サンサンと照る太陽は、土色の地面を輝かせます。
草花も夜の間に眠り、今は目を覚まして自分が一番背が高いのですよと背伸びをしあっています。
それを背景に歩いていくのは一つの小さな影です。


「何やろなぁ、こん村は…」


赤い頭巾を被った女の子。いつもその頭巾を被っているので周りからは『赤ずきんちゃん』と呼ばれ親しまれています。


「…意味が分からんなぁ。何でワイがばっちゃんちにお届け物せえへんとあかんのや?」


赤ずきんちゃんはお母さんに頼まれておつかいをしているのです。
手のひらにはお母さん手描きの地図を持って、あどけない足取りで道を歩いていきます。


「……ワイの名前は『トーフ』やよな……。あかん、もう頭がこんがらがってきたわ」


朝早くからのおつかいのため、赤ずきんちゃんは少し寝ぼけているようです。自分の名前が分からなくなっています。
しかしそんなことで足取りを遅くしていたら困ります。おばあさんちに行くために赤ずきんちゃんは歩くのです。


「何でワイがこんな目にあわなきゃならないんや…」


疲れているのでしょうか。赤ずきんちゃんは頭を垂らしました。


「他の皆はどないしたんやろ?ワイだけが赤ずきんちゃんなんやろか?皆も何かの役になっとるんか?」


誰もいない道で、独り言を呟く赤ずきんちゃん。
小さな足を動かして前へ進んでいきます。ときどき地図を眺めて道をきちんと確認します。
地図によるとこの先は十字路になっているようです。しかし大丈夫です。地図が真っ直ぐ歩けと指示いていますから。

十字路を横切ったところで、赤ずきんちゃんの様子がおかしくなりました。
腹を押さえ始めたのです。


「……は、腹が減ったわぁ…」


何と赤ずきんちゃんはお腹が空いてしまったようです。その後にぐううと音が鳴りました。


「しばらくメシ食ってなかったからなぁ。いい加減何か食わんとホンマにワイ死んでしまうで」


前屈みになりながら前進するのですが今にも転びあがりそうです。
赤ずきんちゃんが言ったようにこのままでは死んでしまうかもしれません。これは危険でした。
そのとき、あの存在を思い出しました。


「…そういや…こんバスケットは…」


赤ずきんちゃんのお母さんがおばあさんに届けなさいと言って赤ずきんちゃんに渡したバスケット。
それは赤ずきんちゃんの腕に通されています。

猛獣のようになった赤ずきんちゃんは荒くバスケットの中を開けました。
掛けられていたナプキンも外すと、そこから顔を覗かせたのはパンとハムでした。
そして刹那の出来事でした。
バスケットの中身は始めから何もなかったように空っぽになったのです。


「ぷはー。やっぱメシはええもんやわー」


腹の虫に誘われ、おばあさんへの届け物を食べてしまったようです。
しかし赤ずきんちゃんはそれだけでは満足できません。何気に大食いのようです。


「何か、何か食いもんを……あれだけじゃ足りん…!」


空になり用のなくなったバスケットを投げ捨ててとにかく食べ物を探します。
しかし周りには木はあるものの実のなっているものは一つもありません。

赤ずきんちゃんはうなだれます。


「ダメや…食いもん…食いもんが欲しい………誰か来てくれへんか……」


先ほど食べたばかりなのに、ついには座り込んでしまいました。
道のど真ん中で座り込んだ赤ずきんちゃんはきっと通行の邪魔になるものでしょう。
それなのにお構いなしに赤ずきんちゃんは座っています。困ったものですね。

そのときでした。
遠くから話し声が聞こえてきました。人数は2人です。


「やっと逃げてこれたね」

「全くだぜ。じーちゃんもばーちゃんもなかなか放してくれなくて大変だったぜ」


仲良く談話しながらこちらに近づいているようです。
しかし赤ずきんちゃんにはそれらの声は耳に入っていないのか座り込んだままです。
その間にも声の主たちは近づいてきます。


「おじいさんとおばあさんには何だか悪いことしちゃったね」

「仕方ないぜ。俺らはあの2人の子どもじゃないんだからよー。とにかく残りの奴らを探そうぜ」

「そうだね。どこにいるかなぁ、みんな」

「どこだろーな。ま、食い物は台所からパクってきたし食料には困らないぜ」

「……常日頃、万引きをしているから何気ない顔して盗んできちゃったね。だけど『桃太郎』の話にそるなら食料は大切な武器になるし、持っておこうか」


赤ずきんちゃんは無反応です。もしかしたらこのまま気を失ってしまっているかもしれません。


「『桃太郎』の話にそるために食料は必要なのか?」

「うん。桃太郎はきびだんごを使って仲間を作っていくんだよ。まあ僕は短足太郎だけれど……」

「マジでかよ!ならよかったぜ!盗んできたものってのがきびだんごだったし、これであいつらをおびき寄せようぜ」

「いいと思うけど…これで来るかなぁ?」


やがて話し声は間近に迫ってきました。
だけれど赤ずきんちゃんの体勢は変わりません。
すると先ほどから場に響いている声の主たちが赤ずきんちゃんの存在に気づいたようです。バタバタと走ってきます。


「キミ、大丈夫かい?」

「どうしたんだ?アリンコでもいるのか?」


赤ずきんちゃんのところまで走ってきた者たちはとても個性溢れるメンツでした。
自分を心配する声が聞こえ、やっと赤ずきんちゃんに反応がありました。


「……食いもん……」


しかし赤ずきんちゃんはお腹がすきすぎて食べ物のことしか考えていないようです。
寄ってきた者たちに俯きながらも食べ物を要求します。
すると驚きました。


「食べ物かい?それじゃあこのきびだんごを食べなよ。おばあさんが作ってくれたんだ」


台所にあったものを盗んできたんだけれど、と語尾に続きそうになりながらも、1人の声が赤ずきんちゃんに嬉しい知らせを運んできてくれました。
食べ物があるということに対して赤ずきんちゃんは勢いよく顔を上げました。


「食いもんあるんか?!」


顔を上げるとそこにあったものは、きびだんごでした。そして…


「「あ!トーフ?!」」

「何や!クモマとサコツやないか!」


何と赤ずきんちゃんの知り合いのようです。
きびだんごと仲間と会うことが出来て赤ずきんちゃんは元気を取り戻しました。


「誰だろうと思ってみたらトーフだったんだね。ビックリしたよ」

「よかったぜ!トーフが見つかったぜ!」

「それより先に食いもん!!」


仲間と再会したことに喜ぶ前に、赤ずきんちゃんは何より食べ物が食べたかったのです。きびだんごをもらって瞬食しました。
しかしそれだけでも足らず、きびだんごを数個食べてからやがて腹が膨らんだのでした。

満腹になった赤ずきんちゃんを微笑ましく見ているのは
背中に「世界一」と書かれている旗を担ぎ、額にハチマキを回している、短足な男の子です。


「よかったねぇ、トーフ。ところでキミはどうしてこんなところで座り込んでいたの?」


彼の名は短足太郎。
短足太郎の問いかけに赤ずきんちゃんは満開な笑みで答えます。


「実は、ワイは『赤ずきんちゃん』になってしもうたようでな、お母はんに頼まれてばっちゃんちにおつかいに行っとたんや。そしたら腹が減ってな」

「そ、そうなんだ…。キミも物語の主人公になっていたんだね」

「そういうクモマは何なんや?」

「見ての通り『桃太郎』だよ。まあ僕は短足太郎だけれど…」

「俺は『かぐや姫』って奴だってよー。ちなみに俺はチョンマゲ姫って名前をつけられてしまったけどな!」


チョンマゲ姫と名乗った者は、赤髪のチョンマゲが美しい、化粧の濃い女の子です。


「何や?!あんたかぐや姫なんか?!無理しすぎや!!」

「トーフも女じゃねーかよー!」

「ワイはまだしもあんたはあかん!オカマレベルをはるかに通り越しとるわ!誰がこいつにモザイクかけてやれ!」

「トーフ、興奮しすぎだよ…。それならば僕の足にもモザイクかけてほしいよ」

「どないしたんやクモマ!何かあったんか!」

「最近、みんなが僕のこと短足短足って……」

「ごめんなトーフ!クモマは難しいお年頃なんだぜ!」


ここでチョンマゲ姫が落ち込んでいる短足太郎の代わりに台詞を言いました。


「さっきトーフはきびだんごを食っただろ?だからよー俺らの仲間になってくれないか?」


すると赤ずきんちゃんは大きく頷いてから承諾しました。


「ええで。そやな『桃太郎』の話にそるならきびだんご食った奴は仲間にならんとあかんからな。あんたらの仲間になったるで。ってか仲間やしそんなことせえへんでもなるけどな!」


そういうことで赤ずきんちゃんはお母さんのおつかいのことをすっかり忘れ、
短足太郎とチョンマゲ姫と一緒に、鬼ヶ島へ行くことにしました。



+ + +


それはとてもよい天気でした。
あまりにも心地がよいので目を覚ますのがもったいなく感じたのか、周りの草花とは裏腹にずっと眠っている者がいます。


「ねえねえ、うさぎさん。ぼくと競争しない?」


大きな岩に寝そべって眠っているうさぎさんにかめさんが話しかけます。
まだ朝なのでうさぎさんは起きません。うーんと寝返り、かめさんと向き合おうとしません。
かめさんは諦めずに話しかけました。


「ねえ、うさぎさん」

「…むにゃむにゃ…ふふ…えへへへへ『L』さん〜やめてよー。恥ずかしいじゃないのー。そんなに顔を見つめないでようふふふふ運命のジェットコースター…おへへへへへ」

「うさぎさん。恥ずかしいのはキミの寝言の方だよ。お願いだから起きてよ」


いつまでも寝ているうさぎさんを揺さぶって起こします。
やがてうさぎさんは太陽のまぶしさに目を細めながらゆっくりと地面に足をつけました。


「…あぁーいい夢見た!最近彼の夢しか見ないしこれってやっぱり憧れの恋かな!うふふふえへへへあはあは」

「おはよううさぎさん。朝早くから危険な笑い声を出さないでよ。怖いから」


ようやく目を覚ましたうさぎさんにかめさんは笑みを溢します。
そんなかめさんに目を向けてうさぎさんは言いました。


「あれ?あなた…亀…?え?何で亀がいるの?ちょっと待って、ここはどこなの?私は誰?」


寝ぼけているのでしょうか。うさぎさんの頭は混乱しているようです。
かめさんが答えてくれました。


「ぼくたちは『うさぎとかめ』だよ。ねえうさぎさん。あの丘の頂上まで競争しようよ」


そういうかめさんはうさぎさんの背景に見える丘を指差しました。
遠いようにも感じ近いようにも感じる、何とも微妙な距離です。

丘まで競争しようと誘われて、うさぎさんは少し考え込みました。


「…私がうさぎ?何で私がうさぎになっちゃったの?他の皆はどこにいるのかな…」

「うさぎさん?」

「のろまなかめさんはちょっと黙っててよ!……うーん、もしかして私は『うさぎとかめ』の世界に入っているのかな?」

「の、のろまなかめさんってひどい…!」


ぶつぶつ考え込んでいるうさぎさんに注意を受けてかめさんは黙ってはいられませんでした。


「まだ競争もしていないのにぼくのことをのろまと決め付けるのはひどいんじゃないか!?」


突然大声を出すかめさんのせいでうさぎさんも頭の中が全て掻き消され苛立ちへと変わっていました。


「うっさいのよこのクズ亀!!競争なんかしなくてもどうせ亀はとろいのよ!」

「のろいとかとろいとか言うな!競争だ競争!負けた人は土下座だよ!」

「そこまで競争したいなら相手になってあげてもいいよ!どうせ私の勝ちなんだから、土下座するのはあんたの方よ!」

「ううう……絶対に勝ってやる…!」

「ふふふ、馬の足を持っている私に勝てる奴なんて世の中に1人としていないわよ」

「強気なこといってるねうさぎさん。あ、カバさん、合図お願いします」

「カバァ」

「カバとか微妙な動物選んだねかめさん!ってかカバはカバァっとは鳴かないよ?!」


そういうことでうさぎさんとかめさんは、次に出されるカバさんの鳴き声を合図として、一斉に跳び掛けました。
目標である丘の頂上を目指して、太陽の光に包まれるのでした。








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