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悪魔の世界である地獄では区域ごとに魔王と呼ばれる偉い方が上に立つのですが、
僕たちが住んでいる地獄1丁目という所は、人口も多い上に
何しろ、地上で悪いことをしていた人が地獄に落とされてくるものですから、本当に大変なんですよ。
そのため地獄1丁目の魔王に長い間就ける人ってなかなかいなかったわけです。
「この前の魔王もダメだったらしいな」
「おーマジで?どいつもこいつもダメな奴だな!何なら俺様が魔王になってもいいんだけどな!」
「いいじゃんー!魔王いいじゃん!"ドラちゃん魔王"になっちゃえよ!よ!ドラちゃん魔王!」
「照れるぜ!だけどドラちゃんっていうのはいただけないな!」
僕は先輩方と次代魔王についての話をしていました。
ドラゴンさんが魔王になろうかなとおっしゃっていたので僕は鋭く突っ込んでしまいました。
「"魔王"って本当に大変らしいですよ。ドラゴンさんやめた方がいいですよ」
「冗談に決まってるだろ!俺様がそんな面倒なことするはずないだろ!」
「あ、なーんだ。ドラちゃん魔王にならないの?面白そうだったのになー」
ちぇーっと口先を尖らせるトラさんに僕は思わず笑ってしまいました。
確かにドラゴンさんが魔王になれば毎日が楽しくなりそうだと思いましたから、トラさんの理屈も分かります。
するとウルフさんも珍しく同意していました。
「ここの魔王ってのはいつも堅苦しい奴らばかりだからな。たまにはドラちゃんみたいなバカな奴がなってもいいと思うな」
「お、マジで?ってかお前もさり気なくドラちゃんって呼ぶな!」
「でも確かにそうだよなー。オレもこの前の魔王は嫌いだった」
そしてトラさんは頬を膨らませました。
だけど僕も同感していました。確かにこの前魔王は…。
「あの野郎、人遣いがホンット悪かったもん!食料削減法とか意味の分からん法律も作ってさー。オレ腹の減りすぎで死ぬかと思った!早々とあいつが下りてくれてホント助かった!」
「そういえばトラの死に方ってプリンの食べすぎで腹が破裂したんだったな!お前って幸せもんだよな。俺なんか有り得ないぐらい大量のカエルに襲われて死んだのによ!」
「お前らしいな」
「んだよ!ウルフなんかバナナの皮に滑って豆腐の角で頭ぶつけて死んだくせに!」
「そ、それを言うな?!それよりトンビの方がひどいじゃねえか!欽ちゃん走りをしていたら足が絡まって川に落ちたんだぞあいつ!」
「やめてくださいよ!必死に忘れようとしていたんですよ!」
トラさんのおっしゃるとおり、前魔王は無駄に厳しい人でした。
はむかったら食料を奪うため、トラさんは何度も死にかけていましたよ。まあ、はむかった方も悪いのでしょうけど。
だけど魔王という位に値する人って本当にいないものです。だから何度も魔王交代が起こるんですよ。
「あぁー次はどんな奴が魔王になるんだろうなー」
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「それでその次の魔王が決まったわけですが、そいつはとても怖ろしい者でした」
話しているうちに顔色を悪くするトンビにクモマが心配の眼差しを送る。
隣りのソングはじっとトンビの説明を耳に入れている。
「大抵、魔王というものは悪魔がなります。しかしその魔王は違っていました」
軽く深呼吸をしてトンビは目の色を震わせた。
「あれは"闇の者"でした…」
「闇の…!」
「全身黒づくめで僕たちと似ているものはありましたが、明らかに違うものそれは、存在……」
"闇の者"に鋭く反応したのはクモマ以外の3人であった。
クモマが自称神にさらわれたときに会った2つの闇の存在がそう言っていたのを3人はよく覚えている。
自分のことを吸血鬼と名乗った者…Bちゃんが言っていた「私らは"闇の者"よ」と。
「あの人は邪悪の塊です。近くにいるだけでも分かります、あれは普通のオーラではない邪悪に満ちた闇のオーラ……怖ろしかったです」
「それで何だ。その邪悪そのものの魔王がどうしたんだ?」
怯えた様子のトンビの声の上に手加減なくソングが乗ってきた。
トンビがずっとソングを見ているので、ソングも気になるのだ。
トンビはソングに訴えている。
何故訴えているのか、ソングも他のメンバーもまだわからないだが。
目を震わせたままトンビが答えた。
「魔王は次々に戦争を起こさせました。地上にある悪魔の村を戦場に幾多の戦闘をさせてきました。それが凄まじいもので、幾つの命が絶たれました…」
「戦争…!」
「地上にある悪魔の村?」
「あるんですよ。この大陸…ピンカースにはありませんけど悪魔の村もあるんです」
トーフが眉を濃く寄せたのでトンビが少し和らげた表情を作る。しかし怯えた目はそのままであった。
トンビは続けた。
「そんなある日、悪魔の最大なる敵である天使がやってきたんです」
悪魔は天使が苦手。裏をかいてみると天使は悪魔が苦手ということにもなる。
それなのに天使は悪魔の元に訪れたのだ。それは何のために?トンビの口が全てを物語る。
「あまりにも悲惨な戦いをしている悪魔を止めるために天使が舞い降りてきたんです。いや、悪魔ではなく魔王を止めるために」
「え!天使が魔王を止めたの?」
「そうなんです。そこへ訪れた天使全てが"善ある力"が強烈である大天使でして、負傷しつつも大天使たちは魔王を止めることに成功したわけです」
「何だ、それならよかったじゃねえか」
今のこの事件もてっきり魔王が起こしたものかと思っていた。しかし肝心の魔王はこの通り仕留められたらしい。
反射的にほっと胸を撫で下ろすメンバーであったが、口を開き続けているトンビは震えっぱなしだ。
その異常さに気づいてブチョウが眉を寄せた。
「何よ。何かまだ問題があるわけ?」
「はい、ここからが問題なんです」
すっげー長い前振りだったな?!とソングが突っ込んだそのとき、
自分の周りが急に暗くなったのに気づいた。太陽が遮られてしまったのだ。
幾多の悪魔の体によって。
態勢を低くして身を隠していたメンバーの元に、サコツたちのところにいた悪魔たちがやってきたのだ。
より恐怖の顔を作るのはトンビだ。
「ここにいたのか、トンビ」
「随分探したんだぞ。さあ、例のものを出してもらおうか」
同じ悪魔のはずなのに何だこの差は。
トンビは怯えてしまい体が竦んでいる。目の瞳孔が開き小さな瞳が震える。
自分らの前に立ちはだかった悪魔はというと、ご自慢の黒い翼を大きく羽ばかし、手も足も広げて、自分を大きく見せている。
トンビは"例のもの"にビクリと激しく反応した。
「し、知りませんよ!」
「ウソつくな。ウソをつくとどうなるか分かってるのか?」
「地獄にいるお友達が痛い目に遭っちゃうぞ」
挙動のおかしい反応を見せるトンビに悪魔は輝く牙を向けた。
地獄にいるお友達とは、きっと彼の仲間3人のことだ。
3人は自分らのために身の危険を犯してまで戦った……いや、護り通すべき物のために戦ったのだ。
するとトンビは怯えた瞳だけれど鋭く見て返す。
「……だけど…アレを復活させたことで何も幸は訪れません。訪れるものは不幸のみです」
「何を言っている?」
悪魔は鼻で深く笑う。
「魔王を復活させれば悪魔の天下だ!世界を手に入れる日もそう遠くはない!」
「な、何馬鹿な事を言っているんですか!悪魔が世界を手に入れていいはずないじゃないですか!」
「馬鹿な事を言っているのはてめえの方だ!このカス!!」
そのときトンビの体が宙を舞った。
悪魔が悪魔に"気"を放ったのだ。受身の態勢をとることは出来たが、威圧は大きく体は吹っ飛ぶ様。
トンビは遠くの灰色の山まで飛ばされた。
「…クソ!何がどうなっている?」
「お?お前…」
飛ばされたトンビの方へサコツとチョコが急いで駆けていっているのを横目で見ていたソングの元へ訪れる影は一つ。その目は不気味に光っていた。
ソングも表情を顰めて返す。
「何だ」
「ははーん。まさかこんなところにあったとは、予想もしていなかったな」
悪魔がそう言うと残りの悪魔が全部ソングの元へ羽ばたいて来、見たときにはソングは黒に囲まれていた。
何故自分が囲まれているのかソングは理解できない。
が、思い当たる点はある。
先ほどまでトンビが自分をじっと見ていた、だから何か自分が関係しているのだろう。
きっと『アレ』と関係しているのだろう。
そして、それは的中する。
「『アレ』がこれだとは驚いた」
「こんな素敵な輝きをするとは、さすがだ」
悪魔は興味深そうにソングに集まる。ソングのあるものを見るために。
その中の一つの悪魔が徹底的言葉を放った。
「魔王がこのクリスタルの中で眠っているのか」
「…何だと?」
真っ黒な瞳に映る色は空色。
悪魔は魅入られるように目を奪われている。
ソングの左耳にぶら下がっている、空色をしたクリスタルを。
「……この中に、魔王がいるだと?」
知らなかった。まさか、自分が魔王を背負っていたなんて。
…そうだ。思い出した。
このクリスタルを手に入れたとき、変な連中にこのクリスタルは狙われていたのだ。
これは『願いを叶えてくれるお星様』だと言っていたが、中には確かに、何かいた。
自分は会ったのだ、その"中の者"に。
そいつは確かに願いをかなえてくれた。メロディを復活させていた。醜い姿であったが。
そのとき思ったのだ。中には相当凄い者がいると。
お星様が出来るようなものではない。これはそう、魔術師が出来るもの。
闇の支配者である魔術師…闇の者であれば、あり得る話なのだ。
そういえば、その"中の者"に会ったとき、不思議なことに空色は邪悪な漆黒に変わっていた。
中にいる者は空のように美しい色をしていなかった。闇の色だった。黒だった。
黒い光が願いを叶えていた。
…なるほど、それが
「魔王だったのか…」
唐突過ぎる真実を、しかし最近自分はその者にあっていたことを思い出し、ソングは目を見開くばかりであった。
そのとき、悪魔が行動に出る。
ソングの空色クリスタルであるイヤリングを奪おうとしたのだ。
肩を押され倒れそうになるところで長い足を振り上げ、前にいた悪魔を地面にめり込ませる。
「無言で襲い掛かるとはいい度胸してんな」
「ソング!無事かい?」
悪魔の中にクモマが混じってきた。ソングと一緒に悪魔を蹴散らそうとしてくれているのだ。
ソングは有難く受け取った。
「ああ。このクリスタルがこいつらが言っていた『アレ』だったんだな」
「驚いたね。まさかこんな身近に危険な魔王がいたなんて」
「そうなんです。魔王は大天使の手によって止められましたが、それは封印という形で止められていたんです」
背後から声が聞こえ、振り向いてみるとそれはサコツとチョコに肩を借りて歩いているトンビであった。
苦しそうに表情を崩している。
「何や、そん封印した形っちゅうんがこのクリスタルだったわけか?」
「そうなんです」
「こりゃまた面白い封印の仕方をしたものね」
真顔でそういうブチョウも、ソングたちと同じように悪魔に蹴りを入れている。
しかし悪魔もそう弱くない。すぐに立ち上がってきて襲うのだ。
襲う面積は大きくなり、その場は小さな戦場に。
「そのクリスタルをよこすんだ!魔王を復活させるのだ!」
「んなことさせるか!って、いててててててて!!こら!耳を引っ張るな!!」
「魔王の復活を今までずっと待っていた」
「悪い魔王なんだろう?キミたちを戦わせるような魔王なのに、何故それの復活を楽しみにしているんだい?」
「魔王が強いからだ!魔王の力があれば必ずや世界を手に入れることが出来る!」
「だから痛いって言ってるだろが!耳を引っ張るな!!」
メンバー全員で悪魔を止めようとするのだが、悪魔は全てソングに向けて手を伸ばす。
その手全てが耳にあるクリスタルを奪おうとするため、ソングの耳は悲惨なことに。
「ぎゃあああああああ!!」
ソングの悲鳴が聞こえてきたとき、それが全ての始まりを物語る。
悪魔はついにソングの耳にあったクリスタルを奪うことができたのだ。
ソングは耳を覆って痛みを堪えて座り込んでいる。
「ついに魔王の復活の時が来た!」
空色が溢れている悪魔の拳が振り上げられる。
しまった、と思ったときにはもう遅い。
空色はやがて濃い藍色に、そして闇の色に漆黒に染まっていく。
「…危険です!皆さん離れてください!」
トンビが叫ぶがそれも遅かった。
まずソングが立ち上がることが出来ないと言うこともあるし、足が竦んだということもあるし、
何より、既に光が大きな闇の発光と化していたのだから。
上に上げられていた拳は広げられ、クリスタルは空に吸い込まれるように舞い上がる。
そのときにはもう空色は闇に塗り替えられ、哀れな姿になっていた。
強張った表情を作るメンバーとは裏腹に悪魔は実に嬉しそうに笑っている。
「………もうダメだ…魔王の復活です…!」
トンビの断念した声が復活の合図となった。
闇色の光はボンと破裂を起こし、その威圧に全員が1メートルほど押された。
風もなかったはずなのに、破裂からは強烈な風が起こり地面の土が踊る。
それから暫くの沈黙。
魔王が復活してしまったのか。
目を覆っていた手をゆっくりと放し確認を取ってみた。
すると、
「ジャーン!ついに復活だヨー!」
一瞬、呆気に取られた。
それはそのはず。何故なら目の前にはいなかったはずの小さな子供が…。
「久々の外の空気はやっぱりまずいねー。ぼくちゃん嫌いだなーこの空気」
まだ赤ん坊の子どもが大きく伸びをして体を解している。
どういうことだ。この子どもが何だというのだ。
まさか……。
「「魔王!!」」
……ありえない。
「ヤホー!皆元気だったかー?ぼくちゃん心配したんだヨー!」
「魔王!お久しぶりです!よかったです!魔王が復活してくれて!」
「ぐふふ、可愛い弟子たちヨ、ぼくちゃんのこと助けてくれてありがとね」
これが魔王だというのか?
トンビが恐れていた魔王というのもがこれなのか。
しかし現にトンビは震えている。そのことに魔王と呼ばれた子どもが気づいた。
子どもは、子どもには出来ないであろう、あまりにも邪悪な笑みを作っている。
「久しぶりだねートンビちゃん。またこれからもよろしくね」
「……ま、魔王…!」
「ぐふふ、そんなに怯えないでヨ。ぼくちゃん今は機嫌がいいんだー」
「…っ」
上機嫌と言っている割には邪悪そのものの顔つきをしている子ども…魔王。
トンビは今にも泣き出しそうだ。
そのときだった。
ドンと鈍く空気を震わせる音が鳴り響いたのは。
魔王が両手を組んで銃の形を作って立っている。
魔王の合わさった人差し指の先には、トンビ。しかし彼の姿は今はもうなかった。
「あの連中は本当にぼくちゃんたちの邪魔しかしないからねー。やっぱりお仕置きはしておかなくっちゃね」
「!!」
いろんな色が混ざり黒と化している光が魔王の指先には溜まっていた。
それを喰らったトンビはこの地上にはいないものに変わり果ててしまった。
「な、何をしたんや?!」
「あれ?何この子達?どいつもこいつも色気のない奴らだねー。今の人間ってこんな顔してんだ?醜いねー」
可愛い子どもの容姿なのに、心はまるで鬼だ悪魔だ…そう、これが魔王。
魔王は小さな唇を左右に広げ、笑ってみせた。
「ぐふふふふふふ、弱き者は処分だヨ。だけど簡単に処分なんかしちゃったら面白くないじゃん。だから遊ぶの。子どもが玩具を徐々に壊していくようにね」
最悪だ。これが魔王というものなのか。
違うだろ。魔王は悪魔をまとめるものであって、悪魔のことを考えて行動するはずだ。
それなのにこいつは違う。こいつは本当に邪悪の塊だ。
是も非もこいつの前にはないものになる。
こいつはこいつの道を突っ走る。
「ぼくちゃんは今は機嫌がいいんだ。本当ならあんたらをぐちゃぐちゃにしてあげたかったんだけど、まずはあの悪魔たちと遊ぶから、見逃してあげるヨ」
「…………!」
もう、何もいえない。
「そこの銀髪!」
子どもの容姿の魔王はソングを覗き込む。
「僕を今まで護ってくれてありがとね!お礼にいつの日かまた彼女を復活させてあげるヨ」
「…余計なお世話だ…もう現れるな、クソ」
「ぐふふ、全く糞のついた奴だね。ま、今回は許してあげるヨ。護ってもらえたことが嬉しかったからね」
「…」
無言で返すソングとメンバーに魔王は何人もの魔物を引き連れて踵を返した。
「今度は遊ぼうね」
魔王がそう告げたとき、闇が完全に消えていた。
その上に何も知らない風だけが優しく通り過ぎ、呆気に取られているメンバーの頬を撫でていく。
地面には、空色を放つクリスタルが元の姿を維持したまま、空の状態で落ちていた。
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