遠い昔から現代までに言い継がれている旅の物語。


45.オトギの村


昔々…ではなく今現在、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川から何と大きな桃が流れてきました。
その大きな桃は、どんぶらこどんぶらこ、と流れてきます。
おばあさんは水流の速さなど関係なく手を伸ばしては大きな桃を手に入れることに成功しました。
この大きな桃を家で食べようと思い、おばあさんは洗濯の途中だったのにもかかわらず大きな桃を担いで家まで帰ってゆきます。

家に帰ると、まだおじいさんは帰ってきていないようで誰もいませんでした。
おばあさん1人だったけれど、おじいさんの帰りを待つほど気が長くなかったので、大きな桃を切ろうとしました。
台所から包丁を取り出して、まな板の上に大きな桃を置きます。
大きな桃はまな板から余裕を持ってはみ出していました。食べ応えのある桃のようです。
早くこの桃を口いっぱいに含みたかったおばあさんは、やがて包丁を桃の先端部分からちょんと振り落としました。

すると…



「わあ!びっくりしたなぁ!いきなり包丁振り落としてこないでよ!」


そこから出てきたものは桃の甘い香りと果実と果汁ではなく、
人間の男の子でした。


「ええ?!何だいこれ?一体ここはどこ?」


桃から出てきた男の子です。ちなみに服は着ています。
その人間を見ておばあさんは大変喜びました。


「あらまあ、人間の子がでてきたわい」


実はおじいさんとおばあさんの間には愛はあったのですが形としては恵まれませんでした。
子どもも出来ずにここまで2人は衰えてしまっていたのです。

そのため、目の前の男の子の誕生は、2人の夢が重なりました。


「あ、おばあさん。はじめまして」

「まさか桃から男の子が出てくるとはのう。これは天からの授けものじゃろうか」

「え?」


桃から出ていた男の子の姿を見ておばあさんは喜びいっぱいの目を向けます。


「早くおじいさんにも見せてあげたいのう。わしらの愛の子じゃ…」

「ええ?!何のこと言ってるの!?愛の子ってどういう意味!ってか、ええ?!僕ってまさか桃から出てきたの?!」


男の子が驚いているとき、玄関の戸が開きました。
おじいさんが帰ってきたのです。
戸の隙間から顔を出すおじいさんに、おばあさんは今の喜びを伝えたくて駆け出しますが、おじいさんの方が先に行動に出ました。
おじいさんは後ろを振り向いて何か言っているようです。誰かを連れてきたのでしょうか。


「さあ、ここが今日からお前が住む家じゃよ」

「マジでかよ!すげーぜ!俺ってば拾われちゃったのか?」


おじいさんに続いて顔を覗かせたのは赤髪の女の子でした。
着物を身に纏い、濃い化粧をした女の子がやってきたのです。
女の子の姿を見てすぐさま反応したのはおばあさんではなく桃から出てきた男の子でした。


「ええ?!サコツじゃないか!どうしたんだいその醜い姿は!」

「おお、クモマ!お前も何してんだ?足元に真っ二つになった桃を転がしてよー。まさか桃から生まれてきたのか?」


何と2人は知り合いのようです。
そのことにおじいさんもおばあさんもビックリです。

立ちながら話すのも疲れるということで、おじいさんとおばあさん、そして桃から出てきた男の子と赤髪の女の子は庵を囲んで座り、これまでのことをお互いに伝えます。

まずはおじいさんからです。


「わしは山の芝刈りをしていたんじゃが何を思ったのか山に生えておった竹も切りたくなってのう、竹を切り出したんじゃ」

「ええ!芝刈りの鎌で竹切っちゃったの?!」


桃から出てきた男の子がおじいさんの凄まじさに驚きの表情をとります。
おじいさんは頷いて、言葉を前言とつなぎます。


「山で竹切りをしていたときのこと、わしは一本の金色に輝く竹を見つけたのじゃ。いと怪しく思ってわしはその竹に近づいてみた。すると竹の中から温かい力が溢れておったのじゃ。興味に注がれてわしは竹を切ったんじゃ。すると」


おじいさんは、隣に座っていた赤髪の女の子の肩に手をポンと乗せました。


「この子が出てきたのじゃ」

「ええ?!サコツは竹から出てきたの?!その格好で!」

「な〜っはっはっは!知らねえけどそっから出てきちゃったんだぜ!俺も驚いたぜ!」


後者の2人の会話はまるで耳に入っていないのか、おばあさんは目をウットリと潤して女の子の顔を見ています。
ややあっておばあさんが口を開きました。


「美しい女の子じゃのう」

「ええ!どこが?!」

「じゃろう?赤い髪と赤い唇がミスマッチしておって麗しい女の子じゃろう」

「待って待って!この子は女の子じゃなくて男の子だよ!見ての通り男の子じゃないか!」

「な〜っはっはっは!あちしは可愛い女の子よーん」

「ああーサコツがまた調子に乗っちゃったぁ…」


桃から出てきた男の子が頭を抱えているとき、今度はおじいさんがおばあさんから話を聞いていました。
おばあさんは男の子誕生のことを話します。


「川で洗濯をしていたときに大きな桃が流れてきたんじゃ。見るからに美味しそうな桃じゃったからおじいさんに食べさせようと思って持って帰ってきたんじゃ。しかしおじいさんがいなかったから仕方なく1人で桃を割ってみた。そしたらこの男の子が出てきたんじゃ」


こちらも同じく隣に座っている男の子の肩に手を乗せます。
するとすぐに首を突っ込んできたのは麗しい女の子でした。


「なーんだ。クモマはやっぱりその桃から出てきたのかーん?」

「う…そうなんだよ…何でこんなことになっちゃったんだろう…」


不思議なものから生まれてきた人間同士が仲良く談話をしていると、それを見守る視線があるのを感じました。
おじいさんとおばあさんが幸せそうに微笑んで見ていたのです。

おじいさんがその口を開きました。


「この子らは子どもに恵まれなかったわしらへの天からの授けものなんじゃろう」

「じゃろ、わしもそう思ってたんじゃ。それにしても同時に男の子と女の子を授かってしまうとは驚いたのう」


おじいさんとおばあさんの言葉に目を見開くのは男の子と女の子です。
2人はほぼ同時に言っていました。


「申し訳ないんですけど僕らは他所から来た旅人なんですよ。天からの授け者じゃないんです」

「俺らはいろいろあってこの村に落とされただけだぜ!だからじーちゃんとばーちゃんの子どもじゃないんだぜ!」

「「この子らに名前をつけよう」」

「「聞いてねえ!!」」


ついに念願の子どもを手に入れたおじいさんとおばあさんは授かった天の子に名前をつけることにしました。
まずは竹から出てきた女の子からです。


「この子は竹から生まれたお姫様のような子じゃから『かぐや姫』とつけるかのう」

「いやいやおじいさん。この子の髪の色を見て御覧なさいよ。美しいチューリップの色をしとる。この子はきっと将来美しい女の子になるのは間違いない。じゃから『チョンマゲ姫』にしましょう」

「いやいや、そこまで髪色でひっぱっておきながらその名前はあんまりだろう?!」


竹から出てきた女の子には『チョンマゲ姫』という美しい名前がつけられました。
将来が楽しみですね。

さて次は桃から出てきた男の子です。


「この子は何て名前にしようかのう」

「桃から生まれたから『桃太郎』というのはどうじゃ?」

「いや、それではノーマルすぎる。ばあさんや、この子をよく見てみるのじゃ。この子の足、ありえないぐらい短いのう、じゃから『短足太郎』というのはどうじゃ?」

「あらまあ、大賛成じゃ」

「な〜っはっはっは!クモマにぴったりじゃねえか!」


桃から出てきた男には『短足太郎』という逞しい名前がつけられました。

庵を囲んで談話する4人。その中で短足太郎だけが俯いていましたが、談話は続けられ、やがて日が落ちたので就寝しました。



+ + +


「おいおいおいー!これってどういうことなんだ?」


部屋でおじいさんとおばあさんが寝たのを確認すると、二つの影は外に出た。
その中の一つの影が声を抑えつつ叫ぶと、先ほどからしょげていた影がようやく口を開いた。


「わからないよ。どうして僕たちがこんなことになっているんだろう?」


前者はチョンマゲ姫と名づけられたサコツ。
後者は短足太郎という醜い名前を与えられたクモマだ。

忠実に気持ちを名前に表さなくてもいいじゃないかと悲しんでいるクモマにサコツが宥める。


「まあまあ落ち込むなって」

「う、うん…」

「俺も何故か女になってしまってるしなー。意味が分からないぜ」


月明かりの下、サコツとクモマが少し過去を思い出す。

そうだった。
ラフメーカーのメンバーは前回の村…ミャンマーの村で、様々な黒づくめの奴らに追われていたのだ。
そこで正義の魔術師…天才エリート魔術師である『L』がメンバーのことを護ってくれて、
村から脱出するときに『L』がどこかの村へ魔術で送ってくれた。

あのときの『L』は魔力が少なくなっており、うまくコントロールすることが出来なかったのであろう。
何だか不思議な村へと送ってしまったようだ。
そのためクモマとサコツはある物語の主人公のような登場シーンを繰り広げてしまった。


大体の事を思い出し、サコツがそうだったそうだったと笑い出し、クモマは顔色を悪くする。
やはり『L』は疲れていたんだ。それなのに自分らはここまで世話になってしまったと、申し訳なく思う。

しかしそれは今は考えても仕方のないことだ。
今は今のことを考えなくてはならない。


「まあー『L』が俺らをあの危険な村から出してくれたんだし、ここは感謝しなくちゃよー」

「僕の憧れだった村…ミャンマーの村が変な黒づくめの人たちに乗っ取られてしまうし、『L』さんには迷惑かけてしまったし、変な村に来てしまったし、桃から生まれてしまったし、挙句の果てには短足扱いか………」

「ああーダメだぜ。クモマがソング並みに落ち込んでしまってるぜ…」


いつまでたっても落ち込んでいるクモマにサコツは頭を抱えた。
でもそれは仕方のないことだった。自分らの変な扱いをされ、クモマの場合は短足太郎という名前。それは彼にとっては心までもが傷つくものだ。

クモマが立ち直るまで待っておこうとサコツは暫くの間、月を眺めることにした。
晴天の次にはまん丸お月さまか。どれも縁起のよいことだがどちらも不幸な結果だ。
雲ひとつない晴天の昼にはミャンマーの村が乗っ取られ闇へと化し、まん丸お月様がいる夜である今はおとぎ話の世界へお邪魔中。
どちらも平穏ではないため、今の体は静けさを求めている。

そして今はその静かな時間だ。
ここでようやくサコツも安心といった表情を作る。


「まあまあクモマ、月でも見て心を落ち着かせろって。そして明日にはじーちゃんとばーちゃんには悪いけど家から出てよー、残りの奴らを探そうぜ」

「……うん、そうだね…」


するとクモマもサコツのように心を落ち着かせ安静することが出来たのかやっと顔を上げ、サコツの言われたとおりに月を眺めだした。

月は欠片もなく円を帯びている。
どんな天才でもここまで綺麗な円を描くことは出来ないであろう。それほどまでに美しい月だった。

やがてクモマも落ち着いた。月を見ながら、サコツの意見に頷く。


「他の皆のことが心配だからどうにかして家を出ようか。だけどどうやって…?」

「それなんだよなー。出るきっかけがないぜ」

「うん。きっと最初のうちはおじいさんもおばあさんも僕らのことを家から出さないはずだよ。過保護状態にされちゃうかもね。…というか、キミがずっとその格好というのも嫌なんだけど…」

「な〜っはっはっは!いいじゃねーかよーん。オチャメだろん?」


クモマが『桃太郎』の役になっているのはまだいいものの、サコツの『かぐや姫』はどうだろうか。
何故メンバーの華であるチョコではなくサコツがかぐや姫の役なのか、謎である。

サコツの笑い声が治まったところでクモマがふと提案を出す。


「そうだ。物語に沿っていけばいいんだ…」


それに首を傾げるのはもちろんサコツ。


「どういう意味だ?ってかおとぎ話ってあんまり知らねーんだけどよー」


やはり知らなかったサコツにクモマは親切に教えてあげた。


「いま僕が自然と演じている役って言うのが『桃太郎』という人物なんだ。…まあ僕は短足太郎だけど…」

「それはいいとして、その『桃太郎』っていうのはどんな話なんだ?」


また落ち込まれるのは困るためサコツがすぐに質問を入れる。
するとクモマは落ち込みそうになったが、おかげさまで落ち込まずに答えることができた。


「『桃太郎』という物語は桃から生まれた桃太郎が鬼ヶ島にいる鬼を退治するためにイヌとサルとキジの仲間と一緒に旅に出る話なんだよ」

「へー面白そうだな!」

「うん、それで僕はこの話を利用しようと思うんだ」


ここでクモマが考えを物申す。


「明日から早速2人には『鬼ヶ島にいる悪い鬼を退治するためにチョンマゲ姫と一緒に旅に出る』と言って家から出る。それで他の皆を探すんだよ」


その案に単純なサコツはすぐに首を突っ込んできた。


「それいいぜ!もしもじーちゃんたちが危険だから俺らを外に出したくないと言ったとしても『世界のためだから仕方ないぜ』とか適当に誤魔化して外に出ればいいぜ。外に出たらもうこっちのもんだぜ!」

「うん。それじゃあ明日早速それをしてみようか」

「おうよ!」


そういうことで、短足太郎ことクモマとチョンマゲ姫ことサコツは、残りのメンバーを探すためにまずは家からの脱出を図るのであった。
おじいさんとおばあさんが寝ている家へとまた体をいれ、静かに寝床へ入る。


銀色を淡く燈している満月は、唯一の場の明かり。
それを地上から眺めている影は果たしていくつあるだろうか。

6つであることを願いたい。











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