俺は一体何をしているんだ?


襲い掛かった勢いで倒れたメロディに向けてハサミを掲げる。
ソングは心の中で自分の行動を否定し今すぐにでもハサミを投げ捨てたかったが、心の奥底では違う感情をにじみ出していた。

不敵に笑っているのだ。

血がほしい、血を浴びたいと体内に漲っている"殺血"がそう訴える。
だから行動を止めることが出来ないでいるのである。

このときにソングは感づいた。
もしかしたら自分はただの人間ではないのではないかと。
そしたら何だ。自分は何なのだ。

まさか…
血を好み、血を見るために無意味な戦いをするあの残酷な一族…?

自分が…?


「………っ……メロディ…」


我を忘れないように、自分の下になっているメロディに声を掛けたがメロディは反応しなかった。
涙をポロポロ流しているからだ。
怖いのだろう。ハサミが刺さるのではないかと不安なのだろう。
自分の相手であるソングが突然自分を襲ってきたことが何より怖かったのだろう。

口を押さえている手の隙間にメロディの涙が割り込んできた。
人肌程度の温もりが入ってきて。メロディが泣いていることに心が締め付けられて。
自分がしていることが怖ろしくて。そして情けなくて。申し訳なく思えて。
メロディに本当に失礼なことをしていると思っているのに、そんな自分に勝つことが出来ない。
それが悔しくて。


「……っ!」


ズキっと頭痛が走った。何故?
"殺血"に逆らおうとしているからだ。
だから"殺血"が怒っている。ソングの体内に廻って暴れるのだ。


「……他の奴の血なんかほしくない…」


必死に否定の言葉を吐き、また頭痛に覆われる。
頭痛は文字通り痛いものであるがそれに耐えないと自分は下にいるメロディにハサミを突き刺してしまう。
それが怖くて、必死に否定する。

だけれど"殺血"は許してくれない。


葛藤して頭が痛む。
そのときに右手にもぞもぞと何かが動いた。
口を覆われているメロディの唇が動いたのだ。
何か言っている事に気づいてすぐに手を離した。


「…ソング…」


大きく見開かれたソングの目線の先にはメロディがいる。
そのメロディもソングを見ながら、泣いている。
口を自由にされたメロディが口を開いた。


「ソング、痛いの?」


それは優しい言葉。
頭痛に襲われて顔が顰めていたのだろう。苦い表情になっているソングにメロディは手を差し伸べた。
ゆっくりと、だけれど確実に、精一杯手を伸ばす。

銀色の髪に再び触れる彼女の手。


「……………メロディ…」

「私にはソングに何が起こっているのかわからない。だけど…」


優しく銀の髪をなぞり、涙も優しく流す。


「私はソングの苦しむ姿を見たくない」

「……」

「だから、もうやめよう?」


また頭痛が走った。
メロディの涙を見るたびに痛さが増してくる。


「……やめたい…」


メロディの涙を見たくないから、ハサミを向けるのをやめたい。
だけれど……。

メロディは差し伸べていた手をまた元の場所に戻した。


「それじゃ、やめよう」

「だけど無理だ」

「どうして?」

「体が言うこと利かないんだ…」

「……」


メロディに今の自分の状況を伝えた。


「メロディの血を見た瞬間、内から何かが湧き出てきたんだ。それを阻止しようと堪えていたけど気づけばメロディにハサミを向けていた。今だってすぐにでも元の体勢に戻ろうとしているのに体はハサミを持ったまま…もしかしたらこのまま刺してしまうかもしれない………」


震える瞳の先にはメロディがいる。
そのメロディが涙を拭き取った。

ソングの言葉を聞いて泣くかと思いきや、メロディは涙を拭って笑って見せたのだ。
もちろんソングは驚いた。


「なぜ笑う?」

「だって…ソングが私のために泣いてくれてるんだもん…それが嬉しくて、嬉しくて…」

「え?」


知らなかった。
目から涙が流れていたなんて。


「私、ソングにハサミを向けられたとき、何か気に障ることしちゃったのかなって思ったの。ソングが怒って私を脅しているかと思ったの。だけど違った。ソングは私のために内なる自分と戦ってくれてたんだね。……嬉しい」

「…メロディ…」


優しい言葉でまた頭が痛む。
だけれど自分は負けてはいられない。
嬉しさを表情に出しているメロディに、答えなくては。

涙が顎から滴り落ち、今は何も掴んでいない右手に降りかかる。
これ以来落ちないように涙を拭って、ソングは口を開いた。


「やめよう。女にハサミを向けるなんて最悪だからな」


そのとき、心からやってくる不思議な力。これは、そうだ、自分の本当の血だ。
血が再び体内に戻ってきて"殺血"を掻き消していく。

そして気づけば、ソングはハサミを投げ捨てていた。


「「…………………」」


お互いに驚いた。

ソングは驚いた。今まで出来なかったこの行動がいとも簡単にできたのだから。
メロディは驚いた。危険な模様を描いていたソングの瞳が元の黒に戻ったから。


今は頭痛が走らない。
そのうちにソングは立ち上がりメロディを放した。
後方へ飛ばされたハサミを取りにメロディに背中を向けて、ハサミを手に入れる。


「…やめられた…」


本当に驚いた。行為を止めることが出来たことに。
今ハサミを持っても何も変な気が起こらない。

自分は正常に戻ったと確信した。


メロディもソングの様子に気づいてすぐに飛びついていた。


「ソングー!!」


ソングの背中に飛び掛り腕を腰に回した。
突然背中を抱きつかれてソングはまたもや驚いた。


「おい、ちょっと…?!」

「よかったね…!勝てたんだね?勝てて元のソングに戻れたんだね?」


メロディの体温を背中から感じ、何だか心が和らいだ。


「…ああ。よくわからねえけど勝てた」

「私は信じてたよ。ソングは私を絶対に刺さないって」

「ホントかよ?あんなに泣いてたくせに…。って、早く離れろよ!」


メロディが背中に抱きついているこの状況に気づき、ソングは顔を赤くしながらメロディを蹴散らした。
先ほどまで生と死を彷徨っていたメロディも今はいつも通りになっている。
だけれど顔をリンゴのようにして、無邪気に微笑んでいた。


そのとき、遅けれども夫婦がやってきた。
やはり2人の様子が気になり、様子を見に来たようだ。
心配した表情をしていた夫婦だけれど、赤面している子達をみた瞬間
まさか何かしちゃったのかしら?と同時に口にした。
それにもちろん子2人が同時に反論し、先ほど起こった事件を語った。

2人から大まかな話を聞くと、母が顔色を悪くし、父がやはりなと口を硬く開いた。


「…実は前々から2人に言っておかなければならないことがあったのだ」


そう出だし、今やっと2人にソングの正体を告げる。



数年前のある日、遠い大陸から泳いでやってきた者がいた。
それは凶悪な一族であるクルーエル。しかし彼の様子はおかしかった。
彼は赤ん坊を抱いて、自分らに必死にこう訴えたのだ。「この子を助けてください」と。
そして熱い言葉に頷いてその子を預かった。

それがソングだったというわけだ。



「そういうわけで、ソングはクルーエル一族の生き残りとなるのだ」


クルーエル一族はソングがこの大陸に渡って数日がたったある日、全大陸放送によって滅びたことが告げられた。
よってこの世に存在するクルーエルはソングだけというわけだ。

現実は違うのであるが、それを知っているのはエキセントリック一族だけであり他の全国民は知らない。
だからクルーエルはもう存在しないものだと思っているのだ。


自分の正体を知ってソングは首を垂らした。


「…やはりか。俺はクルーエルだったのか……」


人殺しを平気でやってしまう一族の生き残り。
嬉しくない情報であった。

俯くソングをメロディが宥めた。


「大丈夫だよ。私はソングが何だろうと関係ないもん。ソングはソングだから」

「…メロディ」


メロディの言葉を聞いて、沈んだ気持ちが浮上した。
顔をあげメロディを見ているソングに父が目を下げる。


「悪かったなソング。伝えるのが遅くて」

「全くだ。おかげでメロディを殺すところだった」

「うふふ。だけどあなたはクルーエルの血に勝てたようじゃないの」


本に書いてあった。
クルーエルの"血の模様が浮き上がっている瞳"を見た者は生きて帰れないと。
必ず殺されると、記載されていた。

しかしその瞳を見たメロディは現に生きている。

そのメロディがニコニコ微笑んで説明した。


「ソングが勝ったの!"クルーエル"のソングにこのソングは勝ったんだよ!だから私は生きてるの」

「知らないけど、抑えることが出来た」

「うふふ。やっぱりソングはメロディに手を出さなかったわ」

「あはは。メロディの愛にクルーエルの血も勝てなかったか」

「「愛?!」」


陽気に笑う夫婦に対して、ソングとメロディは顔をまた赤くして驚きの拍子で声を上げた。
しかし父に軽く流される。


「ソング。今から少しクルーエルについて学習してもらおうか。奥の部屋にある書斎室においで」

「わかった」

「私も来ていい?」

「うふふ、メロディったらどこまでもソングについていきたいのね」

「や、やめてよお母さん!私はクルーエルについて知りたいだけだもん!」


言い争っている間に先に部屋から出て行ってしまったらしい。
メロディは急いでソングのあとをついていくために部屋から出て行った。

部屋にはメロディ母1人だけ。
彼女は身を崩し座り込むと、大きく安堵の息をついた。


「本当によかったわ。メロディもソングも無事で…」


母はこのことが一番嬉しかった。



+ +



「このタトゥ…血を飲むのか…」

「何だか怖いね。……あ、そっか!だからあのとき私が血を流したのに反応してこのタトゥが姿を現したのね。そして血を飲むために私に襲い掛かったんだ」

「……悪かったなメロディ」

「ううん。気にしていないよ」


本でいろいろ学んだソングとメロディは夜道を歩いていた。
気を安らげるために散歩をしているのだ。もちろん、この行動は親から許可を得ている。

右手の裾を捲り上げてタトゥを睨むソングにメロディがまた微笑みかけた。


「カッコいいタトゥだよね」

「は?」

「ソングに似合ってるよ」

「…そうか」


メロディは褒め上手だ。そして言葉選びも上手い。
この台詞はきっと、落ち込んでいるソングを元気付けようと選んだ言葉であろう。
健気なメロディにソングは感謝した。

裾を元に戻してタトゥをしまう。
そして両手をポケットに突っ込む。
夜は少し冷えるため、息を吐くと白い塊が宙を舞う。

少し沈黙が下りてしまったので本で学んだことを口にした。


「俺の目、変わっていたか?」

「え?」

「その、変な模様に…」

「あ、うん。瞳孔を中心にして血の模様が渦を巻いていたよ」

「本当かよ……はあ…俺、人間だよな?」

「一応ね」

「一応か……」


メロディに気づかれない程度に頭を下げて、それからすぐに頭を上げる。
ふうっと空に息を吹きかけると白い模様が浮き出た。そしてすぐに消える。

メロディも一緒になって空を仰ぐ。
同じ空を二人が見る。
空にはまん丸お月様が顔を覗かしている。

月を見て、ソングがある言葉を思い出した。


「闇の中でぼやりと輝く月は闇路を銀色に照らして行く道を導いてくれる、か」


それは、メロディがソングの銀の髪を切るときにふと口にした言葉。
メロディもそれを覚えていたようで、えへへと笑った。


「うん。今も導いてくれてるね」


目線を遠くにもっていくと自分らが歩く道を誘導するように月が地面を照らしてくれていた。


「そうだな」

「そしてソングも導いてくれてるね」

「ん?」

「私をいい未来へと」


「…………アホか」



月明かりの下、メロディがこっそりとソングの腕に手を通す。
すぐに文句を言おうとしたけれど彼女の存在が温かくて、結局は何も言わなかった。

月に反射し優しい色を帯びる髪。


それは月色。












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「― 月色 ―」終了!また現実に戻ります。

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