ピンカースのエミの村に一つ、小さな銀の授かりもの。

その子の名前はソング・C・ブラッド。クルーエル一族の名前は必ず「・C・ブラッド」がつくようである。
年齢は、やはり夫婦の子…メロディと同じであった。

名前も似ているし、きっと2人は仲良くなるだろうということで、結局この2人を『許婚』として扱うことにした。
しかしその方がこの子の身のためでもあった。
2人は血が繋がっていない他所の子同士。その2人がこれから同居しなければならないのだ。
今はいいとしてこれから先、きっとソングは不審に思うはずだ。何故自分がここにいるのだと。
そう問われたときはこう返せばいいのだ。
「あなたたちは許婚なのだから早くから同居させているのよ」
もしソングに本当の両親のことを尋ねられたら
「あなたの両親は忙しいようだからあなたの世話が出来ないらしいのよ。それを兼ねてうちに預けているの」と。



夫婦はクルーエルについて本などで学習した。

クルーエルには"殺血"というものがあり、それが発動するのは10歳ごろ。
"殺血"が体内に巡るとまず瞳の模様が変わる。その瞳で相手の急所を定めることができるのだ。
そして脅威なる殺気を全身から放ち、相手を締め付け、死に至らす。
それほどまでにクルーエルは『武』の強い一族であった。

ソングにまだその"殺血"は発動していないが、発動するとなるとまず危険なのが我が子だ。
メロディは最もソングと一緒にいる時間が長い。
そのときに"殺血"が体内に巡ったソングと立ち会ってしまえば……メロディは命を狙われるかもしれない。

…そうだったそうだった。
ちなみに、クルーエルには7つの属があり、そのうちの3つの属が正義の属である。
この子の両親がその正義の属であれば、メロディは傷つかずにすむかもしれない。

クルーエル内でもこんなに違いが出るものなのか。



「ねえ、どうしてソングだけが綺麗な髪色しているの?」

「知らん」

「いいなー。私もキラキラの髪になりたいな」

「そうか?俺はメロディの髪色の方が好きだ」

「え?何で?」

「控えめじゃん。俺は目立ちたくない。この髪色は目立つから嫌だ」

「そうかな〜?その髪色、遠くにいても目立つからいいじゃん」

「それが嫌だといってるだろ?!お前は一体何を聞いていたんだ!」

「あはは〜ソングが怒った〜」


柔い風がその場に吹き、淡い茶色の髪と輝く銀の髪が同じように靡く。
2人は今年で10歳になる。
そのため夫婦は心配であった。この年はソングに"殺血"が発動する年だと。
しかし二人は何も知らないので仲良く遊ぶ。
…といってもメロディが積極的に遊びに誘うのだが。

実は夫婦は、ソングに本当のことを言えないでいた。
お前はクルーエル一族という血を好む一族だということを。
このことは前もって言っておかなければならないのに、どうしても言うことが出来なかった。

メロディが悲しむと思ったのだ。

夫婦から見てもメロディがソングに恋をしていることぐらい見抜けた。
ソングと一緒にいるとメロディの顔が今まで以上に美しくなるからだ。
そしてソングもメロディの前でしか笑顔を見せない。

2人は知らぬ間に恋していた。

だからそれを裏切るような言葉を吐けなかった。


クルーエルといえば、凶悪な一族。
そのことぐらいソングは知っている。ソングは何気に本が好きだから何度か夫婦から本を勝手に借りて読んでいたのだ。
そのときに学んだクルーエルの悪事。
クルーエルは一般の本では悪者扱いだ。それはそうだろう。奴らは人殺しという戦争を好んで実行する一族なのだから。
しかしそれをするのは4つの属だけだ。残りの3つの属は影で奴らを抑えていた。
そのことは夫婦も知らず、一族内でしか知らない。

そのためソングが知っているクルーエルの情報は悪事だけであった。
だから言えない。お前がそのクルーエルの要となる人物なのだよと言えなかった。




「ねえお父さん、そろそろ私たちも人の髪の毛切っていいでしょ?」

「全くだ。ずっと雑用じゃくだらねえ。あ、キュウリとってくれ」


この村では幼けれども職に就かなければならない。
夫婦は理容美容店を経営しているため、ソングもメロディもそこで働いていた。
しかしまだ雑用と言う立場であるが。

食事中。
キュウリを取ったメロディが、ソングに渡しながら頷いた。


「ホントホント。私もハサミを使ってソングの髪の毛切りたいんだー」

「待て。俺の髪を切るのかよ?!あ、キュウリとってくれ」

「だって、ソングの綺麗な銀の髪、一度でもいいから切ってみたかったんだ〜。はいキュウリ」

「お前じゃどんな悪さするかわからねえからなぁ…。醤油とってくれ」

「いいじゃん。変にはしないから。はい醤油」

「信用できねえ…。あ、今度からキュウリは2本に増やしてくれ」

「さっきからキュウリ食べすぎだよ!」


食事中でも賑わう2人の存在に微笑みながら、メロディ父は質問に答えた。


「そろそろカットをしてもいいと思うがお客様の髪を切るにはまだ少し早いかな」

「ええー?」

「うふふ。でもお互いの髪を切るぐらいならいいじゃないの?」


混ざる母の声に目を丸くしたのはソングだった。


「やめてくれ。そんなこと言ったらメロディが本気にするだろ…」

「本当にいいの?ソングの髪切っちゃっていいんだね!」


メロディに髪を切られることに恐れているのかソングは完全否定したがメロディはそんな彼の言葉を軽く覆した。
母が頷いたのを見るとすぐさま子どもの笑顔となり最後の一口を詰め込む。
それから空になった食器を全て流し台に置きに行ってから、キュウリを食べているソングの腕を引いた。


「それじゃあ今すぐ切っちゃおう!私、ずっと前からその髪の毛切るの楽しみにしていたの」

「待て待て!てめえに髪切られてたまるか!ってか俺はまだキュウリを…!おい、こら!キュウリが…!!」


グイグイ力強く引くメロディに思うがままにされてソングはキュウリを全部食べきれないままキッチンから去っていった。
ソングのキュウリに対する悲鳴がやがて消えたとき、この場には夫婦二人しかいないことを実感する。
その中で父が口を開いた。


「今は夜だというのに、お前は何を考えているんだ」


それは母に対する講義の言葉であった。
母はうふふと笑ってから手を扇ぐ。


「いいじゃないの。メロディが髪の毛切りたいって言ってるのだから」

「違う。それはいいんだ。自分が心配しているのはソングの方だ」

「え?」


二人が消えていったドアに心配の眼差しをぶつけて、父は心配事を口にした。


「クルーエルは夜行性だ。よって"殺血"が発動するのに一番好都合な時間は夜なのだ」

「まあ」

「今はまだ発動していないようだけどいつ発動するか分からない。もしかしたら今日かもしれないし…」


心配で心配で自分の肩を軽く抱く父を母は柔らかい眼差しで見やった。
その目からは、そんなに不安がらなくてもいいのよ。と言っている。


「もし発動したとしてもソングは何も悪さはしないわよ。だから今はメロディの好きにさせましょう」


すると父の顔色も少しばかり和らいだ。
母の言葉に納得したらしく抱いていた肩をほどき、今は顎を摩る。


「…うむ、そうだな。メロディの愛のパワーがあればきっとソングも手を出すことが出来ないだろう」

「うふふ、あなたったら〜」

「あはは」







この家は、表が営業している理容美容店で、裏が我が家になっている。
店へと繋がる部屋にやってくるとドア元にある電気のスイッチをつける。
ゆっくりと瞬きながらランプがつき、部屋全体が黒から白になったのを見てから2人は店の中へと体を入れた。


「ソング、そこのイスに座って。私が髪の毛切っちゃうから」

「待てよ。お前本気なのか?」

「当たり前じゃん。私の一番の楽しみはソングの銀の髪を切ることだもん」

「…やめてくれよ。俺はこの長さで十分なんだ」

「ちょっとだけ、ちょっとだけ私のために切らせて」

「…………仕方ねえな…」


両手を合わせてお願いしてくるため、断りにくくなったソングは言われたとおりイスに腰をかけた。
深く腰をかけて高さをメロディの身長にあわせて低くする。
カガミに顔を向けたところでハサミを手に入れたメロディがソングの背後にやってきた。


「切っちゃうよ〜。覚悟しててね」

「少しだけだからな」


二度ほど宙を切ってからメロディはソングの髪に手を伸ばした。
銀色の髪を掬ってからふと小さな声を漏らす。


「月のような色をしている髪だね」

「…ん?」

「闇の中でぼやりと輝く月は闇路を銀色に照らして行く道を導いてくれる……ロマンチックだねぇ月って」


突然何を言い出すのかと、ソングはメロディの表情を間接的にうかがった。
カガミから顔を見てみると驚いた。メロディの顔がほのかにピンク色になっていたから。


「どうした?メロディ」

「…うん?別に。じゃ切っちゃうね」


前言を掻き消すように、すぐにハサミが髪を切る音が耳元で聞こえた。
チョキっと鋭く切れる音に続いてハラリと肩筋に髪が落ちる。それを見てすぐさまメロディが声を上げた。


「すっごい、見て見て!切った髪がキラキラ光りながら舞い落ちていくー!」

「…自分の髪なのに、何か変な気分がするな…」

「きれいー!やっぱりいいなーソングの髪色。私も銀髪になろうかな」


銀が舞い落ちるたびキャーキャー感嘆の声を上げるメロディにソングも気づけば微笑んでいた。
妙に輝いて目立つこの髪色が嫌いだったソングであったが、今になってみればいいものだと思い直した。
メロディが気に入っているなら、悪くはないなと。

チョキチョキ小さく切られていく髪をカガミから見て、メロディをチラ見する。
するとカガミという間接的な方法であったがメロディと目があってしまった。
メロディもカガミからソングを見ていたようだ。
目が合ってしまい、何だか恥ずかしくなり、同時に目線を反らした。

その直後。


「いたっ!」


真上からメロディの悲鳴が聞こえてきた。
嫌な心臓音がドクッと響き、急いで直接的にメロディの顔を見た。
メロディは少し前屈みになって左指先を押さえていた。


「どうした?」

「ゴメンね。ちょっと見とれていたら自分の指切っちゃった」


カガミに映るソングに見とれていたら誤って自分の指を切ってしまったようだ。
ソングは何馬鹿なことしてんだよと舌を打ちながらメロディの指を掬う。
そのときにぴたっと水滴に触れた。それはメロディの血であった。切れた部分から溢れ出た小さな血玉。
それを指を掬った拍子に触れてしまったようだ。
血玉はつぶれ、ソングの指へと付着する。
驚いてソングはメロディの血がついた自分の指を見た。


「…………………」


 血……っ



――― ドックン

奥底から何かが溢れてきた。何だ。
熱い。心が置いてある胸が熱い。


「……ソング…?」


胸だけではない。右手首が異様に熱かった。
本当ならば傷ついたメロディが苦しまなければならないのに今はソングが苦しんでいる。
イスから滑り落ちては身を丸めて右手首をしっかり掴んだ。


「ど、どうしたの?ソング」


焼けるように痛いこの右手首。
内からくる痛みを殺すために外から掴んで痛みを相殺しようとしたがどうやっても内から来る痛みの方が強烈に痛い。
メロディが震える体を揺さぶるがソングはそれに反応する余裕もない。今は苦しむだけだ。


何故痛い?

何故自分は
血を見たときに、無邪気に笑った?

まるで自分の大好きなキュウリを見たように、血を見たときも同じ表情をとっていた。

嬉しくないはずだ。何故ならメロディの血なんだから。
メロディが傷ついて吹き出した血を見て喜んではいけない。
それなのに体は喜びを隠しきれなかった。

血を見て喜ぶなんて、最悪じゃないか。



「………っ」


ウジウジする。
何だこの身震いは、…違う、これは…武者震い?


「ソング…」


右腕を掴んでガクガク震えているソングに触れていたメロディであったが、このときにソングから警告を受けた。


「…離れた方がいい………」


自分でも分かった、これは危険だ。
しかしメロディは離れない。ずっとソングに引っ付いている。


「ダメだよ…ソングが苦しんでいるんだもん…離れられないよ」

「馬鹿か…今、俺はおかしいんだ……何をしだすか分からない…」


一緒になって身を低くしているメロディの足元には、先ほどまでソングの髪を切っていたハサミがあった。
その存在に気づくとすぐに手を伸ばしてハサミを手に入れた。

メロディが、えっと目を丸くした直後、
ソングはメロディに襲いかかった。


「きゃ…!」


自分でも驚いた。
何をしているんだ自分は、と。

しかし自分を抑えることが出来なかった。


左手でハサミを掴んで、垂直に上へと掲げる。下にはメロディが強張っている。
右手でメロディの口を塞ぎ物音を立てないように全てを吸収する。

そのときに気づいた。
先ほどまでしっかり掴んでいた右手首には真っ赤な模様が不気味に浮き出ていることに。

自分では気づかなかったが、真っ直ぐとソングの目を見ているメロディには見えた。
黒かった瞳が今では充血によって血の色に染まっていることに。


メロディの血を見て内から発動された本当の力が"血の色のタトゥ"という形となり、そこから"殺血"が溢れ出たのだ。

夫婦の不安は的中してしまった。




    ソング…!



目に一杯涙を浮かべてメロディは変わり果てたソングの姿を心から否定しながら見ていた。










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