇の支配者が手を打つことによって生まれる、ラフメーカーを倒すための脳を持っているもの。


「あっれ〜?Rおじちゃま今日も魔物をどっかに宅配便〜?」


黒い部屋。その中央部に設けられている水晶玉。それは緑色を帯びている。
違う、本当ならば水晶玉は透明なのだが映し出されている風景が全体的に緑色をしているからそのような色になっているだけだ。

水晶玉を眺めている紳士は背後から声をかけられたが振り返らずに相手に答えた。


「ここはワガハイの部屋でアール。部屋に入るのならばドアノックをしてほしいでアール」


それからすぐに相手を『 I 』だと悟る。
ちょび髭をいじりながら水晶玉を見ている『R』に注意を受け、『 I 』が一歩前に出て姿を現す。


「ちぇ〜。そんなにカッカとしているとタコさんみたいになっちゃうぞ〜」


そう言う『 I 』の姿は小鳥だった。
「失礼でアール」と言ってついに振り向いた『R』は、今の『 I 』の姿に目を丸くした。


「お出かけでアールか?」

「うん、そうなの〜。『P』ママに頼まれて"おハナさん"を植えに行くのら」


小鳥の翼には淡い不気味な光を燈している小さな"種"があった。
眩しそうに目を細めて『R』が頷く。


「そうでアールか。頑張ってくるでアール」

「うんミッキーはいつもがんばってるよーんだ。ピンカース大陸にはたくさんの村があるから植えるのが大変なの〜」

「ミャンマーの村を始め、大きな村々には"ハナ"を植えたでアールか?」


『R』に訊ねられ、小鳥の『 I 』は翼をくちばしに当てて可愛く「うん」と返事した。


「植えたよ〜。そしてね、あとちょ〜っとでピンカースにある全部の村に"おハナさん"を植えることができるのよん」

「それはご苦労でアール。しかしこの前の総会で話したとおりで今"ハナ"が消えつつあるでアール。だから『 I 』もそれに負けないぐらい植えてほしいでアール」

「りょーかいなのらー。ところでRおじちゃま、さっき魔物さんをどこかの村に送ってたようだけどどうしたのん?」


目線を小鳥から水晶玉へ戻そうとした『R』だが、彼女に質問されたためまた目線をこちらに置いた。
小鳥の姿で目をパチクリさせて『 I 』が続ける。


「またお笑いさんたちにプレゼント?」


お笑いさんとはラフメーカーのことだと分かり『R』の首が揺れ動く。
体を『 I 』に向けたまま目玉だけを水晶玉に向けて『R』は口を動かす。


「ラフメーカーの居場所を突き止めたとき、不運にも彼らは"ハナ"の近くにいたでアール。だから魔物を送って番を張らせたでアール」

「へ〜。それじゃー"おハナさん"は無事なのねー」

「いや、そうはいかないでアール」

「え?」


自分が植えた"ハナ"が魔物によって護られていることを知り安堵をつく『 I 』であったが、覆す言葉を返されて大きく首をかしげた。
今度は完全に体を水晶玉に向けて『R』が固く目を据える。


「ラフメーカーは侮れないでアール。何故なら今までワガハイが送った魔物全てが倒されているからでアール」

「それはRおじちゃまの魔力が弱いからじゃないの?Lお兄ちゃんならすっごい魔物出してくれるんじゃない?」

「いや、Lは何を考えているのかワガハイの意見にはいつも背くのでアール。困った奴でアール。あいつは出来のいい奴なのだから我が一族のために動いてくれれば助かるのでアールが…」

「Lお兄ちゃんったら悪い子ね、め!」

「全くでアール。それに引き換え I はこんなにも働いてくれるので助かるでアール」

「キャハ☆Rおじちゃまったらお世辞がうっまーい!ミッキー恥ずかぴい」


頬を赤く染めた『 I 』はそろそろ"ハナ"を植えにお出かけしようと小さな翼を広げる。
そして高く飛び跳ねたとき、『 I 』に対して背中を見せていた『R』が一言言う。


「頑張ってくるでアール」

「もちろんだっよーん」

「それと」


空へ繋がる窓へ向かう『 I 』にもう一言付け加えた。


「ピンク色の小鳥はいないと思うでアール」


しかし『R』の言葉は空振りに終わった。
ありえないぐらいどピンク色をした小鳥が、この大陸だけだろうか黒雲に包まれている空へ吸い込まれていく。

甲高い声が消えて、『R』はふと溜まっていたため息を吐く。
かすかに開いていた窓を魔術によって完全に閉め、この場は密封の箱となる。
自分しかいない部屋で水晶玉を睨む。


「さっきはまだ"ハナ"のある山を登っていなかったのに、気づけばもう頂上まで来てるでアールか。本当に侮れない奴らでアール」


ぼやりと淡い光は緑色。
山の中を映し出している水晶玉はその山の色を映し出しているのだ。
そしてその中には、複数の団体と大きな魔物が混じっている。


「さあ、ラフメーカーを倒すでアール」




+ + +


『驚いたよー。これは一体何者ー?どうしてこんなものがこの山にいるんだよーん?』

「んなこと知るか!どうすればいいんだ!」

『私も知らないよー。あ、きっと自然崩壊に怒って山の神が現れたんだよーん。自然崩壊反対ー!神ある山を壊さないでー!』


妖精とヤクザ家族が混乱しているとき、ラフメーカーであるメンバーは非常に苦い表情でその場に挑んでいた。
タイミングが悪い、と訴えているのが表情から見ても窺える。
メンバーは苛つきと悲しみを浮かべていた。


「どうするのよん?サコっちゃんは戦いたくないわよん」

「うそ言うな。お前のその顔だけで相手を倒せるだろ」

「本当、嫌なタイミングで現れたね」

「どないするか」


一言二言、口から漏れる声は全て不安に満ちたものだった。
自分らは競技中でこのチャンスを逃すことができないのだ。ブチョウの全てがかかっているのだから。

しかしブチョウはそんな気持ちを軽くとも翻した。


「さっさと倒すわよ」

「え?」

「他の奴らに魔物が倒せると思ってるの?あんたらしか戦えるのはいないんだから戦いなさい」


この様子からヤクザ家族は相手が魔物だということを知らないようだ。
だから今まで魔物を倒してきたことのあるメンバーにしか戦うことが出来ない。
ブチョウは腰に当てていた手の一つを魔物に向けて伸ばす。


「誰でもいいから早く行きなさい」

「誰でもいいって…」


魔物は今にも飛び掛りそうに体勢を前屈みにして地面にヨダレの水溜りを作りこちらを睨んでいる。
メンバーは不安げに奴を睨む。


「ぼ、僕は魔物と戦うのは苦手なんだよ」

「何言ってんのよー。クモマったらめっちゃ強いじゃん!拳一本で魔物を寝かせてよー」

「ほならチョコが行った方が早いとちゃうか?あんたは魔物と会話できるんやろ?説得して引き返してもらってえなぁ」

「いやよー!確かに今回の魔物は喋らないタイプみたいだけど私は行きたくないー!」

「…!来るわよ」


メンバーがもめている隙に魔物は体勢をぐっと前へ押し出した。こちらに体を傾けてきたのだ。
飛び掛ってきた魔物はボロ車とヤクザの車の間に落ちる。

ハエ叩きから逃げるハエのように全員が素早い動きで魔物から逃げる。


『何だかヤバそうだよー!早く逃げちゃった方がいいよーん!』

「全くだ。それじゃその変な生物はお前らに任せて俺らはゴールを目指すぜ」


放送の声で魔物に奪われていた目を現実に戻すことが出来たヤクザ父はそういうと早速車を走らせた。
しかしそれは逆効果であった。

魔物は逃げようとする腰抜け野郎から始末しようとする。そのため素早くヤクザ家族の車を捕らえていた。
車の両端を掴まれて身動きが取れなくなってしまったヤクザの車、引いていた馬も懸命に前へ進もうとするが魔物は許してくれなかった。


「「げ…!」」


ヤクザの車からそのような悲鳴が聞こえた。
それを合図に魔物は鋭く尖った爪を車に向けて振り落とす、が妨げられた。

ハサミに挟まれて。


「お前の相手は俺らだ」


魔物と車の間にすり込んで来たソングの存在に驚くのはヤクザ家族と魔物。
メンバーは「よくやった!」と無言の歓声を上げる。


「ソンちゃんがんばってーん」

「お前の声を聞くとすっげー気が抜ける」


サコツの応援の声はあまりにも惚けていてソングは力を吸い取られたように力を失くした。
しかし、魔物の爪を車から放すことは出来た。

魔物がソング1人にターゲットを絞ったのを見計らって今度はクモマがやってくる。


「一般人には手を出したらだめだよ。キミは"ハナ"を消すことが出来る僕らを倒しに来たんだろう?」


話しながらクモマは魔物の足を掬った。
魔物はひっくり返り、背中を強く打っては山を揺らす。
その反動でヤクザ家族の車はガクッと動いて山の斜面により滑っていってしまった。
車が下っていくのを見てトーフが悔しそうに目のあたりを顰め、チョコが悲鳴を上げる。


「あかん!先に行かせてしもうたわ!」

「ああああ!優勝とられちゃうよー!」


見る見るうちにヤクザの車は小さくなっていく。
妖精も後を追って実況している。
『トラブルがあったけどヤクザ家族がまたまた一位をキープしてるよー!自然崩壊ボロ車は果たして追いつくことが出来るかなー?』と。


「追いつかなくちゃ…!」


放送を聞いてクモマが急いでボロ車へ戻ろうとするが、それはブチョウの声によって止められた。


「あんたは魔物を倒すことに専念しなさい」

「え、だけど…」


ブチョウの言葉、それは優勝を諦めている言葉に聞こえた。
クモマは否定するけどブチョウはそれを許さない。とにかく倒せと言う。


「いいのよ。今更あいつらを追ってももう追いつくことは出来ないわ。山の斜面をどんなに速く下っても向こうもそれなりに走っているはずだからもう追いつけない」

「ブチョウ…」

「いいから今はその魔物を倒して"ハナ"を消しなさい。私たちにしかそれはできないんだから」

「………」


フェニックスのことはいいのかい?と訪ねようとした刹那、魔物が襲ってきた。
クモマのむき出しの背中に爪を向けた魔物だがそれはサコツが放った"気"によって弾かれた。


「ブチョウの言うとおりだぜ。俺らは世界を救うために"ハナ"を全部消さなくっちゃよ」

「…だけど」

「トーフ!俺らがこの魔物を喰い止めとくからよー"ハナ"を消しててくれよ」

「おおきに、任せたで」


場の展開からして間抜けた声が出せなくなったのか、いつもの口調に戻ったサコツに言われたとおりトーフは"ハナ"を消すためにひょうたん片手に車から降りた。
そして笑いを見極めながら確実に"ハナ"の方へ向かう。
危険を察して魔物がトーフを捕らえようとするが、今度はアフロ神ウンダバ様の降臨だ。


「よくも私の希望を掻き消しやがったな…」

「「……」」

「消えろ」


腰にあったハリセンを取り出して、召喚獣『紅』を出したブチョウは魔物を真っ赤に染めさせるほど懲らしめていった。
メンバーはブチョウがクマさん以外の召喚獣を出したということと、
召喚獣『紅』の真っ赤な体と紅の破壊力の凄まじさ、そして獰猛さと
ブチョウの声が怒りと哀れみで篭っていたということに、目を見開かせていた。







トーフが"ハナ"を消し、ブチョウが魔物を消し、再び全員が車に乗ったところで、空に煙が上がった。
花火の打ち上げに続いて放送が流れる。


『ゴールゴールゴール!優勝チームはヤクザ一家だよーん!よかったねー!おめでとー』


一気に全員の胸が締め付けられた。
しまった、遅かった。優勝をとられてしまった。

フェニックスがとられてしまった。

誰もがブチョウの顔を見ようとしない。彼女を見たらまた心が締め付けられると察したから。
声を出せる者もいなかった。出せる言葉が見つからなかった。

メンバーの頭には、フェニックスを手に入れることが出来なかったという罪悪感でいっぱいだった。

全員が俯いているとき、再び放送の声が頭に響いた。



『それでは優勝賞品授与だよーん。優勝者には、皆がほしがっていた生物、フェニックスをあげちゃうよー』



ズキ…。
嫌な心臓音が鳴る。
目の端に、ブチョウが頭を抱えているのが見える。
ツライ。
放送なんか、聞きたくない。
他人にフェニックスが渡ってしまう。やめてほしい。

しかし次の瞬間、放送はそんなメンバーの気持ちをくるっとひっくり返してしまった。



『これが、観葉植物フェニックスの木だよーん』



ん?

一瞬、聞き間違えたかと思った。
しかし放送は続ける。


『暖地に育つ木だから温かい場所で栽培してねーん』

「「……………」」


山の頂上に微風が吹いた。
向かい風なのでメンバーの髪を押し出して顔をむき出しにする。顔を撫でられ思わず惚けた顔になる。


「んん?今、何ていった?」

「何だか予想していたものと違っていたような…」

「……かんようしょくぶつって言ったよなー?何だぁそれぁ」

「まさか、ふざけてる。"ヤシの木"の方のフェニックスだったのか」

「「…………」」


惚けたまま、メンバーは空を仰ぐ。
自分らは一体何のために頑張っていたのだろうかと。


「つまりこのレースは植物のフェニックスを賭けたゲームだったっちゅうわけかいな」

「僕らのとんだ勘違い?」

「「……………」」


微風はメンバーをバカにしているかのように何度も何度も顔に打ち付けてくる。
そのため表情といったらハニワのようなものになっていた。

全員がそんな風になっていたころ、ようやくブチョウから反応が出た。
プルプルと体を震わせて、何かを堪えている。
やがてブチョウは顔を上げて、勢いに乗って体を起こした。


「あっはっはっはっは!」

「「!?」」

「何よこれ。面白いことしてくれたじゃないの」

「…ブチョウ?」


大声上げて笑うブチョウにまたもや全員が目を丸めた。
ブチョウは腹を抱えて笑い続ける。


「フェニックス違いね。何だ、私の勘違いだったのね。そうよあいつは優勝賞品になれるような奴じゃない、あいつはただのチビよチビ。価値あるような奴じゃない」

「…」

「よかった、勘違いでよかったわ。他の奴らの手に渡らなくて本当によかった」


ヒーヒー笑いを堪えながら叫ぶブチョウは今までのブチョウと大きく違う何かがあった。
そう、不安が抜けて素の彼女が現れたのだ。
彼女はどっと安堵したようで、次は大胆に座り込んだ。
クモマが目を丸めたまま訊ねた。


「ブチョウ、大丈夫?」

「大丈夫よ。あんたこそ、その短足大丈夫なわけ?」

「だ、大丈夫じゃない……」

「ブチョウ、えかったなー彼じゃなくて」


からかわれて落ち込んでしまったクモマの横から顔を出してトーフはそのままブチョウに疑問をぶつけた。


「せやけどまた情報が消えてしまったで」


するとブチョウは笑った口のまま。


「いいの。あいつは絶対に無事なんだからそこまで心配する必要はないわ」

「…」

「今はこの情景が面白くて仕方ないのよ。自分を見失いそうになっていた自分自身が面白くて、そして恥ずかしくて」

「…」

「みんな、いろいろ命令して悪かったわね。私はまた次のチャンスを狙うわ」


口は笑っているがブチョウの目は悲しみに帯びていた。
安堵の中にはほんの少しだけ残念がっているように見える。

そしたら彼は一体どこにいるというの?
不死の薬は本当に彼の血なのかしら?

目がそう物語っていたのでメンバー全員が悟ることが出来た。
だけど口に出して同情しようとはしない。

メンバーもブチョウの安堵の姿を喜び合いたかったから。


「そうよ、次のチャンスを狙おうよ姐御!そのときもまた手伝いするからね!」

「ブチョウのためだぜ!いつでも手伝うぜ!」

「ところで早くこの魔法を解いてほしいのだが」


ブチョウに加勢する言葉の中で一つだけ呻き声が上がったが放送の声によって掻き消された。
今回の放送は先ほどまでの愉快な声ではない。
ドスの聞いた声。だけど喜びに満ち溢れている声。


『おらー、ボロ車の野郎ども!』


それはヤクザ家族の父であった。
父は山にいるメンバーに向けて告げた。


『俺たちのために身を犠牲にしてくれたのか、恩にきる!お前らのおかげで今まで庭に飾りたかったフェニックスを手に入れることが出来た、本当に感謝する!』


フェニックスが望んでいたモノと違ったけれど、望んでいた者もいた。
「ありがとう」この感謝の気持ちがメンバーの気持ちを晴れ晴れしくさせる。


ヤクザ家族からの感謝の言葉を浴びながらメンバーは山を下り、次の村へとそのまま進む。
ポメ王の無事を願いながら。









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