― 月色 ―
クルーエル一族は7つの属に分かれていて、そのうちの4つの属が戦いに命を懸け無意味に他の血を流し、
残りの3つの属は世界のために戦闘能力の高いこの血を補おうと考えていた。
このように考えが違うため、ことあるごとに7つの属は4対3に分かれて議論を交わしてもめていた。
同じ部族なのにいつも喧嘩ばかり。
このときも隣りの一族であるエキセントリック一族を消すか消さないかで4対3での議論。
もちろん人数の多い4の方が有効的であった。
4は言う。
「自分ら以上の闇の者は必要ない。よって奴らは不必要だ。消してしまおう」
3は言う。
「奴らは今静まっているし、話し合えばきっと友好を深めることが出来る」
4は言う。
「奴らと友好を深めてどうする?世界は自分らだけのものだ。奴らになんかに渡してやるか」
3は言う。
「世界は皆のものだ。我が一族のものでもないし奴らのものでもない。今は何も手を出さない方がいいと思う」
「そんな考え捨ててしまえ!我々は『武』の族だ。『魔』なんていらない、だから消そう」
「どうして仲良くしようと考えないんだ。戦争なんかそう簡単に起こしてしまってはダメだ」
「黙れ!『魔』は怖ろしいものだ!世界には『武』だけで十分なんだ!」
「話し合えばきっと『魔』もいいものになる。だから…」
「黙れ黙れ黙れ!とにかく我々は戦うのだ!戦争を起こしてしまおう!戦争だ!」
クルーエル一族がこのような醜い話し合いをしているのを、エキセントリック一族はまるで前もって知っていたように、その日に奴らから押し寄せてきた。
闇の地に本物の闇の降臨。
予想以上にエキセントリック一族は怖ろしかった。
闇は全て奴らの武器。空気中に舞っている闇を掴んではクルーエルにぶつけ、次々と滅ぼしていった。
エキセントリック一族は全部で26つの闇の者でできている。
クルーエルの地に立った闇の者は20あるかないかであったがそれでも強かった。
『武』は『魔』に勝てないのか。
4つの属は喜んで戦いに挑み、滅びていく。
対して3つの属は隠れるのに専念した。
しかし両者も同じように滅びていく。
その中で3つの属のうちの『智』属に異変が起こった。
智属の長の妻が突然疾走しだしたのだ。
長は彼女のあとを追い、手を伸ばす。そして勢いよくこちらに体を向かせてみると疾走の原因を掴むことができた。
「私はこの子を生かしたいの!こんな醜い戦争で失いたくないわ!」
彼女は赤ん坊を抱いていたのだ。赤ん坊を必死に抱いて長に訴える。
しかし長は否定した。
「無理だ。この子だけ生かすことは出来ない。それに、闇に勝てる気がしない」
「何よ!あんたはこの子を見捨てたいの?」
「この子だけではないだろ?まだ小さい子もたくさんいる。誰だって我が子を救いたいはずだ。それなのにお前は身勝手すぎる」
「だけど…私たちの愛の子よ?」
「…仕方ないだろ……自分だってつらいんだ…」
銀が消えつつある地に、悲しく揺れる銀の塊。
小さな子を生かしたいという願望が満ちて揺れるのである。
それに感づいたのか、荒く暴れる闇のうち、一つだけがこちらに顔を向けた。
「赤ん坊を生かしたいのか?」
醜い悲鳴しか飛び交わないこの場に漂う凛とした声。
赤ん坊の夫婦は同時にそちらの方へ顔を上げた。
すると、そこに立っていたのは、闇の存在。しかし他の闇とは全く違うオーラが出ている。
この闇からは正義のオーラが溢れていた。
他とは違うオレンジ色の髪、それを隠すように被っていたシルクハットをギュッと下げて闇は言う。
「オレにあえて幸運だったな。さあこっちについてきな」
そう言った闇の表情は、今の場面では見ることの出来ない素敵な笑顔だった。
夫婦は優しい口元を信じることにした。
「この大陸から抜け出せば、他の奴らもお前らの存在に気づくことはないだろう。そこで幸せに夫婦生活を送ればいい」
優しく微笑む闇の後をついてみると、海にたどり着いた。
シンと静まっている海。今、大きな争いが起こっているとは知らないのかこの海は。何とものん気でもあり哀れでもある。
海に目を奪われている夫婦に向けて闇はまた口を開いた。
「この先は手伝うことはできない。オレも仕事が残っているんだ。今、違反行為しているから…他の奴らに気づかれないうちに戻らなくちゃ」
「自分らのために危険を犯してしてくたのか。…恩にきる。」
「ありがとう」
「ほら、さっさと行けよ。そして幸せにな」
夫婦に礼を言われて闇はとても嬉しそうだった。
大きく口元を歪めて最後の台詞を言うと、始めからそこにいなかったように空だけがその場に存在してた。
自分らに救いの手を差し伸べてくれた闇に大いに感謝しながら智属の長は妻から子どもの預かった。
「では、自分はこの海を渡る。お前はどうするか?」
「私はあなたの帰りをここでずっと待ってるわ」
「……そうか。必ず戻ってくるから」
「いってらっしゃい、あなた」
夫婦は闇の気持ちを少しだけ逆らった。
夫婦ともども身を犠牲にしてまで子どもだけを生かせようとしたのである。
自分らの命より、新しい小さな命だけを救おうとした。
静かなる海に足をつけ、胴をつけ、首をつけ、ついに長は子どもを他大陸に運ぶ作業に取り掛かる。
海の水を掻き分けて前へ進む。
勇敢なる夫の姿を妻は祈りの体勢でずっと見届けていた。
+ +
蒼い海、白い砂浜。しかし空は一部だけ優れていない。
この大陸上…ピンカースでは清清しい天気であるが、南の方面は黒くなっている。
きっと南極沿いにある大陸では雨でも降っているのだろう。
のん気なことを考えながら、砂浜を歩いている夫婦がいた。
「海に来たのも久しぶりねあなた」
「そうだな」
「いい買い物も出来たし、一石二鳥だわ」
「そういってもらえると嬉しいよ。お前を連れてきてよかった」
「うふふ」
「あはは」
夫婦は仲良くお散歩だ。
妻の腕の中には小さな赤ん坊がすやすや眠っている。
この大陸上は天気が良いため、太陽光が砂浜に反射して眩しく輝きを伸ばす。
そのため目を細めて歩く夫婦であるが、ここでこれまでと違う輝きが目に入ってきて一層強く目を細めた。
強い輝きだ。太陽光に一番大きく反射を帯びる色があるのだろう。
何かと思って夫婦は無意識にそこまで歩み寄ってみた。
すると驚いた。
「…………人…?」
輝いているのは人の髪であった。
それは砂浜に埋もれている。打ち寄せてくる波に押され、ぬかった土の中へズンと沈む。
埋もれつつある人に驚き且つ「助けなくては」という使命感に溢れ、その人を助けに手を伸ばした。
その人は銀色の髪をキラキラと輝かせて、気を失っている。
「大丈夫ですか?」
夫が揺さぶった。しかし反応しない。
妻も同語で呼びかける。
暫く揺さぶっていると、やがて銀髪の人は目を覚ましたらしく、うーんと唸り声を上げた。
よかった、と安心した刹那。
「すみません!うちの子を救ってください!」
突然、夫婦に飛びついてきたのだ。
その必死さを浮かべた顔の下には小さな銀の塊があった。
「うちのソングを救ってください!」
「え?」
「我が一族は絶滅の危機に陥られているのです!すみませんがここは一つ、お願いします!」
「あの、どういう意味…?」
あまりにも早口なので夫婦は理解することが出来なかった。
急いでいるため銀髪の人は振り返らないが、説明はしてくれた。
「我が一族はクルーエルです」
「「え?!」」
「この子はクルーエルを救ってくれる最後の要なのです!どうかこの子を生かしてやってください」
勢いで土下座するクルーエル。
夫婦は思わず顔をあわせて同時にかしげた。
クルーエルといえば、誇り高い部族であり、他の人間とは交流を深めようとしない部族だ。
戦いだけに専念して何を考えているか分からない。
なので人々はクルーエルに怯えていた。
しかしこの様子から、クルーエルは危機らしい。
これは手を差し伸べるしかないであろう。
「頭を上げてください。わかりました。この子は私たちが引き受けましょう」
妻の言葉にクルーエルは頭を上げた。
その目からは涙が浮かんでいた。
「本当ですか…?我々に手を差し伸べてくれるのですか?」
「当然ですよ。困っている人をほうっておくことなんか出来ません」
夫からも流れる優しい言葉。
クルーエルはまた深く頭を下げ、子どもを夫の方に預けた。
「本当にありがとうございます。助かります」
「クルーエルが一大事なんですね。気をつけてくださいね」
「この子は私たちに任せてください。あなたたちの代わりに立派な子に育ててみせます」
銀の子を預かり、夫は優しく抱いた。
わが子と同じように小さな子。そして美しい子だ。
背中を向け、また海に向かおうとするクルーエルは再度こちらに顔を向けた。
「ちなみに、この子が着ている服の内側に、この子の情報が載っていますので、ご覧になってください」
「あら、ご親切にありがとうございます」
「頑張ってくださいね!」
いつの間に海に入ったのだろうか、クルーエルは銀の頭だけを海から出して、豪快に泳いでいた。
また自分らの地に戻るのだろう。
ピンカースからブラッカイアまでの距離は相当なものであろうに。
突然やってき、そして過ぎ去っていったクルーエルの存在に、少しばかり疑問を浮かべながらも、夫婦の表情は非常に優しく微笑んでいた。
「クルーエルも大変なのね」
「そうだな。それにしても大変なものを授かってしまったな」
「この子の名前、確か…ソングって言ってたわね」
「奇遇だな。我が子もメロディという名前なのに」
「うふふ。それじゃあこの2人、きっと仲のいい兄弟になるでしょうね」
「何言ってるんだ。夫婦だ夫婦。この2人は自分らのような夫婦になるに決まっている」
「うふふ。あなたったら〜」
「あはは」
クルーエルの子を授かり、数日が立ったある日、臨時ニュースが全大陸に流れた。
『「武」の族であるクルーエル一族が何者かの手によって滅びた』と。
悲しい知らせであったが悲しむ人は少なかった。ほとんどの人が喜びに満ち溢れていた。
クルーエルといえば、凶悪な一族だ。
世に知れ渡っている情報というものが人殺ししかしない一族だというものだけ。
だから人々にとってはその存在が消えたという知らせは嬉しいという感情しかにじみ出なかった。
クルーエルの中でも世界のために力を注ごうと思っている属が3つもあったのに、
世間は戦争しか好まない4つの属の存在しか知らない。
何とも悲しい現実である。
その中で、髪色の違う赤ん坊を二人抱いた夫婦だけがクルーエルの死に悼んでいた。
+ +
クルーエルの情報はそれ以来途切れた。当たり前だ。クルーエルは滅びたのだから。
しかし現実は違う。
クルーエルは滅びてなんかいなかった。
人は少なくなったが生きていた。
操り人形としてだけれど…。
「我々はエキセントリック一族のために戦うことを誓う」
銀色は闇に支配されることはないと思っていたが、現実は甘くない。
真っ暗の中、輝くものなんていないのだ。輝く銀だろうとも光が一つもない場所では黒と紛れる。
そのため銀もその黒に支配されてしまったのだ。
「エキセントリック一族の護衛のため、我々は全力尽くしてこの"殺血"をめぐらす」
狂った魂になってしまったクルーエル。
自分らの誇りも支配され、それは逆に利用される。
黒ローブを着た黒づくめの年寄りに呪いをかけられて。
「クク…身内同士で考えがまとまらないとは見苦しい一族じゃ。しかしこれからは身内で争わないですむ。ワシがお前らの一番尊重するタトゥに呪いをかけたんじゃからな。これでお前らはワシらの手下じゃ。思う存分ワシらの護衛のために暴れればよい…クク…」
クルーエルの右腕のタトゥに呪いをかけて"殺血"の循環を狂わせた。
それによってクルーエルは自分らの目的を忘れ、その上で老人は言葉を下した。
「エキセントリックの護衛につくのじゃ」と。
頬に深くしわを掘るほど強く口元を歪めて、エキセントリック一族の老人『C』は笑った。
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クルーエルの物語でした。
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