「…………?」
快適足長グッズを盗むか盗まないかで悩んでいるクモマの隣ではチョコが置物を抱え込んで移動している。
それを背景に、カツラコーナーでアフロを試着していたブチョウが突然目の色を変えて右を振り向いた。
そこには本で埋め尽くされているコーナーがあった。
「……何か、嫌な殺気を感じたのよね…」
殺気やらに敏感なブチョウがそう呟くと、いつの間に隣にいたのかトーフも頷いていた。
「ワイも感じたで。本コーナー辺りから感じたんやけど、今は何もないみたいやな」
2人が目線を合わせている本コーナーには人影はなかった。
重たい空気だけが漂っている。
「そうね。今は何もいないけど、さっきはいたのよ」
先ほどまで食べ物を懐に入れる作業をしていたトーフは、店員の動きだけに目を向け他の客なんて見てもいなかった。
ブチョウの言葉の続きが気になり、「誰がいたんや?」と訊ねる。
するとブチョウは目の色をさらに鋭くし答えた。
「凡よ」
「……え?」
思わず拍子抜けな声を出たが、言われてみれば確かにそうだ。
ソングは何気に本が好きなのだ。だから本コーナーにいた理由も分かる。
だが、その本コーナーからは殺気を感じた。
殺気はこの店から出て行くように消えていき、ソングも本コーナーから消えた。
そうすると、まさか……?
「あん殺気はソングが出してたもんなんか?」
「…さあ?分からないわ。だけどずっとここにいた私だから言えることなんだけど、本コーナーは凡しかいなかったわよ」
カツラコーナーからでは本コーナーが嫌でも目の端に映るという位置に値する。
そのためソングしか本を見ている者がいなかったということが言えるのだ。
しかし、一瞬だけ目をアフロへと集中させてしまい本コーナーにいるソングの姿を見なかったときがあった。
そのときビビっと殺気を感じたのである。
顔を上げ、殺気の感じた方を振り向いてみるとそこは本コーナーであり、そこにいたソングがいなかった。
「凡しかいないのよ。あの殺気を出した者というのが」
「ほんまかいな…」
「やっぱり快適足長グッズは諦めるよ。どうせ伸びないものは伸びないんだから…」
「他の村の商品って変なものがたくさんあって面白いぜ!」
「この置物めっちゃプリチーだよね!」
奥底から込み上がってくる否定の悲鳴は額の汗へと滲み変わる。
ソングが犯人であるはずないと自分に言い聞かせているとき、クモマとサコツとチョコが現れた。
チョコは変な置物を抱えて汗を流している2人へと呼びかけるが、2人は反応しない。
じっと本コーナーを睨んでいるのだ。
反応しないのでチョコは気になった。
「どうしたの2人とも?」
「いや、ちょっとな…」
そう言い返すトーフだけれど目線はやはり変わらない。
なのでチョコは居た堪れなくなり、置物を元あった場所に戻していき、何も持っていない状態でブチョウにしがみ付いた。
「ねえ?どうしたの?何かあったの?」
「…………」
必死にブチョウの白いマントを掴んでグイグイ引いては訊ねるものの何故か反応してくれない。
ブチョウは目を瞑って何かを悟っているようにも見えた。悟っているって一体何を?
やがてそんなブチョウが口を開いた。
「…まだ感じるわ。邪悪な殺気を」
「え?」
「外にある殺気がここまで伝わるとは相当すごいことになってるようね」
「姐御?」
「………凡め…!」
舌打ちを鳴らした直後、ブチョウはチョコを振り落として突っ走ってしまった。
倒れそうなチョコをサコツが支え、手ぶらのクモマが目線を落としてトーフに訊ねる。
「一体何が?」
「あんたらはついてこない方がええかもしれへん」
しかしトーフは場の状況を知らない3人に忠告しただけで、あとはブチョウと同じように行動に移した。
トーフまでも店から出ようとしているため、3人は首を傾げあう。
「何だぁ?あいつら」
「まさか私のこと、嫌いになっちゃったのかな…どうしよう……」
「それは大丈夫だよ。トーフたちは僕たちに忠告を促してくれたんだから。きっと外に何かあるんだよ」
唇を噛んでいるチョコにクモマが慰めかける。その間にサコツは表情を悲しみ色に顰めて外を睨んでいた。
サコツも悪魔なため、殺気とかを感じることが出来るのだ。
外から異様な殺気を感じ、恐怖に顔色を変えた。
「やべー気がするぜ…。ちょっくら俺も外の様子を見に行ってくるぜ」
「それだったら僕も行くよ」
「私も…」
「いや、チョコは……」
クモマは力も強いしいてくれたほうが心強い。
対してチョコは女だしすぐに押し負けてしまう。だから危険なところにはあまり連れて行きたくない。
だけれどチョコの目は誠に真剣だった。
目で訴えられて、結局3人で外へ出ることにした。
心には一つの大きな不安を抱えて。
+ + +
人通りが全くない裏路地。影で覆われた裏路地。銀色が淡く浮かぶ裏路地。
「…………」
ハサミの刃先を相手の喉仏に置いて黙らせている影は、銀色の髪から不気味さを放っており、大きな目は瞳の中が瞳孔目掛けて充血し血の色になっている。
口元を歪めて不敵に笑い、相手を無言にさせる。
「……」
「残念だったな」
異様な殺気を場に漂わせて、ソングが言った。
「不思議に思ってもそれは口に出してはならないものだった」
「……」
「正直者は損をするだけだ。だから今だってこんな目に遭っているんだ」
「……!」
ソングのターゲットになっている村人は恐怖に息を呑んだ。
そのときに喉仏が動いてしまい、少しだけ切れてしまった。血が一文字に浮き上がる。
血を見てソングはまた口元を吊り上げる。
「それだけの血では足りない。もっと血を噴出せ。そしたら気がすむ」
「…」
懸命に動きを止める村人だけれど目は先ほどから引きつっていた。
恐怖に押しつぶされているのだ。喉元には刃先が置かれ、少しでも動いてしまえば自分は死んでしまうのだから。
しかしソングは、死ねと言う。
「俺は他の奴らとは違う血筋を持っている。それは血を好む血筋。だから…」
俺のためにここに血を降らそう、と続くソングの言葉はここで途切れた。
背後から忍び寄る複数の影に気づいたから。
それは5つの影。よく知っている影らだった。
「何してるのソング?!」
真っ先に悲鳴を上げたのはチョコだ。目を見開いてソングの行動を見ている。
殺気に押し殺されそうになっているサコツも表情を顰めたまま叫んだ。
「お前、何考えてんだ?」
「どうしてそんなことを?何かあったのかい?」
続いてクモマも口を開いて訊ねた。ソングがしている行為が全くわからなかったから。
しかしソングはどれにも答えようとしない。ターゲットである村人をじっと睨むだけ。
睨まれている村人もソングの瞳に言葉を失っている。
「あかん!殺気がこの上ないものになっとるわ!はよ止めんと…!」
「任せろ!」
トーフの警告に反応したサコツはしゃもじを取り出し"気"を溜めるとすぐさまソングの手を狙って撃った。
命中率が高いため、"気"は確実にソング目掛けて飛んでいく。
しかし、ソングのハサミにより"気"は斬られてしまった。
だけれどそれだけでも十分に良かった。
村人の喉元に刃先がなくなったのだから。
村人に危険がなくなったところで足の速いチョコが村人を助けに突っ走る。
「…っ!」
疾風の如く駆け去っていったチョコの脇下には村人がいた。ソングから助けたのだ。
村人が自分の手元になくなったことに気づくとソングは大きく舌を鳴らし立ち尽くす。
後ろを向いたままのソングをブチョウが睨みつけた。
「危ない殺気を放っていたわね凡」
その場に風が吹く。よって全員の髪も靡き、銀色の髪もざわっと舞う。
「あんた、どないした?村人に刃を向けて何をしたかったんや?」
トーフも先ほどからクモマたちが尋ねていた質問を吐く。
場が歪む中、やがてソングがこちらを振り向いた。
すると全員の顔色が青ざめた。それはいわゆる恐怖という色だ。
ソングの瞳をみて言葉を失ったのだ。
瞳の中が充血して、瞳孔目掛けて渦を巻いている模様が映し出されているソングの瞳。
今までに見たことのない瞳だった。
これは何?
どうしてソングがそんな瞳を持っている?
やがて邪悪なソングが口を開いた。
「何を驚いている?」
ソングの問いに誰もが無言で返す。
しかしその中でクモマが何とか答えた。
「キミの瞳が…」
「俺の瞳?これが俺の正体なんだが」
「…キミの正体?」
また風が舞う。銀が踊る。
ぎゅるっと音が出そうなほどに瞳の模様を回転させるソングにまた言葉を失いそうになりながらもまたクモマが訊ねる。
「キミの正体が何だというの?キミは……」
人間じゃないのかい?
ブチョウも口を開く。
「こんな殺気を出せるなんて、並の人間じゃなさそうね。私はあんたのことが前々から気になっていたんだけどまさかここまで異常だとは思ってもいなかったわ」
「お前は、何なんだよ?」
強張るサコツにソングはまた不敵さを見せた。
「悪魔よりはマシな部類だな」
「…!」
「俺は人間だ。しかしただの人間ではない。ある血筋が流れている人間だ」
風が止む。全員の髪や服は静まったが、一つだけは静まらない。
そう、ソングだけが髪を靡かせている。
無音の中、やがてソングが言った。
「俺は"殺血"を持った一族、『クルーエル一族』のソング・C・ブラッドだ」
ついにソングの正体が明かされた。
ソングはクルーエル一族のソング・C・ブラッドだと言う。
思いもよらなかった告白に言葉を失う。
絶句の嵐の中でトーフが前に出た。
「クルーエル一族…!そん一族は…」
「何だ?」
冷たいソングの声に押しつぶされそうになりながらもトーフは自分の脳内にある知識を振り絞った。
知っている情報をソングにぶつけた。
「クルーエル一族は滅びてるはずやで!」
「「?!」」
「クルーエル一族は15年ほど前にどっかの一族と戦って滅びたとワイは聞いたで!」
「それは誰から聞いた情報だ?」
「……っ」
「馬鹿げてる。まだこの一族は滅びてない。しかし、滅びたと言っても過言ではないな」
ソングは語った。自分の一族について。
「クルーエル一族はこの大陸にない一族だ。南極に値する大陸『ブラッカイア』の、とある小さな一族」
銀色を靡かせ、色を強調する。
「クルーエルは『武』の族で、暗殺や戦争を好んでしている」
「「……」」
「最も闇に近い人間だな」
今までのソングとは思えない…。
目の前にいる者が、今まで凡人だと思われていたあのソングなのか。
ソングも実は凡人ではなかった。
危険な一族の者だった。
そのソングが口元をまた歪める。
「クルーエル一族の特徴は、血を浴びても色を維持することが出来る銀の髪と、殺血を体内に流したときに血の模様が浮き出る瞳、それに」
手にハサミを収めたまま、ソングは腕袖を捲くり、忘れ去られていたあの存在をこの場に披露した。
「血を好むタトゥだ」
右手首に描かれているこのタトゥを見て、露天風呂で存在を知っていたサコツは「あっ」と声をあげ、残りのメンバーはたちまち絶句していた。
普通のタトゥにも見えるけど何か異様なオーラを放っているタトゥでもある。
残酷に切り込まれた右手首の存在に唖然とするのみ。
対して殺血が体内に駆け巡っているソングは、自分が狙っていた村人に向けて瞳をあわせた。
「お前は、ここから立ち去れ」
「…え?」
「お前には関係のないことだ。それともこの俺に殺されたいか?」
「!」
「さっさと失せろ。これからはこっちの話だ」
瞳で睨み村人を追い出す。
後退して裏路地から離れていく村人はやがて走って逃げてしまった。
また嫌な空気が流れるこの場には、ラフメーカーの仲間たちだけが残っていた。
「…ちゃんと話してもらうで。違う大陸の部族であるあんたが何故こん大陸に来て何も悪さをせずにいたのか。何故メロディさんと一緒にいたのか。全てをワイらに話してくれや」
目を閉じたソングはタトゥをしまい、その場に座り込む。
そしてまたこの場に瞳を披露したときはいつもの黒い瞳に戻っていた。
いつもの姿に戻ると、ソングはトーフの言葉に頷いて、全てを話した。
「俺がクルーエルとして生まれて1年がたったある日、我が部族が隣りの部族に突然襲われた。それがクルーエルを狂わせた事件でもあった」
ハサミの輝きによってソングの瞳が映し出される。ハサミの色である藍色に。
「その部族というのが、闇そのものの一族である…」
息を吸って、勢いよく吐き出した。
「『エキセントリック一族』だ」
闇そのものの一族と聞いて、メンバーの目の色が変わった。
まさかその一族というのは……ミャンマーの村を襲った闇たちではないかという思案をめぐらせて。
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次からソングの過去に迫ります!
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