挨拶は、雲ひとつない晴天の空を煽り、清々しい日を連れてくる。


44.ミャンマーの村


「ミャンマー!!」


幾多の疑問を抱えたメンバーであるがこの村に入った途端、それらは全て掻き消され新しい気持ちへと切り替えられた。
それは挨拶という形で。


本日は今までにない晴天。
雲ひとつない空は蒼一色。汚れのない蒼の邪魔をしているものといえば大空を羽ばたいている鳥らだけである。
そのため上機嫌になるのは、自然大好き少年クモマであった。


「うわー興奮するなぁ!あードキドキするよ…!」


しかし彼が上機嫌である理由はこれだけではなかった。
今回訪れた村は、クモマが今まで訪れたいと願っていた村でもあったのだ。


「今日はクモマにとって最高の日になりそうだね!天気がすっごく良いもん〜」

「うん。早く村の中央に行こうよ!」

「な〜っはっはっは!何だか面白いな!」


目を輝かせて皆の腕を引くクモマを見てサコツはケラケラ笑っていた。
新しい村に訪れるたび楽しそうに心を弾ませるクモマであるが今回だけそれは異常として表れた。
いつもと目の色が違うのだ。
身も心も躍っているクモマは近くにいたチョコとサコツの腕を掴んで先頭切って走る。
目的地は、村の繁華街である中央部。
そこに行けばメンバーの目の色もクモマと同じ色に染まることであろう。

先行くクモマたちの背中を見守りつつのんびりと歩むのは残りの3人。
ソングが、いつも耳に下げていた空色のクリスタルについて話しているのだ。
ある程度クリスタルの事を話してもらい、情報を得るたびトーフは相槌を打つ。


「なるほどな。あんたの手に渡ったときにはそんクリスタルは『願いを叶えてくれるお星様』として伝えられていたんやな」


クリスタルの中には地獄1丁目をまとめている邪悪な魔王が封印されているのに、噂は怖いもの知らず。今ではそのような可愛らしい言い伝えと変わっていた。

このクリスタルは人の手から人へと渡り、封印を解く前にまた人へ…を繰り返していた。
そのため魔王に会えたことがあるのはソングのみであった。

と言ってもあのときは、魔王の封印が解けたから会えたという形ではなく、哀れなソングの願いを叶えるために魔王が身に溜めていた力を膨大させて封印の中から外に姿を現したという形であろう。
完全に封印がとけたわけではないので、闇の光となってソングの前に現れ、儚いソングの願い事を叶えてやったのだ。
……いや、魔王にとってはこれは一つの遊びとして捉えていたのかもしれないが。


「ふざけてんな。星如きに願いを叶えることが出来るか…と思っていたのに俺はそんな噂を普通に耳に傾けてしまっていた。本当ならばあんなクリスタル壊しているのだが」


しかしソングにはそんなこと出来るはずなかった。
幻が見える村で背後に現れた彼女の幻に魅惑されて願いを口にしてしまっていた。
その上、願い事の内容は星に願うしか叶うことが出来ないことでもあったから。

人を生き返らせることは、非常に酷であり難だ。

それなのにクリスタルの中に入っていた魔王は、いとも簡単にソングの願いを叶えてやった。
幻という形ではなく、実体で。

蟲に食われたメロディの姿であったが、魔王は生き返らせたのだ。


「願いが叶うっちゅう素敵な噂があれば誰だって壊せへんわ。ワイかてそんなもん手に入れたら壊さず持っていたくなるで」


トーフはそんなこと言うけれど、ソングが今までずっと大切に持っていた意味はまだある。


――― ね?つけなよ。絶対に似合うから!ソングって青色がすごく似合ってるから!ね?


愛しいメロディがそう言って、空色クリスタルのイヤリングをくれたのだ。
だから今までずっと身に付けている。
そして今も身に付けている。
中の者が消え完全に美しいクリスタルとなったイヤリングは空色を維持したままこれからもソングの左耳を染めるのである。


「それにしても魔王があんな赤ん坊だったなんて驚いたわね。一瞬私が生んだ子かと思ったわ」

「とんだ勘違いするなよ?!」

「せやけどワイも驚いたで。ワイ並の小さな子供が何人もの悪魔を率いている魔王なんてな。信じられん話やわ」


ブチョウとトーフが魔王の容姿について会話しているときにソングは思い出した。


「そういえば、幻が見えたあの村で光の状態の魔王と会ったんだが、そのときはあんなガキっぽくなかったな」

「どういう意味や?」


トーフが深く訊ねてきたので、答える。


「ガキっぽい口調をしていなかった。もっと冷静な声をしていたのだが…」

「…芝居でもしてたんとちゃうか?」

「そうよ。クリスタルの中にあった光が『ぐふふーお姉ちゃんのパンツ何色?』って訊ねてきたら誰だって引くでしょ?」

「ああ引くな。電話してサツを呼びたくなるな」


変な例えをするブチョウであったが、言い換えればその通りでもある。
願いを叶えてくれるお星様があんなガキだと知ったら誰だって身を引いてしまう。
魔王はガキだと思われたくなかったから、光となって冷静さを演じていたのかもしれない。

こちらが疑問を解消しているとき、先頭の3人は村の中央部に足を踏み入れていた。
無理に引っ張られていたチョコとサコツもこのときに目の色がガラっと変わる。
クモマと同じ目の色に。


「わぁ…すっごい…!」

「何だかすげーぜ!ここって一体何なんだ?」


広い繁華街。
どこを見渡しても店や施設と建物が建っていて、その前には必ず人がいる。
多い人口に大口開けて唖然とするサコツにクモマが教えた。


「ここは『ミャンマーの村』と言ってね、この大陸の一番大きな村なんだ」

「大陸一なの?」


途中割り込んできたチョコにもクモマは頷く。


「そう。一番文化が進んでいるから珍しい代物とも出会えるし、何よりこの村があれの発祥の地でもあるんだよ」

「"あれ"って?」

「挨拶だよ」


挨拶?と声をそろえてサコツとチョコはそのまま同音で訊ねた。


「ミャンマーの?」

「うん、その通り。ここは挨拶『ミャンマー』の発祥の地なんだよ」


この世界の挨拶は「ミャンマー」であり、この一つの単語でいくつもの挨拶を使うことが出来る。
朝昼夜の挨拶はもちろん、食事をする前に使ったりと使用方法は様々。
隣国ではそこまで挨拶は盛んではないらしいが、この大陸では挨拶は神の授けモノということで大切に扱ってきた。

そしてクモマはその挨拶が大好きなのだ。
挨拶することが好きだから今、顔色を晴らすことができる。


「挨拶って素晴らしいよね。この一言で見知らぬ人ともコミュニケーションを図ることが出来るし、ふれあいほど心温まるものはないよね!」


そんなクモマは目にいくつもの光を輝かせて、ついには嬉しさを噛み締めた拳を作っている。
この様子で挨拶が好きだということが第三者から見ても分かる。

微笑ましいクモマに目を向けているチョコとサコツの背後には、のんびりと歩んでいた残りの3人が立っていた。やっと追いついたようだ。


「ここが大陸一の巨大都市か。えらい盛んなとこやな」

「こんなとこがあったのか」


ソングが感心している隣りには、興奮しているクモマがいた。わざわざこちらにやってきたのだ。


「だろう?エミの村もいいとこだけど、ここもいいとこなんだよ」

「…あぁそうか。エミの村出身は俺らしかいないのか」


周りにいるメンバーは他所の村からエミの村へと訪れた者たちなのだ。
クモマとソングだけが純のエミの村の者。
そのためクモマはソングに訴える。


「エミの村の挨拶も素敵だったけど、この村の挨拶を聞こうよ!本物の挨拶を聞こう!…あぁ素晴らしいんだろうなぁ」

「誰かこいつを止めてやれ」

「無理よ、短足現象を抑えるのはもう不可能よ」


突っ走るクモマを抑えるため、メンバーは早々と繁華街の中に入ることにした。
いろんな人々とすれ違うたび、挨拶が飛び交う。ミャンマーと。
嬉しさのあまりクモマが身をよじっている。それを馬鹿を見るような目をしてやり過ごすメンバー。

そのとき、挨拶が絶えずに溢れている中を無言で歩む者がいた。それは黒い者。
闇なのに闇の雰囲気を醸し出していない者がメンバーとすれ違う。
他メンバーは気づかなかったが、トーフだけ何かを察した。
振り向いてみたが、それはもういなかった。



シルクハットに黒マントで身を纏った者はまるで瞬間移動をしたように違う場で現れる。
人ごみに紛れて黒い者はマントの中から手を出すとそのままパチンと指を鳴らす。
すると村の門が静かに閉じられた。
だが、それに気づく者は誰一人いなかった。

これが事件のオープニングを飾ったとも知らずに…、物語は静かに幕を開けた。



+ +


「すごい!挨拶が絶えずに行われているなんて素晴らしすぎるよ!」


人通りが少ないところにやってくるとすかさずクモマが今の感想を述べた。
対してそれを返す者たちは皆疲れている。挨拶のしすぎで疲れてしまったのだ。


「そうねぇ…あぁでも喉がかれちゃうよ〜」

「ホンマえらいとこきたわ…。ワイはもう疲れたで」

「同感だぜ。少し休もうぜ」


挨拶のしすぎで休むという例は今までになかったであろう。
それほどここの挨拶は盛んであった。

全員がくたびれている中でもクモマは元気に挨拶している。


「ここの人は多いね〜」

「巨大都市やねん、しゃあないことや」

「人が多すぎて動き回りにくいぜ!どうにかならないのか?」

「鼻水を垂らしていれば大丈夫よ」

「そんなん俺らも避けるぞ!」

「分かった。垂らしてみるぜ」

「実践しようとするな?!」


ブチョウの助言により鼻水を垂らすために力んでいるサコツであるが、ここで今までになかった影を見つけた。
足元に黒い者の姿があったのだ。
それは子どもだった。魔王ほど小さくはなかったが、幼稚な子どもが黒ローブに身を包んでいる。

黒い者といえば危険な者だと学んでいるメンバーはそいつから身を引いて態勢を構えた。
しかし黒い子どもの顔を見てみると、その気は一気に緩まれた。


「あは、あはあは」


見るからに危険な様子には見えなかったからだ。
ぺろぺろキャンディを舐めながら笑っていて、当たり前のように鼻水とヨダレを垂らす子ども。
危険ではない。すぐにそう解釈できた。


「あれ?どうしたのぼく?」


相手が危険ではないと分かるとメンバーは引いていた身を戻し、子どもに近づいた。
チョコが訊ねているのにもかかわらず子どもはあめを舐め続ける。


「あはあは」


答えてくれない。あめを食べるしか脳がないようにひたすらあめを舐めている。
応答がなかったので、勝手にこちらで解釈してみた。


「迷子かな〜?」

「違うわよ。あれは人ごみを撒き散らすための高度な技よ。素晴らしいわ」

「ああ、確かにこんな奴が人ごみの中にいたら、避けたくなる」

「ソング突っ込もうよ!いろいろ垂らしていて汚いのは確かだけど、この子の頭ではきっと何も考えていないよ!」

「「なるほど」」

「だから納得していないで突っ込んでよ?!」


汚い容姿の子どもに対してヒドイことを言うメンバーの中、サコツが動いた。
子どもの顔を覗きこんで、面と向かって訊ねようとしたのだ。
これは子ども好きなサコツでしか出来ない事だ。他のメンバーではきっと面を向けるだけでも嫌がる。

鼻水がつきそうになるほど顔を近づけて、訊ねた。


「なあ、一体どうしたんだ?何か俺らに用があるのか?」

「あは……あはあは?」

「い、いや、あめはいらないぜ!?」

「あはあはあは」

「……んー…チョコ、これ解読できねえか?」

「私はバカ語は解読できないよ」

「うーん、そっか」


しかしサコツでも無理であった。首を傾げて困ったと告げる。
と、そのときであった。子どもが突然サコツの腕を掴んで、踵を返したのは。


「お?どうしたんだ?」


子どもはぐいぐいと腕を引く。向こうに行きたい場所があるんだと訴えているようにも感じ取れた。
子どもが腕を引くためサコツは子どもの引く方へ歩いてみることにした。


「どうしたんだい?」

「こいつがどこかへ連れてってくれるようなんだぜ」

「んなもんほっとけ」

「だけどよー…って、おっとととと」


ソングに呆れ顔で言われたため何か言い返そうとしたサコツであったが、子どもが腕を引いてくる。体が傾いて結局は子どもの言いなりになっていた。
サコツが動き出したためメンバーも動かないわけにはいかない。一緒についてみる。


「おいおいおいーどこに連れてってくれるんだ?」

「あはあは、あは」

「んー笑ってるだけだと何て言ってるか分からないぜ?」

「あはあは」



黒い子どもに腕を引かれ場を離れていくメンバーを陰から見ているのは、やはり黒い者。
しかも先ほどメンバーとすれ違った者だ。
広いシルクハットのつばをつまんで目まで覆うと、ポツリと声を吐く。


「今日が"実行日"…か」


すると空気に溶け込むように声の主は消え、後から吹く風が全てを掻き消していった。





本日は、"雲ひとつない晴天の日"。


それはやがて"闇が降臨する日"へと塗り替えられる。









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巨大都市「ミャンマーの村」。ここで一体何が起こる?

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