闇と化した地面は細波のように揺らめき騒ぐ。
メンバーは迫ってくる闇を避けるために反射的に後ろへ足を進め、気づけば一つの狭い範囲にまで追い詰められていた。
それに気づいて、苦いものを食べたように歯を食い縛る。
「…何やねんこれは…意味わからへん」
その中で真っ先に悪態をついたのはトーフだった。
闇に侵略されつつあった空気をトーフの声が緩めてくれたため、他のメンバーも次々に口を開く。
「そんな…ミャンマーの村がぁ…!」
「何がどうなってんだぁー?!」
「影が迫ってくる…しかし逃げ道はもうないか…」
「これから一体どうなっちゃうのー?!」
「……………ポメ…っ」
全員が絶叫や絶望を口にしているとき、ブチョウだけが悲しみに溢れた声を漏らしていた。
友人から授かった凛々しい声は今では水を与えないと枯れてしまいそうな干からびた花のように世の中に恐怖を抱いている。
それほど弱弱しくなっているブチョウはフェニックスの血である不死の薬をギュッと全身で抱きしめた。
せっかくつかめたフェニックスの情報が、まさかこんなにも無残なものだったとは哀れである。
場を考えずにずっと悲しみの世界に陥られているブチョウに同情の目を向け、しかし場が場であるためクモマはまた元の場所に目線を戻す。
そして影を睨むのだ。
「一体これは何の騒ぎなんだい?」
まずは状況をつかんでおこう。
しかし場は気配を変えようとしない。質問は空振りになった。
地面に這っている無数の影は大きく波を打ってそのまま人間のような形を模った。
しかし形は一定に留まらずどろどろになっている。できそこないの人間だ。
影人間はこちらへ体を向けて這ってくる。
「きゃー!こっちにこないでー!」
「やべーぜ!早く逃げようぜ!」
「無理だ。もう踏み場がない」
ソングの言うとおり、元の色を保っている地面は自分らが立っている範囲しかなかった。
数メートル先はもう闇の世界。
「……あかん…気持ち悪いほどの殺気の量や」
闇に含まっているものは数知れないほど多くの"殺気"。
それがこちらに徐々に徐々に確実に近づいてきている。迫ってきている。
ふと横を見てみるとやはりブチョウの顔色は優れていない。それはそうだ。今までずっと捜し求めていた彼がこんな哀れな姿となって自分の胸の中にあるのだから。
薄く開いているまぶたの先には闇があるけど、今彼女は彼の無事を願うことで頭がいっぱいであろう。
ブチョウは先ほどからショックで心が不安定になり、他のメンバーも頭が回らないようで突っ立っている。
もうダメだ。ここで殺気の篭った闇にやられてしまう。
その刹那だった。
「…………っくくく……」
迫ってくる影人間団体の手前、そしてメンバーの手前から声が聞こえてきたのだ。
それは邪悪に満ちた笑い声。相手を馬鹿にしているような笑い声。それがこちらに向けて放たれている。
笑い声は続いた。
「っくくく…次はお前らの番だ」
メンバーと迫りよる影の隙間の空間に黒い霧が現れた。それは固まっていき、縦長の大きな闇の塊と化する。
人間だ。これは影が化けた人間とは違う、本物の人間だ。しかし人間と言ってもいいだろうか。霧が固まって人間が現れるなんてありえないことだ。
しかし現に目の前には人間がいる。黒づくめの男が。
突如現れた黒づくめの男の姿を見て、短い悲鳴を上げるのはチョコだった。
「あ……!」
口を押さえ、あの男から逃げるようにまた一歩後ろへ下がるチョコであったが、もう足を踏み入れる場所がない。その場に踏みとどまるしか他がなかった。
チョコの反応に何かを感づいたのか、男は低く笑う。
「っくくく…。まさかこんなところでまた会うとは驚いた。まだ生きておったか、桜色の髪の娘」
「……っ!」
男の言葉、チョコの反応、それらを見て2人の関係を知らないメンバーでも知ることが出来た。
この2人、一度会ったことがあるのだ。しかしそれはいつ?
運良くチョコ自ら答えてくれた。
震えた瞳だけれど男を睨みつけ、チョコは勇気を振り絞る。
「な、何よ!あなたのせいで私は村を破壊してしまったのよ!…それなのに『まだ生きておったか』ってのはあんまりよ!」
村を、破壊?
まさか、チョコがスピークの村を破壊したのにはこの男が関係していたのか。
……違う。この男こそがチョコに破壊を命じた。
「私の中に入って私に成りすまして村を破壊しちゃうなんてあんた変態じゃないの!この変態!」
違う。男が村を破壊したのだ。チョコではない。チョコの中に入ったこの男こそが、あの事件の真実。
変態と言われ、男も黙ってはいられない。
「ぐおおおお!誰が変態だ!自分は『U』ほど変態ではないわ!ぐおおおおお!」
悔しそうに、本当に悔しそうに体を震わせていた。
先ほどまで冷静だった男が見せた動揺のし様には一瞬唖然となってしまうメンバーであったが、チョコの心を傷つけた原因の一つであるこの男を許すはずがなかった。
全員で言い放ってやる。
「あんたがチョコの村を破壊した奴か!か弱いおなごの中に入って何さらしとんねん!」
「チョコに謝れ!土下座だぜ土下座!」
「誰がお前らに恭順するか!腹立たしい奴らだ!」
ぐおおおお!と心から吼える男の背後には、できそこないの幾つもの影人間。
何だか馬鹿にされたのが悔しかったのか、男は震える拳を振り上げ、影人間に無言の命令を下した。
あの人間らをやっつけろ、と。
するとできそこないの影人間は男を避けて越し、目の前のメンバーへと手を伸ばした。
「うわあ!いきなり攻撃してこないでよ!」
「貴様らが騒々しいのが悪いんだろうが!」
男が吼えるたび影人間はメンバーに襲い掛かる。
どろどろの影が肌に触れるたびヒヤリと冷たい感覚が走る。
男は震える拳をまだ下げないで、無言の命令を下し続ける。
トーフは思った。この男を止めないと自分らはやられてしまう、と。
そのため裾から糸を取り出そうと手を捻った、しかし妨げられてしまった。
真上からねっとりとした笑い声が聞こえてきたので。それはクスリッという笑い声。
「クスクスクスクス。ご苦労様だぞよ、『G』よ」
いつの間に現れたのかこの男、突然の降臨に思わず全員が絶句する。
ここまで追い詰まれてしまい逃げ場がないこの場に重量も感じさせないほど軽く、しかし存在は重い。
闇と一体化できそうな体を持ち、ねっとりとしつこい笑い声を漏らすこの黒づくめの男。奴の手は確実にクモマの手を掴んでいる。
「…っ!!」
「クスクス、また会えて我は嬉しいぞよ、お主よ」
「こら!こいつらは自分の獲物だ!勝手に手を出すな『U』」
自称神だ。クモマを人形にしようとしたあのキチガイ野郎がまた現れたのだ。
クモマの腕を掴んで、今度は逃がさないぞと笑っている。クモマは無言の悲鳴をあげ、メンバーも思わず影人間と一緒に退けてしまった。
影人間も蹴散らすことが出来るこの男。それほどまでにキモイオーラが出ているのか。
自称神に『U』と言い放った男に向けて自称神は『G』と名を呼んだ。
「『G』よ。他の人間には手を出してもよいが"お主"だけは手を出さないでほしいぞよ」
「…!何だ、その"お主"っというものは」
「"お主"、だ」
『G』に訊ねられ、『U』はクモマを指差す。
クモマは強く首を振っているが、『U』はそれをまた楽しそうに眺める。
『G』の場合は「この人間が長時間をかけて狙われている哀れな人間か」と同情の目を作っていた。
変な空気が流れたため、『G』が、とにかく、と再び吼え出す。
「自分の邪魔をするな!自分の邪魔をするならば、貴様にも消えてもらう」
「クスクス、そちにそのようなことができるのか?クスクス」
「……で、できん!体が拒否する、ぐおおおおお!」
『U』のキモさには誰も手を出すことが出来ない。この様子から『G』も奴の仲間であろう。
『G』が悔しそうに拳を震わせているとき、メンバーは動く。
男からの命令が途切れている今、影人間は動かない。今のうちに逃げようと思ったのだ。しかし止まっていた影は再び動き出した。
「獲物は逃がさんといったはずだ」
「クスクス、お主」
目はこちらを見ていなかったはずだが、『G』はそう言って影人間を再び操っていた。
影人間はメンバーに襲い掛かる。メンバーも影にやられないように必死に抵抗。
その間にクモマが悲鳴を上げる。
「だーれーかー!!」
上から聞こえてくる悲鳴に影と取っ組み合いをしている中で全員が声の方を振り向いてみるとそこには影に覆われているクモマがいた。『U』こと自称神に捕まっていたのだ。
宙を浮く自称神の腕に捕らわれたクモマは足をジタバタ動かして下へ下がれと訴えるが、自称神はそんなの聞くはずない。
「もう少し早めに人形化が始まるように二重に魔術を掛けようかお主よ」
「…!」
何とクモマに魔術を掛けようとしていた。
自称神のキモイ手がクモマの頭上をかする。今から魔術を掛けようとしているのか。
足の踏み場もなく頼るのが自称神のキモイ腕。逃げれないため、クモマはこれから避ける方法がない。
目を強く瞑るしか出来なかった。
そして頭の中で念じる。誰か助けて、と。
メンバーは影人間がうじゃうじゃいる地上からいろいろ叫んでいる。
クモマのことも心配なのに、影人間が休むことなく襲い掛かってくるので避けるのに精一杯だ。
やがて自称神の手が闇の色の光に染められた。この手がクモマに向けてかざされたとき、クモマに魔術が掛かってしまうのだろう。不吉を悟ってクモマは強く目を瞑る。
メンバーも「やめろー!」と悲鳴。
「…クスクス、何だ。邪魔者が入ったか」
救いの手が差し出された。
それはその名の通り手だけが空に浮かんでいた。空のドアから手を出したような手は自称神のマントを強引に掴んでいる。
直後、自称神はくるっとひっくり返り、地面へと叩きつけられた。
しかし地面には自称神の姿はなく、地面という液体に入ったような形で、地面に波紋だけが残されていた。
自称神が消え、クモマも共に地面に落ちてしまうと思った。固く閉じられていた目を恐る恐る開けてみると、それはとんだ勘違いであった。
クモマは宙に浮いている黒い者にお姫様抱っこで支えられていたのだ。
「もう大丈夫よぉ」
自称神と同じような格好をした女。黒くしなやかな髪が微かにそよぐ風に靡かれクモマの頬をかする。
バラ色の唇が小さく歪むと、その間からは白い牙が見えた。
「…あ、あなたは…」
クモマ以外の全員があの時対面していた人物であるが、クモマはあの時は自称神にさらわれていたため、女の存在を知らない。だから訊ねた。
すると女は自称神や『G』とは違う優しい笑みを溢す。
「私?私は吸血鬼よ」
吸血鬼?!と口パクで驚いているとき、下から吼える声が聞こえてきた。そう、『G』だ。
「何をしてるんだ『B』!なぜ助けた!」
影人間を休むことなく操る『G』に向けて、『B』と呼ばれた吸血鬼は目で睨み返す。
「何よぉ。私の勝手でしょ」
「けしからん!ったく、そんなことしとるから『R』に目をつけられるのだ!」
「はん、あっちの大陸でつまらない計画を立てているあんたよりはいいことしていると思っているけどね私はっ」
「黙れ『B』!」
「黙れ『G』っ」
綿毛が落ちる並みの速さで地面に着地した『B』はクモマを解放するとそのまま『G』の方へ向かっていった。
『G』も相手を睨むために影人間を動かすのを一時的にやめる。
その間にメンバーはクモマの無事を確認した。
「大丈夫やったか?クモマ」
「またさらわれるんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ!」
「すぐに助けにいけなくてごめんね!」
「いやいや、僕は大丈夫だよ。だからもう心配しないで」
身をより詰めてくるメンバーに向けてクモマは胸前で手を振ると目線を180度大きく変えた。
そこには背の高い黒づくめ同士が睨み合っている。
「貴様はいつもいつも自分らの邪魔ばかりしおって、一体何をたくらんでいるのだ」
「んなもんあんたに教える筋合いはないわねぇ。あんたも向こうの大陸乗っ取ってどうしたいわけ?」
「自分の勝手だろうが!とにかく今の自分は"村人を始末する役目"だ。だから邪魔をするのではない!」
「邪魔す…………ぅ…!」
ここまでは『B』の方が一枚上であったが、突然彼女は前にかがみこんでしまった。
腹を押さえ胸を押さえ苦しそうに呼吸を乱す『B』に『G』が余裕を持った笑みを溢す。
「っははは!また始まったか?いつものアレが」
「う、うるさい……っ…!」
「っくくくく、お前の唯一の弱点はその持病だな。さて自分はその隙に仕事を片付けることにしよう」
『B』の様態が変わるとすぐさま強気になった『G』は不敵に口元を歪めて、またメンバーの前に立った。
すぐに身を乗り出し、場の先頭に立ったのはチョコだ。
「一体何が何なの?あなたたちは一体何者?」
素朴な質問であるが、重要な質問でもあった。
チョコの体に乗り移って村を破壊した男と、クモマの心臓を奪った男、そしてクモマが自称神にさらわれたときに助けの手を差し伸べてくれた女。
一体何の関係があるのだ。
すると『G』と呼ばれていた男は、っくくくと相手を小ばかにした。
「今から滅びるという奴らにそんなこと教える必要はない」
『G』の背後には『B』が苦しそうに胸を押さえている。一体彼女はどうしてしまったのだ。
疑問は何重にも重なり、恐怖へと繋がる。
誰か教えて、誰かこの疑問を解消して、誰か恐怖を掻き消して。
誰か助けて。
『G』の拳には見る見るうちに漆黒の光が渦を巻いてゆく。
「一つだけ教えてやろう」
ここで突然『G』は一つだけ解消してくれた。
「この村で爆発を起こしたのは自分だ」
「!!」
はじめに起こったあの爆発音はこいつの仕業だったのか!
大きく口先を吊り上げた男はやがて漆黒に染め上げられた拳をメンバーに向けて突き出した。
光は拳から抜けると空気を振動させ鋭く抉っていきながら確実にメンバーの先頭に立っていたチョコに向かっていく。
「―――っ!!」
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『G』のこと、忘れたっという方は「―スピークの村―」を読んでください。『G』いますので。
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