木々が走行の邪魔をする。
道が無いため自分でルートを作りそこを辿って行かなければならないため
メンバーとヤクザ家族、それから彼らにやられていない家族がぎこちない動きで山を登っていった。
先頭はヤクザ家族。
その後に他の家族がずらりと並び、気づけば後方にメンバーがいた。
この中で最もフェニックスがほしいブチョウはとにかく先頭に立ちたいため豚二匹に早く走れと命じるが数台を追い越すので精一杯。
何故走りが緩まり、メンバーもあくどいことをしなくなったのか、
それには理由があった。
「こん村の"ハナ"はえらいやられとるわ」
今登っている山から異様なオーラが漂っているからだ。
トーフが先ほどとは違う真剣な眼差しを飛ばして道ではない道を見やる。
発言内容が気になってほぼ全員が同じような顔を作った。
「えらいやられているってどういうことだい?」
「そんなにやられてるの?」
言葉をさらに追求したく、二人同時に首を傾げてトーフの反応を待つクモマとチョコ。
するとトーフが二人には顔を向けず、ずっと前だけを見て答えた。
「一体何がどうやられとるかはわからんけど、なにやら不吉な予感がするわ」
「不吉って…」
「まさか山が爆発するってことはねえよねぇーん?そしたらヤベーわん!さっさと逃げなくっちゃよん!」
「お前はアホか。そんな簡単に山が爆発するはずねえだろ。ってか俺の腕に引っ付いてくるな!非常に不愉快になる!!」
杞憂な発言をするサコツを引っ剥がし、ソングは崩れた眼鏡をくいっと上げ、すぐにトーフと同じような目を作った。
真っ直ぐと奇妙なオーラを漂わせている山を睨む。
「魔物あたりでも出そうな雰囲気だな」
一瞬、間があってからチョコが慌てて悲鳴を上げた。
「ちょっと待って!何よここに魔物が出るってこと?」
「それはまだわからん。だけどそんな感じがする」
「ワイも同感や」
ソングの悪戯かと思った台詞はトーフの台詞にもなった。
魔物特有の殺気を感じたで、と言うので今度はクモマもサコツも目を丸くして身を乗り出した。
「それはこの山の中からということかい?」
「そや。"ハナ"の近くに魔物がおるように感じ取れるで」
「ま、マジでかよ?」
ビクつくサコツの後ろには仁王立ちのブチョウ。
彼女の顔色は非常に優れていない。苛ついているのだ。
優勝したいのに、優勝しなければ彼は手に入らないのにメンバーはまるでそれのことを忘れたかのように会話を魔物に集めている。
だから苛立つ。
「何ぐずぐずしてんのよ。さっさと走りなさい」
凛と響く白ハトの声。
それは山を越えていく複数の車の音に乗っかって威力を帯びる。
メンバー全員が自分に目を向けたところでブチョウは怒りを言い放った。
「あんたらは目的を忘れたの?私はフェニックスがほしいのよ。魔物とか"ハナ"とかどうでもいいの、今はフェニックスのことだけ考えなさい」
「だ、だけど…」
「"ハナ"も消さなあかん」
意見がわかれる。
ブチョウはフェニックスを手に入れたいから意地でも優勝をしたいという。
しかし他のメンバーは異様なオーラを漂わせる山に住む"ハナ"をいち早く消さなければと思っている。
これは困った。
どちらも優先候補だ。フェニックスも手に入れたいし"ハナ"も消したい。
どうすればいいのだ。
困りの表情を見せるクモマたちであったがブチョウだけが怒りのままだった。
「とにかく今は優勝が第一よ。"ハナ"はレースが終わってからでも消せばいいじゃないの」
「それはそうやけど、ヤバイ気を感じるんや」
「どっちみち"ハナ"は消さないといけないものだし今消していた方が後々楽だろ」
「それにレース中に魔物が暴れたら大変なことになるし……」
全員がブチョウに反論する中、突然クモマが動かしていた口を閉ざした。
他のメンバーも同じだ。口を閉ざしてブチョウを見やる。
メンバーが集めた目線の先、そこには仁王立ちをしていたブチョウが身を崩して座り込んでいた。
頭を抱えて身を小さくしているブチョウ。
一体どうしたのか不思議に思って心配の眼差しを送っているとやがてブチョウが細々した声を流し込んだ。
「…私は…"ハナ"よりも世界よりも……ポメの方が大切なのよ……」
ブチョウの発言に全員の目が丸くなる。
思わず絶句だ。
「「…!」」
「確かにこれは自分勝手な行動だと思うわ。だけど私は今までずっとポメのことが心配だった…あんな別れ方嫌だった…ちゃんと面と向かって言いたい」
「ブチョウ…」
「……お願いだから…」
俯いて頭を抱え込んでいるためブチョウの気色を窺える者はいない。
その体勢のままブチョウがメンバーに言った。
「ポメを取り返して………」
ガザっと大きく木が揺れた。
ウミガメ号が走り出来た風が木を揺らしたのだ。鋭い風は周りの木を斬り、メンバーの心にも突き刺さる。
胸が締めつけられた。ブチョウの本音を聞いて惑っていた心が一気に傾いた。
優勝、という方向に。
「わかった」
ブチョウは今まで怖かったのだ。
強気でいたけど本当は怖くて仕方なかった。
あんな中途半端な終わり方。フェニックスであるポメ王に自分の気持ちを伝えることが出来ずに、彼を見失ってしまった。
不安が積み重なり大きな不安の塔になる。しかしツンと一部を突付いてしまえば不安という積み木はボロボロに零れ落ちてしまう。
それが怖かったのだ。
彼はどこに行ったの。
彼は無事なの。
彼は……生きているの。
不安の波に呑まれそうになっている中で、見つけてしまった『不死の薬』。
これの原材料はフェニックス。フェニックスの血は不死の効果があるのだ。
赤い薬を見た瞬間、吐き気がした。不安が零れ落ちそうになった。
ブチョウは元防衛隊なので戦いについて詳しいため血にも敏感だ。
この薬、本当に血が使われている。小さな小瓶だったけど一杯に入れられている赤いもの、それが全て血なのだ。
だから嫌だった。
もしかしたら、これはフェニックスの血なのかもしれない。彼の血なのかもしれない。
不安の波に呑まれた。
自分を見失いそうだった。
彼を探すために防衛隊をやめて村を出たのに、初めて得た情報というものがこの『不死の薬』。
怖かった。いや、現在進行形で"怖い"。
そんな中で、訪れた幸福。
たまたま訪れた村で行われていた競技の優勝賞品がフェニックスだという。
ウソかもしれないし本当かもしれない。だから実際に優勝して掴みたかった。
優勝してフェニックスを見てみたかった。
本当にポメなのか、見たかったのだ。
だから維持でも優勝したい。
もし本当にフェニックスを手に入れることが出来たら、ブチョウは笑顔で村に帰国することが出来る。
親愛なるポメ王と共に。
「わかったならさっさと動きなさい。どんな手を使ってでも優勝するのよ」
自分の気持ちが伝わりメンバーの心が揺れ動いたのを確信したブチョウは、崩していた身を起こすと手に腰を当ててつい先ほどまでのポーズに戻っていた。
ブチョウの命令の声を合図に、頬に当たる風が強まる。
+ +
『ぶっちぎり一位を走っているのは武器を振り回しながら走行していたヤクザ一家だよーん!』
先頭を走っているから邪魔するものがいない。
そのため前を進むことに専念しているのはヤクザ家族。
目の前に現る木を避けながら進んでいく。
「もう前に現れる雑魚はいないわね」
「もはや俺らに敵う奴なんていない!」
車から顔を出し後方の様子を見るヤクザの夫婦は、他の車がアリンコのように見えることを知り、深く笑みを溢した。
このまま一位をキープしようと目を輝かせる。
しかし、その笑みもつかの間。ふと聞こえてきた音に止められていた。
口を閉ざして後方をじっと見ていると、音は徐々に大きくなりながらやってくる。
つまりこちらに近づいてきている何よりの証拠だ。
『おっとー!何だこの音はー!不思議な音が聞こえてくるよーん』
「何だ?」
放送の妖精もヤクザもこの音は気になるもの。何故なら音がこちらに一目散にやってきているからだ。
家族全員で後方を見やっていると、やがてその正体を掴むことが出来た。
ヤクザ車の背景には大きな土ぼこりが舞っている。
「邪魔や邪魔や邪魔やー!!」
何と、もう追ってくることがないと思っていたボロ車がすごいスピードでこっちに来ているではないか。
前にいる車を次々になぎ倒していき、後ろにいる車にももう追いつかないように罠を仕掛けている。
ボロ車に乗っているメンバーが全員して武器を持ち、木を倒したりして他の車に被害を与えているのである。
華麗にハサミを舞わして木をスパンと伐り、自分らの走る道を作るのはソングパパ。
「ハサミは木を伐るためのものではないんだが、この場合は仕方ないな」
ソングが伐った木を怪力で捕らえるのはクモマ兄。
「優勝のために、どんな手も使おうじゃないか」
木を軽く振り回して周りにいる車を落としていく。
クモマは大工の家庭でよく材木を運んでいたため木を振り回すことなんて軽いものだ。
前方を走っている車のタイヤを壊して走行不能にしていっているのは、しゃもじに"気"を溜めて撃ち込んでいるサコっちゃんママ。
「ブチョウのためだぜ〜ん!かっ飛ばして一位になるわよ〜ん!」
一緒になって、車を引いている動物を糸で絡めるのは先ほどからあくどいことをしていたトーフ弟。
「ワイらの前を走っとったら怪我するでー!」
前を走っている車がひっくり返って、ボロ車がその傍を追い越す。
道も真っ直ぐに伸びているため走るのが楽だ。
そして車を引いている豚たちも走りを緩めない。
動物と会話が出来るチョコ姉に宥められているからだ。
「頑張って。あなたたちならきっと優勝できるよ!そうそう、その調子!ガンバレー!」
全員がバラバラに動いている中、アフロ神ウンダバ様は神々しい光を放って仁王立ちをしている。
その顔はとても満足そうであった。
『これはビックリだよー!ボロ車がこの上ない悪さをしてやってきてるよー!これは自然破壊だよー!自然崩壊反対ー!私らの緑をこれ以上壊さないでー!』
「うわ!また何かやらかしてるぞ!」
悲惨な光景に悲鳴を上げているヤクザ家族の元についにその危険な奴らが追いついてきた。
奴らが走ってきたルートを辿ってみると木は倒され酷な光景。他の車は誰一人いなかった。
つまり、今生き残っている車はヤクザ車とボロ車。この二つしかなかった。
「やっと追いついたで。またあんたらと一騎打ちかいな」
「お前らどこの一味だよ?!俺らより悪さすんな!」
小さい体のトーフが一番あくどいと悟ったヤクザ父はそう吼えるが、誰も答えてくれない。
むしろ全員して不敵な笑みを溢しあっている。
「あと一台。この車さえ抑えれば僕たちは優勝だね」
「よっしゃーん!ソンちゃん、愛のパワーで勝ちましょう〜」
「そんなパワーで勝ちたくねえよ!お前ここから落ちろ!」
「エリザと田吾作、疲れたと思うけどあと少しで楽になるから頑張って」
『おっとー!気づけばあと少しで山の頂上だよーん!頂上過ぎれば下り坂で楽だよーん』
放送を聞いてヤクザ家族の顔色が晴れる。下り坂を使って逃げようと思っているのだ。
対してメンバーは表情を不敵から苦いものに変えていた。
急いで相手を抑えなくてはと思ったのだが、
この顔色はそれに対して向けられたものではない。
「まさか、そんなとこにおったんか……」
強気な発言をしていたトーフがふと弱い息を漏らす。
続いてブチョウが強く舌を打った。
せっかくのこのチャンスを妨げようとする奴が現れたから。
「……魔物め…」
頂上に立ちはだかっている大きな影は獣ではない、紛れもなく魔物。
鋭い爪に太陽光が当たり、恐怖を引き立てる。
『何だあれはー!変なものが現れたよーん!』
放送に言われてヤクザ家族もその存在に遅けれども気づき、声ならぬ悲鳴を上げていた。
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