外がどんなに美しくても、中身が黒ければ、それは邪悪な光と値する。


43.邪悪な空の光


目の前に広がるものは灰色の世界。
自然も全て枯れ、コンクリートの山だけが虚しく心を置き忘れにしている。

ここは荒地。

その中で肩を竦めて泣いているのは桜色の髪のチョコであった。


「そんな……こんなの…あんまりよ…!」


荒地の存在にチョコは泣いた。足に涙の雨を降らせる。
座り込んで泣いている小さなチョコの背中を叩くのは、トーフだ。


「まあ、しっかりしいや。あんたのせいじゃないんやからな」

「で、でも…わ…私が…」

「そうだぜ。チョコは何も悪くないから、もう泣き止めよ?」


サコツも一緒に座って、チョコと目線を合わせて慰める。
その隣に立っているブチョウは鋭く遠くにまで続いている灰色の地平線を眺めている。


「…………いやな風景ね。これが私たちの仕業だなんて」

「そうだね…もっと早く来てあげればよかったね」

「ふざけてるな。これが全て"ハナ"の被害だとは」


ここは荒地。しかし普通の荒地ではない。元は村だった。
ここは先ほどまで訪問していたジャングルのような村の隣村であり、チョコがメンバーの腕を引いてつれてきてくれたのだが
前の広がる光景は無残なものを見せている。


「…ここが…私の本当の…故郷…なのに……」

「………」


自分を合成獣にした黒い男と会ったチョコは昔のことを少しだけ思い出すことができた。
自分はジャングルのような村の隣村に住んでいる女だった。
しかし自分は「いけにえ」にされ、男の手に渡された。そして合成獣になった。…まあ、肝心のペガサスの力を持っていないのであるが。

そうなのだ。ここはチョコが生まれ育った村なのだ。
ここにはきっと、自分を生んでくれた父と母がいるはず。
しかし今目の前には無残な光景しか残っていない。

コンクリートの塊の村…いや村とはもう言えまい。
こんなところに人なんていない。

人がいないなら村ではない。ここはただの荒地。


村から荒地に侵された、哀悼の村。

人が消されてしまった。


全ては"ハナ"のせいで。



「……私は……故郷を助けることが…できなかった…」



自分らは"ハナ"を消すために旅をしている。
今までは"ハナ"に殺された村とは出会っていなかったのだが、今目の前にある光景はどうであろうか。
まさしく"ハナ"に侵され、人々が消えてしまっている。これこそ"ハナ"に殺された村。
最悪な事態だ。

チョコは悲しかった。
自分の本当の故郷を護ることが出来なかったことが悲しかった。
だから泣く。ペガサスの優しい心が震え人の死の悲しみに涙を降らし悼むのだ。


「…もっと早く来てれば…うえええ…」

「まあまあ落ち着けって。泣いてたってしょうがねえぜ?」

「そやで。ほなさっさと"ハナ"を消すで」


チョコの背中を最後にポンッと叩いてトーフはチョコを促した。
しかしチョコは立てない。心がもろくなっているようだ。
これ以上かかわるとチョコの華奢な心が壊れてしまうかもしれない。それが心配だった。
そのためトーフはチョコを置いて歩くことにした。
サコツも立ち上がろうとしたが、やはりチョコのことが心配で座り込んでままである。


「"ハナ"はすぐ近く…ホンマ目と鼻の先にあるで。せやからちょっと待っててや」


2人が座り込んだままなのでトーフがそう言って安心させる。
「すぐに帰ってくるから、もうしばらく泣いててええで」と口に出さなくてもチョコにはトーフの気持ちが伝わった。
心が不安定になっているチョコはもう泣くことしか出来ない。顔を膝に沈めてワンワン声を出した。


「んじゃしばらくこうやって俺が慰めとくから、"ハナ"はそっちに任せたぜ」

「よろしくねサコツ」

「ホンマすぐ近くやから」


そしてトーフを先頭に"ハナ"がある場所へと向かった。
サコツがチョコを慰めているのを見やり、やがて顔が見えなくなるほど離れるとクモマがそっと口を開いた。


「チョコも大変だったね」


やはりチョコの話題だった。トーフが答える。


「ホンマやな。ワイも驚いたで。まさか合成獣なんてな」

「そんなもん作れる奴がいたんだな」


と、言ってソングがあいつの存在を思い出す。


「あの黒い男は一体なんだったんだろうな」

「そうよね。私たちのアフロを見て驚いてたから相当の悪よ」

「いや、全員の頭がアフロだなんて誰だって驚くぞ!」

「でも、まあ……悪い人には変わりないね」


苦笑してからクモマは自分の足元に目をやった。
地面は灰色。それはコンクリート。冷たい人口地面。いや、もしかしたらもとは家で崩れて地面になっているのかもしれない。

ふと、バニラが言っていた言葉を思い出す。
チョコを苦しめた黒づくめの男は魔術師だということを。
そういえば魔術師というもの全てが黒づくめであるがそれは何か関係しているのだろうか。
あのとき、自分を人形にしようとしていたキチガイ神も違う形であったが黒づくめの魔術師。
そいつから自分を助けてくれたオレンジ髪のお兄さんも黒づくめの魔術師。
ブチョウの憎むべき相手であるオカマも、合成獣を作った男と同じような形の黒づくめの魔術師。

何だろう。これには何か深い関係があるのか。
あったとしてもそれは何?
分からない。その人たちは何がしたいの。分からない。
魔術師は何をする人たちなの。それも分からない。

もしかしたらその魔術師と"ハナ"は関係しているのだろうか。…いやこれも分からない。



いつの間にか、ライチの種を噛んだ様な苦い表情になっていた。食い縛っていた歯を解いて、前を向きなおした。
まだまだ灰色の世界は続いている。
背後にも続いている。四方にわたって全てが灰色。これが"ハナ"の被害状況。

後ろを振り向いてみると、まだサコツとチョコの姿が見ることができた。
見るところ慰めている形は変わっていない。ずっと泣いているようでサコツも大変そうだ。


やがて歩いていた足が止められた。先頭のトーフが止まったからだ。
そして小さなトーフの口が開いた。


「この辺りやな」

「本当に近かったな」


まだ後ろにはサコツとチョコが見えるし、本当に近場にあったようだ。
他の皆より背が低いトーフはキョロキョロと辺りを見渡す。目を鋭くして"ハナ"を探しているのだ。
全神経を目に集め、そのため目が細くなっている。
片目だけの目をゆっくりと左から右へ運ぶ。


「…この辺にあるはずなんやけどなぁ…」


なかなか見つからなくてポリポリ頭を掻いた。
そんなトーフにソングはすかさず突っ込んだ。


「お前何してんだよ。さっさと見つけろよ」

「この辺りからぎょうさん"笑い"を感じることが出来たんやけど、肝心の"ハナ"が見つからんのや…何故なんや?」


目を瞑れば"笑い"を感じ取れる。それなのに"ハナ"が見つからない。何故だ?
そう思っている傍からクモマの声が聞こえてきた。


「ねえ、ブチョウの足元にあるのって…」

「あら?アフロがもっさり」

「いや、右足じゃなくて左足の方!っというか何で右足の下にはアフロがもっさりあるの?!」

「アフロの降臨ね」

「お、ちょいブチョウ。あんたの足元…」

「アフロでしょ?」

「いや、それはわかっとるわ!じゃなくて逆の足の方や!左足の下にあんのって"ハナ"やで!」


ブチョウの左足の下には花の残骸があった。
しかし見れば見るほど分かる。この灰色の地帯には見られなかった色をしたオーラが漂っている美しい花。
この花は自分らが探している"ハナ"だということにすぐ察することが出来た。


「……可哀想な姿になっとるけど、"ハナ"やから消さんとあかんな」


無事に"ハナ"を見つけることが出来たトーフは懐からおなじみのひょうたんを取り出すと、雫を一滴落とし、"ハナ"を消すことをやり遂げたのであった。


「"ハナ"は消えてしまったけど、アフロは永遠に不滅ね」

「そやなぁ、アフロは"ハナ"よりも怖ろしいわなぁ!」



+ + +



「お、向こうからすっげー光が出たぜ。きっと"ハナ"を消したんだろうよ!」


肩をヒクヒク動かしているチョコを慰めるためにサコツはチョコの顔を無理矢理でもいい、現実に向かせてあげた。
チョコの顔をやっと見ることが出来、涙は止まっていることを知り深く安堵することができた。


「…本当?」

「ああ、ほら、こっちに皆が戻ってきてるぜ」

「……うん…よかった…」

「よっしゃ!ならもう泣くのはやめようぜ!ほら立った立った!」


チョコの顔が微かであるが和らいだことに気づくとサコツは早速行動に出た。
このまま勢いで元気付けさせようと思ったのだ。ぐいっと腕を引いて一緒に立たせた。
突然だったのでチョコは一瞬バランスを崩し倒れそうになったが、いつまでも甘えているとダメだと思い、ここは自分の力で踏ん張る。


「ありがとうサコツ。…そうだよね。もう私泣かない」

「そうしようぜ。確かにこれは悲しい結果に終わっちゃったけどよー、チョコを「いけにえ」にして追い出す村だぜ?もう忘れようぜ」

「……う、うん…」


だけれどここは自分の故郷。この姿はあまりにも惨い…。
と、チョコの顔がまだ晴れないのでサコツは焦る。


「あ、悪い!そうだよな、ここはチョコの故郷だもんな!悪いこといってゴメンな?」

「いやいいよ。私こそゴメンね。サコツに迷惑かけちゃった」

「気にすんなって!」


それからお得意の笑い声を上げだすサコツにチョコは心から安堵した。
自分の周りの人たちが本当にいい人たちでよかったと思う。

サコツにつられてチョコは元気を取り戻すことが出来た。
自然に笑みを溢していた。

と、何もかもに終止符がついたそのときだった。
2人の目の前に黒いものが過ぎったのだ。


「…あれ?何かさっき通らなかった?」


しかしそれを見たのはチョコだけのようだ。サコツは首を傾げる。


「マジでか?気づかなかったぜ」

「そ、そう?」


だけれどチラチラ過ぎる黒い影。


「いや、やっぱり何かいるよ!」


今度はサコツも見ることが出来た。


「見えた!何かいたぜ!」


サコツがそう叫んだ刹那、チョコの隣りにはサコツがいなくなった。
消えたと思ったが違う。サコツは後ろに仰向けに倒れこんでいたのだ。

先ほどから見えていた黒いものに押されて。


「キャア!サコツ〜!」

「な、何だぁ!?」


サコツも理解することが出来ないほどの早業。
上にあるものを必死に降ろそうとするのだがそれはなかなか降りてくれない。

それは黒い者だった。
背中に黒い翼を生やした者……。


「あ、悪魔!?」

「何でこんなとこにいるの〜?!」


余計理解できずに頭の中はパニック状態だ。
地獄に落ちたときに会った悪魔たちとはまた違う別の悪魔が、何故かサコツを倒している。
しかも必死に何かを探っている。しかしサコツは上着一枚しか着ていないため、その作業はすぐに終わった。


「ちっ、はずれか。」


悪魔が悔しそうに舌打ちを鳴らした。悪魔が身を起こした隙にサコツも飛び上がった。


「な、何だてめえはよー!意味わからねーぜ!」

「黙れ。自分らはてめえに用はねえんだよ!」


怒鳴るサコツを軽くあしらい、悪魔は首をあちこちに動かした。何かを探している。
そのときにまた黒の面積が増える。何人もの悪魔がやってきたのだ。
突然の悪魔の大量発生にサコツもチョコも脳内には疑問符が飛び交う。


「おい、見つかったか?例の『アレ』」

「いや、見つからない。でもこいつらだったよな」

「ああ、個性溢れる面子だったから覚えている。この桜色の姉ちゃんとか」

「しかしメンバーはこれだけだったか?」

「まだいたような…」


悪魔同士が小声で会話しているのをチラ見しているサコツであったが、裾を引かれチョコに目線を落とした。
元気を取り戻してくれたチョコであるが、顔色は優れていない。


「ねえ、皆は?」


そんなチョコは悪魔たちの奥を見ていた。そこにはメンバーがいたはずであるが今は何故かいない。


「…あれ?」


もうサッパリ意味が分からず、首を傾げることしか出来なかった。




+ + +


横から声を掛けられ、岐路を変えたメンバーは、ある悪魔と再開していた。


「突然訪問してきてすみません」


それは地獄で一度会ったトンビという悪魔であった。
彼には他の仲間がいたはずであるが、そいつらの姿は見当たらない。


「何や。どないした?」


本当に突然の悪魔の訪問。
サコツとチョコとはいうと大量の悪魔に取り囲まれている。
それなのに自分らはここで身を潜めていていいのかと不安に思ったが、トンビに表に出ないでと注意を受け、ここに身をとどめた。

トーフの問いにトンビが眉を深く寄せる。


「すみません。他の悪魔たちを止めることが出来ませんでした」

「他の悪魔?何?どういうこと?」

「まさかまだ争っていたのか?」


地獄では何故か悪魔が悪魔を襲うという事態に陥られていて、危険だから地上に戻れとメンバーは無理矢理地獄から引き離されたのだ。
そのときにトンビの仲間が戦っていたのだが、そいつらはどうしたのか。


「はい……残念なことですが僕以外の皆さんは…あの悪魔たちに捕まってしまいました…」

「え?」

「やはり他の悪魔たちは楽しみにしているんですよ。それの邪魔をした僕たちは確かに悪いことをしたと思っています」


上手く理解することが出来なかったが、トンビはそのまま口を開き続けた。


「だけど僕たちはアレの復活を望んでいません。アレを復活させてしまってはまた地獄がめちゃくちゃになってしまいます。いや、地獄だけではない、地上もめちゃくちゃですよ」

「お、落ち着いて」

「僕はどうしたらいいんでしょう。皆さんは捕まってしまったし非力な僕には到底アレを守り抜くことが出来ません」

「だから意味が分からねえだろが」

「お願いです。アレの復活だけはさせないでください」


1人で突っ走ったトンビの目はじっとソングを見ていた。
先ほどからソングを見て、『アレ』の復活をさせるなと訴えている。


「待て。もう少し詳しく説明しろ」


トンビが自分に訴えていることに気づいたソングは、そういってトンビを抑えた。
はい、と素直に返事するトンビは目をしっかりと、空に向けている。

空色の光を放っているクリスタルに。



太陽の光により、ソングのイヤリングが十文字に黒く反射する。






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