処分……


嫌に胸が締め付けられた。
苦しい。この言葉だけでも苦しい。

どうして自分が処分されなくちゃならないの?
自分は何も悪くないじゃないの。
あなたが実験を失敗したのが悪いんでしょう?
自分は何も悪くない。それなのにどうして処分されなくちゃならないの?


チョコは自分の胸を抱きしめた。
暗いけど前の光景が見える。
透明な壁の奥には合成獣を作り上げた男がいる。
不適に笑みを作ってチョコを見ている。目が合うたび抱く力を強めた。
こうしないと自分を見失ってしまいそうだから。


「ひゃっひゃっひゃ!処分されるのがそんなに怖いか?失敗作ちゃん」

「……っ」

「怯えなくても大丈夫だよぉ。痛くしないからねぇ」


今から処分をすると前置きしていたのに、そんなウソ信じるはずないではないか。
処分なんて痛いものだ。きっと体に電流を流したり、燃やしたり、傷つけたりするのだろう。

そう思うとまた体が震えた。
表情も引きつるしか他がなかった。


怖い…。


「ん?どうしたミント」


視点をチョコから隣りのミントに変え、男は掛けていた眼鏡をくいっと上げた。
男の黒ローブの裾を掴んでいるミントは見上げて心配そうに鳴いている。


―― お父さんの処分の仕方、怖いから僕は嫌い


男は尋常な人間ではないのだろうか、サルの言葉を発しているミントの言葉を理解できていた。
もちろんチョコにも解読できて、目を見開くことしか出来なかった。


やっぱり、怖いんだ…。


「ひゃっひゃっひゃ!だーいじょうぶだよ!廃棄物をあの箱に入れている限りこちらには何も被害は来ないからね!」


扱いが酷くなった。
失敗作から廃棄物。

人間に使う名詞ではない。

チョコは悲しかった。


ミントは言う。「キキー」と。


―― でもアレ処分するんでしょ?ドーンって爆発させるんでしょ?

「ミントちゃんは怖がらなくてもいいんだよ!廃棄物ちゃんだけが爆発するからね」


…爆発…?


「あの箱にはボクの魔力が入っているんだ。魔力を扱うのが苦手なボクだけれど爆発専門の『G』にちょこっと教えてもらったから、大丈夫!魔力の満ちているあの箱内であの子は内側から爆発さ」


爆発するものが自分だと分かり、チョコは態勢を崩した。
後ろの透明な壁に頭をぶつけ、ずるずると滑り落ちる。

透明な箱の中には見えない魔力が満ちている。
男が何か発動させれば、きっとチョコは内側から破裂してしまうのだろう。

怖くて、だけれど逃げられなくて、暴れることも出来なくて、
壁一枚奥にいる男を悲しみの目で睨むことしか出来なかった。

そんなチョコの様子に男は気づいた。


「怖いか?怖いか?爆発されるのが怖いのか?そうか怖いか?だけどね、内側から破裂なんて滅多にできないことだよぉ。貴重な体験が出来てよかったねぇ」


全然よくない。

男は舌を出して口の辺りを舐め回した


「しかも破裂だからショック死で痛みも感じないまま死ねるよ。よかったねぇ」


今から処分する相手にその言葉はあんまりだ。よいはずがない。


「キミはペガサスのおかげで美しい容姿になれたけど、能力を持っていなければ生きていても意味が無いね。だから死のう!バーンって破裂して死んじゃおう」


「…や…」


反射に押され、チョコは口から声を出していた。
喘ぐ声が聞こえ男は下唇を念入りに舐める。


「ボクが両手を振り上げたとき、キミは爆発さ!だーいじょうぶ!恐れることはないよ。だって痛みも感じることもなく死ねるんだからね!」


「…いやだよ…やめてよ…」


 私は、何も悪くない。

 何も悪いこともしていないし、誰にも迷惑をかけたつもりもない。
 私は…私は

 ただ、友達がほしくて生きていただけだよ。

 ペガサスの力を持てなかったけど私はそれでも十分幸せだったよ。

 だってだって
 私には


 友達が出来たから。
 親愛なる友達を作ることが出来たから。


 まだ人数は少ないけど、それでも私は幸せなの。

 私のためにいつも体を張って護ってくれた皆のことが、心底から好きだから。


 私は、まだ死にたくない。
 もっと生きたいの。


 村を破壊しちゃった私だけれど、生きたいと思った。
 自分のせいで死んでしまった人々のために笑って償おうと思った。
 いつもヘタな笑いや馬鹿笑いしかできなかったけど、私には大きな任務があるの


 ラフメーカーの皆と一緒に世界を救うって、笑いで世界を救うっていう任務が。



 だから、死んじゃだめだよ。
 世界のために私は生きなくっちゃ。

 1人でも欠けたら世界を救うことが出来なくなるんだから。


 だから生かせてよ…。



こんなにも念じているのに、
男は両手を振り上げようとする。


「死にたくない!私は生きたいの!」

「え?逝きたいのか?」

「私は、いつもいつも…」


死にたくないから、涙を流して、悲しみと哀れさと切なさを込めた涙を流してチョコは訴えた。
自分の今の心情を。


「私は動物の言葉が分かる人間だからということで回りから険悪な目で見られていた。頭がおかしいって言われて避けられてた。だけど私は一度もね、この能力を嫌うことはなかった。だってだって…」


涙を拭って、だけれど涙は湧き上がる。


「動物の言葉が分かるなんて素敵なことだと思ったから!他の皆には出来ない私にしか出来ないこの力、私は心底から愛してた!」


男は馬鹿に笑っている。
その間に訴え続けた。


「だけどバニラが私を置いてくれた村人には嫌われちゃって私は人間が嫌いになった。動物だけが頼りになっていた」

「それなら生きているのはつらいだろ?なら死んじゃおう!」

「私の話最後まで聞いて!」


間に割り込んできた男を退けてチョコは身を起こした。
立ち上がって見えない壁に手を触れた。


「結局黒い変なおじさんのせいで私はその村を破壊しちゃった。でもねそのとき思ったの。私は死んだらいけないって」


下唇を強くかんだ。


「私は自分のせいで死んでしまった人の分いっぱいいっぱい生きようと思ったの。笑うことが出来なかった私はこのときに笑いたいと思ったの!もう笑うことが出来ない村人のために私は笑って償いながら生きようって!」


だから死ねない。


「それでね、ずっと笑っていたら私に一つの賭けが訪れた。ラフメーカーになるという賭けが。私は世界のためにラフメーカーになることを誓った」


だから死ねない。


「まだたくさんあなたに言いたいことがある。私には今まで出来なかった友達が出来た!まだ5人だけだけどそれでも私にとってはかけがえのない友達…。皆大好き!私の友達!」


友達を悲しませたくない。
だから死ねない。


「友達がね、私をいつも助けてくれるの。私、ペガサスの力も持っていないし馬の足の力しか持っていないから役に立たない。だけどそんな私を皆は助けてくれた。私はそれの恩返しをしたいの!」


生きて、恩返しをしたい。


「私は生きたい!」


「私はこの世界を救いたい!」


「笑いがなくなっている世界を救わなくちゃならないの!」


「私1人でも欠けたらダメなの!だから生かせてよ!!」



「私は、生きたいの!!」






見えない壁にこぶしをぶつけてチョコは懸命に主張するが男は無視した。
ひゃっひゃっと笑って宙に浮いていた手を徐々に上に振り上げていく。


やがて……




「いやだ…!私は…私はまだ…!」


死にたくない!
その腕を振り上げないで!

お願いだから…。



「助けてぇええええ!!!」





怖くて、怖くて、目と耳を覆って座り込んだ。
肩を震わせているチョコは恐怖に負けてしまった。

もうダメだ。死んでしまう。

だから目を覆った。


しかし現実は違う。



「………」


まだ体に異変は見られない。
何故?男の手はあと数秒もないうちに完全に上げられ、この体は爆発するはずなのに。
何故私はまだ生きているの?




幾多の疑問を乗せた瞳は開けられ、現実に目を向けてみた。
恐る恐るの行為は知らぬ間に急ぎ急ぎの行為となり、チョコは壁に体をくっつけた。

目の前の状況に心底から驚いたのだ。


男の手は下ろされている。いや、思わずおろしてしまったのだろう。
隣にいたミントも男の背後に廻っている。

そして二人が見ている視点には、大きなライオンが立ちはだかっている。
そのライオンの色は見覚えのある狐色であった。

チョコは無意識に口を動かした。


「バニラ…」


するとライオンがこちらに顔を向けた。


「イヒヒ、お久しぶりっスねチョコ」


恐怖で枯れた涙は不定期的に湧き出てくる。
チョコの目には涙が込みあがっていた。
そして次の瞬間には涙は雨のように降られる。


「よかった…チョコ無事のようだね」

「チョコ!えかったわーチョコ!」

「大丈夫だったか?変なことされなかったか?もー俺心配で心配で…!」

「元気そうだな」

「迎えに着たわよチョコ」


狐色のライオンの背中から飛び下りてきた5つの影は、チョコが求めていたものであった。
自分の大好きな友達が、皆してチョコに笑顔を向けている。

嬉しくて、嬉しくて、

ラフメーカーの皆の頭がアフロだということなんて気にならない。



「あひゃ!?キミたち誰だね!ってか何で皆してアフロなのだ?!」


アフロ団体に思わず男が絶叫しているとき、背中が軽くなったライオンが1回転して元の体に戻る。
狐色の髪色をしている女、バニラ。
あのときチョコから助けられ、その恩返しがしたくて何度も手を差し伸べてくれたキツネ。


「もうあんたの好きにはさせないっス!チョコを解放するっス」


人間の力をもらって言葉を出せるようになったキツネは今、正義の言葉を放っている。
背後にいるメンバーも目の色を鋭くする。


「チョコは僕たちの大切な友達なんだ。チョコを処分させないよ」

「ほらチョコ!戻ってこいよ!」


手をさす出すサコツだけれど、チョコにはそれに答えることが出来ない。
透明な壁があって動けないのだ。

それに早速気づくことが出来たのはブチョウだ。


「なるほど。あれを壊せばいいのね」


そう感づくとブチョウは腰に掛けていた巨大ハリセンを手に取り、召喚魔法を繰り出そうとした。
しかしここでクマさんを出すと箱の中にいるチョコの身にも危険が生じると察し、隣にいたクモマの任せた。


「たぬ〜。あそこには透明な壁があるわ。あんたの鉄拳で壊しなさい」


そんなものがあったなんて知らなかったクモマは驚いた表情を一瞬だけ作ると、次には真剣そのものの顔つきに変えた。
クモマがチョコに近づいていることに気づき、真っ先に止めにいったのはミントだ。


「キキー」

「あんたは邪魔なんや!」


自分らの邪魔なんて許せない。自分らの仲間を傷つけようとする奴は許せない。
止めに来たミントをトーフが素早く糸で縛った。

ミントがやられ、残るは自分しかいないと気づいた男は急いで手を振り上げようとする。
それに気づいてバニラが声を上げた。


「あの男は両手を上げると魔法を繰り出す魔術師っス!両手を塞ぐっス!」


バニラに言われて男の手はより早くなる。
急いで魔術を発動させなくては、と焦る男であったが、それはもう出来なくなっていた。



「チョコは大切な友達なんだぜ」


戦うのが苦手なサコツはしゃもじを掲げて、男の両手に"気"を撃ったのだ。
軽い"気"だったので傷つきはしなかったが、次の段階がある。

場違いであるがスプーンを武器に降りかかってきたソングだ。


「暫く寝てろ!」


バコンとマヌケな音を出して男は頭から地面にめり込んだ。
大胆に倒れた男にソングは容赦しない。蹴りを入れている。ブチョウも一緒になって蹴る。


「アフロキック!Wアフロキックよ」

「しまった!まだアフロのままだった!」


男を懲らしめているとき、バリンとガラスが割れる音がした。
クモマがチョコの入っている透明な箱をぶち割ったのだ。
透明だから破片があるのかも分からない。
だけれど分かったことは、自分らの間に境界線がなくなったということだ。

チョコは恐怖の箱から出れたことに心から安堵して、目の前のクモマに抱きついた。


「大丈夫かい?チョコ」


自分より背の高いチョコの頭を撫でてクモマは宥める。


「もう大丈夫だよ。キミには僕たちがついているんだから。もう1人にさせないよ。怖い目にあわせないよ」


クモマの言葉が嬉しくてクモマの肩にチョコは涙を降らせた。


「…怖かったよ……し…死ぬかと思った……」

「うん、もう安心していいよ」

「……私…必死だった。私はラフメーカーだから…死んだらいけないと思った…だってラフメーカーは1人でも欠けたら…ダメじゃない…」


しゃっくり堪えているチョコの肩を叩くのはサコツだった。
チョコの顔を覗きこんで、サコツは言った。


「何言ってんだ。俺らはそんな理由で助けに来たんじゃねえよ?俺らはチョコを助けたくてきたんだぜ。ラフメーカーだからという理由じゃなくて、友達だからという理由で」

「………っ」

「僕らにはチョコは必要な存在なんだよ。友達として必要だから、キミをもう放さないよ」

「…あ、ありがと……!」


みんなの言葉が嬉しくて、チョコは肩を大きく震わせて泣いていた。
こんなにもいい友達ができて、本当に嬉しい。


「チョコ、よかったっスね。いい友達ができたっスね」


バニラも近づいてチョコの頭を撫でた。
するとチョコはクモマからバニラへ体を移した。
抱きつかれてバニラは驚いた表情を見せる。


「ありがとう…私、あなたに影でいつも助けてもらっていた…私あなたに何もしていないのに…」


肩にチョコの涙が当たり、チョコが号泣していることを知る。
なのでバニラはチョコの背中をポンポンと叩いて慰めてあげた。


「何言ってるっスか。うちもあなたがいなかったら今頃この世にいない存在だったっス。うちはあなたにどうしてもお礼が言いたかったっス。震えていたうちを抱いて暖めてくれてありがとうって。あなたのその純粋な心がうちの心の支えだったっス。あなたの温かい体を冷やしたくなかった、絶対に死なせたくなかったからうちはあなたを生かせたいんス。…だけどもううちがいなくても大丈夫のようっスね」


ここでバニラは視線をチョコの桜色からメンバーに移す。
メンバー全員こちらに集まり、チョコを囲んでいる。


「あなたにはいい友達ができたっス。もう自分はいらないっスね」

「そんなことないよぉ…一緒にいよ…」

「それは出来ないっス」


かぶりを振ってバニラは残念そうに否定した。


「うちはこれからここでこいつの危険な実験を止めさせるっス。もううちらみたいな被害者を出したくないっスから」


男のことが気になって、振り返ってみると、そこには何もいなかった。
男はいなくなっていた。
まるで闇に溶け込んだように。


「みんなは急いでこの村から出てほしいっス。そしてチョコを護ってほしいっス。うちはここからチョコを護るっスから」

「うん、ありがとう」


優しいバニラの言葉に誘われて、メンバーはチョコを連れて歩いた。
バニラの笑みに見送られ、メンバーも独特な笑いで返して。

その中でチョコも涙を流しつつも、元気よく笑って、返していた。







合成獣だからと言っても、
チョコは友達には変わりない。



自分らはチョコと一緒に生きる。



それが友達としてできることではないのかな?


深く傷ついた彼女の心の穴埋めを自分らが手伝う。
そのために自分らは笑うんだ。


精一杯感情込めて、


幸せ一杯に笑うんだ。



さあ、笑おう。
心から、深く だけれど 優しく笑おう。









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