人ごみの中を子どもと団体が早歩きで歩いていく。
ぶつからないように人が避けている。メンバーは申し訳ないと思いながらズンズン前進だ。
子どもは見るからに何も考えていなさそうなので人が迷惑がっていることも知らないであろう。
すれ違うたび、クモマが「ミャンマー!そしてすみません」と軽く頭を下げ謝るのであった。

やがて目的地に着いたのか、子どもの足が止まった。伴ってメンバーの足も止まる。
そしてサコツの腕をグイグイして前方にあるものを指差すのでサコツはそちらに目を向けた。


「お、店か?」


そこには店があった。
他の店と同じように店内がむき出しになっている店の手前には看板があり、それをトーフに読んでもらった。


「何々…『何でもそろっております 幸せ店』?」

「へー!何でもそろってるの?すごいじゃん!」


店のキャッチフレーズにチョコが目を丸くしそのまま目を輝かせた。置物でも狙っているのだろうか。
そんなチョコの肩を引いて、クモマも身を乗り出す。


「何でもそろっているってことは、もちろん快適足長グッズが置いてあるんだね!」


こちらも変な企みを持っていた。
子どもと引っ付いているサコツを見るたび呆れた顔を作っているソングが口を開く。


「何故このガキ、俺らをこんなところに連れてきたんだ?」


ごもっともだ。
何も考えてなさそうなこの子どもが何故自分らをここまで誘導してくれたのだろうか。
謎であったが、それはサコツに軽く流された。


「ここがこいつの家かも知れないぜ!せっかく誘われたんだしよーちょっとのぞいてみようぜ」

「そやなー。ワイもちょい興味があんねん」

「私も。アフロの新作があるかもしれないわ」

「置物〜!置物〜!」

「絶対手に入れてやる、快適足長グッズ!!」

「もう勝手にしろよ!」


この店『幸せ店』に興味を持ち、中をのぞこうという意見が一致したため早速向かおうとする。
その前に、ここまで連れて来てくれた子どもに礼を述べたい、そう思っていたが子供の方を振り向いてみると、子どもはもういなかった。
はじめから何もなかったようにその場は無の空間になっていた。
子どもに腕を掴まれていたサコツも「いつからいなくなったんだ?」と深く眉を寄せた。


幻でも見たかな?子どもに変な違和感を感じたメンバーだったが、幸せ店に入った直後それはもうどうでもよくなっていた。
店の中に圧倒されたのだ。


「すげーぜ!いろいろあるぜ!」

「きゃー!この置物チョープリティ!!あー持って帰りたい…!」

「か、か、快適足長グッズがこんなにもたくさん…どうしよう…逆に困っちゃうよ…!」

「アフロパラダイスね」

「うわーすごいわー!こんな食べ物初めて見たで!何やこれ?『ナットウ』ちゅうんか?ネバネバしとるで!」

「……本当にいろいろそろっているな」


店内には、普段見かけないような品物が当たり前のように並んでいる。
家庭用品や置物、玩具や化粧品に食料品と数多くの品々が売ってあるようだ。
そのため興奮はエスカレートしていく。品を見るたび絶叫の嵐だ。


「きゃー!この置物可愛い!あの置物もいいね!全部持って帰りたいー!」

「あの、すみません!この快適足長グッズ試着してもいいですか?」

「アフロのパワーのおかげで力が漲っていくわ。クマさんの」

「これは『トウフ』ちゅうんか?へえーワイの名前と似とるがな。あかん、どれも美味そうやな!」

「……………このパンダのぬいぐるみ、めさんこ可愛いぜ…!抱いて寝たいぜ」

「待て!お前そんな趣味があったのか?!」

「だけど俺にはエリザベスがいるぜ。エリザベス…今晩も一緒に寝ようぜげへへへへ」

「1人で寝ろよ!キショイな!」


全員が興奮している中ソングだけがあまり興味を示さずチラッと辺りを見渡している。
顔には表れていないが、こんな店もあるものだな、と感心の様子。
辺りを見渡していたソングであったがここで顔の動きが止まった。本のコーナーを見つけたのだ。
何気に読書家のソングはそれを見逃すはずがない。
すぐさまそのコーナーの前に立った。


「面白い。本があるなら文句はないな」


あとキュウリがあれば最高だったと呟いて、片っ端から本を眺めだす。
その隣に立つのはクモマだ。


「見てよソング!僕、ソングより背が高いよ!」


ただいま快適足長グッズを着用中のクモマ。本当に嬉しそうな笑顔を作っているのでソングはまた呆れ顔を作る。


「お前、バカじゃね?」

「ああ!そんなこと言わないでよ!」

「背は高くなっても足の長さは俺に勝ってないじゃねえか」

「え?本当に?!」


そして自分の目で確認をしてみたらしい、クモマは体を崩していた。
「どうやったら足が長くなるんだ」と悔しそうに且つ悲しそうに喚くクモマを馬鹿にする目で見やるソングは、また目線を本棚に戻した。


「…いろんな種類の本がある。しかし医学の本とか持っていてもお前が治癒してるからあっても意味ないな」


ソングがそんなこと呟いているので、クモマは「そんなことないよ」と崩していた体を起こした。


「僕は怪我を治すことしか出来ないから、病気とかの本は持っていた方がいいかもしれない」

「なるほど。それじゃこれは持っとくか」


医学の本を本棚から引き出し、中身をパラパラ捲ってから自分の脇に挟む。
本の字は細々としていて、まるで一つの模様にも見える。それを買う気なのかとクモマは目だけで驚いてみせた。


「本は持っていても損することはない。それに比べて置物とか快適グッズとか生きていく上で必要ないじゃねえか」

「え!何言ってるんだい!快適足長グッズは僕の心の友だよ!オアシスだよ!もしこれがなかったら地獄で住むようなもんじゃないか」


少し大げさに言ってから、ここでふと思った。


「そういえば、悪魔の人たち、大丈夫かな」


それは自分らが訪れた地獄で会った悪魔への心配事であった。
ソングは少し頭を傾げる。


「どうだろな。あのガキ魔王の言うにはあいつらはいま玩具のように扱われているかもしれないな」

「え…心配だね…あの人たちいい人たちだったのに…。トンビさんも消されちゃったけど…殺されちゃったのかな…」

「それは大丈夫だろ」


ここでソングは断言する。


「あいつは機嫌がいいと言っていたし、簡単に処分するのはつまらないとも言っていた。きっとどこかに吹っ飛ばされたんだろう。例えば、そう…あいつの仲間の悪魔が捕まっているという場所とかな」

「な、なるほど…」

「あとはあの魔王がどんな処分をくだしているか、それの問題だ。…クソ、俺がもっと早くからあいつの存在に気づいていればこれはなかった話となったのにな」


後半を悔しそうに呟いてみせてから、舌打ちを強く鳴らす。
そんなソングに向けてクモマが宥めようとしたそのときだった。

クモマの口からは「あ…」という拍子抜けの声が漏れ、表情を曇らせた。


「見てよソング…これ…」


ソングの服の裾を抓み、手をある本へと向ける。
突然話題を変えられ不機嫌な顔色をしていたソングであったが、目線を変えた途端クモマと同じ色へ染まっていた。
唖然と自動的に開けられた口が動く。


「……最悪だな、これ」

「…うん。………トーフに見せないようにしなくちゃ」

「当たり前だ。どっかに隠しとけ」


2人は表情を曇らせて、ある本を必死に隠そうとする。
それの本のタイトルはこうなっていた。
『化け猫物語』

まさかこの店に売ってあるとは思ってもいなかった。この本の悪役として扱われているトーフに見つからないように、クモマは美容系の本の下にこの本を隠した。

そして逃げるように2人は本のコーナーから去っていく。
ついでなので本を買うためにレジに並ぼうと思い、ソングはレジまで向かった。
クモマもソングの足に勝てなかった快適足長グッズなんかもっていても意味が無いと思い、ここでは快適足長グッズをあきらめた。
そのときにトーフと出会った。


「何かええもん、あったか?」


先ほど例の本を見つけてしまった2人にはすぐに応答することが出来なかった。焦燥してしまっていた。
しかしクモマが何とか口を開ける。


「快適足長グッズがあまりよくなかったから今回は諦めることにしたよ」

「そか…ほなソングは何手に入れたん?」


今度はソングの番だ。苦い表情で答える。


「本だ。お前はどうだったんだ?」


顔色を誤魔化すためにトーフに返す。
するとトーフは嬉しそうに微笑んでから懐を叩いてみせた。


「食べ物や。ぎょうさん手に入れたで」

「すでに懐の中かよ!」

「当たり前や。ワイは全く金を持ってへんし、今まで一度も金を払ったことがないんやで。ここでももちろん」


万引きや。と小声で言い切った。
今からレジに並ぼうとしていた自分が馬鹿らしく思えたソングはトーフに本を渡す。


「それならお前がこれをもっていてくれ。医学の本だ」

「お、あんた何気にすごいな。ワイこんな本あっても枕にしか使わへんで」


ソングから本を受け取り、当たり前のように懐へと入れるトーフを2人は無言で眺めていた。
そのときに残りのメンバー全員もやってくる。


「あの置物ほしいけどやっぱりダメ?」

「当たり前だぜ!置物は邪魔になるだけだぜ」

「アフロは最高だったわ。ちなみにこれは脇毛よ」


チョコは置物がほしかったらしいがサコツに言われ、しぶしぶ諦めることにした。
対してブチョウは脇の下にアフロをいくつも挟んでいる。脇毛といういい訳も許される範囲をとうにすぎている。


「お、みんなそろったな。ほな逃げるか?」

「そうね!いつまでもここにいたら捕まっちゃうかもしれないしね」

「このアフロは絶対に譲らないわよ」

「俺ら最悪な団体だな?!」

「それじゃあ行こうか」


誰にも気づかれないように、そして誰にも捕まらないように走ろうとした刹那だった。
突然ブチョウが声を上げ、メンバーの動きを遮ったのだ。


「あ…!」


口を押さえてブチョウはある品を凝視している。目を見開き、顔色も悪くなる。
明らかに様子がおかしいためメンバー全員が身を寄り詰めた。


「おー?どうしたんだよ?ブチョウ」

「姐御、何かあったの?」


しかしブチョウの顔色は治まらない。眉間のしわを濃く彫り、顔中に汗を噴出している。
脇に挟んでいた大切なアフロもここでは邪魔だ。地面までずり落ちていく。
やがてアフロが地面についたところでブチョウが手で覆われている口を開いた。


「…何よ…これ………」


目を真っ赤にして、その品を手のひらに収めるブチョウは、今にも泣き出しそうだった。
恐怖を堪えて、ブチョウは続けた。品名を読みあげる。


「………『不死の薬』…」


ここで全員が不吉を悟った。ブチョウの顔色が悪い理由も分かった。
『不死の薬』なんて世にない薬品だ。何故なら不死になる方法がないのだから。
しかし、一つだけ方法がある。それは………。

薬は小さな透明の瓶に入っており、液体は不吉なことに赤色をしている。そう、血の色…。
薬品を裏にひっくり返して原材料を確認する。



「…原材料…」


息を呑んで、涙を呑んで、ブチョウは言い切った。


「…フェニックスの血……」


ズキン、と嫌な心臓音が鳴った。

フェニックスの血には不死の力がある。そのフェニックスは架空上の生物だと思われがちだが、それは違う。
フェニックスは現世界にいるのだ。

鳥族の王として中心に立っていたのがフェニックスなのだ。

しかしフェニックスはある事件がきっかけで現在行方不明になっていた。
ブチョウはそんな彼を探す旅に出ていた。
それなのに…


「…ぽ、ポメ………!」


ふいにブチョウは崩れた。身を崩して、涙を堪えているようにも見える。しかし怒りを抑えているようにも見えた。

メンバーが何といえばいいか戸惑っていたとき、背後から声を掛けられた。


「どうしたの?」


それは店員だった。それにすぐにしがみ付くのはブチョウだ。


「これは一体どういうことなのよ!」


突然胸倉をつかまれ店員は低く悲鳴を上げる。ブチョウは遠慮なく叫んだ。


「何でこんなものが売ってあるの?何よこの原材料は!冗談書くんじゃないわよ!!」


これを作ったものはこの店員ではないと分かっているのだがこの気持ち抑えることが出来ないブチョウは目を真っ赤にして店員の服を強引に引く。


「フェニックスは行方不明なのよ!誰にもあいつの血は取れないし、あいつは血なんて流さない!あいつは…!」

「落ち着いてくださいお客様」

「落ち着いていられるか!ポメは生きてるわよ!だからこんな血あるのがおかしいのよ!これじゃあまるで」


死んでいるみたいじゃないの


そう続くはずなのに、口は閉ざされる。
いったん閉じた唇はまた上下に離れ、目も大きく見開かれる。胸倉を掴んでいた手も離される。

違う。勝手に離された。自分の意思ではなく、まるで誰かに操られたように。


「だから落ち着いてって言ってるじゃないの」


不敵に声を漏らすのは店員。しかしこの声は先ほどの声ではない。
美しい声。滑らかで麗しい声は歌うように店員の口から流れる。


「この薬は本物だから」


その口からは「んふ」という声が漏れた。

全員の体が震え上がった。
この声、聞いたことがある。そしてこの笑い声も聞いたことがある。

ブチョウが前屈みになる。腹を押さえている。なぜ?それには理由がある。
腹にあるものがブチョウを苦しめているのだ。

ブチョウの腹には、憎むべき相手につけられた"印"がある。
これがある限りブチョウは奴の操り人形。何も手を出すことが出来ない。

だから、今も手を出せないのだ。



「んふ、お久しぶりね。白ハトさん。そして面白団体の皆」



店員の容姿も変わった。前に見たことのある憎らしい容姿へと。

黒ローブに身を纏っているオカマ。
深くフードを被り、顔の上半分が見えないが楽しそうにつり上がっている分厚い赤い唇は確実に見える。


「この血は本物よ。フェニックスからとった血よ。だから飲めば不死になるわよ」

「……何で…あんたがここに……」


ブチョウが苦しんでいるのを見るのは嫌だ。メンバーは構えた。今度こそオカマを逃がさないと身を低くして睨む。
しかしオカマは「逃がさないという台詞はこちらの方よ」と笑った。


「何であんたがポメのことを知っているの?もしかしてあんたがポメを…!」


ブチョウは訴える。愛しい彼の血が一杯に入っている瓶を握り締めて、訴えた。


「ポメはあんたのとこにいるの?何であんたがポメを?」

「んふ。何のこと?」

「とぼけんな!」


吼えるブチョウを楽しく眺めて、オカマはやがて言った。


「んふ。今日は楽しい日になるわよ」


それが合図に、自分らの周りの風景が黒に塗り替えられた。
突然の爆発音。無数の悲鳴。
無意識に殴りかかるクモマであったが拳の先にはオカマはいなかった。風景に溶け込んだようだ。

店も吹っ飛び、場に残ったのはメンバー、そして無数の影。生きた黒い影が辺り一面を取り囲んでいる。
突然の出来事に理解することの出来ないメンバーは唖然とするのみ。





闇に包まれていく村を空から眺めているのは黒い者。
今まで登場してきた黒い者とは違って、奴は美味しそうにプリンを食している。
スプーンの上で出来たプリンの山を口に入れ、舌で山を崩して味を楽しんでいる黒い者はのん気に口を開いた。


「カーニバルの始まり、か」


本日は雲ひとつない晴天。蒼しかない世界に黒が混じる。それは米粒のような存在。
黒い者は大きな鎌に乗って空に浮きプリンを食しながら、
下で起こっている物語を楽しそうに、だけれど少しつらそうに眺めていた。







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最後に出てきた黒い者って某山吹のとこで見たことがある?

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