バンッと音が鳴ったと思うと、『L』の目の前がハデに破裂した。
見えない壁を張って遮ったようだ。爆風も何もかもここを避けていく。
攻撃を妨げられたと気づき『V』は憎たらしい笑みを溢した。


「何をするかと思ったらただのバリアかぁ。弱っちぃねー。どうして攻撃しなかったの?ぼくちゃん楽しみにしていたんだヨ?」


『L』の闇魔術を楽しみにしていたらしく頬を膨らませて怒る『V』。
ただでさえ丸い顔をしているのにそんな顔をしていると余計丸くなり可愛く見える。そのため子ども好きなサコツは密かに悶えていた。
対して子ども嫌いなトーフは今にも舌打ちを打ちそうな危険な顔になっている。
この2人の行動を見て面白いと思ったクモマであったが、今はそんなところではないということに気づいた。
邪悪の塊である魔王が目の前で今にも魔法を繰り出そうと構えているのだ。
『L』が自分らを護ってくれるからいいと思っていたけどいつまでもそんな甘えていたらダメだ。
護られてばかりではいけないとクモマは声を張る。


「『L』さん!このバリアを消して!僕が戦うよ」


クモマの思い切った発言に『L』は驚いた。しかし場を譲ることはしなかった。
決して譲ってはいけない。相手は本当に邪悪な奴なのだ。普通の人間では一発でやられてしまう。そのことを知っていたから、譲らない。


「オレに任せろって。こいつはお前の腕っ節で敵うような相手じゃないんだから」

「分かってるけどずっとあなたに護られてばかりでは」

「お前は魔術に勝てる自信はあるのか?」


まだ発言の途中であったが、背中を見せたままの『L』が問うてきた。
クモマは答えようとしたけどトーフに妨げられる。


「無理や。魔術の世界にワイらは足を突っ込むこともできへんで」

「で、でも…」

「ぐふふ。弱き者の出る幕じゃないんだヨ。大人しくそこに突っ立ってろヨ。そしたらぼくちゃんが今すぐ楽にさせてあげるヨ」


クモマの発言はまた途中で妨げられていた。そして声も出なくなる。違う、口が動かなくなったのだ。
これは魔術師お得意の金縛りというやつだ。『V』が仕掛けたのだろう。
この症状は他のメンバーも同じだった。気づけば体までも動けなくなっていた。

金縛りの存在に気づいて『L』が軽く口元を吊り上げる。


「お前って卑怯なことするんだな。非力な人間に金縛りを掛けて動きを封じるなんて、それこそ弱っちぃぞ」


刹那、『V』の魔術が発動した。
『L』が作ったバリアが壊されたようで、パリンとガラスが割れるような硬い音が響き渡る。
激しく割れたのでメンバーは身をしゃがめようとしたが今は金縛りにあっているため動けない。
割れたものは見えない壁だ。だけれど音が本当にリアルだったので反射的に身を屈めたくなったのだ。

『L』は悔しそうに歯を食い縛り目線で『V』を睨んでいた。
しかし瞳に映ったものはヒクヒクと口端を痙攣させた赤ん坊の姿であった。


「誰が弱っちぃってぇ?ふざけるんじゃねーよ」


弱いといわれたのが相当気に障ったようだ。
目も鋭く尖らし、せっかくの可愛い赤ん坊の顔が悪魔のように歪む。


「オレは決してふざけてなんかいない。オレは先を急いでるんだ。だから金縛りを解いてやれよ」

「ヤダヨ。どのみちその人間らは死ぬんだろ?少しばかり死を早めても同じじゃん」

「それなら今じゃなくて後でもいいじゃないか。とにかく金縛りを解いてくれたら…」

「…ん?ちょっと待ってヨ」


『L』が発言している途中、『V』が怪訝そうに眉を寄せた。


「どうして自分の魔術で金縛りを解こうとしないんだヨ?お前ならそのぐらいパチンと出来るだろ?」


『V』の素朴な質問に答える『L』は、少しばかりか顔色が優れていない。


「さっき『R』と打ち合ったときにちょっと大きく魔術を使ってしまって」


先ほどからずっと魔術を使いっぱなしの『L』、さすがに疲れが生じたようだ。
呼吸が乱れているということはないけど、まぶたが重くなっている。
そのことに気づき、『V』は爆笑だ。


「あの『R』と張り合ったんだからそれは疲れちゃうね!あとずっと抱き上げているそのブス女のことも疲れの原因じゃない?女なら誰でもいいのかヨこの"たらし野郎"」

「し、失礼だな!誰が女たらしだって?!まずオレはこの子がピンチだったから助けただけだ!決して悪心を働かせていないぞ!ってかこの子のどこがブスなんだよ!めっちゃ可愛いじゃんか!」


たらし野郎と言われて『L』が自分を見失いそうになりながら叫んでいる隙に『V』はその表情をさらに崩して笑う。
両手はもちろん銃の形を作り突き出している指の先には黒い光が燈っている。

暴走する『L』を抑えるように、『V』は静かに言ってみせた。


「『L』は相手のペースに持っていかれるとこんな風に集中が途切れちゃうんだからホント扱いやすいヨねぇ」

「っ!」


『V』が口を閉じた瞬間、『L』のシルクハットが紛失した。
本当ならば顔を狙っていたのだが『L』が素早く避けたらしい。被害に遭ったのはシルクハットのみだった。
頭を覆っていたシルクハットが消え、そこから現れたのは美しいオレンジ色。それが完全にむき出しになる。


「…こいつ……!」


勢いで体が傾く『L』にメンバーは絶叫しようとしたが、今金縛りの最中だ。動けない。
『L』は抱いているチョコにぐっと顔を近づけるほど態勢を乱している。
そのときに気を失っていたチョコが目を覚まし、また奇声を発して気絶にいたる。

背後の人間らは金縛りに遭い、シルクハットは失い、不幸の連続だ。


「ぐふふふふ。ゴメンヨ。お前の憎たらしい顔見ていたらついつい手が滑っちゃったよ。だけど惜しかったなー。もう少しでお前を倒せると思ったんだけど」

「さっきは仲間を殺さないって言っていたくせに」

「そんなこと言ったかな?」


空気が膨張して破裂する。シルクハットがなくなった『L』のオレンジ色の髪が大きく靡く。
しかし『L』も負けてはいられない。すぐに戦闘態勢に入った。


「大切な帽子を消されてしまったし、ここは本気でいくしかないか」


すると、ぐふふと笑う声がする。


「やっぱり本気出してなかったんだね。お前ぼくちゃんをなめてるわけ?」

「ってか本気出さないと闇魔術は使えないからな」


そう言って、本気を出すために目を瞑った『L』であったが、気づけば大胆に転びあがっていた。
そのときの拍子で気を失っているチョコが宙を舞い、近くにいた者は抱きとめようと思ったけれど今はまだ金縛りの最中だ。動けない。
そのためチョコは無残にも地面に尻から落ちていった。それなのに彼女は目を覚まさない。メンバーの方に顔を向けているチョコは幸せそうな笑みを向けたまま気を失い続けていた。
あの子、重症だわ。ということでメンバーはチョコを放っておいて『V』に目を向ける。
『V』が何かしたのかと思い窺ってみるけど『V』の魔術はまだ発動されていない。しかも『V』も目を見開かせている。
しかし『V』の場合はすぐに把握することが出来たようで、いたずらっ子の笑みを溢した。

倒れている『L』が苦しそうに口を開く。


「ちょ……まさかこんなとこで見つかるとは…!」


地面に後頭部をつけている『L』はまるで何かに押し倒されているように見える。
いや、まさしく押し倒されているのだ。
透明の者によって。

『L』の上空の空気が歪む。


「会いたかったですー!!L様ー!!あたしずっとあなたのこと探していたんですよー!」


揺れる空気は女の声に振動して出来たようだ。
それに対して『L』が苦い表情を作る。


「何言ってんだよ。お前は追跡能力持ってんじゃん。オレのことぐらい一発で見つけられるだろ?…ってかいい加減どいてくれないか?」

「いやですー!L様は誰にも渡しませんー」

「ぐふふ。せっかく『L』と戦おうと思っていたのに、タイミング悪いヨ『K』」


『V』が苛立った顔して言ったのをきっかけで、『K』と呼ばれたものが登場した。
そいつはやはり『L』の上に乗っかっているものであった。

黒いローブを着用しフードを被っている女。綺麗に揃えられた黒い髪が下にいる彼を覆っている。


「だってあたしL様をずっとずっと探していたんですよー!ちょっとあたしの邪魔しないでくださるー?」

「はあ?お前バッカじゃない?誰がお前のようなブスの言うこと聞くか」

「と、とにかく離れてって…」


黒づくめの3人がもめている間、何もかもが唐突過ぎて理解することが出来ないメンバーはただ唖然とし、今からのことを考えるしかできなかった。
そもそも金縛りに掛かって動けないのだが。
言葉も発することが出来なっている。これでは何も出来ない。

それにしてもこの金縛りというものは単純のように感じるけれどとても怖ろしいものでもある。
先ほどまで動いていた者の動きを封じることが出来るのだ。
これさえマスターすれば天下無敵になるだろう。

そして目の前にいる黒づくめの奴らは既にそれを使用できるようになっている。
金縛りを一つの武器としているこの黒づくめらはもしかすると世界で一番強い力を持っているのかもしれない。

怖ろしい。
そういえば『L』が先ほど言っていた。
闇は光が嫌いだから光を消そうと思って今日の日を選んでやってきたのだと。
普通ならば嫌いなものには手を出さないものだ。それなのに奴らは実行した。
しかも光を消しつつある。ミャンマーの村を闇へと変えていっている。
こいつらには不可能の3文字はないのだ。魔術師というものはそういうものだ。
普通ならば出来ないものを平気で出来る。尋常ではない。

金縛りに掛かっている体で動く物は脳。
脳を使ってそのような考えを述べているとき、『V』の行動が目に入る。


「『K』が『L』を押さえてくれているようだし、ぼくちゃんはこっちに手を出そうかなー」


それは不吉な行動であった。
『L』も顔色変えて『V』を止めようとするが上に乗っかっている『K』に動きを封じられて立ち上がれない。
メンバーも逃げれない。金縛りのせいだ。

やがて邪悪な塊は目の前で足を止めた。


「世の中はね」


『V』が顔を見上げてメンバーに告げる。
そのときの顔はまさしく悪魔、いや、魔王そのものであった。
魔王は続けた。


「真っ暗になってしまえばいいんだヨ。ぼくちゃんたちは闇の者だから闇の中で生きたいんだ。そろそろあの狭い敷地にも飽きてしまったからぼくちゃんも広い庭がほしかったんだよねー」


歯を見せて笑う。


「今すぐ世界を侵略してもいいんだけど、まず『L』や『B』が邪魔するってものもあるし、ぼくちゃんものんびりと侵略したいと思っていたからね」


この前魔王こと『V』は言っていた。
ものを子どもが扱う玩具のように徐々に壊していきたい、と。


「だからまずはこの村を占領するヨ。大陸一の大都市を乗っ取られたこの大陸もネジが取れた玩具のように徐々に壊れていくヨ」

「……!」

「ぐふふ、楽しみだねー。それじゃあさっさとこの村を乗っ取っちゃおう。だけどその前に」


『V』はこの後必ずこういうはずだ。
「この村にいた村人を消す、だからお前らも消すんだヨ、ぐふふ」と。

しかしいつまでもたっても言葉は出てこない。
理由はすぐそこにあった。


「ガキんちょはお昼寝の時間よぉ」


いつの間にやってきたのか、『B』が『V』の首根っこを掴んでいたのだ。
猫のように持たれて『V』も黙ってはいられない。むしろ邪魔をされて憤怒だ。


「何すんだヨ!おろせよ!おろさないと首ぶっ飛ば…ぐふっ!」


ぎゃーぎゃー喚く赤ん坊を女は一撃で仕留める。これが子ども虐待という現場なのだろうか。
しかしこの場合はこれは仕方ない行為だ。

周りに邪悪な気を張っていた者が気を失ったため、ようやくこの場は温かくなる。
そしてメンバーも動けるようになっていた。


「あんたたち、大丈夫だったかいっ?」


再びの『B』こと吸血鬼の登場にメンバーの顔色は晴れる。
この様子から彼女が戦っていた『G』は今のように仕留められたようだ。そうでなければ彼女はこの場に現れないであろう。


「助かりましたありがとうございました」

「ホント助かったぜ!」


恐怖が消えて安堵が浮かぶメンバーであったが気になるものがあった。
それは…


「お願いだから離れてくれよKちゃん…!」

「力のないL様も素敵ですー!」


『K』に押し倒されたままの『L』のことだ。
よくよく見てみると首を絞められているようにも見える。『K』に絡まれている体も向いたら行けない方向を向いていたりしている。

これはいつものことよ、と『B』は呆れ顔でため息ついた。


「あんた、何やってんのよぉ?」

「あ、Bちゃん。お願いだから助けてくれ…あーいたたた!」

「L様ー。シルクハット被っていない姿もいけてますねー!きゃー!!」


『L』に絡み付いている『K』を見て『B』は大きくため息ついて呆れたと呟く。
そのときに『L』の顔色を見て気づくものがあった。


「何よあんた。魔力が大幅にないじゃないの。大丈夫だったわけぇ?」

「実は全く大丈夫じゃないんだ。いつもならKちゃんのアタックぐらい避けられるんだけど…って、あーいたたたたた!」

「あ、すみません。僕たちを助けるために魔力を削って…」


あの偉大な魔術師『L』が魔力を削ってまでメンバーを護り通し、終いには女に押し倒されて殺されかけている。
その姿があまりにも可哀想だったので、メンバーは今度は自分らが『L』を助けようと、足を近づけようとするが


「…!お前たち、そこを動くな。そのまま一点に集まって」


苦しい悲鳴を上げていた『L』がまた先ほどの調子を取り戻してそう言ってきたのだ。
どうしたのかと思ったが命令の通り身をより詰めるメンバーは次の瞬間、その意味を知ることになる。


「場がどんどんと闇に支配されつつある。今すぐ逃げないと手遅れになってしまう」


上に『K』が乗っかったままの『L』の言うとおり、自分らがいる場以外が全て黒くなっていたのだ。
自分らが逃げ回っている間に他のアルファベットたちが闇を生んでいたのだろうか。
見渡してみても、もう逃げ場がなかった。

どうしようかと思えば答えはいつも『L』の口から出される。


「オレが残った魔力でお前らをどっかの村に送ってやるよ。だからそのまま立っていて」


倒れている体のまま『L』は右手の親指と人差し指を重ね、ふっと笑いかける。
このときにメンバーは確実に『L』の素顔を見ることが出来た。
今回はシルクハットもないため彼の顔に影を作るものがない。あるとすれば上にいる『K』ぐらいだ。
『L』はメンバーの向けて優しく微笑みを作っている。
その表情のまま、言った。


「もうこの村はダメになってしまうけど、オレがこれらの闇が他のところへ浸透しないように結界張っとくから、お前らはいつものように旅を続けてくれ。今回はオレらの気まぐれな計画に巻き込んでしまって悪かったな」


それから「ミャンマー」と言って、『L』の指は強く掠りあい音が鳴った。







この村にいた唯一の人間らが消え、場に残ったのは無数の闇たち。
それらはもちろん全てが黒。

人間らが消えたと同時に地面の色は完全に消えた。
闇に塗りつぶされた村は今はもう無き村となる。


「これからが始まりでアール」


闇の支配者が口元で笑うと、15余りの闇も笑い、そのまま闇に溶け込んでいく。
唯一の蒼い地帯である空にいた闇もいつの間にか消えていた。










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闇の数、多くない?(笑

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